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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章~7月8月
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”名前なき者達の復讐”最終章の幕開け(後編)

 へディック国の夏の季節は、この国に生きる者にとって、とても過ごしにくい、もっとも苦手とする季節である。6月初めに梅雨が始まり、雨天の日が毎日のように続き、地は泥でぬかるみ、湿気が多く、風もないから、ただただ蒸し暑く、カビも生えやすく、食べ物も腐りやすくなり、貴族も平民も問わず、体調を崩す者が多く現れる。7月の一週目を過ぎた辺りからは雨は減ってくるが、気温はさらに上がり、うだるような暑さが人々を襲い、雷や豪雨が頻繁になるのも、この頃からで、今度はその暑さで体調を崩す者がさらに続出してくる。極めつけは7月後半から8月になると、日差しも気温も、もっと強くなり、ジリジリとした太陽の光が容赦なく地を焼いて、日照りとなる。また日照りが続くと思いきや、今度は台風が何度もやってきて、洪水や津波などを引き起こし、へディックの者を危険にさらした。


 毎年、この季節の社交を貴族女性は特に嫌っている。貴族女性にとっての夏は痒みとの闘いの三ヶ月であるからだ。化粧をしても、汗で直ぐに崩れてしまう。髪を整えても、汗で直ぐに崩れてしまう。貴族女性の体を締め付けるコルセットが触れている箇所の肌には汗がたまり、肌が荒れ、汗疹が出来て、常に()()と戦わねばならなくなる。日焼けや日焼けによるシミを防ぐために日中の化粧を何度もし直すので、顔の肌は荒れて炎症を起こす。日差しを避けるために長袖の上着やスカーフ、手袋、日傘を常備し、長時間の社交に出るため、コルセットのない他の体のいたるところも汗疹まみれとなり、全身で常に痒みを感じている状態となっていた。


 一言で()()というと、何だ、そのくらいで……と思う者もいるかもしれないが、これをもしも貴族女性に一言でも言ってみると、それはそれは怖ろしい反撃の言葉が山のように返ってくるので、けしてそれを言ってはならない。”痒み”という感覚や”痛み”という感覚を感じるのは、その感じる体の部位に異常が起きていて、それを自分に知らせ、その異常を取り除いてもらおうとする行動を促すための自分自身の体を守るための防衛本能であることを、この世界の者は知らない。でも長年の経験から、この世界の人間も、痒みのある場所を掻いて痒いのを紛らわせると、その体に傷が出来るのだけは知っているので、美しさを望んでいる貴族女性は、掻いてはいけないと我慢をしているからだ。クーラーも扇風機もない世界で、イヴ達の前世の日本の夏を……温暖化の夏を汗疹まみれで過ごさなければならない……それはまさに拷問に等しいことであった。


 だから彼女達は夏の季節は侍女や侍従、メイド等に扇で常に扇がせて、この苦境を少しでも凌ごうと足掻くのだが、この扇がせる人間選びに貴族達は毎年、頭を悩ませた。扇がせる人間は当然、扇いでもらう貴族女性の風上に位置する。だから、その扇ぐ人間の体臭は直に貴族女性の元に匂ってくるということだから、扇ぐ人間は臭い体臭持ちであってはならない。ましてや不潔な身……体にノミやシラミなど抱えている者などは、もっての外だ。だからへディック国の身分差が厳しく、貴族は平民を道具のようにしか思っていなくても、その点だけは考慮して、貴族は自分達の屋敷で働く者達に毎日()()を必ずさせていた。


 高い香水などは道具の身には過ぎる贅沢であるし、何よりも香水の匂いはきつく、殆どの貴族が、それで頭が痛くなる”貴族病”を患っている状態で、使用人達に香水を与えることはしないし、高貴な自分達の屋敷の浴場を平民に使わせはしない。かといって薔薇の花咲く中庭で水を被らせるのは、社交で招いた他の貴族達の目を汚すこととなるので、それもさせない。しかも勤務中に平民の行く浴場に行かせるとなると、その毎日の浴場代金を貴族が支払うのは、代金がもったいない。……なので使用人達の行水は自然と屋敷の外にある川や湖に行って、洗ってくるようにと貴族達は彼等に命じるようになる。


 それが……へディック国を滅亡へと導く原因になるとは知らずに……。






 元々ナロン王の時代から国は衰退の一途を辿っていたが、カロン王に代わった直後からシーノン公爵が王の代行業をしていたおかげで国は持ち直し、回復傾向に向かっていた。シーノン公爵はトゥセェック国との国交を回復させたり、国の治水計画を立てたり、国民統計調査をし、それにより施政の方向性を考慮したりと精力的に執政を行い、四季毎に起きる民の遭難事故についても着目し、民を事故から守る運動を促進するようにも働きかけていた。


『海には海坊主がいます。山には山姥がいます。川には河童がいます。湖にはネッシーがいます。だから子どもはもちろん大人でも安易に行水や食料を求めに行くと命の危険がありますので、気をつけてください。各領地の貴族達は民の安全を守るように努めて下さい』


 海坊主や山姥や河童やネッシーが何を意味する言葉かはわからなかったが、”氷の公爵”の異名を持つ彼の眉間の皺がとても怖くて、シーノン公爵が王の代行業をしていた間は、各貴族は使用人達に代金を渡し、浴場に行かせ、領民にもシーノン公爵の言葉を伝え、それを遵守させていた。


 ……だが、10年前。シーノン公爵は働き過ぎて過労となり、爵位返還後、彼の神様の子ども共々、事故死してしまった。貴族達はシーノン公爵がいなくなると、途端に金を出し渋り、使用人達に冬の川で体を洗うように命じ、領民達にも浴場の薪代を節約するように命じた結果、平民達は熱のある病に罹り……流行病が起きたのだ。


 へディック国の貴族の中で一番優秀で生真面目で心正しき貴族だったシーノン公爵の死を、神は憐れんだのだろう。神のような慈愛でもって、善政を行っていたシーノン公爵の言葉を守らなかった貴族達に、神は激しい怒りを覚えたのだろう。流行病は、あっという間に国中を襲い、多くの死者を出すこととなったが、貴族達は、その後も民に川や湖での行水を命じ続けたせいか、流行病が終息して、貴族が死ぬことはなくなっても、民達だけはドンドン姿を消していった。


 古来から山の事故や水難事故というものは、その季節毎に多発するから一年を通し、気をつけねばならないものだったが、シーノン公爵亡き後は、どの貴族も民のことなど思いやらなかったから、民が姿を消すのは日常茶飯事のこととなっていった。春は山菜を採りに山に行ったまま、帰ってこない。夏は行水をするのに川や湖、海に行ったまま、帰ってこない。秋は山の恵みを採りに山に行ったまま、帰ってこない。冬は僅かな食料や暖を取るための薪を求めたまま、帰ってこない。……と、四季毎に多くの民が姿を消していった。


 勿論、民が国外へと逃亡したのかとも思えるが、そういうわけではないことは、姿を消した民の家を見れば一目瞭然だった。どの家も何の荷物もまとめられておらず、その家にいた民は皆、着の身着のままで、ちょっとそこまで出かけるだけの気持ちで家を出たのだろうと思わせるに充分事足りるほど、全ての家の僅かな財産はそのまま手つかず、そこに残ったままだったからだ。


 貴族達は民が減っていく理由に気付きつつも、誰も彼もが金を惜しみ、それに対しての手を講じないまま、時を過ごし……10年が経った7月の21日の夜、その神々の声を聞いた次の日にへディック国に残っていた貴族達は、その事実に気付き……呆然とし、言葉を失った。






 7月の22日。屋敷の呼び鈴を押しても、誰も来ない。メイドも侍女も侍従も執事も料理長も小間使いも庭番も門番も馬番も……誰も、誰も……いないのだ。貴族達は自分で服を着たことがなく、着替えに苛つく者が続出し、中には着替えず、屋敷中を探し回る者もいるが、どこにも使用人達は見当たらなかった。貴族達は空腹を感じても料理をしたことがないから、焼いていないパンを食べるしかなく、グラスやコルク抜きの置き場所がわからないから、酒や果実水を飲むことも出来ず、仕方なく蛇口から流れる水を直接飲むしかなかった。


 馬で使用人達の住まいに行こうとするが、どこに住んでいたかも知らない事実に自分自身に呆れかえるという事態にもなった。それどころか、自分で馬車を動かしたことがないから、どこに誰の屋敷があって、そこにはどう行けばいいのかさえわからないという状態に愕然とした。貴族達は”合同法要”のため、皆が王都の自らの屋敷にいたので、自分達の領地が、今どんな状態かもわからないし、領地に行きたくても、やはり道がわからないという、お粗末な事実に皆が頭を抱えることになり、彼等が唯一場所がわかったのは、王都のどこから見ても見える、カロン王の住む、血が黒ずんだような赤色の城だけだった。


 貴族の嗜みで乗馬は嗜んでいたため、馬を引っ張り出し、何とか鞍をつけて、屋敷の外に出てみれば、そこにあるのは誰もいない……正確には民だけが全ていなくなっている王都だった。狼狽えた貴族達は、何とか城にたどり着き、カロン王に謁見を望み……そこでさらなる衝撃の事実を知ることになった。何とカロン王は7月の21日の夜、城の地下室の隠し扉から、そこを流れる川に飛び込み、逃亡を謀っていたのである。何をどうすればよいかわからず、騒然となった貴族達の前にやつれた姿の護衛隊長がヨロヨロと現れた。やつれた姿ではあったが、声だけは以前のような張りがあり、毅然とした声で、彼はこう言った。


『行き先はわかっている!海だ!カロン王は海から異国に逃亡しようとしている!直ちに捕まえろ!』


 そう言った護衛隊長の額には……白いリボンが、まるでハチマキを巻くようにして巻かれていた。

※エイルノンを第一王子に、ベルベッサーを侯爵子息にするために起きた、金の神の力の暴走であった流行病は、本文のような原因(傲慢な貴族達が金をケチって、平民の使用人達に川で行水させたから流行病が起きた)で発生しました。また国が衰退していったのも、傲慢な貴族達が金をケチり続けたために平民が行水や食料を得るために出かけた川や山で遭難して亡くなっていったからだ……と、へディック国に残っていた悪者達は思っていますが、実際は川や山に出かけるフリをして、各教会が計画的に少しずつ平民達を国外逃亡させて行ったために平民はいなくなっていたのです。荷物を持っていないのは、逃亡を疑われないためでした。逃げた先では各国とスクイレル達が協力し、充分な生活資金と生活の場を用意していました。

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