”名前なき者達の復讐”最終章~最終幕⑤
大勢の使いの者達が囲んでいるのは騎士団長子息の祖父で、元はバッファー国の大臣だった。彼は随分高齢で、頭髪もすっかり無くなり、骨と皮だけのやせ細った身体を白髪頭の使いの者に抱きかかえられていた。白髪頭の使いの者は視線が交わることのない老人に向かって、聞き取りやすいように大きめの声でゆっくりと言った。
「儂が誰だかわかるな?一時で良い。暫く気を保ってくれ。貴殿に伝言があるんだ」
老人は返事はしなかったが、微かに唇が(ラ……)と動いたので、白髪頭の使いの者は老人の意識があるとわかり、そのまま老人に長い時間預かっていた伝言を伝えた。
「妻がな……もしも貴殿に会うことがあれば礼を言ってくれ……と、死の間際に儂に頼んだことを今から伝えるから、しっかと受け取ってくれ。『私の本当のお父様。私のために”悪役”になった気の毒なお父様。私と国を助けてくれて、本当にありがとうございました。私はお父様のおかげで愛する人に出会え、幸せな人生を送ることが出来ました。どうかお父様も遠くの地でお兄様と幸せに暮らして下さい』……これで以上だ。おい、しっかと聴いたか?妻はな……姫は貴殿が本当の父だと気付いておったのだぞ!」
白髪頭の使いの者がそう言うと、横にいた使いの者が彼に尋ねた。
「イケメンゴリ……師匠、それはどういうことなんですか?」
「……大昔、まだバッファーという名前でなかった頃の小国の話だ」
そう言って白髪頭の使いの者が語ったのは、バッファー国の誕生にまつわる、ある一人の男の悲しい話だった。
二つの国に挟まれた小国にいた、その男はその小国の公爵だった。彼には美しい婚約者がいた。二人は相思相愛で結婚も間近だった。だが、美しい婚約者に横恋慕した王が彼の婚約者を無理矢理攫って、自分の妃にしてしまった。王の命令は絶対故、二人は泣く泣く別れ、婚約者を失った公爵は気力を無くして城勤めを辞して、自分の屋敷に引きこもってしまった。それから数ヶ月後、自分の婚約者だった妃から、密かに相談の手紙を受け取った彼は、王の妃にされた婚約者のお腹には、既に彼の子が二人も宿っていると知った。
その小国でも王家の双子は禁忌とされていて、男女問わず先に生まれた子を処分することが定められていた。元婚約者の相談の手紙を受け取った彼は直ぐに城勤めを再開させ、公爵の権力を使い、大臣にまで上り詰め、裏から手を回して、元婚約者の出産に立ち会い、先に生まれた男児を密かに引き取った。元婚約者は産後の肥立ちが悪く、その後直ぐに神様のお庭に旅立ってしまったので、彼はそれから姫と呼ばれることになった彼の娘を見守るために、大臣のまま国に尽くしていた。……所がだ。
年頃になった姫が少しも王に似ていないことにようやく気付いた王が真実に気付いて、事もあろうに我が子として育てていた姫を手込めにしようと考えた。大臣だった彼は姫を守るために縁談を探したが、小国には姫に相応しい男はいず、小国を囲む二つの隣国は小国を奪うための”道具”としてしか姫を見ていなかった。そこで彼は二つの国を利用し、小国と二つの国を奪い、王からも二つの国からも、我が娘である姫を守ろうとしたのだが、ここで思わぬ事態が起きてしまった。
彼が養子として育てている息子が、姫に片想いをしてしまったのだ。二人は血を分けた双子の兄妹ゆえ、けして結ばれる事があってはならないが、亡くなった婚約者との約束があるため、彼は息子にさえ秘密を打ち明けていなかった。苦肉の策として彼は自分が姫を妻にするのだと宣言することで、実の子ではなく、ただの養子の身であると信じさせている息子の恋を諦めさせることに成功したが、彼がそう宣言したことで彼は好色な大臣だと思われるようになってしまった。
小国と二つの国を巻き込んでの大きな戦いになると思った彼は人を使い、姫を安全なトゥセェック国に密かに逃がしたつもりだった。まさか二つの国が彼への脅迫に使うため姫を攫おうと、姫の後をつけていたなんて知らずにいたのだ。だが幸運にも、姫はトゥセェック国でへディック国から来たという男に出会い、男に一目惚れし、男は姫を追跡者から守り、姫と国を守り、小国と二つの国をまとめてバッファーという一つの大きな国にした。彼は男が姫も国も守ることが出来る者だとわかったので、息子が姫を横恋慕して攫うことのないように彼は”悪役”のままで息子を連れて、出来るだけ遠くの国で生きることにした。だが……、いくら自国では公爵だったと言っても、他国ではただの異国の人間。権力が使えず、金がつきた後は、生きるための術を持っていなかった彼等は途端に困窮し、自然と悪事に手を染めるようになってしまったのだ。
「……あの忌々しい”神の使いの銀色の妖精”……未熟な銀の神が選んだ物語の”悪役”が、親子ほども年の離れた姫を狙う大臣だったことで、この人やこの人が引き取った姫の兄の運命が狂わされたんだ。……こんな悲劇をこれ以上現実の世界で起こさせないためにも、今ここで全ての物語を完全完璧に終わらせてくれるわ!……義父上殿、娘を思って行動を起こした、優しい父親だった貴殿が、生きるために悪事に手を染めなければならなくなったときは、さぞや心苦しかっただろう!辛かっただろう!情けなかっただろう!数え切れない辛苦を舐めた義父上殿に報告する!もう二度と、神の物語で人々は狂うことはない。もう誰も”英雄”にも”悪役”にもならない!」
白髪頭の使いの者に抱きしめられた老人は空を見つめ、ポツリと言った。
「可愛い坊や……。騎士になりたい坊や……。悪いことをしないで生きて行くためには、地位や金は……必要なんだ……よ。地位が高ければ、自分の大事な人を……奪われないですむ。金があれば、人から……奪わなくてすむ。悪いことをしないですむように……勉強は必要な……ものなんだよ……」
そう言った後、ピクリとも動かなくなり、抱きかかえていた身体が一気に重くなったことで、白髪頭の使いの者は、腕の中の老人が息絶えたことを悟った。
「義父上殿?……もう旅立たれてしまわれたか。姫の伝言が伝わったのかどうかを確かめることが出来なかったな……。済まないが今は物語の最終幕故、それが終わり次第、丁重に義父上殿や義兄殿達を葬るので、今は暫し堪えて下され」
白髪頭の使いの者は丁寧に老人の身体を横たえさせると、横にいる者から布を受け取り、バッファー国の”悪役”だった元大臣で自分の本当の義理の父親だった男の顔にゆっくりと被せた。
「やあやあ、皆様、ご挨拶が遅れてしまい、誠に申し訳ありません。この度は遠路はるばる僕のためにご足労頂き、恐悦至極に存じます」
舞台の上にいた王子は慇懃無礼な物言いで挨拶をしながら他国の使いの者達の集まる舞台下へと下りてきた。
(フゥ……。折角、仮面の先生が僕のために連れてきてくれた身分高き方々だ。粗相の無いようにしなければ……)
舞台下にいる他国の使いの者達は皆、王子の父であるカロン王と同じ位か、それ以上、年上の者達ばかりだったが皆、身の内から輝きを放っているかのように、それぞれの年に見合った美しさがある者達だった。王子は彼等の立ち居振る舞いから、使いの者達は非合法な方法で、この国に来たために名前を伏せているだけであって、実は相当な身分の高い者達であろうことが容易く窺い知れたので、これは絶好の好機だと考えた。……何故ならば今日カロン王から王位を引き継いだとして、新しく王となる王子には、この国を救うべく術も資金も人材も……何も持っていなかったからだ。
へディック国は民がいない……正確には、今講堂に集まっている貴族達しかいないのだ。国は貴族のためにあり、民は貴族の”道具”であるのに、その道具がいなかったら貴族は飢え死んでしまう。貴族が幸せに暮らすためには、地を耕し、草木を育て、家畜を世話し、国を潤わせる働き手となる道具が大量に必要だった。
(きっと仮面の先生は、先生の愛する僕のために大量の”道具”が必要だから、諸外国を回って、その国の権力者を連れて来てくれたのだ。ありがとうございます、仮面の先生。後は僕が彼等と交渉して、それぞれの国の金と道具達を無償で融通してもらえるようにすればいいだけです)
この身勝手で無謀な要求を王子は必ず相手の国々に飲ませることが出来ると確信していた。何せ彼等はこのへディック国に対し、貸しがあるのだ。例え、ここに集まっている国々が強大国と言われる国々だろうが、貸しがある以上、彼等は自分の要求を無碍にはしないはずだし、国際弁護士の資格を持つ仮面の先生が味方にいるのだから、王子には怖いものは何も無かった。




