※スチルでは語られない悪役の末路①
「私は……いえ、カロン王は5月末に”合同法要”をするからと王都に全ての貴族達を集めるように命令を出していました。命令を受け、王都に向かって旅立った貴族達は旅の道中でへディック国中に民がいないことにやっと気づき、この国がもう終わっていることを知ったのです。沈むとわかっていて、いつまでもその船に乗る愚か者はいません。彼等貴族達は王都に向かうのを変更し、そのまま国外逃亡を謀って我々の国に逃げてきたんです。そこで我々は彼等のフリをして国内に入り込み、あなた達の動向を見張っていたんです。
……そう、この7月の21日の夜の時点で、この国の国民はカロン王の取り巻き貴族だった者達とそこの老人とあなた達4人だけしか残っていなかった。……つまりですね、7月の21日の時点ではもう既にへディック国は滅亡していたということです。あなたが継ぎたかったへディック国は王の血を引く者達によって終わりを迎えていたのです」
イミル将軍が王子だった青年に、こう告げた直後のことだった。雨音がけたたましいぐらいに地面を打ち鳴らし、雷もゴロゴロと鳴り響き、学院の窓から見える夜空は重たい黒雲に覆われつくし、学院の中からは外に何があるのかも見えず、そして外からも……《神の領域》からも……学院の中で何が起こっているのかがわからないし、何も見えない状態へと変わったのだ。使いの者の一人がへディック国の貴族に扮していた者に指示し、窓の外から中が確認できないのを確かめさせた後にこう言った。
「旦那様、皆々様。どうやら今の言葉で最後の神の見たい物語は終わったようです」
彼がそう言うと、そこにいた者達は皆、フゥ~と深く息をつき、「やれやれ、これで完全に我々の世界は神の脅威から救われた」とか、「とうの昔に城を占拠出来ていたのに、長々と時間がかかってしまったな」とか「仕方ない。ミグシリアスの復讐ルートのスチルムービーとやらは他の攻略対象者達と違って30分もあり、物語が終わるのに時間がかかったらしいからな。戦争を回避出来たのだから由としなければ」とか、「前の世界だと7月の21日辺りは”終業式”で、今日だと大体、盆終わりに当たるから、神達に完全に引き上げてもらうには今日という日が最良の日だったのだろう」等と話していたが、ヒールには彼等が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
彼等の仲間の数人の騎士達は王子だった者を手際よく縛り上げると、先に縛られている青年達と共に、どこかへと連行していった。また何人かの騎士達は、使いの者の指示を受け、亡くなった者達の体を大きな布で丁重に包むと、指定された別室へと運んでいった。騎士達がテキパキと動く中、各国の使いの者達は舞台上のカロン王の下へ向かっていった。
各国の使いの者達に囲まれたカロン王は、自分はカロン王ではない、別の国の王弟だと言い出した。善い王だと言うから、彼奴等のいうカロン王のフリをしただけで人違いだと言い、別人のフリをしたことは詫びるが人違いだから安全な国外に逃がしてくれと要求しだした。言い逃れしようとしたカロン王は、使いの者達の何人かが、自分達の姿に見覚えはないか?と言って、自身の頭から鬘を外したり、付け髭や仮面を外したり、男から女の姿に変わった途端、濁った赤い目を見開いて仰け反った。
「何故、ここに忌々しい”全ての乙女を守り隊”がいるんだ!それにバッファーの前王やバーケックの元女王までもが何故!お前等のせいで私は王籍を剥奪され、囚人として荒れ地で強制労働をさせられていたんだぞ!他の囚人達は自分達だって悪いことをして収容されたくせに、色んな国のいたいけな少女に手を出した私の事を最低最悪な悪魔と罵って私を忌み嫌い、多くの人間を苦しめた報いを受けろと言って、3年間ずっと私を貶め虐め蔑みいたぶり続け、同じ人間として扱ってはくれなかったんだぞ!……この一月に自国が王制から民主主義の国に変わることに不満を持つ貴族達に助け出されたものの、彼奴等だって私を利用することしか考えない奴らで、馬車移動の時も船に乗ったときも毎日罵倒され暴力を振るわれ続け、散々だったんだからな!お前等のせいだぞ!全部が全部、お前等のせ「……あなたのせいですよ」」
それは大きな声ではなかった。だが彼の声を聞いた途端、カロン王は黙り、辺りは一瞬音を無くしたかのように静寂に包まれ……一瞬後に雨音が強く聞こえだした。それを発したのは黒髪の鬘を被っていたトゥセェック国の者だった。彼の黒髪の髢の下には、まるで月光を集めて作ったかのような光輝く銀色の髪があり、付け髭を外した彼の顔を見て、カロン王はこれ以上にないくらいに目を見開き……ヒール自身も彼の正体に気付き大きく驚いたが、ヒールはカロン王が彼の顔を見て驚いたのを見て、カロン王は記憶を無くしているフリをしているだけだったのだと知った。
何故ならばカロン王の驚きようは見知った者を見たときの驚き方だったからだ。カロン王が「な、何故ここに”銀色の妖精”が!?ああ、本当に美しい……。昔に見た壁画以上に神々しい……。まさかあなたは本当に”神の使いの銀色の妖精”なのか……いや、なのですか?」……等とわざとらしい事を言い、慌てふためいて跪く姿勢を取るのを見ても、フリだと知った今では、姑息なカロン王らしい下手な芝居にしか見えなかった。
「全てあなた自身が行ってきた悪行の報いなのだそうですよ。……この世界を創造した父神も我々に苦難を強いた3兄弟神達も根は良い方達で、物語はハッピーエンドで終わるものを好まれる善い神なのだそうです。善き神らしく”因果応報”……”善い行いをすれば善い行いが返ってくる、悪い行いをすれば悪い行いが返ってくる”ように世界を定めたのだそうです。……ですから、いくらあなたが初恋の少女に容姿を悪し様に罵倒されたことがきっかけで、その年頃の少女達に偏執するようになったからとて、大勢の者達の命を奪い、尊厳を奪い、苦しめていいとは神は認めておられず、あなたが大勢の者達に与えた痛みや苦しみが全てあなたに跳ね返ってきているだけなのです」
「っ!?何故、その事をご存じで?ああ、やはりあなたは神の使いだったのか!」
昔の懐かしい”氷の公爵様”の冷酷な顔で、そう告げられたカロン王は、まるで神本人から断罪されたように白々しく、その場に頽れてみせた。銀髪の彼の横には、この10年見なかった”社交界の紅薔薇”がいて、相変わらず気の強そうなオレンジの瞳でカロン王を睨めつけている。その彼女の横には、まるで黒薔薇を思わせるような熟女が立ち、目の前のカロン王に冷たい口調でこう言った。
「あなたに選ばせてあげましょう。3年前に無くなった国の元王弟に戻り、再び囚人として強制労働をする生活に戻るか、この国の”悪いカロン王”として、ここで捕縛され、ある施設で余生を過ごすか。……さぁ、どちらを選びますか?」
「わ……私はもう、皆に虐められるのは嫌だ!わ、私は”悪いカロン王”でよい!カロン王がよい!どうせ失脚した王族はどこかの施設に軟禁と相場が決まっている!軟禁なら外には出られないが働かなくてよいし、皆に虐められないし、食事も出して貰えるだろう!私は人を虐めるのもこき使うのも好きだが、人に虐められたり働かされるのは大嫌いだから、軟禁がいい!皆の者よく聞け!私こそが”悪いカロン王”だー!」
カロン王が叫ぶようにいうと、使いの者達は互いに頷き合い、カロン王を捕縛し、どこかに連れて行ってしまった。講堂に残った悪者がヒール一人だけになったときに、ヒールの体を支えていた仮面の弁護士がヒールに尋ねた。
「ヒールさん。俺の親友の見立てでは、あなたはいつ神様のお庭に旅立ってもおかしくない程に体がボロボロの状態らしい。……あそこにいる俺の仲間達は正直に罪を告白し、この国を終わらせる一役を担ってくれた死に行くあなたに、せめてもの労いとして、あなたが最期を過ごしたい場所にあなたを送り届けたいそうだ。どこがいい?どこでも俺が連れて行ってやる」
本当なら絞首刑でもおかしくないほどの大罪を犯しているヒールへの恩赦にヒールはありがたいと思い、深く仮面の弁護士に頭を下げた。ヒールが死に行く場所として、真っ先に思い浮かべたのはご先祖様の絵があるという城の大聖堂だったが、ヒールには最期にしなければならないことがあったので、そこにいくのを諦めて、ヒールは仮面の弁護士にこう頼んだ。
「……それなら城の大聖ど……いえ、それならば私を今直ぐにカロン王の所へ連れて行って下さい」




