真夏の日の夕べ~二日目の劇遊び④
イヴはカロンの手にある白いリボンを暫し見つめ……自分の意志で白いリボンを掴んで、こう言った。
「私……片頭痛になってしまって皆に迷惑をかけてしまうかも知れないけれど……皆とカロンさんと、一緒に劇遊びという遊びをしてみたいです!」
イヴが素直な気持ちを言うと、カロンは顔を綻ばせた。
「うん、良い返事だね!じゃあ、今から君は自分の気持ちを彼等に打ち明けて、相談しておいで。きっと大丈夫だからね。私は今日の夕方に、君と遊べるのを楽しみにしているよ」
カロンにそう言われて、イヴは頷いた。そして椅子から立ち上がって、カロンに頭を下げた。
「私の悩みを聞いてくれて、どうもありがとうございました、カロンさん。カロンさんと話が出来て、とても良かったです。私、カロンさんの言う通り、皆に相談してみます。では今日の夕方にまた会いましょう。私も楽しみにしています。あっ、でも……、もし、また熱が出たときは隠さずに言って下さいね。無理はしないで下さいね」
イヴが礼を言うとカロンも立ち上がり、イヴに握手を求めて、片手を差し出した。イヴがカロンの手を握ると、ヒンヤリと冷たくて細い、カロンの真っ白な手がイヴの手を優しく包み込んだ。
「フフ……、君はホントに学院時代の彼女にそっくりだ。顔形だけじゃなく、すごく生真面目で心優しい所も……ホントによく似てる……。君が君でホントに良かったよ」
「?」
「ああ、ごめんよ……何でもないから忘れて。イヴさん、私の体の心配をしてくれてありがとう。私なら大丈夫だよ。だって私も”昔取った杵柄”で王様の役は、うんざりするほどやっているから、それを演じるのに苦労することは何もないからね。じゃあ、私はそろそろ自分の部屋に戻るから、また後でね。私と皆で一緒に遊ぼうね、イヴさん」
「はい!」
イヴはカロンが部屋を出るのを見送った後、ミグシス達のいる場所へと戻っていった。
イヴはカロンの忠告を素直に聞き入れ、自分の不安を相談したところ、皆で話し合いを開いてくれることになったので、イヴはカロンの言う通りに相談して良かったと、心の中でカロンに感謝していた。
「僕が一年生の時に先輩に聞いた話なんだけどさ、この”真夏の日の夕べ”という行事は、3つの国の学院が8年前に男女共学になったことを記念して作られた行事だったんだって。学院側としては劇遊びを通して、男女間の交流を図り、親交を深める目的で、劇遊びという娯楽を用いることにして、その目的に相応しい題材の物語を使用することにしたらしいのだけど……。実際には女子が学院に入学したのは三年前にホワイティ公爵令嬢……ピュアさんがトゥセェック国の学院に入学したのが初めてだったんだよね。
だからさ、8年前から真夏の日の夕べの劇遊びは毎年……男だけで少女達の友情と恋愛の物語を演じて遊ぶという……あんまり楽しくないというか全然楽しくない……ある意味、これを演じて誰が楽しいの?って、首を傾げずにはいられない行事でさ。真夏の日の夕べの劇遊びは、毎年の学院生に人気の無い、とても辛い行事だったんだよ」
「「「えっ!?そうだったんですか……」」」
三年生のエイルノンの話に一年生達は、戸惑いの表情を浮かべた。
「毎年不評でさ。翌年には、この行事を止めてほしいと毎年訴えていたんだけど、何故か学院側が止めてくれなくてさ。まぁ、男女共学を記念して作った行事だから、せめて一度くらい、本物の男女で劇遊びをするまでは劇遊びの脚本は変えたくないと学院側は思っていたのかもしれないけどさ、正直、学院の男子学院生ばかりで、少女達の友情や恋愛の物語を皆で演じるのは、とてつもなくやるせなく、まったく嬉しくない行事だったんだ。僕自身も一昨年と去年、ここで悪役の女の子を演じるのも、それを見られるのも全然楽しくなかったしね。でもさ、やっと今年は本物の女の子達と劇遊びで遊べるのだもの。イヴやピュアさん達が演じやすいように設定を変えるくらい、何でも無いことだよ。それにさ、僕とイヴは永遠の仲良し友達なんだよ?友達の僕には遠慮しないで何でも相談すればいいんだよ」
「そうですよ、イヴさん。可愛い後輩の不安を解消するのは先輩として当然の務めです。永遠のケンカ友達のエイルじゃなくとも、相談してくれたら良いのですよ」
「トーリ兄様に遠慮はいらないからな、イヴ。お前は俺の妹分なんだから、何でも兄様の俺に言えばいいんだよ」
「イヴさんは薬草医を目指す私にとっては、憧れの姉弟子なんです。その憧れの姉弟子の心配事は弟弟子である私にとって捨て置けないことです!だからどんな事でも言って下さい!」
エイルノン達4人が先輩として、劇遊びを初めて行うイヴや一年生の皆の不安を解消すると胸を叩き、具体的な話し合いが始まった。イヴの片頭痛の心配事については、皆はその心配は尤もだと言い、話し合った末に、幾つかの解決案が出てきた。
「じゃあさ、もしイヴが片頭痛になったら、イヴは声だけを当てて、動く役者は別の者がやったらいいんじゃないか?」
と、トリプソンが言うとピュアが、それは良い考えだと賛同した。
「ああ、それはいいですわね!4月の”大衆劇”の王様がやっていた二人羽織みたいですわ!」
皆がその時は誰がイヴの代役をするかと話すと、手を上げたのはイヴの双子の弟達だった。
「「その時は姉様の身長に近い僕達が、姉様の代わりに動くよ!!ほら、僕達ならミグ先生役のミグシス義兄様にいくら抱きついても、姉様はヤキモチをやかないでしょう?でしょう、姉様?」」
「うっ!ロキとソニーったら……。それは、そうかもしれませんね。その時は、お願いしますね」
「「うん、まっかせて~!!」」
「イヴ、ヤキモチをやいてくれるの?すっごく可愛い!大丈夫、心配しないで。俺はイヴ一筋だよ!」
「はいはい、そこ!いちゃついてないで、どうすれば皆が楽しく劇遊びが出来るかを考える続きをするよ!他に何か困っている人はいない?」
「はい!次は私ですわ!実は先ほど私はクジ引きの時に、”昔取った杵柄”と言いましたが本当は私、貴族が苦手で、貴族を連想させるものが苦手なんですの。だから皆さんのことをつい最近まで避けてしまっていたのです。……今までごめんなさい」
「ああ、それなら事情を仮面の先生に聞いているから謝らなくてもいいです。……随分辛い思いをされてきたようですが、こうして今、自分で私達に、それを打ち明けられるくらいに回復されて、本当に良かったですね」
「そう言ってもらえて、とてもありがたいですわ。……ああ、でも、どうしましょう、ジェレミー?遊びで貴族をするとわかっていても、貴族特有のドレスやハイヒールをつけたら、私はまた蕁麻疹になってしまうかもしれませんわ!」
「それでしたら、卒業パーティーの場面では皆で制服を着ていたら、どうでしょうか?元々、学院の制服というものは正装で通じます。それならイヴ様もピュアも物語の貴族の格好をしなくてもいいから、片頭痛にも蕁麻疹にもならないと思いますよ」
「それって、すっごく良い考えだね、ジェレミーさん!あっ、そうだ!どうせなら悪役の子が主役を虐める場面さ、何か明るい感じに出来ないかな?例えば僕とイヴが牛乳の早飲み対決をするとか、にらめっこ勝負するとかさ!」
「それって、エイルが小さい頃、私に持ちかけた決闘方法ですよね……?もしかしてエイル、まだミグシスを狙って?ダメですよ!ミグシスは私の夫ですよ!」
「違うって、言ってるだろう!そんな大人げない魔王なんて、僕は欲しくないよ!ただ僕は、あの時出来なかった決闘ごっこをして、イヴと遊んでみたいんだよ!」
「それなら俺もイヴを虐めるんじゃなくて、何か遊びで対決をしてみたいなぁ。……とは言っても俺とイヴが対等に出来る対決って、何かあったかな?」
「エイルもトーリもずるいよ!私だって、姉弟子のイヴさんと遊びで対決してみたいですよ!」
「よし!せっかくだから、皆で考えてみようよ!」
……そうして沢山の話し合いの末に出来上がったのが、今、イヴ達が遊びはじめた劇遊びだった。




