トゥセェック国と神の見たい物語(中編)
最後の神の見たい物語の舞台はトゥセェック国……それだけでも驚きなのに、最後の神の見たい物語の”英雄”が4つの国の民達全てだなんて……と息を飲みながら二人の”英雄”達が寄越した手紙を読み進めていたトゥセェック国の王と重鎮達は、あまりの衝撃に言葉を失ってしまった。何と……最後の神が見たい物語というのは、貧困と飢餓から国を救う英雄物語でもなければ、幾つもの国と戦争し勝利する英雄物語でもなかったからだ。
最後の神が見たいと望んでいる物語は、悪魔に命を狙われている善き神の愛し子を悪魔から守るために悪魔から見えないように隠し、彼女にかかった悪魔の死の呪いを悪魔に見つからないように隠しながら解くという物語で……それは一般的におとぎ話と呼ばれる物語ではないかと、手紙を一緒に読んでいたトゥセェック国の王や重鎮等は思い、当初は二人の”英雄”の手紙に書かれていることを直ぐに信じることは出来なかった。
それまでの神々は、たった一人の人間が国を救うという大がかりで派手な展開がある英雄物語を好んでいたし、ライトの時にもルナティーヌの時にも、神が見たい物語が始まる前には必ず、何らかの不可思議な現象……辺りが真白の光に包まれたり、天上から神の声が響き渡り、何もないところから黒猫が現れたり……が”英雄”となる人間のいる場所で起きていたのに、それらの不可思議な現象は未だに4つの民達の誰の身にも起きたという事実はなかったからだ。
トゥセェック国には多くの異国の観光客が訪れるし、トゥセェック国の者達は噂には目がない者達が多く、もしもそんな不思議な現象がトゥセェック国内でも余所の国でも、どこかで起きたのなら、直ぐに知れ渡っているはずであった。でも、そんな不可思議な現象が起きたという噂は一度も耳にしたことがなかったので、自分達が”英雄”であるとは、どうしても信じることが出来なかったからだ。そう返答を返し、さらに詳しい説明を求めたトゥセェック国の手紙を受け取った二人の”英雄”達は、最後の神の見たい物語は特別な物語であるから不可思議な現象は、けして起きてはならないのだと書いてきた。
何故ならば、その物語は、物語に見せかけているだけで本当は……今、現在、現実で起こっている本当の出来事だったからだ。
……昔々、神々の国に紅蓮の獅子と呼ばれる一人の青年がいた。紅蓮の獅子には銀色の妖精とあだ名される銀の神の血を引く、美しい天女の妻と、銀色の妖精に愛し子と呼ばれ可愛がられていた、天使のように可愛らしい娘がいて、親子3人で幸せに暮らしていた。そこへ女悪魔が現れて彼に自分の夫になれと迫ってきた。紅蓮の獅子は妻子を深く愛していたので、女悪魔の誘いを断った。紅蓮の獅子に断られた女悪魔は、彼の妻子さえいなければ彼を自分の物に出来ると考え、彼の妻子の命をつけ狙うようになった。そこで紅蓮の獅子は妻子を連れ、銀色の妖精の元に助けを請いに行くことにしたのだが、途中で女悪魔の奸計に嵌まり、彼の妻子はそこで命を落とし、紅蓮の獅子は泣き叫び、悲しみのあまりに妻子を抱えたまま、自死してしまった。
銀色の妖精は彼等親子を助けられなかったことを悔い、彼等の死を悲しみ憐れに思い、女悪魔が二度と紅蓮の獅子を夫と請うことが出来ないようにと夫婦の性別を入れ替えて、女悪魔が直接手出しできない人間界に親子揃って転生させた。それを後で知った女悪魔は怒り狂い、逆上し、こんな呪いを口にした。
『私から紅蓮の獅子を奪った銀色の妖精を私は生涯恨んでやる!転生した銀色の妖精の血を引く妻子は不治の病となり、銀色の妖精に愛されていた愛し子の娘は、16才の誕生日を迎える日までに初恋の相手と結ばれなければ、私の悪魔の力に惹かれ、悪魔の眷属へと変わった人間によって死の運命を辿ることになるだろう!フハハハ……銀色の妖精め、ざまぁみろ!娘の死の呪いを解こうと思っても無駄だぞ!この呪いは私のありったけの力でかけた呪いだ。娘や娘の初恋の相手が少しでも呪いのことに気付けば、死の呪いは永遠に解かれることはないだろう!』
この呪いを知った銀色の妖精は慌てて呪いを解こうとしたが、神は自分の物語の始まりと終わりの時にしか人間界に降りることが出来ず、神の力もその時にしか使えなかったので、自分の物語をバッファー国で終わらせてしまった銀色の妖精は人間界に行くことも娘の死の呪いも解くことが出来なかった。銀色の妖精は自分の兄である黒の神に呪いを解くように頼んだが、兄もまた自分の物語をバーケック国で終わらせてしまったので人間界に行くことは出来なかった。そこで銀色の妖精はまだ自分の見たい物語を選んでいなかった自分の弟である金の神に呪いを解くように頼んだ。頼まれた金の神は幼なく、自分の力では女悪魔の呪いを解くことは出来なかったので、女悪魔の呪いを物語の”英雄”に解かせようと思いついた……。
「儂がずっと頭が痛い”気のせい”に苦しめられてきた謎がやっとわかったのだ。儂は”銀色の妖精”の”英雄”であったから、銀色の妖精の血を引く妻子と同じように、儂もまた悪魔の不治の病の呪いがかけられていたのだ」
手紙に書かれていることが信じられず、直接物語のことを聞こうとバッファー国のリン村を訪れたトゥセェック国の王や重鎮達をリン村にある国立薬草園の温室で出迎えたライトは、ライトの夢枕に立った神の使いに聞いた、神の世界で起きたという悲しい昔話を語り、自身の”片頭痛”は悪魔によるものなのだと言った。
「トゥセェック国の王と重鎮の者達よ。最後の神の見たい物語は儂やルナティーヌの時とは桁違いなほどに難しい戦いとなる。何故ならば最後の神の見たい物語を終わらせるには、悪魔に命を狙われている善き神の愛し子を悪魔から守るために悪魔から見えないように隠し、彼女にかかった悪魔の死の呪いを悪魔に見つからないように隠しながら解かねばならないからだ。それに死の呪いのことを転生して今は、ただの人間となっている善き神の愛し子にも知られてはならない。悪魔の死の呪いのことを知ってしまったら善き神の愛し子の死の呪いは永遠に解けず……神の物語は終わらないことになり、それは……この4カ国の滅亡を意味することになるのだ」
「「「ええっ!?それはどう言うことですか!何故、たった一人の娘の命が助からなかっただけで、4つの国が滅亡することになるのですか!?」」」
「……まだお前達は善き神の愛し子が誰なのか、気付いておらんのか?最後の神の見たい物語は、先の二つの物語とは全く違うのだ。それは神が真実、そうなってくれと願って、心を込めて作った物語なのだぞ。そう……神の願いがこめられた物語の特殊性故に、この物語の英雄となった者達は既に”英雄”としての心を持ち、”英雄”としての行動を取っていて、それはお前達も例外ではないのだ。自分達の心に問うてみればよい。お前達が守らなければならない善き神の愛し子が誰であるかは自ずとわかるはずだ。そしてそれがわかれば、何故4つの国が滅ぶことになるかもわかるだろう……」
そう言って彼等から視線を移したライトは温室の外の庭を訪れる誰かに気付いて微笑んだが、トゥセェック国の王や重鎮達の立つ位置からは、それが誰かは見えず、それ以上の答えは引き出せなかった彼等は釈然としない気持ちのまま、自国に帰ったのだった。彼等が二人の”英雄”達の言葉が真実だとわかったのは、それから二ヶ月後、……国際的な人身売買集団の大捕物がきっかけだった。
最後の神の見たい物語に出てくる善き神の愛し子というのは、各国の王が”王位なき王”または”銀色の妖精王”もしくは”賢者”と呼び、尊敬し敬っているバッファー国に住む平民の薬草医であるグラン・スクイレルの娘である、イヴ・スクイレルのことだったのだ。12才になったばかりの彼女は”銀色の妖精王”と呼ばれる自分の父と同じ位に美しく、父と同じ位に聡明で、父以上に優しい心根を持っていることから、正体を隠して彼女の父に教えを請いに来たときに彼女とも知り合うことになった各国の王や重鎮達から、まるで自分達の娘や孫娘であるかのように愛され、慈しまれ、その好意の気持ちから”銀色の妖精姫”と密かに呼ばれていた。
……そう、まるでおとぎ話に出てきそうな程に容姿が美しく聡明で、心は容姿以上に美しく優しい”銀色の妖精姫”は、最後の神の見たい物語に出てくる善き神の愛し子に、これ以上相応しい人物はいないだろうと誰もが頷く程に相応しい娘であった。そしてイヴ・スクイレルが善き神の愛し子だと理解した彼等は、同時にライトの言葉が嘘偽りのない真実だと悟る。確かにイヴ・スクイレルの死は……4つの国の死を意味していたからだ。




