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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章の裏側の挿話~6月7月8月
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ゲームではないリアージュのバッドエンド①

 7月末、トゥセェック国への国境の入り口に一人の男が佇んでいた。この男は7月初めに下町にある安い酒場で、仮面をかぶった弁護士にある頼み事をした男だった。


(ついに辿り着いたぞ……)


 7月23日に男の親や、親の仲間達が護衛集団の長と共に、失踪したカロン王を追いかけて行った後、彼は実家にあった、持てるだけの宝石類をかき集めて、地図を手にし馬に飛び乗り、一人で王都を逃げ出したのだ。


(フン!誰が誰もいなくなった王都を守るかって話だよ!馬鹿馬鹿しい!俺は一人で新天地で生きることにするよ!)


 男は7月、仮面の弁護士にトゥセェック国に渡り、この国で”氷の悪魔将軍”と呼ばれているイミル将軍に顔つなぎをしてほしいと依頼していた。でも7月の21日、天上から怪しげな男女の歌声を聴き、我に返った。今やへディック国には民は誰もいない。民がいないのでは国は滅亡したも同然だ。何故、このような状態になるまで誰も彼も……自分も気付かなかったのだろうと愕然とした。滅亡した国にいたって明るい未来はやってこない。男は親兄弟や仲間達を捨てることに迷いはなかった。


(もしもカロン先生が長旅で行き倒れていなきゃ、もう、この国に着いているはずだ……。世渡り上手なカロン先生を頼れば、この国でも贅沢に生きるのに不自由はしないだろう……)


 そう考え、余裕綽々でトゥセェック国の国境に入った途端、男は門番達によって捕縛されてしまった。


「っ!?な、何をするんだ、いきなり!」


 男が喚くのも構わず、門番達は男を縄で拘束した後に理由を話し始めた。


「偽名を使って、入国しようとするからだ!お前はアリアと名乗ったが、本名はダイアだろうが!」


「?な、何故!?何故、俺の本名を知ってるんだ!?」


 狼狽える男を一瞥した後、門番達は手元の帳簿を取り出して、帳簿をパラパラと捲りながら言った。


「偽名を名乗るようなヤツに教えてはやる義理はない。お前は学院で事務を2年勤めているダイアで年は25才。ふむ……親は、ああ、お前の親はトゥセェックで詐欺を働いていた、あの男か。……ほうほう、お前自身も少年時代に恐喝6回と暴行事件を4回も犯していて、大人になってからも学院の備品の減価償却費を誤魔化して学院の金を横領していた罪歴ありか。有罪だな、これは。よし、連れて行け!」


 門番達の言葉に男は目を大きく見開いた。


「!?あ、何で、それを?ガキの頃のそれらは、相手を脅して口止めしてたし、学院の備品のことだって、誰にも今までばれていなかったのに?」


 男の疑問には一切答えず、門番達は男を引きずって門の横に立てられた騎士団の派出所まで連行していき、男を引き渡してから持ち場へと戻っていった。門番達から男を受け取った騎士団の受付係の騎士は男を受け取ると、隣にいた同じ受付係の騎士に上官が出勤しているかどうかを尋ねた。


「すみません、()()()()()副将殿は今日は非番でしたでしょうか?」


「いや、今日は来ておられたと思うが、一応勤怠表を見て確認してから呼びに行こう」


 受付の2人が、そんなやり取りをしていると奥の扉が開き、ドスのきいた低い声が聞こえてきた。


「おう!どうした?儂なら、ここに来ておるぞ!」


「「あっ、トリプタン副将殿!丁度良いところへ!」」


 騎士団の派出所の受付に引き渡された男は、扉から入ってきた騎士を見て、ヒィッ!と短く悲鳴を上げた。


「っお、鬼!?」


 そこにいたのは、大きな体の老齢の男性だった。白髪がかった赤茶色の短髪にギョロリとした金茶色の瞳がギラギラと光る、筋骨隆々の体格をした山のように大きな日焼けした男が腕組みをして立っていた。


「!お、おい、お前!失礼だぞ!トリプタン副将殿に向「止めろ、時間の無駄だ」」


 男の言葉に受け付け係の男が諫めようとするのをトリプタンが止めた。縄で縛られた男の前に大股でズカズカとやってきたトリプタンは男を一瞥し、言った。


「この男で()()だったか?」


「ハッ!イミル様が寄越した守り手達の早馬によりますと、この男で最後のはずです!こちらの国に来なかった、残りの悪者達はバーケック国で全て捕縛済みとのことでした!これで王都に残るのは、()()()()()()()()達のみです!」


 受付係の騎士の言葉に男は首を傾げた。


「す、全て捕縛?残りの悪者?偽りの攻略って何だ?」


 男の問いを無視したまま、受付係の騎士の言葉にトリプタンは満足げに頷き、この後の指示を出した。


「ふむ、ご苦労。では執務室に行くついでに、儂が直々に留置所に連れていってやろう!」


「「ハッ!ありがとうございます!!」」


「うむ、ご苦労!」


「おい、待てよ!ちゃんと説明しろよ!何で俺のことを全部知ってるんだよ!全て捕縛って何の事だよ!」


 連行されていった男は知らなかった。トゥセェック国やバーケック国の国境では、すでにへディック国の全貴族の事が書かれた帳簿が似顔絵付きで配布されていて、それには身分や収入や家族構成や病歴の有無から、本人が巧妙に隠していた犯罪まで克明に記載されていたことを……。犯罪を犯していた者は、入国審査を受ける前に各国の騎士団に捕縛され、収容施設に送られて、その収容施設で、その罪を厳しく審査され、正しく裁かれた後に、適切な罰を科かれることを……。


 そして、これは余談であるが、もしも罪を犯していない貴族でも入国するときには厳しい審査を受けねばならないのは変わりがなく、さらには貴族が入国する条件を飲めなければ、入国は出来ないのである。へディック国の貴族が入国する際の条件は貴族の身分の剥奪を受け入れることだった。平民として生きることが出来る貴族だけが、入国を認められるのだ。それが口約束で済まされないように、入国時に契約書も作成され、その場で貴族の家族構成に合わせた住居と、その貴族が出来そうな仕事を斡旋され、実際に、そこで居住や就労をしていないと即座に捕縛され、収容施設に送られる。


 ……つまり、どれだけへディック国で身分が高かろうともへディック以外の国では等しく皆が、平民として生きることを選ばねばならず……今、ここにいるトリプタンもへディック国では侯爵位だったのにも関わらず、このトゥセェック国では騎士団の副将を勤めている平民でしかなく、それは学院にいるエイルノンやエルゴール、トリプタンの孫であるトリプソンやトゥセェック国の城で医師長を務めているゴレーやゴレーの息子であるベルベッサーも例外ではなかったのである。


「煩い!さっさと歩け!」


 トリプタンは暴れる男を引きずって、騎士団の派出所の奥にある留置所に連行していった。







 トリプタン達の姿が見えなくなってから、受付係の騎士達は、その後ろ姿を見つめ、ボソッと呟いた。


「……悪事千里を走ると言ってな、悪いことと言うのは必ずばれるように出来ているのさ。お前も残りの仲間達も、私の息子……創造神の息子達は邪神ではなく、本当は善い神様で、ちゃんと空の上で人間達の全てを見ていて、悪事をけっして許さないのだと言うことを、この後、思い知るがいいさ」


「イヴちゃんが僕イベのゲームを無事に終わらせてくれたし、僕達も復讐ゲームの物語を早く終わらせないと、僕達三兄弟神は邪神として忌み嫌われる存在になっちゃう。悪い神様と思われるのは嫌だよ!それだけは避けなくちゃ!イヴちゃんやスクイレルを見習って、僕らも全力で悪役辞退しよう!」


「そうだね!紅の先生が、イヴちゃんの”片頭痛”が完治したことをきちんと見届けてくれたし、僕らも完璧に仕上げないとね!えっと、不在のカロン王の身代わりも海にちゃんと用意出来るように手配したし、その身代わりを見つけてくれるように悪者達を誘導することも成功したし、後は……何をしたらいいのかな、黒の兄神?」


「そうだな、銀の神。紅の先生は後、必要なのは健脚を持つ馬をカロン王を追っている人間達に提供することと、卒業パーティーに間に合わせるための好天気だと言っておられたよ」


「あっ、それなら大丈夫だよ!僕、夏の季節にへディック国を襲う台風やゲリラ豪雨を全て海上で消化させておいたから!」


「え?お前はまた、そんな勝手なことして……。復讐ゲームの物語が終わる前にへディック国を干上がらせてどうするんだ!」


「そんなに目くじら立てなくても大丈夫だよ、父上!普通の雨はへディック国にちゃんと降ってるんだから!確か……元々、へディック国の気候はイヴちゃんが二つの物語を終わらせてくれたことで、他の国と同じような気候に戻りつつあるって父上と紅の先生も言ってたでしょう?土地だって、10年も休ませたことで、今後は他の国と同じだけ作物も実るし、全ての物語が終わったことで、流行病の病気だって二度と流行ることはないって言ってたではないですか!」


「ああ、そう言えばそうだったな」


「それに黒の兄神や僕の物語が終わった国々は、物語が終わって何十年経った今でも幸せではないですか!父上との約束がある以上、物語が終わると神は二度と、この世界に干渉できない。だから僕達兄弟は、必ず最後はハッピーエンドで終わる物語を……最後は皆が皆、()()()()()()暮らしました、めでたしめでたし……で終わる物語を選ぼうねと、僕達兄弟は物語を選ぶ前に約束し合っていたんです。


 そりゃ金の神は物語を選んだつもりで乙女ゲームを再現させたことで3つの物語とゲームを同時に再現させてしまって、金の神の”英雄”であるイヴちゃんが物語を終わらせてくれたのに、未だにへディック国に復讐ゲームの残滓が残ってしまいましたけれど、金の神は僕達の弟なんです!だから8月に復讐ゲームが終わりさえすれば、その後、この世界に生きる善良な者達は、永遠に幸せになるんです!」


 銀の神が、ここにはいない弟を庇うようにして言うと、父神は納得したように頷いた。黒の神はトゥセェック国の海のある方角を見つめ、こう言った。


「それはそうと……金の神、今度はちゃんと上手くやれてるのかな?あの魂は相当に性根が腐っていたから、ここはゲームではない、現実の世界だから、これからの人生は真っ当に生きろと、いくら説明したところで、素直に心を入れ替えて真っ当に生きるとは思えないのだけど」


 黒の神が言うと銀の神も父神も、皆眉間に皺を寄せ、確かに……と顔をしかめたが、その一瞬後には元の表情に戻った。


「まぁ、どうでもいいさ。あの魂は金の神を謀った悪者だ。確かに金の神があの魂を強制終了させたのはまずかったが、この間、井戸で命を助けたことで借りはなくなっている。あれが今後どのように生きようが、それは全てあの者の責任だ。金の神の責任ではないさ」


「それもそうですね。この後のことは彼女自身の人生ですし、私達は悪者の彼女の人生にはこれっぽっちも興味はないですからね。それに今、私達がしなければいけないのは、無事にへディック国に残る復讐ゲームを終わらせて、へディック国の滅亡を見届けることですから、モブの今後なんて、どうでもいいですね」


「では、トゥセェック国への悪者達の捕獲を確認したことだし、今度はアキュート達の様子を見に行くことにしましょう」


 三人の騎士姿の神達親子は、そう決めると、そこから忽然と姿を消した。




 ……黒の神の懸念通り、トゥセェック国の国境から随分離れた南部の海辺に放り出されたリアージュの耳には、金の神の言葉は少しも心に響いてはいなかったが、金の神も金の神の家族達も、金の神を騙して悲しませた”お姫様”を嫌っていたので、それを訂正するために再び彼女の前に姿を現すことは二度となく……彼等神達親子は8月のカロン王の誕生日以降は皆《神の領域》に修行のために旅立っていき、その後はスクイレル達との約束通りに未来永劫、この世界に訪れることはなかった……。

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