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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章の裏側の挿話~6月7月8月
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トゥセェック国と神の見たい物語(後編)

 イヴ・スクイレルの死が4つの国の死を意味すると言っても、イヴ・スクイレルという少女が4つの国に直接、害となる何かをすると言う意味では勿論ない。イヴ・スクイレルは美しく賢く心優しい少女だが、彼女は常に頭が痛くなる”気のせい”で月の半分以上も床に伏せっていなければならない程、弱い体を持つ非力な女の子であったし、彼女の回りにいる、あの特殊な大人達に育てられたにも関わらず、彼女は普通の……本当に普通の庶民としての感覚や常識を持ち合わせた少女として育っていた。


 ……そう、イヴ自身は普通の人間だが、彼女を溺愛している彼女を生んだ親や育てた者達が全て普通ではない、人間離れした特殊な人間達であり、その特殊な人間達がイヴ・スクイレルの為を思って取る行動の全てが問題だったのだ。彼等の愛するイヴは小さな頃から慎み深く、あまり物を欲しがらない。だから彼等はいつも慎み深い彼女が喜んでくれそうな贈り物をしたいと考え、それを贈ろうと思って暴走し、その暴走の数々がこれまで全て、4つの国に影響を及ぼしていたので、もしイヴが悪魔の呪いで亡くなってしまったら、彼女を失った彼等が深い悲しみと激しい怒りのあまりに大暴走することは容易く想像することが出来、これまでの経験上、それが確実に4つの国に影響を及ぼし、4つの国の危機に繋がることが予見できた。


 イヴ・スクイレルの父であるグラン・スクイレルは、バッファー国のリン村で暮らしている平民の薬草医であるが、実は彼の正体はへディック国のカロン王の代わりに善政を行っていたイミルグラン・シーノン公爵だった。王よりも豊かな財力があり、王よりも民思いで、王よりも執政能力に優れていた彼は、彼自身が王位を望めば、多くの民達が彼に味方しただろうに、彼は王位など全く興味が無いどころか娘第一な子煩悩な父親で、豊かな財力や権力や名声よりも、娘との生活を望み、あっさりと公爵辞退してしまい、自分と自分の娘の病気を治すために家族揃って国外へと旅立ってしまった男だった。


 そして、そんなシーノン公爵を自分達の”王”とし、彼と彼の娘であるイヴ……イヴリン・シーノン公爵令嬢の”気のせい”を治そうと、彼等親子に仕える者達が立ち上げた”銀色の妖精”商会……後のスクイレル商会……はへディック国だけではなく、トゥセェック国、バーファー国、バーケック国の大勢の民達を安価で安全な薬で救っていたことで、彼等は4つの国の多くの民達から感謝され、味方につけていた。そしてスクイレル商会は身分や性別年齢を問わず、真面目に働く者達を皆商会の商人として雇用することで、各国の経済を大きく動かし、民にとっても国にとっても、なくてはならない存在へとなっていた。さらにはスクイレル達は、子ども達の健康と安全を守るための”忍者体操”や馬車の安全帯の普及、犯罪者達の捕獲、髪型や服装の自由を促進させる流行の数々や、薬が飲めない者のための薬膳料理、物語を見せる文化である”観劇”もしくは”大衆劇”……等々を民達にもたらし、彼等の幸福度を高めたことで、スクイレル商会は各国の王達よりも慕われる存在となっていた。


 それが証明されたのが二ヶ月前だった。ネルフ国の王弟が”銀色の妖精王”と”銀色の妖精姫”を狙っているというタレコミが入った途端、それまで自分達は王を退位した身だからと言って、各国の政治から身を引いていたライトやルナティーヌが鬼神のような怒りを見せ、人身売買集団の捕獲に名乗りを上げ、また、それまで尻尾をつかめなかった、国際的な人身売買集団の情報が次々と民達からもたらされたのだ。


 民達は薬で彼等の命を救い、多くの雇用で彼等の生活を守り、”忍者体操”や馬車の安全帯や犯罪者を捕獲することで彼等の子どもの命を守り、沢山の服や髪型の流行や美味しくて体に良い料理や”大衆劇”という娯楽を与えて彼等の幸福度を上げてくれたスクイレル商会に言葉に出来ぬほどの感謝の念を抱いていた。だから民達は命の恩人達が大事に慈しんでいる娘を守るためならば、どんな異変も見逃さない”銀色の妖精の守り手”と化し、悪者達がスクイレルの娘のいる国に一歩入っただけで、そこにいる全ての民達が悪者達を捕まえ、”紅蓮の獅子”と呼ばれるイヴの母親と”銀色の妖精の守り手”であるスクイレル達で結成された”全ての乙女を守り隊”に引き渡した。


 もしもトゥセェック国がスクイレルが大事にしているイヴを見殺しにしたら……、トゥセェック国はスクイレルの敵だと、スクイレルとスクイレルを慕う各国の民達に認定されてしまうだろう。それにバッファー国の”英雄”であるライトは、公爵と彼の娘のことをまるで自分の妹と姪……弟と姪であるかのように慈しみ、それはそれは大切にしているし、バーケック国の”英雄”であるルナティーヌは、自分よりもはるかに年下の彼のことを初恋の人であるかのように大事にし、彼の娘のことはまるで自分の娘であるかのように慈しみ、とてもとても大事にしている。二人の”英雄”を敵に回すことは二つの強大国と敵対することを意味し、さらには自国の民まで敵に回す事態になることは、まさしくトゥセェック国にとっては国の滅亡の危機以外の何物でもなかった。


 さらにスクイレル達は神出鬼没の集団で文武両道の才を持ち、一人で百人の働きが出来るのでは無いかと思えるほどに優秀な者達で、彼等がその気になれば、周辺諸国を瞬く間に制圧できるほどの力を有していたが、彼等は政治にも権力にも興味は全くなく、彼等の興味はグランとグランの娘であるイヴの幸福を守ることだけで、彼等はそれらを守ることに全力を尽くす一族であった。


 ……そう、スクイレル達は全ての民の幸福の為によかれと思って行動したのではないのだ。元々のスクイレル商会はシーノン公爵の”気のせい”に効く薬を買い求めるために興した商会であり、シーノン公爵に試す前に薬の効果を調べようと思い、まずは民達に投薬し、民達の薬の効きや服用後の容態の様子の情報を集めるために、民達に安価な値段で薬を小売りしていただけであったし、4つの国の者達を身分や性別年齢を問わず、真面目に働く者達を皆商会の商人として雇用していたのも、シーノン公爵やイヴの”気のせい”に効果がある海外の珍しい薬を購入するのに、信用出来る異国の商人が多く必要なだけだったからだ。


 それに”忍者体操”はイヴが友達と遊べるようにと考えて……、馬車の安全帯も運動神経が鈍……おっとりしているイヴの身の安全を願って考案された物で……、犯罪者の捕獲も天使のように可愛いイヴが攫われないように……、髪型や服装の自由もイヴの”気のせい”を引き起こさないハチマキや身なりがおかしいと子ども達にイヴがからかわれないようにするため……と、民達の幸福に繋がった多くの物は、イヴ一人の幸福だけを願って考え出され、国中に広めたものだった。


 だから万が一にもイヴが16才になって死の呪いで亡くなってしまったら……、彼等はその死に殉ずるか、その死を悼むためにあらゆる表舞台から一斉に手を引き、自分達の痕跡を全て消し、そのまま姿を消しさり、そうなったら各国の経済を大きく動かしている商会が突然消えることになり、商会で雇用されていた大勢の人間が路頭に迷うことに繋がり、商会の薬で助かっていた人々が、薬が手に入らないことで大勢の民が苦しみながら亡くなることにもなってしまうかもしれず、そうなれば各国は途端に窮地に陥ることになり、それを救えるだろう解決法を求める賢者も失ってしまうので、各国の滅亡の原因となるという、ライトの言葉は真実であるのだと言えた。


 何故それが真実だと断言出来るのかというと、それはシーノン公爵とスクイレル達はイヴを守るために、自分の地位や権力や財産を捨ててへディック国を出たのだが、彼等に見捨てられた形となったへディック国はまるで坂道を転がり落ちるように、一気に滅亡への道を突き進んでいったからだ。やっと善き神の愛し子の正体を知り、そして事の重大さにようやく気付けたトゥセェック国の王と重鎮達は、神の見たい物語が正真正銘、真実であると思い知り、慌てて二人の”英雄”達に頼まれていた学院の設置や学院周辺の町の整備といった、神の見たい物語の為の舞台作りに勤しむことにした。


 悪魔が娘にかけた呪いは、娘が16才の誕生日を迎える日に娘が死んでしまうという、恐ろしい呪いだったが、この呪いを解く唯一の方法は、娘が15才の時にトゥセェック国の国立学院に入学し、そこで出会った恋する相手と16才になる前に恋愛をし、結婚をし、結ばれることだった。しかし4つの国では大昔の人間と現代の人間では、その心身の発達が大きく違っていて、現代では大昔の基準で設けられた法律は合わなくなっているのに関わらず、それまでの王達が法律を見直さなかったことで不便を強いられていて、男性は18才、女性は16才まで結婚出来ないという法律があった。


 もしもイヴが同級生の男子学院生と恋に落ちてしまったら、イヴは相手が18才になるまで結婚することが出来ず、悪魔の呪いで16才になる日に死んでしまう。そこでイヴを悪魔から隠すためにイヴの縁戚となったルナティーヌは女王を降りてまで、人間の年齢の数え方を決める基準を変えると同時に、男性の結婚年齢の引き下げ等の法律改定のために奔走することを誓い、ライトはスクイレル達と一緒に密かに学院に潜入し、女悪魔の襲来に備えることにしたが、一番の問題はイヴやイヴの恋する相手となる学院生達には、最後の神の見たい物語のことも呪いのことも、けして知られてはならないということだった。


 人間は自分達が生きるために、仲間と意思疎通することを望み、言葉を自ら獲得していった生き物である。そうして言葉を得たことで人間は他の動物よりも進化して、知能が高い生き物となったのだが、言葉を持ったことで人間は性別や年齢を問わず、多くのことを見たり聞いたり話したりすることを好むようにもなり……自分が特別な人間であると知ったときには、それを自慢したくなったり、誰かに褒められたり、感心されたりしたいという欲求を抱く生き物に進化していたので……ハッキリ言って人間は、秘密を一生口にしないで胸に秘めておくというのが難しい生き物であった。


 特にトゥセェック国の民は陽気で穏やかな気質の者が多いが、沢山の異国の話が耳に入ることから物語好きで、おしゃべり好きでもあったので、善き神の愛し子を守るのには最も適していない国民性を有していた。そこでトゥセェック国の王や重鎮達はバッファー国やバーケック国に倣い、彼等がしたように、一部の者達にだけ秘密を打ち明け、箝口令を敷き、トゥセェック国が最後の神に見せなければならない物語の舞台であることや、4つの国の民達全てが”英雄”であることをトゥセェック国の民達に教えないことにした。




 ……そうして自分達が”英雄”であると知らないまま、4つの国の民達は自分達の意志で、銀色の妖精の血を引く者と彼に仕える銀色の妖精の守り手達に味方し、彼等の守る銀色の妖精姫を守るために自らの髪を銀色にして銀色の妖精姫の姿を悪魔から隠し続け、自分達が神の見たい物語が何であるかを知らないことで、悪魔の呪いから善き神の愛し子を守り、ついに7月の21日の夜に善き神の愛し子にかかった呪いを解くことに成功し、最後の神が見たい物語を無事に終わらせることが出来たが、4つの国の民達は全てを教えられる代わりに、偽物の神の見たい物語……”偽りのウルフスベインにレクイエムを”という劇の物語が、最後の神の見たい物語であると教えられたことで、7月の21日の夜に、ついに最後の神の物語が始まったのだと思い込んだ。


 だからトゥセェック国の全ての民がそうであったように、トゥセェック国の南部の海辺にある一つの町の人々も、ついに隣国で最後の神の見たい物語が始まったのだと大いに盛り上がり、隣国に派遣された騎士達の帰りを今か今かと待ち望む興奮状態に陥っていたので、8月の初めの方で台風で船が難破して海に投げ出されたらしい、どこかの国の娘が海辺に倒れていたのを助けたときも、さほどの興味を持たなかった。全身発疹だらけで不潔な服装をしている娘が、自分は公爵令嬢のピュアだと名乗っても、大して関心を持たないまま、”奇病”が自分達に移っては困るとばかりに、娘の言うがままに記載した仮の身分証を渡し、遭難者に一律で支給される見舞金を与え、とある場所にある国営の保養所に療養という名目で隔離して、外国からの家出捜索願が出ていないかと問い合わせを各国にすることにした。

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