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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章の裏側の挿話~6月7月8月
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復讐物語の裏側で~神々とリアージュ④

 三日三晩お腹を壊して苦しんでいたリアージュは、僕イベのショートカットの方法を思い出すことが出来なかったので、仕方なく前世の”お姫様”の記憶を頼りに学院を目指すことにした。学院の保健室には僕イベのサポートキャラであるルナーベルがいる。僕イベで『セーブをする』という項目を選択すると、画面が保健室に変わり、ルナーベルが「セーブをしますか?」と尋ねてくる。だから保健室に行けば、前回ルナーベルと会話した地点まで戻れるはずだとリアージュは思っていた。


(私が保健室を尋ねたのは二回だけ……。入学式の次の日と5月の茶会にルナーベルを誘った日だけ。戻るなら、やっぱり入学式の次の日だよね。ああ、こんなに現実感たっぷりのゲームをまた4月から始めるなんてウンザリだけど、5月の茶会前に戻ったら、結局5月の茶会はやらなきゃ行けなくなるのだから、それを回避するには、仕方ないけど4月から始めないと……。ああ、本当に面倒臭いったらないわ!次は絶対セーブをこまめにしとかなきゃ!)


 15才で学院に入学するまで9年間も本家の屋敷に引きこもっていたリアージュは地理に疎く、今自分がどこにいるのかもわからなかったが、学院は城の近くにあったはずだという”お姫様”の記憶があったので、町から遠くに見える城を目指そうと、お腹が治った次の日から、誰もいない町を歩くことにした。車や自転車がない世界……今は馬車さえない国を毎日毎日黙々と歩くことは、前世今世共に怠惰な性格であるリアージュには至極苦痛を伴うことであった。


「ああっ、もう!お腹空いた、お腹空いた!もっとちゃんとした物が食べたいわ!それにお風呂も入りたいし、綺麗で柔らかいドレスが着たい!もう!何だって、どこの家にも腐った食べ物しか置いてないのよ!嫌になるったらありゃしないわよ!」


 怠惰なリアージュは町を歩き始めて、数時間で根を上げ、悪態をつき始めたにも関わらず、7月に入ってからもコツコツと一人歩き旅を続けていた。というのもリアージュは白いリボン以外は何も持ち合わせておらず、また往来にも、どこの家にも人っ子一人いなかったから、リアージュは空腹を何とかするために……それこそ前世の世界のRPGゲームのように、カロン王の住む城が見える町の家を一軒ずつ家捜しして、めぼしい食料を探し回ることでしか日々の食料を得る方法がなかったからだ。へディック国の夏は暑く、冷蔵庫もない世界ゆえ、食べ物の腐敗は早い。何故か上下水道だけはリアージュの前世の世界と同じようだったが、水だけで飢えを凌ぐのは暴飲暴食を重ねてきたリアージュには耐えがたいものだった。


 旅立った当日のリアージュは、自分がゲームに復帰できたら今度はハーレムなんて望まずに、誰か一人に的を絞ろうと思ったり、自分よりも美しいルナーベルを陥れて辱めるのは攻略対象者の誰かと結ばれてからにしようと思い、それまではルナーベルをおだて上げて、攻略対象者の誰と結ばれるのが一番楽が出来るかを聞きだそうと考えたりする余裕があったのだが、その次の日を待たずして旅立った日の夜からリアージュは僕イベのことを考えることは一切無く、思うことは自分の生活にまつわることだった。


(美味しい物をお腹いっぱい食べたいけど、自分では何も作れないし、作りたくもない。汚れたお皿やフォークを使いたくないけど、自分で洗いたくない。汗をかいて気持ち悪い服を着替えたいし、毎日綺麗に洗われたシーツで寝たいけど、自分で服を脱ぎ着なんてしたくないし、自分でシーツ交換なんてしたくないし、洗濯は面倒だからしたくない。


 体中ベタベタして痒くて匂うからお風呂に入りたいけど、自分で髪や体を洗うのは面倒だから、誰かに洗ってもらいたい。それに浴槽を洗うのも湯を沸かすのも面倒だからしたくない。でも汚れたお風呂になんて入りたくないし、お湯はいつも汲みたての水で沸かしたお風呂に入りたい。汚い部屋にいたくないけど、掃除なんて大嫌いだから自分ではしたくない。


 トイレは……お尻くらいなら自分で拭くし、ノズルだって自分で回してもよいけど、トイレットペーパーの芯を交換するのは面倒だからしたくないし、かといって紙がなくなったトイレットペーパーの芯のまま交換されていないのはムカツクから嫌だし、汚れたトイレを使いたくないし、かといってトイレを掃除するのは絶対に……絶対にしたくない!


 ……ああ、この世界で生きるのって、どうしてこんなにも七面倒くさいのよ!どうして、なんでもかんでも自分で働かないといけないのよ!私は”お姫様なのに!早くゲームに復帰して、貴族に戻らなきゃ!男爵令嬢なんて低い身分は嫌だけど、今よりは断然いいわ!金を稼いでくれる馬鹿親父や私の生活の面倒を全てしてくれる()()がいるんだもん!ゲームに復帰したらメイドに風呂に入れてもらって、コックに沢山の唐揚げを作らせて、冷たいビール……はないんだった……ワインを飲みながら、お腹いっぱいになるまで食べてやるんだから!)


 ゲームに復帰できれば自分は男爵令嬢に戻れる。そうすれば、こうやって食べ物を求めてさまよい歩かなくても良い。散々探して見つけた食べ物が腐りかけていても空腹に負けて口に放り込むなんてこともしなくてすむ。ダラダラと汗を流すこともないし、汗臭い衣服を毎日着続けることもない。冷たい水で自分の体を自分で洗わずとも良い。トイレに行くときにトイレットペーパーが入っているかどうかを事前に確認しなくてもよい。埃とダニにまみれたシーツで寝なくてもいい……と、旅立った日の夜から四、五日は生活のあれこれについて悪態をつきながら旅をしていたリアージュは、日が進み、王都に近づく頃には、食べ物のことしか考えられないようになっていた。


(肉汁たっぷりの唐揚げ、サクサク衣のトンカツ。ドーナツ。フライドポテト。カレーライス。ミートソーススパゲッティー。ピザ。ハニートースト。チョコレート。ポテトチップス……ええい、今なら嫌いな魚も和食も何だって食べてやるのに!早く、早くゲームに復帰しなきゃ!早く、早く何か食べたい!もう水なんてうんざりだ!)


 家々を一軒ずつ家捜ししながら旅を続けていたリアージュは、帽子も日よけのマントも着けずに旅していたので真っ黒に日焼けし、ピンクだった髪も日焼けで若干色が薄くなっていたし、頭から足先まで汗疹と虫刺されが化膿し、とびひとなって全身に赤い発疹が出た状態となっていたが、自分の身なりのことなど気にすることはなく、それどころか、あれほど重要だと思っていた王家との繋がりを示す母親の形見のリボンを、どこかの家捜しをしている最中に紛失してしまっていたが、ゲームに復帰すれば、自分の身なりは元通りになるだろうし、母親の形見のリボンも手元に戻るだろうと安直に考えるリアージュは、リボンを探すために戻るという選択はしなかった。


 王都に近づくにつれ……日が進むにつれ……その家々に放置されたままだった食べ物の腐敗が進んで食べられないことが多くなり、日によっては水しか飲めない状況が続くようになってから以降リアージュは、さらに食べ物のことしか考えなくなり、7月の19日にヒィー男爵家の王都の屋敷を見つけたときのリアージュは、まるで野犬のような状態になっていた。


(お腹空いたお腹空いたお腹空いた。何か食べたい何か食べたい何か食べたい。お腹空いたお腹空いたお腹空いた。何か食べたい何か食べたい何か食べたい。お腹空いたお腹空いたお腹空いた。何か食べたい何か食べたい何か食べたい。お腹空いたお腹空いたお腹空いた。何か食べたい何か食べたい何か食べたい。お腹空いたお腹空いたお腹空いた。何か食べたい何か食べたい何か食べたい。お腹空いたお腹空いたお腹空いた。何か食べたい何か食べたい何か食べたい……)


 リアージュは見慣れた屋敷に戻って来たという干渉にひたることもなく、建物をグルリと見て回り、鍵がかかっていることに気付くと、どこで調達したかも覚えていないトンカチで躊躇なく、窓ガラスを叩き割り、手を突っ込んで中から鍵を開けて、久しぶりの我が家に不法侵入した。


 5月の茶会後に直ぐに売却したという屋敷にも誰もいず、家具も調度品も何もかもが売却されたのか、屋敷の中には何も置かれていなかった。だから当然リアージュが住んでいた部屋の中も何も置かれておらず、空腹のリアージュが期待をしていた、ベッドの下に隠していたはずの酒瓶もお菓子類も……ベッドごと消え失せていたので、飢えていたリアージュは怒り狂い、その日は一日中屋敷の中をしらみつぶしに物色したものの、やはり何もないことにがっかりした。その日も水だけ飲んで、屋敷の床に直に寝転んで寝たが空腹だったこともあり、次の日の20日の早朝に目覚めたリアージュは、フラフラと屋敷の厨房へと向かい、何も食べる物がないのをもう一度確かめてから、使用人の勝手口から外に出て……それを見つけた。


(あっ、井戸がある!……あら?何だろう?何だか見覚えがあるわ。変ね、私は使用人のいる中庭になんて一度も出たことはないのに……?ううん、違うわ。これは”お姫様”の記憶だ。確か僕イベの王子ルートの時の……)


 食べ物のことしか考えていないリアージュの頭の中に、前世の”お姫様”の記憶が突如浮かび上がる。それは僕イベの個別いちゃラブイベントで発生するイベントの内の一つで、王子との”お忍びデート”の記憶だった。


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