二人の初恋は永遠の愛で結ばれる(前編)
「私達は4月に二人の婚約祝いをしたから今日は裏方に徹するって決めてるのよ。リングル達もルナーベルもイヴちゃん達に美味しい物をいっぱい食べさせたいって、大張り切りでね!他の皆もそれを手伝うために食事会の用意にかり出されているの!だから二人とも、旦那様やセデス達の姿が見えなくても心配しないでね!」
真夏の日の夕べの食事会の前にアンジュにそう言われたイヴとミグシスは二人して、目を見開いて驚き固まった。
「え?もしかして、か、母様も、お、お料理の手伝いを?母様が料理……。た、大変です!!今直ぐ私がお手伝いをしてきます!ですから母様は、それだけは止めて下さい!」
「うっ!そんなに青い顔で心配されると父ちゃんマジ凹むぜ……じゃなかった、母様、悲しいわ!ダメよ、イヴちゃん。だって今日の食事会はあなた達学院生が主役なのよ」
「それならアンジュ様、俺が手伝いますよ。だって今日は俺達の大事な初夜が……あ、いえ、その今日は俺達の結婚祝いを兼ねた大事な食事会ですし、お願いですから病人もしくは怪我人を出して、その看病で初夜が出来ないなんてことは……ゴホゴホ!い、いえ、その……、とにかく!とにかく、お願いですからアンジュ様は料理だけはお止めください!」
「もう、ミグシスまでドン引き顔でマジ説得しないでよ!あなたは学院生ではないけれど、あなたの結婚祝いの食事会も兼ねているのよ!あなたはイヴちゃんの傍にいればいいの!大丈夫よ、二人とも。私はこの場の現場監督をしてなさいって、旦那様に言われているから、向こうの方で皆を見守っているだけで、料理は一切しないわ。だから二人は学院のお友達との食事を心ゆくまで楽しんできてね」
「「はい!」」
「うっ、そんなにあからさまにホッとされるとマジ切ないぜ。……あっ、そうそう、今日の午後からなんだけどね!ほら、学院生達は林間学校の後半課程がまだまだ残っていてね、今日の午後から出発なのよ。でね、母様達は……一応、学院の先生をしているでしょう?それで母様達は学院の先生として、彼等の引率をしなきゃいけないの。
だからね二人とは一旦お別れしなきゃいけないの。あっ、でも、何も心配しないで良いのよ!ここの学院の警備はルナティーヌとライト様と私達スクイレルが選りすぐった”銀色の妖精の守り手”の精鋭部隊に守らせているから、ピュアちゃん達(実はイヴ)の守りは万全だから安心してね!私達だってイヴちゃんが心配するような危ない事は何もしないし、きちんと9月に会えるようにするからね!」
「はい、わかりました!……あの母様?ロキとソニーも連れて行くのですか?学院の行事とはいえ、山ごもりは子どもには荷が重くないですか?二人は私が預かりましょうか?」
「ウフフ、イヴちゃんが優しい姉様でロキとソニーはすごく幸せね!ありがとう、イヴちゃん!でも、大丈夫よ!あの子達は私並みに体力もあるし、運動が大好きだから誰よりも山ごもりを楽しみにしているの!それに父様とライト様とカブトムシを捕まえに行く約束をしているんですって!……それにイヴちゃんは新婚でしょう?……それ以上、待てをさせたらミグシスが可哀想すぎるわよ」
アンジュがそう言うと、ミグシスは両手でアンジュに握手を求めた。
「っ!!お、俺の事情を察してくれて、本当に本当にありがとうございます、アンジュ様!」
ブンブンと両手を上げ下げされ、アンジュは若干引きつった表情を見せながら、こう告げた。
「お、おう!わかったから、そんなに手を振るな!後、俺は……じゃなかった、私はもう、あなたの母様なんだからアンジュ様とは呼ばないでね」
「はい、義母様!俺、今日はいっぱい頑張ります!それに俺、今日からは一切、待てはしませんから!」
「も、もうミグシス!そ、そんなこと、母様に宣言するなんて!私……恥ずかしいです」
「ご、ごめん、イヴ!あまりに嬉しくて、つい!次からは誰にも言わない!イヴにしか言わないからね!」
「ふぇっ!?」
ミグシスはアンジュから手を離し、イヴを抱きしめ、イヴの耳の傍で小声で囁いた。
「俺は前に言ったよね!俺と結婚したら、覚悟してって!俺をずっと煽りつづけてた責任、きっちり取ってね、イヴ」
「……は、はい」
アンジュは二人の様子に、アハハと声を立てて笑った。
「この後の食事会ね、自由参加自由退場なのよ!だからね……ウフフ、この後の夏休みはハネムーン……じゃなかった、蜜月休暇だと思って二人だけの時間を楽しんでね!あ、後ね、父様とセロトーニ先生からの伝言でね、イヴは7月から片頭痛があまり起きていないでしょう?だから治験の薬を飲むのも、片頭痛の予防薬を飲むのも一旦は止めて、様子を見て欲しいそうよ!」
「ええ、確かに頭痛は起きていませんが、治験を中止するってことですか?」
「そうよ、片頭痛の症状がないのに治験は続けられないでしょう?何よりもイヴちゃんの体が最優先されるの。……それに直ぐ妊娠ってことになったら、お腹の赤ちゃんに負荷をかけちゃうかもしれないから、治験を外れたほうがいいとゴレー先生もおっしゃってたわ!」
「「あ、赤ちゃん!?」」
瞬時に真っ赤になった二人に、アンジュはウフフと笑いかけた。
「赤ちゃんが出来るかどうかは神様でもわからないだろうし、私達は二人が幸せに生きているのであれば、それでいいから、特に孫や跡継ぎなんて気負わなくてもいいのよ。でも二人は私と旦那様並に相思相愛のいちゃラブカップルだから、いつ子どもが出来てもいいように、色々と備えはしておかなきゃね!じゃ、もう行くわね!二人とも仲良くいつまでも幸せにね!」
そう言ってアンジュは二人の前から立ち去り、二人から充分と離れたところで立ち止まり、空を見上げた。
(そういや……アイの結婚式も、今日みたいにいい天気だったような……気がするなぁ……)
前世のチヒロはヘタレな父親だったので、娘の結婚式もまともに祝えず、コッソリ隠れながら、アイの晴れ姿を見て号泣していた……という記憶があったアンジュは、グランがいる男子寮の窓に目をやり、ボソリと言った。
「俺、今世はキチンと娘の結婚を祝えたよ、ユイちゃん。前世の君との最期の約束……今世でやっと果たせたよ。マコト……。前世の時も今世もアイを愛してくれて、ありがとな。どうか今世もアイを……イヴを幸せにしてやってくれ。前世のときと同じように……」
そう言った後、アンジュは暫し男泣きをしていたが、ふいにアンジュの脳裏に先ほどとは違う記憶が一瞬よぎり、アンジュの涙はピタッと止まってしまった。
(?ん……?何だ、これ?この記憶は……何だ?)
一瞬の出来事だったので、アンジュにはそれが何の記憶なのかがわからなかったが、先ほどまで感じていた前世の後悔の気持ちが、段々と薄れていることをアンジュは少しだけ不思議に思った。
真夏の日の夕べの昼の食事会はイヴとピュア達の入籍を祝う会も兼ねてはいたが、イヴとミグシスは既に4月に婚約祝いの昼食会をトゥセェック国の学院で開いてもらっていたし、ピュアとジェレミーの馴れ初めも学院生達はよくよく知っていたから、それについての目新しい話題もないことから、学院生達は祝いの言葉を述べた後は、本来の真夏の日の夕べの食事会らしい食事会を始め……ある程度の食事を済ませた二組の新婚夫婦が、それとなく食事会から姿を消しても学院生達は、それを当然のこと……結婚したばかりの新婚夫婦がどこに行って、何をするのかを詮索するのは……とても無粋なこととわかりきっていたので、特に気にすることもなく、食事会を賑やかに続けていた。
「イヴ、疲れてないかい?それに頭痛はない?」
「ありがとう、ミグシス。心配してくれて嬉しいです。私は疲れていないし、頭痛もないけれど……今日は二人一緒の水遊びは止めたいの。いいですか、ミグシス?」
「え?う……うん、イヴがそう言うなら、そうしようか……。あの、本当に大丈夫?」
「ありがとう、ミグシス。私は本当に大丈夫ですよ。……あの、ミグシス。汗をかいているでしょうから、先にシャワーを使ってきて下さいね」
「う、うん……。ありがとう、イヴ。それじゃ、そうするよ。……じゃ、お先にシャワーを使うことにするね……」
部屋に戻ったミグシスは上着だけを脱いで、先にミント風呂の準備を始めようとしていた手を止めた。バーケックは北方の国で暑さも他国に比べ、幾分かはマシであるとはいえ、暑い夏であることには変わりはないから、行水や水遊びは他国同様かかせないものであり、旅の間にイヴと水遊びをして楽しんでいたミグシスは、今日もそれをしようと、とても心を弾ませていたのだが、先にイヴにそう言われてしまっては水遊びは出来ないと多少……いや、すごくがっかりして、一人寂しく浴室へと向かっていった。




