表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章の裏側の挿話~6月7月8月
287/385

※夏休みの個別イベント~シーノン公爵令嬢の家出(前編)

※この回は本来の”僕のイベリスをもう一度”の夏休みに起こる個別イベント(悪役令嬢との友情イベント)の話です。

 誰もいない音楽室。私は誰もいないという事に安堵する。本当はいつも誰かに傍にいて欲しいけれど、私は傍にいる者を傷つける事しか出来ない酷い人間なのだ。一人なのは寂しいけれど、一人だと誰かを泣かせたり苦しめたりすることを回避出来るから、私は一人になれる場所を好むようになっていた。私は王子様の婚約者として、社交界の貴族女性達をまとめねばならない立場に立たねばならないのに、一人が良いと思ってしまうなんて……。ああ、私はつくづく王子様の婚約者にも……公爵令嬢にも向いていない人間なのだ。


 外では蝉が煩いくらいに鳴いていて、真夏の太陽はギラギラと全てを焼き尽くすように熱く燃えているというのに、私の体は汗を少しも流さないし、私自身も暑いと思ったことは一度もない。……そう、私はいつだって凍えている。私は凍える指先でピアノの鍵盤に触れる。美しいファの音が響く。私はピアノの音が好きだ。ピアノを弾いている間は、私は酷い人間であることや誰からも愛されていない者であることを忘れられる。今は夏休みで学院生達は学院にはいない。私は誰もいない音楽室でピアノを奏でることにして……事もあろうに、その姿を一番見られたくない彼女に見つかってしまった。








 ねぇ、教えて?人はどうして生まれてくるの?何のために生まれてくるの?何のために生き続けなければいけないの?……”神様の子ども”から”シーノン公爵令嬢に”なったばかりの私の疑問に、大司教はこう答えた。


「神様は、この世界を創造する時に様々な生き物を創造し、神様が創造した生き物それぞれに子孫繁栄をするようにと生きる理由を与えました。この時に神様は自分が創造した生き物達の中で、一番大きな愛情を人間に注がれて創造されたので、それにより人間は神様と同じ姿を持ち、神様と同じ愛情を持つ生き物となったのです。ですから他の生き物とは違い、人間だけが愛を求め、愛を与えることが出来る生き物となり、子孫繁栄を望む際も、伴侶となる者同士で愛し合い、結ばれて子どもが生まれるのです」


 愛……?愛って何?乳母や家庭教師は、私が生まれた理由はシーノン公爵家を存続させるためだと言っていたわ。父様はシーノン公爵家を存続させるために結婚したと言っていた……と私が言うと大司教が連れて来た神子姫が私を可哀想な生き物を見るように憐れんだ目で見つめ、大司教は神子姫の頭を優しく撫で、神子姫と同じような憐れんだ目で私を見た。大司教親子の憐れんだ目を見て、私は理解した。彼等は愛を知っていて、愛を手に入れている人間だから、愛を知らない私を憐れんだのだ。私は体が震えるほど激怒し、使用人に生ゴミを持ってこさせると、それを神子姫に投げつけて、彼等を屋敷から追い出した。


 どうしていつも、こうなんだろう?どうしていつもいつもこんなことをしてしまうのだろう?王子様の婚約者に選ばれた私の健康と幸福を願って教会から出向いて、神楽舞を舞ってくれた神子姫に酷い事をしてしまった自覚はあるのに、私の口は謝罪の言葉を言おうとしない。そして酷いことをした私を父様も乳母も家庭教師も、非は大司教親子にあると言って、私の行動は貴族らしい貴族の振る舞いだと言って褒めた。……そんなわけないのに!


 物心ついた時から私は孤独だった。私の父様であるシーノン公爵は公爵の仕事の他に城の事務次官をしていたから、滅多に家に帰ってこなかった。私の母様は政略結婚でシーノン公爵家に嫁いできたものの、私の他には子に恵まれなかったことで夫婦仲は冷め切っていて、私が5才になる直前の頃に、王家から私を王子様の婚約者にしたいと打診が来たので、父様がシーノン公爵家を継がせる者が必要だと言って、ミグシリアスという黒髪黒目の”魔性の者”である少年を連れてきたことに激怒し、そのまま離縁して家を出ていってしまった。


 私は他の貴族家の子どものように、乳母や沢山の使用人によって育てられたけれど、この国は身分差が厳しく、身分が高い者からしか声をかけてはいけないという決まりがあるので、私が彼等に声を掛けない限り、彼等は無言で私の世話をしなければならず、気がついたら私は命令口調でしか彼等に話しかけられない、傲慢で冷酷で卑屈で我が儘な貴族らしい貴族の子どもに育っていた。


 ミグシリアスがお義兄様になると知った時、本当は嬉しかった。だってミグシリアスは綺麗な少年だったし、勉強も武道も出来る凄い人だったから。でも母様が家を出て行く原因となったミグシリアスに仲良くして下さいとは言えなかったから、私はミグシリアスに話しかけられても無視をした。私が7才の時に父様が病死してしまい、私の家族はミグシリアスだけになり、寂しくて堪らなかった私は、ミグシリアスに今までの非礼を詫び、傍にいてほしいと言おうと考えた。


 でも乳母達が黒髪黒目は”魔性の者”だと、陰で散々蔑んでいるのを耳にして、”魔性の者”であるミグシリアスを嫌わなければ、自分も乳母達に陰で嫌われてしまうと恐怖し、それからは率先して誰よりも先にミグシリアスを蔑み、罵倒し、家の中でも彼に仮面をつけることを強要した。私が彼を虐める度に、彼は忌々しそうに眉間に皺を浮かべて、グッと下唇を噛みしめて、私に対する怒りを飲み込んで堪えていたが、ある日、私が彼の母親が娼婦だと知り、彼の母親の人間性を咎め嘲笑ったら、彼は睨み付けながら、こう言った。


「自分が誰からも愛されていないからって、俺の母親を馬鹿にするな。本当にお前は、あの時の少女とは雲泥の差だな。同じ年でこうも違うなんてなぁ。お前のことは気に食わないが、俺はあの少女のために生きると誓ったんだ。俺が嫌いなのは、よくわかったから、これまで通りに俺に構わないでくれ。だが俺の邪魔をするならお前を消す」


 美しい彼の冷たい視線を受け、私は息を飲む。少年とは思えない程の殺意をはっきりと感じ取り、恐怖に震えながら、自分でも薄々自覚していたことをキッパリと断言されたことで、私はようやく、それを認めることが出来た。


 愛。愛とは何?愛情とはどんな感情のことを言うの?愛するって何?愛されるって何?私は今まで誰かから愛されたことがあるのだろうか?私は今まで誰かを愛したことがあるのだろうか?……今までの人生を振り返ってみても、誰からも愛された記憶がない。父様からも母様からも乳母からも使用人達からも愛されていたと実感出来るような記憶が私には何一つない。私は……誰からも愛されない人間なんだ。そうハッキリと思い知った私の心は凍り付き、それ以来私は熱さを感じなくなってしまった。


 王子様の婚約者に選ばれた私は、公爵令嬢としての勉強の他に、”王妃になるために覚えなければならない勉強”もしなければならなくなったけれど、王子様とは会ったことがなかった。何故ならばへディック国の王族は15才になるまで後宮の奥で育てられているからだ。私よりも3つ上の王子様と私が初めて会ったのは、私が12才の時だった。15才まで後宮で育った王子は、私と同じように傲慢で我が儘だったけれど、冷酷でも卑屈でもなかった。初めて社交界に出た王子様は、物珍しそうに積極的に色んな身分の者達に声を掛け、挨拶を交わし、朗らかに笑いかけ……誰からも愛されたことがない私にも、温かい笑顔で声を掛けてくれたのだ。


 何て……何て……温かい笑顔だろう。きっと王子様は私の父様や母様とは違う、優しい心を持っている人なんだ!きっと王子様は愛を知っているのだ!そして王子様の婚約者である私を愛してくれる!……そう思った私の心の中に、ポッと小さな小さな灯が灯った。そこからジワジワと温もりが広がってくる。私は久方ぶりに心が喜ぶのを感じつつ、声を掛けられたお礼を述べ、自己紹介をした。


「お初にお目に掛かります、王子様。私はシーノン公爵家のイヴリンと申します。あなた様の婚約者です。どうぞよろしくお願いいたします」


 完璧な淑女の礼をして、顔を上げた私は、それが幻想だったことを知る。私が名乗った途端、王子様の笑顔はみるみる曇って強張っていったからだ。ああ、やはり王子様も私を愛しては下さらないのだ……。仕方ない。元々貴族の結婚とは政略結婚が主流で、お互いの貴族家を保つためにするものであり、愛情なんてものは二の次、三の次なのだ。期待するだけ無駄だったのだ。私の小さな灯は消え、心は再び凍り付いたが、それでも良いと私は思うことにした。


 貴族子女の結婚は親が決めてくることが殆どで、恋愛結婚などは極々まれだった。だから人に寄っては嫁ぐ相手が、親子程も年の離れた者だったり、何人も妾がいる者だったり、賭博や酒を好んで暴力を振るう者だったとしても、実家の貴族家を存続させるために結婚しなければならなかったので、それに比べれば、私は運が良い方なのだと思った。


 太陽の光を集めて作られたような金色の髪に、春の芽生えを連想させるような穏やかな碧の瞳の素敵な王子様の妃となって、国を治める彼を一生支えられるのだ。それで十分ではないか。その後の三年間、社交界ではいつも彼の横にいたけれど、初対面の時のような笑顔を王子様は一度も私には見せてくれなかったが、私はそれでも良いと思っていた。……彼女に会うまでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ