ゲームではないリアージュのバッドエンド⑦
昼の部が終わった後、特設舞台の両脇に置かれている松明に火が灯され、松明はパチッパチッと音を立てて舞台を明るく照らし出した。その舞台中央では物語の王子様のように着飾り、小綺麗な姿となった男達が舞台の左袖にある天幕をジッと睨み付けるようにして見ていた。そこには男達がこれから全力で口説き落とさなければならないピュア・ホワイティ公爵令嬢……かもしれない女性が男達と同じように着飾られ、化粧を施されているはずだった。
何故……かもしれない女性かと言うと、結局彼等の仲間は、祭の人混みを掻き分け、保養所に向かおうとした矢先に熱中症で倒れてしまったので、本人かどうかを確認出来ないままだったからだ。地元の者達の小さな親切……いや大きなお世話により、今、男達は大きな苦境へと立たされていて、もしも人違いだったとしても、この人々の異様な盛り上がりを収めるためには、男達は天幕の中から出てくる女性をピュア・ホワイティ公爵令嬢として扱い、求婚しないといけなかったし、もし本人だったとしても初対面に近い彼女を口説き落として、男達との、この後の行動を共にしてもらうこと……誘拐されるのだと気付かせないように……を何としても承諾させなければならなかったからだ。
「公爵令嬢のご準備が整いました。」
舞台の左袖の天幕から声が上がり、中からピュア・ホワイティ公爵令嬢……らしき女性が姿を見せ、舞台へと上がってくる。夏の夕闇に染まる空の下、夢心地の表情で歩く彼女は、まるで夏祭の出店で売られている綿飴のような甘ったるいピンク色の髪をしていた。”奇病”になる前にピュア・ホワイティ公爵令嬢と茶会で会った男は、確かにピュア嬢はピンク色の髪だったと呟き、男達は貴族名簿に書かれていた特徴を思い出し、もしかしたら本人かも知れないと思って、歩いてくる女性をよく観察してみた。
確かに髪の色は本人と同じピンク色だし、瞳の色も貴族名簿に記されていた水色であったが、ホワイティ公爵家の誰にも似ていない容姿に男達は内心首を傾げたが……まぁ、最もホワイティ公爵家の者達は皆、素晴らしく容姿が整っていて、背が高いとは言っても男ばかりなので、彼女が似ていなくても仕方ないのかも知れないな……とも思い直し、彼女の顔を凝視してみた。彼女は町の者達の親切心により、男達と同じように着飾られ、舞台化粧を施されているからか、華やかな顔立ちの美少女に見えた。
……そう、ピュア・ホワイティ公爵令嬢は成人しているはずなのに、地元の者達や医者が勘違いした程、小柄な彼女は子どものように未成熟な体型をしていたからか、成人女性が着るような落ち着いた色のドレスが着られず、代わりに着せられたドレスはピンク色のリボンやレースが沢山ついたプリンセスラインの可愛らしい子ども用のドレスだった。よく似合っていたが、とても18、9才の成人女性には見えなくて、そのことに強く戸惑った男達は彼女が来るまで、ヒソヒソ話しをした。
(おい、彼女は本物のピュア嬢かどうか、わかるか?)
(すまない、全くわからない。だって12年前位に茶会で一、二回会っただけだもの)
(そうだったな。それにピュア嬢は”奇病”になってから社交界には出てこなかったものな)
(それにしても、あの平らな体……幼すぎないか?まるで子どものようだ)
(もしかしたら、だからこそ王弟殿下の婚約者に選ばれたのかもしれんぞ。王弟殿下は根っからの少女好きだったからな。ピュア嬢が”奇病”になる前は、ホワイティ公爵家に連日通い詰めていたと噂で聞いたことがある。”奇病”になってからだって婚約破棄を王弟殿下がしなかったのは、ピュア嬢が王弟殿下の理想の女性の体型の持ち主だったからかもしれん)
(それは一理あるな)
(もし違っていたとしても、この場を収めるために俺達は彼女に告白をしなければならない)
(おい!彼女が傍に来たぞ!黙れ……)
舞台中央にやってきた彼女は黙ったまま、4人に会釈した後、顔を上げ……驚いたような表情になって、こう言った。
「嘘……ミグシリアスがいる」
「「「「!?」」」」
((((ミグシリアスを知っている!?やはり本人か!))))
目の前の女性は、男達の内、”奇病”前に茶会で一緒だった貴族子息の顔を見て、彼の名前を口にしたので、どうやら本人で間違いないのだと男達は思った。ピュア・ホワイティ公爵令嬢は傲慢で我が儘な性格らしいが、将来の王妃となる勉強はよく勉強していたのだろう。王弟殿下の婚約者として”奇病”になってからも勉強していたのなら、貴族の顔と名前を覚えているのは当然のことであるはずだ。その証拠に……。
「あれ?ミグシリアスが若くて、トリプソンとエルゴールとベルベッサーがおっさんだ。何よ、これ?どういうことよ?何でミグシリアスが私と同学年くらいで、トリプソン達は私よりも10は年上のおっさんに見えるのよ。……まぁ、でも最初のゲームトライの時の攻略対象者達よりも、今回の方がゲームの彼等によく似ているから、いいか」
彼女の言っている言葉の意味は、よくわからなかったが、他の3人の名前まで正しく言い当てたのだから、彼女は正真正銘ピュア・ホワイティ公爵令嬢で間違いはずだ。男達はお腹の下にグッと力をこめた。
「「「「これはこれは麗しい、僕らの愛しき”お姫様”!お久しぶりでございます!」」」」
舞台中央にいた4人の男達は皆、紳士の礼をすると、それぞれに目の前にいるピュア・ホワイティ公爵令嬢の傍に行き、その手を取って、親愛のキスを手の甲に送り……久しぶりに嗅いだ貴族令嬢が好んでつける刺激臭の強い香水の香りによって、揃って頭に痛みを覚えてしまった。
(くっ、臭い!香水のつけすぎだ、この女!)
(夕方で多少は暑さが和らいでいるとはいえ、この舞台に集まる人の熱気に長時間当てられている身に、この香水はきつすぎる!)
(耐えろ、皆!誰でも良いから早く彼女を口説き落として一緒に舞台を下りるんだ!)
(よ、よし、皆行くぞ!)
男達は激痛に堪えながら、目の前にいるピュア・ホワイティ公爵令嬢を寄ってたかって全力で口説き始めることにした。まずはピュア・ホワイティ公爵令嬢に一番に名前を呼ばれた黒髪のミグシリアスが一歩前に出て、嘘の告白をし始めた。
「僕の名前を覚えていてくれて嬉しいです、ピュア嬢!ピュア嬢は幼かったから覚えておられないかもしれないと不安だったもので。ねぇ、ピュア嬢?僕らの出会いを覚えていますか?10年以上も前のことでしたから、あなたは覚えておられないかも知れませんが、僕はあなたと出会ったときのことをよく覚えているんですよ!あなたは小さなピンクの薔薇から生まれた妖精のように可憐で、とても可愛らしかった!僕は最初の茶会で会ったときから、あなただけをお慕いしてきたんです!ああ、僕の愛しきピンクの薔薇よ!僕の永遠!僕だけの癒やし手のピュア嬢!どうか僕の愛を受け入れて、共に国に帰りましょう!」
ミグシリアスが告白すると、目の前のピュア・ホワイティ公爵令嬢は頬を染め、ニヤリとしまりのない笑顔になった。男達や観客達は、彼女が一番に名前を呼んだ者の告白に笑顔になったので、てっきり彼の告白に快諾するのかと思ったが、彼女は笑顔になるだけで何も言わないまま、首を縦に振ることもなかった。そこで今度は赤毛の男が告白してみることにした。彼女にトリプソンと呼ばれたことで、内心強く動揺した彼は、焦る気持ちから興奮が強まり、頭が真っ白な状態で口早に告白し始めた。
「お、俺の名前もおぼえていてくれたのですね、ピュア嬢!ありがとうございます!俺はあなたよりも10も年上でしたが、社交に出てこられた幼いあなたを見たとき、あなたの可愛らしい姿を見て、まるで……その……ウ、ウサギ!そう、ウサギのように可愛らしい少女だなと思い、あなたを見かける度に心癒やされておりました。あなたが病になられたときは、心の臓がギュッと苦しくなって、俺まで病になったかのような苦しみを味わっておりました。それでわかったのです。俺はあなたを特別だと思っていると……。ねぇ、可愛らしいピュア嬢。俺の、俺だけの……俺だけの可愛いウサギとなってくれませんか?いや、違う!愛しきピュア嬢!どうか俺の愛しい妻になって下さい。一生大切にすると約束しますから!」
「「「おいおい、ウサギって!?お前、舞い上がり過ぎ!どんな口説き文句だよ、それ!」」」
トリプソンは呆れた様子の仲間達や痛々しいものを見るような表情で自分を見る観客達の視線に傷つき、しかもピュア・ホワイティ公爵令嬢に、ああ、そう言えばトリプソンって、こういう残念なヤツだったんだよね~とニマニマ顔で言われたことで完全に落ち込んでしまい、舞台の床に頽れてしまった。




