ゲームではないリアージュのバッドエンド⑤
「遅いな……。どうだったんだろう?本当にピュア・ホワイティ公爵令嬢だったんだろうか?」
ずっと建物の影に隠れているのにも飽きてきた男達が、コソコソと建物の影から顔を覗かせた瞬間だった。
「おっ!やっと見つけた!随分探したんだぞ」
そう声を掛けてきたのは、自分達の仲間の声ではなかった。
「あっ、昨日の酒場の……。昨日はご馳走様でした。あの、何か私達に用でも?」
次の日が、こんな祭の日だなんてついていない……と思いながら、隠れていた黒づくめの男達の元に現れたのは、昨日酒を驕ってくれた地元の者達の中の一人だった。
「ああ、あんた達をずっと探していたんだよ!気を落ち着けて聞いてくれよ!あのな、あんた達の仲間がな、倒れてたんだ!」
「「「ええっ!?」」」
「……大体、多くの者が夏の熱中症を甘く見過ぎなんですよ。いいですか!日陰にいるからって、こんな全身まっ黒けの衣服に身を包んでいたら、倒れるのは当然です!あなた達もですよ!」
「「「「はい、すみませんでした。以後、気をつけます!」」」」
あの後、地元の者に連れられて行ったのは、図書館横の病院の横に設置された休憩所だった。何でもその傍で、彼等が帰りを待っていた男が熱中症で倒れていたらしく、倒れている男を見つけた人が休憩所まで運び入れるのに、人手を頼んだときに地元の者が偶々居合わせ、その倒れている男は昨日一緒に酒を飲んだ連中の仲間の内の一人だと気付いたので、皆で手分けして、彼等を探してくれていたということだった。礼を言った後、休憩所に向かった先で待っていたのは、この炎天下の中で黒づくめの格好で倒れている男への危機感のなさに怒っていた医師だった。医師は倒れている男の迎えに来た彼等もまた、黒づくめであったことに怒りを爆発させてしまった。
「いいですか!よく聞いて下さい!確かに女性や日差しに弱い人達は日焼けによるシミやしわや、日焼けによる発疹や炎症を防ぐために長袖長ズボンを着用し、日よけのために布を被ったりしますよ!でもね、限度ってものがあるでしょうが!何ですか、あなた達のその格好!まるで物語の悪者のような出で立ちではないですか!8月の真夏の炎天下で、そんな格好で出歩くなんて自殺行為の何物でもないですよ!日ざしを防ぎたいなら、もっと風通しのよい物を身につけるべきです!ほら、この黒い覆いみたいな薄布なら風も充分入って涼しいんですよ!」
まさか自分達はピュア・ホワイティ公爵令嬢を攫いに来た者だとは言えない彼等は、黙って項垂れながら、医師の説教を聞いていたのだが、それを取りなそうとしたのが、先ほど彼等に仲間のことを教えてくれて、ここまで連れてきてくれた地元の者だった。
「まぁまぁ、先生。その辺で許してやって下さいよ。これにはね、深~い事情があるんですよ!この人達だって、好きこのんで、こんな暑苦しい格好をしているわけじゃないんだ!な、そうだよな!実はですね、先生。この人達は……」
取りなそうという親切心から、地元の者が彼等のついた嘘の話を医師に話そうとしていると察した男達は慌てふためいて、地元の者の口を閉じさせようとした。
「「「「っ!?ま、待って下さい!あの話は内密だと言ったじゃないですか!」」」」
「まぁまぁ、大丈夫だって!この人は医者だし、口は固いから他の者にはバレやしないって!それにあんた達の事情を知れば、先生だってあんた達をこれ以上叱れなくなるはずさ!実はね、先生、これは秘密の話なんでね……」
地元の者はそう言って、彼等が止めさせようとするのを、まぁまぁと宥めてから、昨日彼等がついた嘘の話をまるで自分がこの目で実際に見たことのように、情感たっぷりに……嘘を上乗せして語り始めた。
「これはね、ここだけの秘密の話にして下さいね、先生。誰にも言っちゃいけませんよ。実はですね、あの保養所にいる彼女は彼等の国の公爵令嬢なんですよ。そしてここにいる彼等は彼女を連れ戻しに来た求婚者達なんですよ!」
「「「「ええっ!?」」」」
目を丸くして驚く彼等に地元の者は医師にわからないように、こっそりと耳打ちしてこう言った。
(自国の公爵令嬢が我が儘で家出したのを無理矢理に連れ戻しに来たって言ったら、それこそ醜聞が悪いだろう?だからこういう恋愛の話を混ぜた方が盛り上が……いや、こういう恋愛の話を混ぜた方が家出したのも、連れ戻しに来たのも自然に聞こえるはずだから、ここは俺に任せときな!)
「これは誰にも絶対に言わないで下さいね、先生。約束ですよ。実はですね……」
アングリと口を開けたまま、驚きすぎて固まってしまった男達に構わず、地元の者は話を続けた。確かに休憩所にいた医師は口が固く、地元の者が話し終わった後、誰にもこの話はしないと約束してくれて、そんな深い事情があったのなら、これ以上は叱るに叱れませんが、体にはくれぐれも気をつけて下さいね……と彼等への怒りを収めてくれたが、問題はここが休憩所であるということだった。
8月の祭の今日、暑い日差しの中で長時間出歩いたことで体調を崩す者は多く、体調を崩した者は緑色のリボンがついた麦わら帽子を被った係の者に誘導されて休憩所にやってくる。ましてや、ここは図書館横の病院横の休憩所であった。ここは激辛トゥセェック麺対決に出場しようという者が事前診察に訪れる場所であり、また対決を見に来るために多くの客でごった返し、その熱気で体調を崩す者も続出していたから、実に多くの者達が、この休憩所を利用しようと訪れていたので……ここだけの秘密の話は、いつの間にか、皆のここだけの秘密の話となってしまい……。
「求婚に来たんなら、もっとカッコイイ身なりをしてなきゃ!そうだ!大衆浴場が近くにあるから、あんた達、そこの4人を大衆浴場に連れて行って、小綺麗にしてきてあげな!ああ、勿論、この事はここにいる者だけの秘密だからな!」
「「「「え?」」」」
「その前に散髪して、髭も剃ってやるよ!何、任せときな!俺は理容師なんだ!今日は祭で店は休みにしたけど、あんた達の話に感動したから、皆んな、タダで男前にしてやるよ!ああ、でも、これは皆のここだけの秘密だから、俺がタダで男前にしたってのも秘密だぜ!」
「「「「へ?」」」」
「おっ!太っ腹!じゃ、俺は教会に行って、王子様の衣装を借りてきてやるよ!そんな黒づくめの格好じゃ、そりゃ年頃の令嬢は結婚に怖じ気づいて逃げちまうさ!女ってのはな、いくつになっても白馬の王子様ってヤツにどこか憧れを抱いているもんさ。気分を最高潮に盛り上げてやって夢心地にさせてやらねぇとな!ただし、誰を選んでも恨みっこ無しだぜ!いいか、これも皆のここだけの秘密ってことで、よろしく!」
「「「「あ、あの……ち、違」」」」
「あんた、良いこと言うわね!そうよ!女はね、一生に一度の求婚に夢を持っているの!そうだ、ついでにお姫様の衣装も借りてきてあげてよ!彼等が王子様の格好をしているのに、肝心の彼女が粗末な格好なんて可哀想だし、女に恥をかかせちゃダメよ!後は……あなた達、長旅してきたからか顔色が皆んな悪いわね。……よし、着替えがすんだら、私が直々にお化粧してあげるわ!私ね、”大衆劇”の役者達に化粧を施す仕事をしているの!だから化粧の腕には自信があるの!何せバッファー国で修行してきたのだもの!ここにいる皆を物語に出てくる王子様みたいに綺麗にしてあげるわ!勿論、彼女の方も綺麗にしてあげるわね!この事は私達だけのヒ・ミ・ツ・ね!」
「「「「えっ、求婚って、ちょっと待っ……」」」」
「まぁ、素敵!それなら私は今から旦那を探して、あなた達と公爵令嬢をネイル国まで連れて行ってあげてとお願いしてきてあげる!うふふ、あなた達は最高についているわよ!私の旦那はね、ネイル国のオレンジを輸出入している船の船長なの!今は祭を子達と過ごすために帰国してきてるの!本当はオレンジを運ぶ船に乗客を乗せてはいけないのだけど、秘密で乗せてあげてっていっぱい頼んできてあげるから、期待して待っていてね!」
「「「「あっ、それは助かりますが、でも、あの……」」」」
男達が口を挟む間もなく、そこに集まっていた者達の好意による、ここだけの秘密の提案が次から次へと為され、本当の事が言えない男達は仕方無しに、彼等の言うがままに従った結果……気がつけば、時は既に夕方になっていて、休憩所にいた者達の手により、すっかり小綺麗で綺麗な身なりとなった4人の男達は、町中で噂になって、大盛り上がりしている、町の皆のここだけの秘密の話を伝え聞いた祭の実行委員達と役場の者達の好意により、役場前に設置されている特設舞台の上に上がることになり、そこで特設舞台の下に集まった町中の人達の見ている前で……何故かピュア・ホワイティ公爵令嬢に求婚しなければならない状況に陥っていた。




