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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~7月
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真夏の日の夕べ~三日目の食事会①

 バーケックに来て三日目の早朝、カロンは小鳥の(さえず)りに混じって聞こえる、学院生達の声で目覚めた。へディック国の城を出てからというもの、カロンの命を狙う者がいない……何より、誰よりも信頼している自分の双子の兄であるナィールの傍にいるという状況が、カロンの心に安寧を与えているのか、カロンは慣れぬ旅先でも深い眠りが取れるようになっていたが、さすがに昨夜は気持ちが高揚し眠りが浅かったようだと、カロンは寝ぼけたままの頭で考えながらベッドを抜け出し窓辺に向かい、カーテンと窓を開けた。


 夏とはいえ、北に位置するバーケック国の早朝は蒸し暑さを感じることがなく、開けた窓からは爽やかな風が部屋に入ってきて、カロンは爽快な気持ちになった。窓の下を見れば、イヴとミグシスが中庭を散歩しているところに、イヴのクラスメイト達やエイルノン達がやってきて、今日の真夏の日の夕べの食事会は朝昼兼用の時間に早めることに決まったという内容の会話が聞こえてきた。


(うん、昨日の劇遊びの立ち稽古のときに()()()()だね)


 カロンはイヴ達との劇遊びの立ち稽古の挨拶を交わすときに、一度だけ”真実の眼”を用いて学院生達を視た。平民クラスのクラスメイト達は、大事な友人であるイヴとピュアの結婚を祝ってあげたいと思っていて簡易の人前結婚式を開いてあげたいと考えていた。イヴの兄様隊達はリン村に滞在中に見知った、片頭痛の知識や、仮面の先生から教わった蕁麻疹の知識から、イヴとピュアは成人していても酒類を口に出来ないだろうから、真夏の日の夕べの三日目の食事会を酒類を用意しない、朝食か昼食の食事会に変更出来ないだろうかと悩んでいた。


 最高学年で生徒会に属しているエイルノン達は、そんな彼等の相談を聞かされて、バーケックの学院長のルナティーヌに変更することを調整出来るかと話を持ちかけて、無事に時間の変更の許可をもらっていた。だから劇遊びの最中も二組の新婚夫婦を明日驚かせようと考えて、ワクワクする気持ちで心がいっぱいになっている学院生達を視て、カロンは目を細めて彼等に好意を持った。


(ふふふ……なんて優しさと友愛に満ちあふれた場所なんだろう。打算の欠片もない、純粋な好意だけが、イヴちゃんの回りを包んでいる。きっとイヴちゃんの優しい心が、皆を優しい気持ちにさせてしまうんだろうね……)


 カロンは昨日のことを思い出し微笑んだ後、ある確認をするために、もう一度”真実の眼”で、中庭にいる者達を視て見ようとした。……だが。


(ああ、()()()()()……)


 カロンは再度の確認で、それが夢でも幻でもなかったことにフウッと一度、大きく息を吐いて安堵する。カロンが見たのは普通の目で見る風景のみ。もうイヴやミグシスやエイルノン達の前世の姿も他の学院生達の心も()()()()()()()()()


(やっぱり視えなくなっている。私の”真実の眼”の力が……()()()()()()()()のは間違いないようだ)


 昨夜の劇遊びの終幕、カロンが”僕のイベリスをもう一度”のゲームの”カロン王”と同じ台詞を言った後に、自分の心からの言葉でイヴの結婚を祝した、その直後のことだった。突如カロンは自分の全身から何かがゴッソリと抜け出たような感覚に襲われて、ひどい目眩を一瞬感じた。


(?!何だ、この感覚?)


 目眩が治まった後にカロンは怪訝に思い、劇遊びの後に歌っているイヴ達を”真実の眼”で視ようとして……視えなくなっている自分に気付いた。


(視……視えない!?……視えなくなっている?あっ、もしかして!?視えないということは……)


 カロンの”真実の眼”は”僕のイベリスをもう一度”のゲームの登場人物である”カロン王”が持っている特別な力だった。それが使えなくなっているということは……。


(そうか、無事に()()()()()()()()ということか……)


 この世界は魔法も超能力もない世界と、この世界を創造した父神は最初に定めている。その世界の理を歪めていたのが、金の神の選んだ”僕のイベリスをもう一度”というゲームだった。だからゲームが終わってしまえば、神が定めた理に反している、ゲームのカロン王の力がカロンから消えてしまったのだろうと、カロンは一人納得しながら、イヴ達の歌を聞いていた。


(昨夜はまるで自分が盲目にでもなったかのような、ひどい喪失感に苛まれたが、これが常人としての本来の目なのだろうな……)


 カロンは”真実の眼”を失ってしまった。もう誰の裏の顔も分からなくなってしまった。他者が巧妙に隠した本心を知ることが出来なくなった。イヴ達、転生者の魂の姿を視ることが出来なくなり、カロンは()()()……()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()


(これでいい……。例え姿が見えなくたって彼女は……ユイはイミルグランの中で生きているもの。()()()()()()()……もう一度会えただけで、私は充分幸せだもの)


 カロンは窓から離れ、朝の支度に取りかかった。






 カロンは”真実の眼”を失ってしまったが、自分がやるべきことは忘れてはいなかったので、早速いくつかのことに取りかかるために一階へと下りていった。一階の廊下の窓から見える中庭では、今日の食事会のためにセデス達が天幕を張ったり、テーブルを出したりと忙しなく立ち回っていた。


(一人で百人分の働きをする彼等の能力は、元々物語の()設定に組み込まれているものだったが、現実の世界である、ここでは、その能力は彼等の長年の努力で勝ち取ったものだから、ゲームが終わっても消えることはなかったようだね……。これからも彼等は、ずっとイミルグランとイヴちゃんを守ってくれる……。そして彼等もイミルグランとイヴちゃんの傍にいることで、これから先も幸せな人生を歩めるだろう)


 カロンはそう思いながら、食堂へと入っていった。


「おはようございます、カロンさん、リングルさん、アダムさん。……そして()()()()()さん、おはようございます」


 食事会用の料理を作っているリングルとアダム達の手伝いをしているルナーベルは、ビクッと体を震わせて後ろを振り向き、挨拶しようとして、それに気付いた。同じようにカロン……ナィールもルナーベルの手伝いをしていたので同時に振り向き、ナィールもカロンのそれに気付いて、目を丸くして口を開いた。


「おう、おはよう……って、何だ、それ?おい、カロン。何でお前、仮面なんてつけているんだ?」


「ああ、これですか?これはお洒落でつけているだけですよ。それよりもルナーベルさんとカロンさんは、何をしているのですか?」


 カロンはルナーベルから、さりげなく距離を取り、ナィールの手元を覗き込んだ。ナィールは大きめの銀色のボウルを支え、ルナーベルがボウルの中に入れている、白い物質を木べらで混ぜていた。


「お前な、自分を身綺麗にするのもいいけどよ、少しは自分の体を労ってやれよ。ハァ……。ルナーベル嬢、昨日も話した通り、この役者のカロンは偏食をして、自分で自分の体を痛めつけている、愚かで憐れな男なんですよ」


 そう言ってナィールはルナーベルにカロンが食べられる食べ物の名前を挙げていき、それ以外は食べないのだとぼやいた。ルナーベルは木べらで混ぜる手を止めて、仮面を付けているカロンを見て言った。


「まぁ、そうなのですか?あの私は一月ほど前に、この国で薬師になったばかりの新米薬師ですが、良かったら朝食前の薬湯を煎じてみましょうか?昨日もセロトーニ先生やゴレー先生に調合を褒められたので、イミルグラン叔父様、いえグラン叔父様の処方箋通りに煎じることが出来ますが?」


「そうですか、ルナーベルさんは薬師になったのですね。……これは好都合」


「「?」」


「あ、いえ、何でもないです。あのところで、さっきも尋ねたのですが、それは何なのですか?」


 カロンは二人に再度、何をしているのかと問うた。ナィールは、ルナーベルがイヴの双子の弟達のために、デザートの時に出す、野菜入りのクッキーを作っているのだと言い、自分は、その手伝いをしているのだと答えた。


(この後の()()()()()()()()()()()()()()()……)


 カロンは緊張する心を抑え、何でもない風を装いながらナィールがいる間に、ルナーベルとの会話を続け、彼女がイヴのために、あることをするようにと仕向けた。


(ごめんね、ルナーベル嬢。私の顔は昔と少ししか変わっていないから……仮面を被っていても怖いよね。本当なら、この場で土下座して謝りたいところだけど私には時間がない。今日の昼過ぎには、ここを出てへディックを目指さなきゃ間に合わないもの……)


 カロンはルナーベルとナィール、そしてリングルとアダムにもそれをするようにと、巧みに言葉で誘導していく。


(ルナーベル嬢の()()()()()()()()()()。ならば一か八か、やってみるだけの価値があるよね。それにそれが上手く行けば、イヴちゃんだけじゃなく……)


 全てを説明している時間の余裕がないカロンは彼等の了承の言葉を聞くと、さっさと食堂を後にした。


(後は……)


 カロンは男子寮の談話室へと向かって行った。

※イヴ達のいる世界の薬草医と薬師の違いについて


薬草医……現代の日本でいうところの漢方医寄りの医師に近い存在。患者の体を診て、薬湯の処方箋を作ることが出来る。外科手術などはまだ医療が発達していないので、その概念が存在していない。


薬師……現代の日本でいうところの薬剤師に近い存在。自分で患者の体を診ることは出来ないが、薬を考案し作ることは出来る。これはバーケック国独自の資格で、ルナティーヌの領地の薬の木の樹液を精製し、注射液に加工する技術を悪用されないために、ルナティーヌが国家資格と定めたのが始まり。

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