復讐物語の裏側で~神々とリアージュ②
6月の中頃を何日か過ぎた頃だろうか……5月の茶会以降、リアージュは曜日感覚をなくしていたために正確な日にちはわからなかった……、リアージュは刑期が終わり、収容所を追い出されたところで、遠くに血が乾いたような、どす黒い赤い色をした城を見つけてしまった。
(ちょっと待ってよ、これって、どういうことよ?)
男爵位を失い、家屋敷も何もかもを失ったリアージュは自分が生きている世界は、僕イベの世界ではないのではないか……とようやく思い始めていたのに、どう見ても遠目で見える趣味の悪い城は、ミグシリアスの復讐エンドのスチルで登場する城にしか見えなかったことで、激しく戸惑うこととなった。
(え?これって、も……もしかして、やっぱりこの世界は僕イベのミグシリアスの復讐ルートの世界ってことなの?ちょっと待ってよ!復讐ルートで戦争なんかになったら、カロン王が殺されちゃうじゃないの!私を養ってくれる王がいなくなったら贅沢な生活が出来なくなるじゃない!と、とりあえず情報を集めなきゃ!私の人生勝ち組のお姫様生活のためにも!!)
リアージュは、この世界が僕イベの世界ではないのなら、王家との遠縁の血筋を盾にして、一生、カロン王の庇護下の元、夢のお姫様生活を満喫してやろうと思っていたので、今更ここが僕イベの世界だったと知ったところで、それを嬉しいとはもう思えなくなっていた。それどころか、ここがミグシリアスの復讐ルートの世界だと間違いなくカロン王は殺されて、国は滅び、全ての貴族が貴族ではなくなってしまうのだ。
そうなると民主制の新しい国が建国されてしまい、リアージュの望む、夢のお姫様生活が送れなくなるので、リアージュは何としても、それを回避したいと考えた。そのためには、ここが僕イベの世界かどうかを確かめたいと考えたリアージュは、早速情報収集をしようと思い立ち、町を歩くこと小一時間後……リアージュは、あることに気づき、歩を止めることとなった。
(……あれ?誰もいない……?)
収容所を出て、しばらくは回りを気にしないで歩いていたリアージュは、変な違和感を感じて、立ち止まり、人の気配が全くしないことに気が付いた。往来を歩く者が一人もいないのだ。誰かが話す声も聞こえない。馬の蹄の音もなく、物音一つさえ聞こえてこない。そこは数日前までは人が生きていたと思えるような、生活感溢れる建物だけが並んでいるだけで、リアージュの他に生きている者は誰もいない……静寂な空間だけがそこに広がっていた。
「何よ、これ?……何で誰もいないのよ?」
(何だろう……?まるで閉園後のテーマパークや映画のセットみたいだわ……)
ポツ……ポツポツ……と雨の滴が顔にかかったと思った途端、ザアアアァ……と6月の梅雨の雨が一気に降ってきて、リアージュは慌てて近くの家に飛び込んだ。その家は、つい最近まで誰かが……多分複数の人間が生活していたのだろう、生活感あふれる家だったが、やはり今は誰も住んでいないのか、家の中の机やベッドやタンスの上にうっすらと埃が溜まっていた。
「……これって一体どういうことなの?」
リアージュは家の中を粗方見てから、玄関口に戻り、そこから外の様子を伺った。雨は勢いよく降っていて、リアージュは前世の日本の梅雨を思い出して、チッと舌打ちした。前世の日本なら平民でも傘を持っているがへディック国の民の多くは傘など持っていない。傘を差すのは一部の裕福な平民か貴族達だけで、多くの民は皆、雨天用のつばの広い帽子を被り、マントで雨露を凌いでいたのだが、長く屋敷に引きこもっていた深窓のご令嬢であるリアージュは、自分が馬鹿にしていた民のように帽子を被ることやマントを羽織ることは嫌だと思ったので、その場で待機をよぎなくされることとなり、それに苛立ちながら、雨が上がるのをひたすら待つこととなった。
「あ~、もうジメジメして鬱陶しい!あちこち汗疹で痒いし、蚊にさされて痒いし、掻きむしったら傷になってアチコチ痛痒いし!蒸し暑いし、もう動きたくない!お腹は減ったし、まともな食べ物はないし!最悪最悪最悪よ!ホンットにもう!だから嫌なのよ!リアル感たっぷりのゲームの世界って!」
あれからリアージュは三日前に飛び込んだ家の中で、埃を被った固いベッドの上でグデンと寝転がり、ジタバタと手足をばたつかせてみたが、自分の周りには誰もいないことを思い出し、ばたつかせることを止めた。
(きっと私が5月の茶会の時に、まるで僕イベの”卒業パーティー”イベントの悪役令嬢のように断罪されて、貴族籍も家も失い、ちょっと人の物を盗んだだけで泥棒呼ばわりされて牢屋に入れられたせいよね、これは……)
この三日間、リアージュはある事情で足止めをよぎなくされ、この家に居続けたのだが、その三日間の間も誰にも会わなかったことで、リアージュは自分がいる世界は……現実感たっぷりの僕イベの世界で、今の誰もいない状況はリアージュがバッドエンドとなったから、モブである平民達が消えてしまったのだと思い込んでしまった。
(あ~、かったるい!ホントにマジ最悪!前世でゲームをするのは楽しかったけど、リアルでゲームの世界に生きるなんて全然楽しくないわ!どうせなら魔法や超能力のある世界なら良かったのに!何よ、ここは!リアルな生活感なんてゲームには必要ないのに!ホント~にマジ僕イベって最低よ!)
三日前、リアージュは雨で飛び込んだ家が空き家なのだと知ると、まるで自分はRPGの主人公にでもなったかのような気分で大胆に家を物色し、引き出しという引き出しを全て引き出し、見つけたツボは投げ割ってみたが、これというお宝は見つけられなくてガッカリした。長い時間をかけて見つけた、めぼしい物と言えば、小銭が少しと台所で腐った果物や、もみ殻がついたままの小麦、乾燥した大豆くらいで、リアージュが好きな肉や菓子や酒類は、そこにはなかった。
リアージュは苛立って、手当たり次第にその辺りにあったものを家中に投げつけた。……が、空腹に耐えきれなくなったリアージュは仕方なく腐った果物を食べ、もみ殻がついたままの小麦はもみ殻を取る方法も食べ方もわからなかったが空腹だったこともあり、そのまま口に放り込み、乾燥させた大豆も、やはり空腹には勝てず、そのまま口に放り込んで……腹を壊してしまった。結局、三日間の間、寝ている以外の時間はトイレに籠もっていたリアージュだったが、その間、誰もリアージュのいる空き家に訪れず、外からも一切、人のいる様子が見受けられなかった。
三日間もの間、トイレで苦しんだリアージュは怒りが収まらずに、また暴れようとして、三日前にリアージュが癇癪を起こしたときに投げたモノに躓いて転んで、鼻血を出した。リアージュは苛立つ気持ちのまま、鼻血を止めようと鼻を摘まんで上を向き、低い天井を睨み付けた後に目を瞑った。
(さぁ、考えるのよ、リアージュ!僕イベにリトライするための方法を!”お姫様”の僕イベの記憶で手掛かりとなるものを見つけて、ゲームをショートカットして、直接カロン王の元に行く方法を!)
もしもリアージュが茶会での数々の自分の愚行を反省し、病院を追い出された後に平民として生きる決心をして、働き口を真剣に探していれば、町から人が消えた理由を知っただろう。16才の大人であるということを自覚し、これからの自分の将来について真摯に考え、これまでの自分の怠惰を悔い改めようと決めていれば、町の民達と一緒にリアージュも6月の中旬には、その町から消えていただろう。実際リアージュが犯罪者として逮捕されるまでは、その町に民は少なからずいたのだから……。
でもリアージュは自分の愚行を反省しなかったし、平民として働く気なんてさらさらなかったし、大人であるという自覚もなかったし、自分の将来のことは他力本願……カロン王に寄生して上前だけを美味しく頂いて人生面白おかしく生きてやろうと安直に考えていたし、怠惰を悔い改めるどころか、民達は自分の為に尽くす生き物……道具だという認識を改めなかったことから、リアージュは犯罪に手を染め、名実ともに悪人となって、収容所に入れられた。
リアージュが強制労働を課せられながら三週間も隔離されている間に、へディック国は大きく動いていた。リアージュのもたらした食べ物により、大勢の貴族達が神様のお庭に旅立ったことを好機と捉えたナィールは、全てのことを終わらせる為の最後の仕上げとばかりに、まず最初に優しい”保健室の先生”であるルナーベルを事故死を装って逃がした。その一方でナィールは、ナィールの仲間であるシュリマンと彼が影から率いる教会の者達や、ナィールもその一員である”銀色の妖精の守り手”達忍者集団に指示して、僅かに残っていたへディック国の民達を一斉に国外脱出させていた。
また、実は”善き王”であったカロン王が、自身が持つ”真実の眼”を用いて、カロン王の取り巻き貴族となっている敵達の目をルナーベルやナィール達から背けさせるために、大勢の亡くなった貴族達を悼むためと称して、”合同法要”を行うことにし、二ヶ月にもわたる”喪中”のために、生き残っているへディック国中の貴族達を王都に集め、”喪中”の期間、それぞれの社交を自粛させ、自宅謹慎させることで、ナィール達の助けとなり、民達を無事に逃がす一役を見事に果たしていた。
だからリアージュが収容所から出された三週間後には、その町から民は一人もいなくなっていたのだが、リアージュはそれを知らなかったから、この現実の世界をゲームの世界だと思ってしまい……結果、普通の人間ならば絶対にしないだろうことをしてしまったのだ。




