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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章~7月8月
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悪役辞退~ヒール①

 護衛集団の長で隊長でもある老人は病身の身でありながらも、5月の災禍を免れて生き残っていた自分と同じ年代とその子世代の仲間達を率い、海へと馬を走らせていた。老人はカロン王を捕まえることだけに集中していたので、老人を追って馬を走らせる仲間達が、どこを走っても平民が誰もいないことに不安を感じ、動揺していることにも気付いていなかった。老人は古き血の盟約が綴られた白いリボンの存在を額に感じながら、ただ前を向き、先を急がせた。






「ああっ、悔しい!悔しい!悔しい!」


 老人は7月21日の朝早くから自室のベッドの中で汗だくになりながら、自分の唸り声とともに跳ね起きた。窓は開け放しているが風も吹かず、ジメジメとした空気がじっとりと体中にまとわりついて、汗の膜が出来ているような嫌な感触を老人は全身に感じていたが、それが理由で大きな声を上げて、跳ね起きてしまったわけではなかった。


「畜生!クローニックめ!!」


 老人は7月過ぎに届いた手紙により、クローニックが自分や自分の一族達を騙していたことを知ってしまった。それからというもの、毎日そのことが頭から離れず、日記の内容を毎日夢にまで見るようになってしまったのだ。老人は奥歯をギリギリと音が立つほど歯を噛みしめて、騙された悔しさに怒り狂い、部屋中の物を投げつけ……、そうかと思うと今度は眉毛をシュンと下に下げ、罪悪感に打ちのめされたように自分の枕元のテーブルに、そっと目をやって、泣き伏せる日々を過ごしていた。


「うっ、うっ……すみませんでした、ご先祖様!始祖王様!」


 老人の横たわるベッドの枕元には一通の手紙と古ぼけた日記、そして……白いリボンが置いてあった。手紙の差出人の名前は、クローニック侯爵に殺された城の大聖堂にいた大司教の名前が書かれていたが、その手紙の本当の差出人は、元ヒィー男爵令嬢だということは……白いリボンを見れば、容易にわかることだった。


(ヒィー男爵令嬢は入学式や5月の茶会で、この白いリボンを頭につけていたと報告が上がっている。そういや城の大司教の息子であったシュリマンは宗教留学して帰国後に、ヒィー男爵家に招待されていた。聡明すぎる彼女のことだ、そのときにでもケンタンの不審死の話を耳にし、それをきっかけに……このへディック国を蝕む悪の存在に気付いたのかもしれないな……)


 老人は白いリボンを手に取り、リボンの端が解けているところをゆっくりと開き、()()()()()()()()()()()()刺繍の文言を指でなぞった。


【偽りの物語で始められた国が本当の悪に落ちたとき、真実の五兄弟が偽りの物語で作られた国を終わらせる。偽りの王であった三男の血が悪に染まったときには、王の剣であった影の一族は剣であることを辞退せよ。王の盾であったシーノンは盾であることを辞退せよ。悪に力を持たせぬために、悪となることを辞退せよ。王の目であったヒィーは堪え忍び、偽りで守られた真実の王を探し出せ。ヒールは悪役の仮面を被った王位を持たぬ王。兄弟達の愛情による偽りの悪役の仮面で守られた最初の王。国が悪に染まったとき悪役辞退し国を終わらせる最後の王。誓いのリボンを手にする兄弟は古き血の盟約を果たせ】


 クローニック侯爵の手に寄り、ナロンが悪となったときに影の一族は滅びてしまった。クローニック侯爵がナロンの子であるカロンも悪に変えたら、シーノン公爵家が滅んでしまった。その間、小さかったヒィー男爵令嬢は一人、リボンの秘密を抱え、堪え忍び、カロンの取り巻き連中が、カロンに戦争をするように働きかけようとしている動きを察知し、カロンを取り巻く悪者の力を大きく削ぎ、姿を消した。


 全ての元凶がクローニック侯爵だったと知った今、何もかもが虚しく、悲しく、どこに向けて良いかわからない、やり場のない怒りに唇を強く噛みしめた老人は、自分がまだ少年だった頃に出会った、親切そうな笑顔を浮かべ、近づいてきたクローニックの顔を思い出した途端、口中に苦い鉄のような味を感じ、自分の歯で唇を傷つけたことを知り、顔をしかめた。


「あいつにさえ会わなければ、父達は死ななかったのに!あいつの言葉さえ信じなければ、皆は今も生きてただろうに!」


(何が、『この国ではヒールの名は()という意味だから、名乗らないのが良かろう。そうだ!お前達の髪色は私の母方の祖父の髪色と同じ色だし、これも何かの縁だから……今は没落して名乗る者がいないアキュート男爵の名をお前達に名乗らせてやろう!これで我々は親戚同然となったわけだから、これからも遠慮なく私の元にいればいい!』……だ!大嘘つきの最低最悪の大悪人め!儂達を自分の言いなりの私兵にするために、ヒールの子孫に真実を伝える役目を持つ城の大聖堂の大司教から儂達を隠すために、偽名を使わせただけだったんだな!)


 クローニックの奸計により、一族達はすっかりと騙され、実は一族の先祖を助けてくれた恩人であった先祖の兄弟の子孫達を襲い、彼等の命を奪った皆も、深手を負い、同時に命を失ってしまった。一人取り残された自分は、クローニックの言葉を信じ、ありもしない復讐心に囚われ、何の罪もない王子を傀儡にし、愚かで役立たずの悪王にしてしまった。


 王子が愚かになったことで、仮面の弁護士は恋人を失い、その復讐のために、国のために尽くしていた先祖の兄弟の子孫だった、心正しき公爵を殺してしまった。国を一人で守っていた公爵が亡くなった後、悪王に育ったカロンは悪政を繰り返し、流行病が流行ったことも重なって、今や国は滅亡寸前に追い込まれていた。


(何という不幸の連鎖だろう!それもこれも全ての原因は、あの男の嘘の作り話のせいだ!)


 たった一つの嘘の作り話が、大勢の者を不幸に陥れ、多数の者を悪に染め、国が今、滅びようとしている。老人はあまりにも重い罪の意識に怯え、ただでさえ病気で苦しんでいた体は、その罪の意識により、精神力をガリガリと削られて、衰弱の一途を辿っていた。クローニック侯爵への激しい憎悪の気持ちと、ありもしない復讐に踊らせられていた自分や自分の一族への悲哀、長年にも渡って国を蝕み続けたことへの悔恨や自責の念等々が、グルグルと老人の心に渦を巻いていった。


(だが、ヒィーは本当の悪に成り下がってしまった最後のヒールである儂に、この白いリボンを託してくれたのだ……)


 老人は白いリボンをグッと握りしめた。


「取り返しがつかない間違いを犯した儂に、ご先祖様の汚名を晴らさせてくれるというのか、ヒィーよ。クローニックの言葉を信じ、この国を衰退させた原因を作る片棒を担いだ愚かな儂を……悪となった儂を、ヒィーは最後の王だと……今でも信じてくれているのだな。命がけで悪者達の命を奪い、悪に染まった儂に真実を伝え、誓いのリボンを託してくれた、ヒィーの気持ちは無駄にはせん!古き血の盟約は必ず儂が果たしてくれよう!……しかし、どうやれば国を救えるのだろうか……」


 7月半ば頃から、毎日のように先祖と先祖の異母兄弟の夢を見るようになった老人は、ヒィー男爵令嬢が彼に何をさせたいのかが、わからず、その日も自問自答の答えの出ない思考に囚われかけていた老人の元に二つの知らせが入ったのは、夕刻の時間だった。その時間は、ちょうどバーケックの国立学院で、イヴ達の劇遊びが始まった時間だった。

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