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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章~7月8月
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悪役辞退~ヒール③

※この回、残酷な描写がありますので、ご注意下さい。

 川を辿って馬を飛ばし、ひたすら海を目指す老人の後を渋々馬車で追いかける者達は、7月21日の神の御業のことを思い、日中ずっと狭い馬車に乗って疲れているというのに、夜の野営先でも眠れぬ夜を過ごしていた。


(((何だって生きているか死んでいるかもわからない愚かな王を追って、こんなことをせねばならんのだ!あの王を見つける前に、こっちが過労死してしまいそうだ!)))


 彼等の多くはバーケックやバッファーの”英雄”達に、国を追い出された悪人達であったので、当然7月21日の夜の出来事は、ただの天変地異ではないと察していた。自分達を追い出した後、バッファー国の英雄王と呼ばれるようになったライトや、バーケック国の英雄女王と呼ばれるようになったルナティーヌの活躍を歓迎した、彼等の国の者達が広めた英雄譚が人伝いで、遠くのこの地に逃れたばかりの頃の彼等の耳にも聞こえてきたことで、彼等もまた『どうやら、この世界には、()()()()()()()』ということを知り、自分達の行いを正すために神が”英雄”を選んだという事実に身震いしたこともあったし、このへディック国に来た頃は自分達の罪を悔い改めて、心を入れ替えようと思ったこともあった。


 だが……”水は低いところに流れる”という言葉があるように、人という生き物は楽な方に流されて生きるのを好みがちである。汗水流して働くよりも奸計を巡らし、人の物を強奪し騙し取り、かすめ取るが、労さず容易に財が成せるのを知っている彼等は、苦労することに苦渋を感じ、正しく働くことに直ぐに飽きて嫌気が差し、更生することを早々に止め、この国の悪の集まる城に吸い寄せられていった。愚かな王の傍で好き放題したツケは、今の国を見れば一目瞭然……自分達に寄生されたことで、この国は滅びかけていると気付いていた彼等は7月21日の神の御業を、その目で見た後、皆各自の家で青ざめ、震え上がった。


『ついに神が……我々の行いに怒り、また”英雄”を選ばれたんだ!』


 護衛集団の長である老人からの招集命令が来たとき、彼等はそれに従わず、直ぐに国外逃亡をしようと企み、荷物をまとめて逃げようとした。……しかし。荷物をまとめようにも使用人が誰もいないのでは、私財を全て持って逃げることが出来ない。仕方なく我が身一つで逃げようと家族に声を掛けたくとも、子や孫世代の若者は自分達の悪行を知らないので、私財を持たずにどこに行く気かと一向に取り合わない。……中には妻子を捨てて、自分一人だけで逃げようとした者もいたが、その者は屋敷を出ようとした途端、ピクリとも体が動かなくなってしまったのだ。


 それは何とも気味が悪い出来事だった。自分の体なのに自分の思うように体は動かず、心では護衛集団の長の命令になど従いたくないのに、体は独りでに動き、こうしてカロン王の追っ手の一員となっているのだから、内心の恐怖は計り知れなかったが、その恐怖さえ言葉として口から出すことも出来なかった。


(((まるで自分達は操り人形か、”大衆劇”の役者のようではないか……)))


 決められた行動以外の行動は出来ず、老人の言葉に黙って従い、決められた言葉以外の言葉は発せず、長時間馬車に揺られる。


(((逃げたいのに逃げられないなんて。今度こそ逃がさぬと、神が我々の動きを封じてしまったのか!?)))


 毎夜、疲労の色を濃くしている仲間達の顔色を忍び見て、彼等は仲間達の顔色にハッキリと死相が浮かび出ていることを見て悟ったが、それを指摘する言葉さえ呟けなくなった自分達に絶望していった。護衛集団の長を務めている男は老齢のためか、朝が早く、出発も毎日早かったせいなのか、それとも晴天が続いていたおかげか、海に着くまで一ヶ月はかかるだろう行程を半月にまで短縮し、一行は海に着き、そして、そこでの光景に……一堂は息を飲んだ。






 どうやら、その日の前日まで、海は荒れていたようだった。空には黒雲が重く立ちこめ、海は濁った色の波が大きくうねり、まるで海自身に感情があるかのように、身の内に混入した異物を全て排出しようとしているかのように、強い波が浜辺を打ちつける度に、何かを吐き出していった。波が届かない砂地も重く湿っていたから、もしかしたら朝方まで海は荒れ、豪雨も降っていたのかも知れない。


 海辺に散らばっているのは、大破した船の残骸だった。海藻がまとわりついた荒縄や甲板の一部だったのではないだろうかと思える木片が至る所に落ちていた。遠浅に見える場所には船の帆を立てていただろうと窺える柱らしきものが真っ二つに折れているのも見えた。見慣れない異国の衣服を纏った者が何人か倒れているが、ピクリとも動かない。何かの虫がブンブンと音を立てて群がっているだろうことが、その羽音の大きさで窺い知れるが敢えて、それを確かめに行くような愚を犯す者は誰もいず、皆、遠目でそれを見、その傷ましさを思うと、顔を背けずにいられなかった。


 ……そのあちこちに散らばっている不幸の残骸の真ん中で、老人は最も醜いモノを見て取って、一気に眉間に皺が寄り、他の者達もそれを見て、一斉に嫌悪の表情を浮かべた。




 潮風に当てられる前から、その男の髪は高貴な貴族とは思えない位に輝きがなく、パサパサした、くすんだ金色の髪だった。顔も手も……全裸で座り込んでいる男の全身に見える肌の色は、赤い吹き出物だらけで、男の目は常に血走った濁った碧の目をしていた。10年前までは、シーノン公爵と並び立っても遜色のないほどの美形だった男だが今では、その頃の面影はすっかりと消え失せて無くなり、体はブクブクと太りに太って……とても、同じ人間だとは思えない容姿となっていた。


 その人とは思えない容姿の男が何かをブツブツと呟きながら海を眺めていた。何を喋っているのだろうかと怪訝に思った老人と仲間達は、男に近寄っていった。男と距離が近づいたことで、その話す内容がわかった。


「……私が何をしたというのだ。私は王族だぞ!国を好きにしていいのは私だけのはずだ!金銀財宝を我が物にして、何が悪い!私の国だというのに私の好き放題にして何が悪いと言うのだ!気に入った女達を自分の物にして何が悪い!飽きた女達を嬲って処分して何が悪い!いつまでも王位を降りない兄に毒を盛って何が悪いというのか、私にはさっぱりわからない!私以外の人間は私を幸せにするためだけに生まれてきた”道具”だという自覚が足りなさすぎるのが、一番悪いのだ!。フン、何が”神の使い”だ!何が”英雄”だ!私こそが王に相応しい男だというのに追い出そうとしやがって!国で一番高貴な私に重労働をさせようとしやがって!今に見てろ!


 ……畜生、折角道具達に私を救う栄誉を与えてやったというのに、嵐ごときで船が壊れるなどと……高貴な私を安いボロ船に乗せるなど大罪に値するから、鞭打ってやりたいのに、皆どこにいったのかわからないなんて……道具のくせに生意気な!……畜生、私はこんな所でなど、まだ終わりはしないぞ!……ええい、誰か、いないのか!私は一番高貴な者なのだ。尊い王族なのだ。皆が傅き、頭を垂れる唯一の人間なのだ。フフフ、今に見ていろ!私はまた返り咲く、そしてそしてまた女達を無理矢理……ああして……こうして……それでこうやって……どれだけ泣いてもいたぶり続けて……フフフ、ア~ハッハッハ!ああっ、楽しみだ!女達の泣き叫ぶ、あの顔、あの泣き声、苦痛に歪む姿こそ、私の喜び!」


 男に近づいた者達は焦点の合わない男の薄気味悪い独り言を聞き、顔をさらにしかめた。何故なら男の口にしている女性に対する性的な扱いの話は、とても残酷で聴くに堪えない拷問のやり方にしか聞こえなかったからだ。老人は男が話す内容を聞いて、女をいたぶるのを好むようになった、男の父親だったナロンを思い出し、顔をしかめた。


(クローニックの仕業とは言え、カロンもすっかり悪魔の薬のせいで悪魔のような男と化してしまったようだな。カロンは16才の狐狩りの時に、ナロン王の妾を強引に寝取った割には、その後の閨事は淡泊過ぎるくらい淡泊だとの報告が上がっていたのにな……。言葉遣いは乱暴で如何にも自分は卑猥で女狂いの男なのだと口にはするものの、その扱いは丁寧で女の負担となることは何も要求しなかったとも聞いていたのに、これは一体……どういう変化だ?


 クローニックが宛がった側妃達や、儂や取り巻き貴族達が宛がった女性達を、一人につき一度しか抱かなかったから、あまり性欲はない方なのだと考えていたが、儂の思い違いだったのだろうか?それとも今頃になって悪魔の薬が頭にまで回って、ナロンと同じように酷いことを好むようになってしまったのだろうか?……それにしても悪魔の薬と言うのは、本当に恐ろしい薬なんだな。親子揃って女性に対し、酷い嗜虐性を帯びるようになるとは……。こんな所までナロンに似てしまわなくてもよかったものを…………)


 老人は躊躇する仲間達を制止させ、自分一人で静かに全裸の男に近寄っていった。老人は腰に隠した短剣に手をかけ、自問する。


(これは今、ここで殺すべき男ではないだろうか?)


 目の前にいる男は、昔……とても繊細な大人しい少年だった。城の後宮で一人遊んでいた少年の後ろ姿は、孤独に泣いているように見えたことも一度や二度ではなかった。城の図書室で本をビリビリに破いてしまった後、一瞬だけ酷い後悔の表情を浮かべることも数多くあったように思う。何気ないふうを装っていたが、少年は老人をいつも怖がっているように感じたことも一度や二度ではなく、ひょっとしたら少年は、老人が彼の衣服を破った犯人だと気付いているのではないかと思ったこともあった。……しかしクローニック侯爵と老人が少年を悪魔の男に変えてしまったのだ。今、ここで悪魔となったカロンを殺し、自分も後を追うべきだろうかと考えた老人は短剣の柄を握る力を強めた。……その時だった。


「……”卒業パーティー”には私をエスコートしてくださるのですか、王……様?」


 潮風に乗って、少女の声が聞こえてきたのだ。

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