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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章の裏側の挿話~6月7月8月
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トゥセェック国と神の見たい物語(前編)

 トゥセェック国は世界で二番目に古い歴史を持つ国である。国土はそれほど大きくないが、海や山からの資源が豊富に取れることから、昔からとても裕福で平和な国であり、今まで大きな飢饉に遭うこともなければ、大きな戦争も起こらず、平和な国で育った国民達は陽気で穏やかな気質の者が多かった。また海や山があることから食材も豊富で、季節の農作物も良い物が毎年収穫されていたので、トゥセェックの食文化は他の国々よりもウンと栄え、トゥセェック国の美味しい料理を求めて近隣の国から大勢の観光客が四季を問わずに訪れるほどだったので、トゥセェック国の者達は昔から異国の者達に慣れ親しんでいた。


 また美味しい料理があるところには、美味しい酒があり、美味しい酒があるところには、お酒がさらに美味しくなるような噂話があるもので、美味しい料理を作る文化を持っていたトゥセェック国の者達は他国の観光客が話す噂話を沢山聞いて知っていたし、また、その話を、これは他の国の話だと言って、その国とは違う客達に話したりもしていたので、トゥセェック国の者達は周辺諸国の国々の中で一番、物語に慣れ親しんでいる民達でもあった。


 だからトゥセェック国の者達は、大昔にへディック国から追放された王子が神によって”英雄”に選ばれ、暗殺者の手を逃れて、小国の姫を助け、その国を襲っていた両隣の国を制圧し、3つの国をまとめてバッファーという強大国を作り上げたときは大いに盛り上がったし、貧乏な男爵令嬢が神によって”英雄”に選ばれ、貧困に苦しんでいたバーケック国を救ったと観光客から聞いた時も大いに盛り上がるとともに……次はいよいよ自分達の国の番かもと不安を抱いたのだ。


 もちろん、その不安とは()()()()()()()のことだった。へディック国を追放された王子……ライトの妻となった小国の姫は、ライトが銀色の妖精の姿をした神の使いによって、神の見たい物語の”英雄”に選ばれた現場に居合わせたと告白し、実際、二人がその時にいたトゥセェック麺の店は、真白の光に包まれたという怪奇現象を多くの民が目撃していたので、それは嘘偽りではない真実なのだと、多くのトゥセェック国民が知ることとなった。儚げな印象だった細身の少年が、その次の瞬間には見たこともないような剣術や体術を繰り出して大勢の暗殺者を一掃した時は彼等は起きたまま、夢を見ているようだと大いに驚いたと証言している。


 それでも神が物語を見たがっているとは、まだ多くの者は信じてはいなかったが、神の願いを叶えたライトの造った国が強大国となり、バッファー国が富み栄えたので、信じていなかった者達も神の存在を認めざるを得なくなった。ライトの妻の証言によるとライトは神が”英雄”にする前と、ライトが”英雄”となった時に姿を現したのだが、その二度とも怒りに燃えるライトの必殺技を散々浴びたことが相当堪えたらしく、自分の弟には、この国での物語の再現は勧めることはしないと言い残して神の世界へと帰って行ったとのことだった。


 バーケック国の場合は貧困により男爵家が没落し、平民となって国を出ようとしていた男爵令嬢に”英雄”になって神の見たい物語を見せて欲しいと、神は男爵令嬢の訪れた教会を光らせ、大勢の信者達がいる前で彼女に懇願したのだという。このやり取りは大勢の信者が目撃していたから、その時のやり取りの詳細は誰もが知ることであった。


 神に選ばれるだけあって、男爵令嬢は胆力があり、神の言葉に「たった3年で国を救えだと?お前はどこかの野球監督か!こちとら資金もなければ、伝手もコネも人手もない、貧乏男爵令嬢だぞ!自分のことで手一杯で国など救えるわけがない!大体自分でこの国を貧困にしたのなら、自分で何とかするのが筋だろうが!恩着せがましく異世界転生させたというが、俺がそんなことをする義理がどこにある!この国を不幸にしたのはお前なんだから、幸せにするのもお前がやれ!」と正論を叩き付けたのだという。


 邪神かと思われた神を名乗る存在が、根が善良で単純な子どものようだと見抜いた男爵令嬢は、”英雄”が物語を見せてくれないと、この国に再現された物語は終わらないと嘆く神から、国を救う資金となる栄養剤の原材料を生み出す木と、その精製方法、注射器の製造方法とそれを実際に作る職人を巻き上げ、さらには自分で蒔いた種は自分で刈り取るのが筋だと神を言いくるめ……諭し、神の物語の主人公がいつも連れているという飼い猫の黒猫に変化させ、物語が終わるまで自分に付き従うという誓約をさせ、神が約束事を交わすときに用いるという石版に書かせた。


 男爵令嬢は自分の為にも自国の為にも物語を終わらせようとに決意すると共に、もう二度と神が自分達の国で、人間達にとっては災禍でしかない物語を再現などする気を起こさせないようにしようと考え、バーケック国の危機が回避され、物語がハッピーエンドに終わる日までの三年間、黒猫を馬車馬のごとく散々こき使った。そうしてボロ雑巾のようになるまで働かせた後に男爵令嬢は、残りの物語がないかを神に尋ねた。神は次男の銀の神がバッファー国で物語を再現させていると言い、物語が残っているのは末の弟の金の神の物語だけだと言った後、末の弟には、こんなに神をこき使う国で物語を再現させるのは止めるように言うと言い残して神の住まう世界へと帰って行ったので、バーケックの女王となった男爵令嬢は、今後の自国を神から守れたことを国民達に宣言したらしい。


 これまでトゥセェック国は貧困にもならず戦争も起こっていないが、この世界の神々は物語を見たいがためだけに国を不幸にすると知り、最後の物語のせいで自分達の国が不幸になるかも知れない……そして次は自分達の誰かが”英雄”にさせられてしまうかもしれない……と恐怖を抱いた。そうなったとき、自分達はライトや男爵令嬢のように上手く神と立ち回れるだろうか……上手く物語を終わらせることが出来るだろうか……と不安を覚えたので、トゥセェック国はバッファー国の王となったライトやバーケック国の女王となった男爵令嬢……ルナティーヌと友好を結び、いざという時は助力を請える関係性を築くことを願い、交渉を重ねた結果、念願の友好国となることが出来た。


 それから時が過ぎ……トゥセェック国は、ひょっとしたら最後の神の見たい物語はへディック国で起こるのではないかと考えるようになった。というのも、ライトの一件以来、へディック国との国交は途絶えていたが、トゥセェック国は密かにへディック国に潜ませていた間者を通じて、へディック国が衰退していっていることを知ったからだ。もしかしたら……最後の神はバーケック国の時と同じようにへディック国を衰退させ、滅亡寸前の危機に陥らせ、その危機を救う”英雄”の物語を見たいのかもしれないのではないだろうか?その物語がバーケック国の時のような方法で、国を救うのならトゥセェック国に被害は及ばないから良いが、もしもバッファー国の時のような方法で、へディック国を救う物語なのだとしたら、へディック国の隣国であるトゥセェック国はへディック国に現れた”英雄”によって戦いを挑まれ、へディック国に吸収されてしまうかもしれない。


 ……そう考えたトゥセェック国の王や重鎮達は怯え、恐怖に陥り、不安に思う気持ちからライトとルナティーヌの両方の”英雄”に、最後の神の物語の全容を知らないかと手紙で尋ねた。二人は残念ながら最後の神の見たい物語を知らないが、何か異変があったら、お互いに直ぐに知らせ合い、協力して神の物語に立ち向かおうという、励ましと協力を約束する手紙をくれたので、トゥセェック国は一先ずの安心を得、万が一に備え、国防を強固なものにすることにした。 そのやり取りの数十年後に、一つの異変が起きた。それはへディック国のカロン王の心の豹変と姿の変貌だった。


 ライトを追放し、その命を狙ったナロン王の息子であるカロン王は、国交を再開させたいという内容の手紙をトゥセェック国に送ってきた頃は民を第一に思い、民のための執政を頑張っている、心優しき賢王で、その姿も美しい心がそのまま容姿に現れているかのように麗しい青年だったので、トゥセェック国の王や重鎮達は、もしかしたら最後の神の見たい物語はバーケック国のように、一人の人間が自分の知恵と優しさで国を救う物語で、その物語の”英雄”に選ばれたのは、心優しく聡明なカロン王なのではないかと密かに思っていた。


 カロン王は15才まで城の奥深くの後宮で育てられていたので、その頃に神の啓示を受けたのなら、真白の光も神の声も城の外にいる間者にはわからなかったはずだから、その可能性は充分に高いだろうと思われた。それに実際、カロン王が王位についてからはへディック国の衰退は止まり、少しずつではあったが国力が回復の兆しを見せ始めていたので、トゥセェック国の王や重鎮達は、どうやら最後の神はバーケック国の時のような無茶ぶり……たった3年で国を強国にする……を”英雄”に求めない、常識のある神なのだと思い、ホッとしながらへディック国が回復していくのを温かい気持ちで見守り、カロン王がへディック国を救い、神の見たい物語を終わらせた時には、大いに彼の英雄譚を褒め語り、全世界の者達に最後の神の見たい物語が終わったことを広め伝えようと思っていた。


 しかし……今から十年前、カロン王は急に自分の父であるナロン王のように傲慢で横暴な愚王へと豹変し、民のことを考えなくなり、悪政を行い、心ある貴族達を次々と国外に追い出し、その数年後には彼等が国に戻るのを嫌うあまりに自分が望んで再開させた国交も、また一方的に閉ざしたのだ。間者達の報告によると、それに合わせるようにカロン王の麗しかった美貌は人間とは思えないような恐ろしい容姿に変貌していき、人前に姿を現すことを嫌い、国中の武器を買い集め、それを城の地下室に運ばせると、そこに籠もるようになり、間者達が耳にした城の者達の噂では、まるでカロン王は金色の悪魔のようだと囁かれるようになったとのことだったので、トゥセェック国の王や重鎮達は激しく当惑することとなってしまった。


 まるで物語の主人公だった者が、主人公が倒すべき悪役に変わってしまったかのような出来事に思い悩むトゥセェック国の王や重鎮達は、この異変のことを二人の”英雄”に知らせ、意見を求めたところ、彼等から思いもよらない回答の手紙を受け取ることになり、その内容に驚愕することとなった。何故なら二人の名前が連名で書かれた手紙には、トゥセェック国の王や重鎮達が予想した通り、最後の神が見たい物語は確かにへディック国で始まっていたのだが、その最後の神の物語の舞台となる国はトゥセェック国で、さらには最後の神の見たい物語の”英雄”はトゥセェック国、バッファー国、バーケック国、へディック国の……()()()()()()()と書かれていたからだ。

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