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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章~7月8月
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※スチルでは語られない悪役の末路②

 ヒールがカロン王の所に行きたいと告げると仮面の弁護士は少し驚いたようだったが、少し待っていてくれと言って、騎士の一人に声を掛け、椅子を持ってくるように頼み、ヒールをそこに座らせると各国の使いの者達の所へ行き、ヒールの意向を伝え、了承を得て戻って来た。全ての罪を告白し、気が抜けたからか、ヒールは歩行が困難な状態になっていたので、カロン王のいる部屋まで仮面の弁護士がヒールを背負って運ぶと言い出した。


 ヒールはそこまでしてもらうのは申し訳が無いと固辞したが、仮面の弁護士が一向に聞き入れないので、ヒールは申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも彼に背負われることにした。ヒールがしゃがむ仮面の弁護士の背に乗る際、”社交界の紅薔薇”がヒールの体を支え持ち、背に乗るのを介助してくれたので、ヒールが礼を言うと彼女は変な言葉を口にした。


「いえ、()()()()()()()()ですからね。最後の仕上げの調()()()()()()()()()までです」


「?」


 ヒールが首を傾げるとヒールを背負った仮面の弁護士も妙な言葉を言った。


「……確かにあなたの料理の才も彼女と同じ位に他に類がないものだが……お願いだから間違ってもあなたの手料理を俺の親友には喰わせるなよ……と、失礼しました、ヒールさん。では行きましょうか」


 そう言って仮面の弁護士はヒールを背負って講堂を出た。何でも雨が酷いので、カロン王を施設に送るのは明日にし、雨が止むまでは男子寮の一室にカロン王を留め置くことにしたのだと仮面の弁護士が説明してくれていたが、ヒールは胸元の隠しポケットに残っていた最後の小瓶の存在を仮面の弁護士に気付かれないかとヒヤヒヤしていたので、少しも話が耳に入ってこなかった。


 この小瓶は先に持っていた小瓶よりも二回りも三回りも小さい小瓶でヒールの小指よりも細く短い小瓶だったが、この小瓶の中には先に持っていた染色抜きの液体とは違う、とても恐ろしい毒が入っていた。透明の液体が入ったガラス瓶に入っているのは無味無臭の毒だと、近隣諸国をまたいで盗みをしていたトゥセェック国の荒くれ者達の頭は昔に言っていた。たった数滴飲むだけで何の苦痛も感じないまま、眠るように息を引き取れる、良心的な毒薬なのだと教えてくれた。ヒールは憎き王族に安らかな死など与えぬわと、それを突っぱね、彼から毒を取り上げて、毒を処分したと思わせていたが、実は、この危険極まりない毒薬が何かの役に立つかも知れないと思い直し、密かに隠し持ち続けていたのだ。


(……けして安らかな死など与えぬと思っていたのだがな……)


 ヒールは、もう神様のお庭に行く身なのに、最期の最後で誰にも言えぬ最悪の悪事をする自分は何と愚かな悪しき男なのだと思いつつ、その決意を違わぬ事こそが、自分が不幸にしてしまった男への最後の罪滅ぼしになるだろうと考え、神様のお庭で罰せられることになるだろう自分を甘んじて受け入れようと心に決めながら、仮面の弁護士の背に揺られていた。




 カロン王がいるという部屋の前には騎士が二人立っていて、ヒールを背負って現れた仮面の弁護士を見た彼等はシャンと背筋を伸ばして敬礼し、妙な事を言った。


()()()()()。ご報告があります。ご命令通りにカロン王を部屋に連れて行こうとしたところ、カロン王は講堂を出た所で急に走り出し、我々を振り切って逃亡をしようとしたようなのですが……中庭に走り出した瞬間に足が縺れ転び、直ぐに捕縛し直しました」


 仮面の弁護士はイミル将軍と呼ばれたことを否定しないまま、彼等と幾つかの言葉を交わし、彼等に幾つかの指示を出した後、ヒールを背から下ろして言った。


「ヒールさん、中にいるカロン王は国が滅亡していたことに怒り、気が荒立ち、逃亡を謀ったり、ここまで護送してきた騎士達に対しても悪し様に罵っていたらしいんだ。だから彼等はカロン王が逃亡しないように椅子にくくりつけて、猿轡も咬ませている。……本当にあなたの最期の場所がカロン王の傍でいいのか?」


 仮面の弁護士はヒールを気遣うように言ってくれたが、ヒールはここが良いと言い、礼を言った後に小一時間ほど二人だけにして欲しいと頼み、カロン王のいる部屋へと入っていった。





 部屋の中には椅子ごと縛られているカロン王以外には誰もいず、またカロン王が座っている椅子の他に家具は何一つ置かれていなかった。壁には窓もなく、壁も天井も床も白い部屋だった。ヒールは縛られているカロン王の近くに行き、息を飲んだ。カロン王の輝きのない、パサパサした、くすんだ金色の髪にも赤い吹き出物だらけの顔にも今日の誕生日用にと着飾った盛装のアチコチにも中庭で転んだときについたのだろう泥がついて、いつも以上に見苦しい出で立ちになっていたからだ。


(なんとみすぼらしい姿だろうか……。それに、この老け込みようは何だ?まるで儂と同じ歳かそれ以上年上であるかのように老いて見えるぞ。……まるで晩年のクローニック侯爵を見ているようだ)


 カロン王の祖父に当たるアロンを暗殺し、カロン王の父であるナロンとカロン王を傀儡にし、甘い汁を吸ってきたクローニックは晩年、今のカロン王のように体はブクブクと太りに太り、皮膚は発疹は出ていなかったが黄色く変色し……5月の災禍により死病にかかったカロン王の取り巻き貴族達のように体中の至る所の不調を訴え、苦しみもがいて亡くなった。だからカロン王もいずれはクローニックやカロン王の取り巻き貴族や今のヒールのように死病になり、苦しみもがいて亡くなるのだろうということがヒールには予想出来たが、その通りにカロン王を死なせはしないと決意し、懐から手布を取り出し、カロン王に声をかけた。


「何という酷い有様でしょう。じっとしていてくだされ。今この爺が泥をぬぐってさしあげますからね」


 猿轡をしたままのカロン王の顔を手布でぬぐいながら、セールはカロン王の過去を思い出していた。


(ブヨブヨに太っているのにシワシワの皮膚……。濁りきった目。酷い口臭に全身に広がる化膿した発疹。昔はシーノン公爵と並んでも遜色ないほど美しい姿だったが、クローニック侯爵と儂のせいで、あの美しく、繊細で大人しい少年をここまで腐敗させたんだ。クローニック侯爵の嘘で儂は……この者を愚かな愚王にしてしまったんだ。取り返しのつかない酷いことを儂は……)


 後悔しても既に遅く、カロン王はナロンと同等かそれ以上に愚かな男で悪い王様となった。国が亡くなった今、もうカロン王は王様ではなくなった。多分、各国の使い達はカロン王が”貴族病”でもう直ぐに亡くなることを予想し、処刑ではなく、病死を選んだのだろうが、ヒールは彼を病死させるつもりはなかった。カロン王の顔や体に付着していた泥を拭うと、ヒールは胸元から小瓶を取り出し、こう言った。


「クローニック侯爵や儂のせいで、すっかり老いて醜く変わり果ててしまったカロン王よ。お前は儂達のせいで愚かになり悪い王になってしまった。このまま、どこかの施設で軟禁されても、お前に待っているのは苦しみもがき死ぬ未来しかない。……そこでな、これだ。これはな、少し飲むだけで何の苦痛も感じずに眠るように死ねることが出来る良心的な毒なんだ。これを今からお前に飲ませてあげよう。……それがな、何も悪くなかったお前を悪魔にしてしまった儂のせめてもの詫びだ。……飲んでくれるか?」


 猿轡をしたままのカロン王は、一瞬目を丸くさせて濁った目を見開き……暫く後にコクンと頭を縦に振った。ヒールはカロン王の了承の意に、自分で言っておきながら酷く動揺し、小瓶を持つ手が震えだした。


 目の前にいるのはヒールのせいで悪くなった哀れな王だった。クローニック侯爵の傀儡になるように幼少期から短剣や毒で脅され続け、教育の機会を与えられず、徹底的に愚かになるように育て上げられた気の毒な王子だった。愚かで悪魔のような思考をする男になったが、それはカロン王自身の意志で、そうなったのではなく、全てはクローニックとヒール達のせいだったのだ。偽りの復讐から目が覚めたヒールには、そんな哀れで気の毒な男を殺すことは……もう出来なかった。ヒールは小瓶を持ったままの手をダランと下に下ろして、カロン王に詫びた。


「……で、出来ない……。儂には……出来ない。すまん、カロン王。自分で言い出しておきながら、儂は哀れなお前を殺すことが出来ない……。自分勝手な理由でお前の人生を狂わせておきながら、お前を”貴族病”の痛みで苦しんで亡くならせたくないからという自分勝手な理由でお前の命を奪うなんて……。偽りの復讐に踊らされて、人の運命をもてあそぶだなんて邪神のごとき所業を長年お前にしてきたが、儂は……ヒールなんだ。儂は悪に染まって悪事をしてきたが、最期は儂の尊敬するご先祖様や始祖王の5兄弟の血を引く、誇り高き最後の王として神様のお庭に旅立ちたい。ご先祖様達に恥じない自分になるためには、お前を殺すわけにはいかない!……すまん、カロン王」


 ヒールはそう言って涙をこぼし、膝から頽れて床にしゃがみ込むと、頭を床につけて土下座をして詫び続けた。するとカロン王は椅子に縛られた体を椅子ごと持ち上げてガタガタと大きな音を立て出し、猿轡をしている口からも、「うー、うー!」と唸り、暴れ出したので、部屋の外から仮面の弁護士と見張りの騎士達が慌てて中に入ってきた。

 

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