ゲームではないリアージュのバッドエンド②
毎月、その南部の町では最初の週の土日に、食の祭を行っている。町の役場前の大広場では朝の6時から9時までは朝市が開かれて、この町で取れる新鮮な野菜や魚や肉などが売られ、9時以降は特設舞台が設けられ、大道芸人や歌手、踊り子等々が次々と出てきて、祭にやってくる人々を大いに笑わせ楽しませていた。役場前の大広場の周辺も色々な出店が所狭しと立ち並び、祭に繰り出してきた人々を呼び込む声がアチコチから上がり、朝から町全体が浮き足立っていて、賑わいを見せていた。
「さぁさぁ、いらっしゃい、いらっしゃい。安いよ、安いよ。こちらは今朝捕れたばかりのイカの串刺しだよー!」
呼び込みの男性が両手にイカの串刺しを持って、大声を張り上げる。両手に持たれたイカの串刺しから、タレの醤油が滴り、焼き網に落ち、ジュッ!という醤油が焦げる音と共に香ばしい香りが立ち上り、通行客の何人かが足を止める。そこから少し行った先には異国の民族衣装に身を包んだ商人が手を叩きながら、呼び込みの声を張り上げている。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!二日間限定の大安売りだ!今買わないと後悔するよー!本日、皆様にご紹介したいのは、これ!何とバーケック国の前女王が愛用していると、もっぱら噂の日焼け止め軟膏だ!少し塗るだけで効果は抜群!シミもシワも予防出来る優れ物だ-!これであなたも前女王並みの美人さん間違いなし!今日は祭だから、先着30名様だけに特別おまけもつけちゃおう!今なら日焼け後に塗る乳液がおまけにつくよー!はい、そこの奥様方、早い者勝ちだよ-!」
先着30名だけと聞きつけて、美容に関心のある女性客や恋人や妻がいる者は我先にと出店の前に群がっていく。バーケック国の前女王は”英雄”で、皆が彼女の活躍を聞き知っているが、彼女はいくつになっても美しいともっぱらの評判だったので、その美しさにあやかろうと競い合うようにして軟膏を求めていく。その斜め向かい側では、白いエプロンドレスに身を包んだ女性三人が声を揃えて呼び込みをしている。
「おはようございまーす!私達のお店の名物パンケーキはいかがですか-!へディック国の有名店だった私達のお店がトゥセェック国に移転してきて、今日でちょうど8周年なんです!8周年祝いで、この二日間に限り、パンケーキはメープルシロップ掛け放題で、ご奉仕させていただきますよー!同じく名物プリンも今だけサクランボのシロップ漬けを2個おつけしますよー!」
彼女達の売るパンケーキには生クリームと果物のシロップ漬けが色とりどりに乗せられていて、往来を歩く女性客達や恋人連れ達は、満面の笑顔で彼女達の店へと向かって行く。ここのメープルシロップは後味がさっぱりしているのだと、順番を並びながら話しをし、これを食べたら、次はどこのお店を回ろうか?それとも腹ごなしに海に出て、一緒に一泳ぎしようか?食べた後で水着になるのは恥ずかしい。いや、君は少しも太っていないし、いっぱい食べる君が好きだよ。嬉しい、私もあなたが大好きよ……等と、終始甘やかな様子で恋人達がいちゃつき語らうのを皆は微笑ましげに……呆れながら見守り眺めている。
甘味を求めて順番を並んでいる者達のいる場所の横を通り過ぎ、角を曲がると、今度は鼻を擽るような刺激的な香りが辺り一面漂っていて、腹の虫を刺激された者達が、この匂いの正体はどこだと見渡し、見つけた場所では、同じように腹の虫を刺激された者達による長蛇の列が出来ていて、店の者が声を枯らしながら、順番待ちの客達に押さないようにと頼みながら呼び込みの声を上げていた。
「はいはい、こちらがかの有名なバッファー国の”英雄”が考案されたシーフードカレーの食券予約販売の列となっております!押さないで下さい。押さないで下さい。順番に一列にお並び下さるようにご協力お願いしております。まだ数は充分にご用意しております!押さないで下さい。押さないで下さい」
このような賑わいが町の色々な場所で繰り広げられていて、その中を緑のリボンがついた麦わら帽子と緑色のたすきを身に付けた少人数の集団が大声でこう言いながら、町を練り歩いている。
「えー、こちらは町役場からのお知らせです。本日は食の祭にご来場いただき、真にありがとうございます。本日は暑くなることが予想されますので、脱水症や熱中症になる危険があります。ですので脱水症や熱中症対策を各自で行うようにお願いいたします。強い日差しを避け、小まめな水分補給、適度な休憩を意識して取るようにお願いいたします。なお体調が優れない方や、体調が優れない方を見かけた方は、町中を巡回している、緑色のリボンがついている麦わら帽子と緑色のたすきをかけた係員にお知らせ下さい。係の者が休憩所へお連れします。繰り返します。えー、こちらは町役場からの……」
役場からの集団が通り過ぎると、また各店の呼び込みの声は大きくなる。
「今日10時から激辛トゥセェック麺対決が図書館前で行われます!優勝者には王都の老舗トゥセェック麺店で行われる全国激辛トゥセェック麺決勝戦に出場権が与えられます!挑戦したい方は図書館横の病院で事前診察を受けてから申し込みをお願いしまーす!」
煩いほどの呼び込みの声の中を祭を楽しみに来た町の人々や、多くの観光客達が目をキョロキョロと彷徨わせながら楽しげに歩く姿が殆どである中、その祭の雰囲気にそぐわない数人の男達が家と家の間の影となっているところに佇み、周囲に目を凝らし、ジッと息を潜め隠れていた。
「あいつはまだ戻ってこないのか!一体、何をやっているんだ?」
8月の夏の暑さを全く考慮していないような、全身黒ずくめの男達の内の一人が苛立たしげに言った。
「仕方ありませんよ。今日は祭で本当に人が多いですからね。手間取って当然ですよ。ほら、あっちを見て下さいよ!大道芸ですよ!すごいですね!あんな高いところで綱渡りをしながら、お手玉をしていますよ!さっき俺が様子を見てきたときは、向こうでは輪投げの店や手裏剣の射的の店といった多くの遊戯が出来る店もありましたし、教会では祭の夜に、”偽りのウルフスベインにレクイエムを”を再演するらしくて大勢の人達が教会に押し寄せて、整理券を貰っていましたよ!」
苛立つ男を鎮めようと声を掛けた男の言葉を聞き、その場にいた男達は一瞬ざわついた。何故なら男達はトゥセェック国に来て初めて”大衆劇”の存在を知り、自分達の表向きの入国理由が観光だったこともあり、それを証明してみせるためにとの思いで、仕方なく4月にそれを見に行ったのだが、劇のあまりの面白さに、彼等の多くは”大衆劇”の虜になっていたからだ。
「いいなぁ、再演か。それは是非見に行きたいなぁ。俺は”偽りのウルフスベインにレクイエムを”を見に行けなかったんだよ」
「ははは、お前、見てなかったのか。そりゃ、勿体ないことしたな!俺なんか三日前から並んで最前列で見たんだぜ!最高だったよ!主人公のアキュートが可哀想でな……。あれは見ておくべきだぜ!俺もう一回見に行こうかな」
「いいなぁ、見たんだ。よく、そんな暇があった……え?三日間並んだって、お前!もしやこの間、夏風邪で見張りを休むって言ってたのって!」
「てへっ!」
「てへっ!……じゃない!ずるいぞ、おま「いい加減にしろ、お前等!」」
仲間達を大声で怒鳴りつけたのは、最初に苛立っていた男だった。
「俺達はここに遊びに来たんじゃないんだぞ!劇だ大道芸だと浮かれている場合じゃないだろ!緊急事態になっているというのに、祭を楽しんでどうするんだ!もっと緊張感を持て!」
男がそう言うと仲間達は黙りこんだが、直ぐに不満を口にし出した。
「緊張感を持てというが、こちとら1月から身を隠しながら旅をし続けてきたんだ。少し息抜きに劇を見たっていいじゃないか!お前だって4月の”大衆劇”の王様の二人羽織に笑い転げていたじゃないか!」
「そうだそうだ!仕事には息抜きも大事なんだぞ!それに……緊急事態が起きた今、俺達の希望はあいつが仕入れてくる情報だけが最後の綱なんだ。待っている間のお喋りくらいは大目に見てくれよ」
仲間達の言葉に、苛立っていた男は口をつぐむ。確かにそうだと思ったからだ。男達はここから遠く離れた国の者達だった。3年前に自国で民達の暴動が起き、国は終わりを迎えた。そして3年間民達による新しい国造りが模索され、ついに貴族制度が撤廃されることに決まったのだが、男達はそれに不満を抱いて、同じような考えの者達を集めて徒党を組み、それを止めさせるための計画を立て、二手に分かれたのだった。
一方の集団は強制収容所で収監されている、かつての王弟だった男を助け出し、海に逃亡しトゥセェック国を目指し、8月にトゥセェック国の港に向かう。もう一方の集団は陸路を行き、自国からバッファー国を横断し、その隣のトゥセェック国に入国後、王都に向かい、そこの学院にいる公爵令嬢を攫い、8月までにトゥセェック国の南部の港に連れて行く。そこで合流した後は皆で船に乗り、自国に戻ってから、新政府の首長となっているはずの公爵令嬢の父親を脅し、自分達の権威を取り戻す手筈となっていた。
……そう、そう言う手筈であったのだ。男達が欲しているのは自国での確固たる高貴な身分と豊かな財。それを得るためにここにいる男達は仲間達と暫しの別れを告げ、1月から陸路を旅し、トゥセェック国の学院にいるという……ピュア・ホワイティ公爵令嬢を攫うつもりだったのだ。




