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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~7月
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真夏の日の夕べ~二日目の劇遊び⑤

 真夏の日の夕べに参加する皆が楽しめるようにと変更された劇遊びをイヴは、とても楽しんでいた。この劇遊びの主役の女の子は明るくて素直で優しく努力家で真面目な女の子で、イヴはもし、こんな女の子がいたら友達になりたいと思うだろうと主役の女の子に対し、好感を持っていたので、片頭痛の事がなければ、イヴは素直に彼女の役が当たったことを喜んでいただろうとも思っていた。


 役者のカロンが”劇遊び”は楽しい遊びだと教えてくれた通り、彼女になったつもりで劇遊びをするのは、とても楽しかった。最初の序章で幼少期のミグ先生が、人々に忌避される自分の容姿を嫌悪し、将来に悲観して馬車に身投げする場面では、イヴが小さかったころに片頭痛で公爵令嬢になれないからと、一人で家を出て行こうとした自分と似ているとイヴは思った。あの時、グランやミグシスやセデス達に、一緒に生きよう、一緒に片頭痛と闘おう……と言ってもらえてイヴは、とても嬉しかった気持ちを思いだした。大好きな人達に手を差し伸べられた幸せを思い出したイヴは、ミグ先生が主人公の女の子と出会えた幸運を、自分がグランやミグシスやセデス達に出会えた幸運とよく似ていると思い、二人が出会えて良かったと思いながら、主人公の独白の台詞を話していた。


 第一幕の最初の場面では、この4月の自分の入学式でのことをイヴは思い出していた。ピュアとの出会いや白いハチマキが風で飛ばされて、追いかけたら片頭痛が悪化して倒れたが、ミグシスに助けてもらって、無事に入学式に出られたことを思い出し、劇遊びの主役の女の子は健康で、片頭痛ではなかったから、走っても倒れなかったのに……と健康な主役の女の子が羨ましいとイヴは思っていた。


 誰かに意地悪をされて、鞄を探す場面では、自身の片頭痛との長い闘いと同じだとイヴは思った。相手の正体が分からない怖さや、どうすればそれが終わるのかがわからない不安や、意地悪をされることの悲しさを感じ、それに対する悔しさや痛みを思い出し、自分で何とかしようと頑張る主役の女の子の気持ちに、いたく共感した。悪役の女の子達との対決の場面では、イヴは小さかったころに出会った神子姫との楽しいお茶会や、保養所で出会ったエイルとの決闘や、海で出会ったトリプソンと海に向かって、魔法の貝をを投げたことを思い出し、楽しい気持ちになった。


 ミグ先生が慰めてくれる場面ではミグシスとの初めての出会いから、ミグシスとの10年以上の歳月の中で過ごした様々な思い出を思い出していた。最初は家族愛に近いものだったのが、いつの間にか恋へと変わった自分の恋情と主役の女の子の恋情とが同調したかのように感じて、劇遊びをしているだけなのに、胸の奥が切なく痛み、9年間の恋心を秘めていたころを思い出して、自然に涙が出てしまった。第二幕での神楽舞を踊る場面や、ピュアの扮する公爵令嬢との誤解が解ける場面では、この一学期の間に仲良くなったピュアとの思い出を振り返り、親友が出来て良かったと思った。


 イヴは”私のイベリスをもう一度”の劇遊びを通して、今までのイヴ自身の半生を振り返ると同時に、劇遊びの物語の主役の女の子の半生を追体験し、それを心の底から楽しんでいた。最終幕では卒業パーティーの場面で、カロン王が結婚を認める台詞を話すのを聞いた時は主役の女の子がミグ先生と結ばれて、本当に良かったと思いつつ、イヴはそう言えば自分もバーケックの宿屋でマクサルトが、イヴとミグシスは、もう結婚できるはずだと教えてくれた時の驚きと喜びの感情を思い出し、きっと、あの時に感じた驚きと喜びの感情を、主役の女の子も感じていたのだろうなと思っていた。


 そして……一体、いつの間に用意したのか、わからないほどの大量の金色の紙吹雪が舞う中、『苦難を乗り越えて結ばれた二人は、その後、いつまでもいつまでも仲良く幸せに暮らしました』との劇遊びの終わりを告げる語りを聞きながら、カロン王に扮していた役者のカロンを、そっとイヴは見つめた。


 イヴは役者を本業としているカロンの演技は、やはり迫力が違うと思ったし、昨日の劇の時もそう思ったが、こうして同じ舞台に立てば、さらに彼が本物のカロン王にしか見えないと思い、彼がイヴの視線に気付き、イヴに微笑みかけながら、『結婚おめでとう、イヴさん!この劇の主役の女の子のように、君は幸せになれるよ!』……と、イヴの結婚を祝してくれた時、イヴは本当に物語からカロン王が出てきて、イヴの結婚を祝してくれているようだと思った。


 心配していたイヴの片頭痛は幸いにも、劇遊びの最中に一度も発症することはなかったが、カロン王が結婚を認める台詞を口にしだした時、イヴの身に、ある違和感が生じた。


(?あれ?何だろう?頭の中が、すごく軽くなったような気がする……?これは何?)


 イヴは片頭痛の痛みが無い状態の時でも、常に頭の中に重たい石があるかのように感じていたのだが、その重たい石の感覚が、泡のように消えていくように感じて、心の中で首をかしげた。


(もしかして、もうすぐ劇遊びが終わるから、それで緊張がほぐれてきているのかしら?それとも気分が高揚しているからなのかしら?何だか、初めからそこには()()()()()()と錯覚してしまいそうなほど、頭の中に重たさを感じない……。こんなにスッキリした感覚は生まれて初めてかも……)


 イヴは何が起こっているのかはわからなかったが、劇遊びの最中に片頭痛にならなくて、本当によかったと心底、安堵していた。そして、本物の役者と劇遊びをして遊んだことは、一生の思い出になるだろうと思い、こんなにも楽しい気持ちになれる劇遊びを辞退しようと考えていたイヴを説得してくれたカロンにイヴはとても感謝して、彼に改めて礼を言って、明日の食事会に招待したいと思っていた。


「さぁ、イヴさん、お終いの歌を歌いましょ!」


「ええ、ピュアさん!じゃ、手を繋ぎましょう!」


「イヴ、こっちの手は俺と繋ごうね!」


「はい、ミグシス!」


 終幕を知らせる語りが終わり、イヴはピュアとミグシスと手をつなぎ、他の登場人物達も皆、イヴ達を中心に一列に手をつないだ。そして皆で一斉に歌い出す。


 ……その歌が”僕のイベリスをもう一度”の逆ハーレムエンドで流れる登場人物達全員の大合唱だということをイヴやミグシスは当然知らなかったし、エイルノン達4人も、それを思い出すことはなかった。







 ……イヴが皆と歌い出した同時刻、その世界に生きる、大多数の者達が、天上から聞こえてくる、男女の歌声に驚き、皆が次々と家の外へと躍り出た。


 星々がきらめく夜空から聞こえる男女の歌声にあわせるようにヒラリ、ヒラリと、星のような輝きを放つ金色の紙吹雪のようなものが、雲一つ無い夜空から舞うように降ってくる。それを手にしようとすれば、それは触れた瞬間に、スウッと音も無く消えていった。


 天上から聞こえてくる男女の歌声は、とても美しい声だったが、その歌の歌詞を正しく聞き取れる者は誰もいず、その言葉が今まで一度も耳にしたことがない言語だったので、信心深い人々は、その歌は神が歌っているのだと思い、人々は地面に膝をつき、それぞれに神に祈り始めた。


 バーケックやバッファーの国々では、国が危機に陥ったときに、実際に神が英雄を遣わしてくれて国が救われたという過去があったので、それら二つの国も、その二つの国をよく知る周辺の国々の人々も、この摩訶不思議な現象は、神の御業によるものだと信じて疑うことも無かった。


 神の御業は約3分40秒ほど続き、それが終わると辺りはいつものような、虫の鳴き声だけが聞こえる夏の夜に戻っていき、翌日から一ヶ月ほどは、どこの国でも、その夜の話題で持ちきりだった。


 神が人々に、その存在を示したのは今までに二度だけあった。その二度ともが神が、どこかの国を救うために英雄を選んだときだったので、人々は一体誰が、どこの国を救うために英雄に選ばれたのだろうかと噂し合った。多くの者が神の御業を目にして興奮気味だったが、早くから就寝していた者や、屋内で賑やかにしていて、外の様子に気付かなかった者達は、それを目にしてはいなかったので、後から回りの者に聞かされて、一目、神の御業を自分の目で見てみたかったと羨む声を上げる者は多かった。


 バーケック国立学院では、その日の夜の、その時間は、ちょうど真夏の日の夕べの劇遊びが終幕し、最後に劇の登場人物全員による合唱が歌われている真っ最中だったので、学院内にいた者達は誰も外の歌声に気付くことはなかったし、……もしも学院内にいた者達が、それに気付いて、その歌を聴いたとしても、そこで流れる歌が、”僕のイベリスをもう一度”に隠されていた”隠された物語”のエンディングで流れる、イヴリンとミグシリアスの声優達が歌うデュエットであるということを、やはり知ることはなかっただろう。


 イヴ達が神の御業の話題を知るのは、この日から二ヶ月経った9月半ば過ぎた頃だったので、その頃には既に、誰が英雄に選ばれて、どこの国を救ったのかも判明していたし、全てのことが、もう()()()()()()()()()となっていたので、イヴ達は神の御業を目にしていなかった者達と同じように、神の御業を見たかったねと学院の友人達と羨む声を上げ、イヴ達の()()()()()()の名前や、彼がどのように、その国を救ったのかという話を、まるで物語の読み聞かせを聞くような気持ちで、皆が興味深く聞いたのだった。

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