”名前なき者達の復讐”最終章~最終幕①
その年の7月21日の夜に起こった神の御業の話や、神の見たい最後の物語の”英雄”の話をイヴ達がエイルノン達や平民クラスのクラスメイト達に聞いたのは9月末のことだったし、その”英雄”の話が後年、”大衆劇”もしくは”観劇”として後世に渡って広く上演されるようになるのは、それから何十年何百年も経ってからのことだった。
何十年何百年後の人々は、イヴ達が生きた時代のことを”神話時代”と呼んでいたのだが、一人の神学研究者が、大昔の夏の夜に起きた、摩訶不思議な現象について、ある論文を発表したことで、ちょっとした騒動が起きることとなった。
『歴史に記された、この年の7月21日の夜の出来事は、地上に最後まで残っていた神が、この世界から去る前に、この世界に生きる全ての者達に贈った”祝福”だった』
彼の論文によると、過去に生きた人々の日記や日誌や遺品から過去の歴史を解明し、神の存在を立証しようとしていた研究者が、神に遭遇したと言い伝えられているバッファー国の英雄王や、バーケック国の英雄女王や、また彼等の身近にいたとおぼしき者達が遺した記録を検証した結果……どうやら、この世界には以前、本当に神がいた……という確信を得たと言うのだ。
何百年前のいくつもの資料を研究していた彼は、この世界を創造した神には3人の息子がいて、彼等は一人につき、一つだけ奇跡が起こせたという記述が当時の各国の王家の資料に残されているのだと論文で語り、参考文献として、この時代に生きていた司教の手記の一部を抜粋し、紹介している。
『長男はバーケックの民を救うために奇跡を起こした。次男はバッファーの民を救うために奇跡を起こした。そして三男はへディックの民を救うために奇跡を起こす前に……すでに人々が彼等を救うために尽力していたことを認め、それを称えるための奇跡を、その夜に起こしたのだ。
そう……最後の神が奇跡を起こした、その年の10年も前から、へディック国の民を救うために、その隣国であるトゥセェックやバーケック、その二国を支援するバッファーは力を合わせて、へディックの民の救出に当たっていた。そして10年の歳月を掛け、ついに、その年の7月21日に、へディック国に最後まで残っていた民の救出が全て完了していた。
神は人間が神の力を借りずとも、自分達だけで困っている同胞に手を差し伸べることが出来るようになったことを喜び、あの奇跡を起こした後、さらなる神の高みを目指すために、兄弟揃って、この世界から旅立った。よって、この世界に神が奇跡を起こすことは未来永劫二度と起こらないので、人々は自分達だけで困難に立ち向かわねばならない……』
この参考文献に使用された手記は一見すると、宗教家としての書き手の主観に満ちた、想像の作り話だとも思えるものだったので、彼に反論する研究者も出てきたが、確かに、その年のその日、避難民を全て回収できたと記述された国境の日誌が残っていたため、司教の作り話として一蹴することは出来ないと、その反論は却下され、司教の日記は、彼の論文を裏付ける確かな証拠の一つとして認められた。論文を発表した学者は、さらに参考文献として、医学界で有名な薬草医の晩年の日記も紹介した。
『最後の神が我々、人間に与えた祝福は、”神様のご褒美”と私が名付けた、人の体の臓器によく似た造形の薬草類だったのだろう。あの夜以前、これらの薬草は各国に一種類づつしか発見されておらず、しかも発見された場所には奇妙な共通点があり、それはどの国も皆、貴族の中で一番金銭的に困窮している男爵家の領地から発見されたという点であった。
だが、あの夜以降は全ての国のあらゆる場所でいくつもの種類の”神様のご褒美”が発見されるようになったのだから、これは神が全ての者に”祝福”を与えたからに相違ない。”神様のご褒美”は、既存の薬草と組み合わせることで、今までに解明されている熱の出る、いくつもの病気も、”気のせい”と呼ばれて、今まで病気と認められていなかった熱の出ない病気も全て……全ての病気を治すことが出来る、無限の可能性を秘めた”神の霊薬”になる薬草であると私は信じている』
後の世で神話時代と呼ばれる時代を生きた薬草医は、後の世の医療の礎となる、新種の薬草をいくつも見つけた理由をそう語っていた。実際、それら”神様のご褒美”と呼ばれる薬草により、その後の医療は飛躍的に進化し続けて、昔は根治出来なかった、原因も治療法も薬もないと言われていた難病である片頭痛も蕁麻疹も腹痛も……ありとあらゆる”気のせい”や”奇病”と呼ばれていた病気は、根治出来る病と分類されるようになっていたため、薬草医の日記の記述も証拠の一つとして認められた。
これにより彼の論文はより確かなものとなり、その後の歴史の教科書では、『神話時代には確かに神は存在していた』……という一文が添えられるようになった。……ちなみに、”スクイレル”という言葉は、どの国の記録にも残ってはいない……。
神話時代とは違い、文明は進化を続けていたが、相変わらず人々の娯楽として”観劇”もしくは”大衆劇”は残っていて、広く人々を楽しませるものだった。その中で古典芸能として今現在も親しまれている劇がいくつかあった。中でも人気なのが”偽りのウルフスベインにレクイエムを”という悲劇と、それに相反する”裏切りのウルフスベインにレクイエムを”という喜劇だった。
両方の劇は、元々神話時代に存在したと言い伝えられている国の滅亡の様子を悲劇として劇にしたものと喜劇として劇にしたものだったが、そのどちらの劇が、その国の滅亡の本当の様子であったのかは、その後世の者達は誰一人知ることがなかった……何故か、その詳細が書かれた記録だけは残ってはいなかったため……が、後世を生きるもの達の殆どが”偽りの……”の劇が、本当だろうと信じているものが多かった。
何故ならば……”裏切りの……”は国の滅亡の仕方があまりにも……良い言い方をすれば、おとぎ話過ぎたからで、それをその時代に生きていて、学院生達から聞かされたイヴやピュア達も、あまりの内容に学院生達が話を盛ったのではないかと疑うほど、その真相は……悪い言い方をすれば、お粗末な自業自得なものだったからだ。
今から語るのは”裏切りのウルフスベインにレクイエムを”という”喜劇”として、後の世の人々に親しまれるようになる……へディック国の滅亡の最後の瞬間の物語。一部の者を除き、その”喜劇”が実は……神の見たい本当の物語の残滓であった、”名前なき者達の復讐”の最終章の最終ステージであることは誰も知るよしもなく、誰も知らなくてよい話……。
「王子様や皆の者達の準備が整いました」
二度のノックの後に扉の外から女官の声を聞き、ヒールの胸の動機は回りの者にまで聞こえてしまうのではないかと心配になるほどドクドクと煩く鳴りはじめたように思い、ヒールは自分の額に固く巻いて結んだ白いリボンに手をやり、その存在を確かめてから、フゥと短く息を吐き、傍にいるカロン王に声を掛けた。
「カロン様、ではそろそろ参りましょうか」
「うむ」
扉が開くと目の前にいるのは、カロン王のいつもの取り巻き貴族達であったが、カロン王は城の地下水に飛び込んだことで本当に記憶をなくしてしまったのか、以前のように彼等一人一人の顔を凝視する癖がなくなっていた。顔も名前も覚えていないようで、彼等に声をかけることもなく、ヒールにそのまま先導させてパーティー会場に向かい、二人の前後を護衛するように三人の取り巻き貴族達が歩いていった。
途中、廊下にある窓ガラスに映った自分の姿を見たヒールは、この後のことを思い、キリリと唇を噛みしめている自分に気づき、苦笑したい気持ちを堪え、自分の指でそっと唇を直した。窓ガラスには白髪がかったピンクの髪の老人が不安そうに瞳を揺らしていたのでヒールは内心、自分自身のヘタレ具合に嫌悪した。
(おい、何をびびっているんだ!気をしっかり保て!たった16才の女性が出来たことだぞ!今からそんな調子で、この後を乗り切れると思っているのか!お前は”ヒール”だろう!騙されたとは言え、自分で蒔いた種だろう!ご先祖様達に顔向けできるようにキチンと刈り取らねばならないんだ!気合いを入れろ!)
「アキュ……護衛隊長殿は緊張されておられるようですね。大丈夫ですよ。カロン様が退位されるときにあなたも隠居出来ますから、後のことは我々の子や孫世代の者達にお任せして余生を楽しんで下さい」
「「そうですよ、アキュー……護衛隊長殿。我々は年を取り過ぎましたから、カロン様と一緒に引退して、その後はゆるりと隠居生活を満喫いたしましょう」」
「……ふむ。アキューとやら、立派なカロン王の傍にいるからといって、そう緊張せずともよい。私は立派な王だからな。お前は私の言うことをただ聞いておればよいのだ」
「は……ありがたきお言葉、痛み入ります」
カロン王も取り巻き貴族達もこの後、ヒールが何をしようとしているのかを知らない。ヒールはもう一度、額のリボンを触り、そこに書かれている文言を心に浮かび上がらせて、勇気を奮い立たせた。
(儂が今からやろうとしていることは、彼等にとっては酷い裏切りだろうが、それもこれも全ては罪を償うためだ。儂は……ご先祖様の無実と儂達の罪を公にせねばならんのだ!)
ヒールは緊張に縺れそうになる足を叱咤し、卒業記念のパーティー会場となった講堂に皆と共に向かって行った。会場内に5人が入っていくと、講堂にいた者達は一斉に中腰になり、カロン王に礼を取ったので、カロン王は満足そうに鼻を鳴らせて、講堂の舞台中央に設置された簡易の玉座までふんぞり返って歩いて行き、そのまま座った。
本来のこの後の予定では、王子の挨拶の言葉で”カロン王の誕生パーティー兼、王子達の卒業パーティー”が始まり、カロン王の挨拶の言葉でパーティーが閉会し、その後にカロン王の退位表明と王子への王位継承式が始まる予定だったが、ヒールは王子の挨拶の前に、舞台前に躍り出て、皆の前で”真実”を打ち明けるつもりだった。
……所がである。ヒールが舞台前に出る前に、ヒールよりもいち早く舞台前に飛び出すように躍り出てきた者達がいたのだ。その者達は王子の挨拶の前に急に皆に申したいことがあると言ったことで、”卒業パーティー”は誰もが……”真実”を告白しようとしたヒールすら想定しなかった”断罪し合いパーティー”へと変わってしまったのだ。
「「「大変不敬ながら、国の一大事ですので、貴族の礼儀に反すこととは存じますが、発言させていただきます!……実はこの中に国を欺く裏切り者達がいるのです!」」」
大司教子息と騎士団長子息と宮廷医師子息がそれぞれ別々の場所から舞台前に飛びだして、同時にそう言うと、三人共がまた同時に後から来た人物達を一斉に紹介しだした。
「ここにいるのは仮面の弁護士に連れてきてもらった、トゥセェック国の”氷の将軍”との異名を持つイミル将軍と副官並びに宮廷医師長……の使いの方でございます!」
「ここにいるのは仮面の弁護士に連れてきてもらった、バッファー国の”英雄”ライト様……の使いの皆様でございます!」
「ここにいるのは仮面の弁護士に連れてきてもらった、バーケック国の”英雄”ルナティーヌ様……の使いの皆様とへディック国の城の前々大司教ケンタンのご子息様でございます!」
三人が三人とも自分以外の者の言葉を聞き、驚いた顔でお互いを見た。
「「「ええ!?仮面の弁護士だって?そんな馬鹿な!?」」」
そう声を揃えて言った後、彼等は一番最後にのっそりと現れた人物を見て、大声で言った。
「「「これって、どう言うことなんですか、仮面の先生!」」」
茶髪の頭をボリボリと掻きながら、黒い仮面をつけたしょぼくれた中年男性は肩をすくめて、二ヒャッと胡散臭い笑顔を作って、こう言った。
「どうもこうも、そう驚くことはないでしょう。私はあなた達の望み通りにしただけです……。細かいことは今はどうでも良いではありませんか。さぁ、役者は全て舞台に揃ったのですから始めましょう!このどうしようもなく恐ろしく下らない、最後の物語の最終幕を……」




