真夏の日の夕べ~二日目の劇遊び②
真夏の日の夕べの一日目が終わった次の日の今日、イヴは昼食を食べ終わってから行われた”劇遊び”のクジ引きで、主役の私……ピュアと言う名前の男爵令嬢の役に当たってしまった。
「「「やったね、イヴ、大当たりだ!」」」
「まぁ!イヴさん、主役なんですのね~!すっごく、お似合いですわ!頑張って下さいね!」
(ど、どうしよう……。主役だなんて……)
戸惑うイヴの後にクジを引いたピュアが、興奮気味に声を上げた。
「あら、私、公爵令嬢のイヴリンですわ!フフフッ!”昔取った杵柄”という言葉通り、私の元公爵令嬢という肩書きがこんな所で役に立つとは思いませんでしたわ!フフ、今日は私の一世一代の公爵令嬢っぷりを皆に見せつけてやりますわ!とくとご覧遊ばせ!お~ほっほっほ!」
ピュアは準主役の公爵令嬢に当たり、腰に手を当てて高らかに笑い声を上げ、その横でエイルノンは主役を虐める悪役のクジを引き当てて、その場に頽れた。その横では、すでに頽れているベルベッサーやトリプソンがいる。
「何で今年も僕は、主役を虐める悪役の女子学生①なんだろう……え?ベルもトーリも、また同じ役?おいおい、僕達、これで三年連続の悪役三人組じゃないか?陰謀じゃないのか?……って、おいっ!?だからミグシス、睨むなって言ってるだろーが!イヴを虐める役だからって、今から殺気全開で睨んでどうする!これは遊びなの!嘘の物語なの!本当の事じゃないんだから、そんなに睨むなよ。……それにしても、今年はベルが随分と痩せてしまったから去年の衣装は体に合わないんじゃないか?」
「任せて!ベルベッサー君の体に合わせた衣装、二時間で作ってあげるわ!最高の美女にしてあげるから、楽しみにしていてね!!」
「さ、サリー先生!目が、目が血走ってますよ!」
「良かったですね、ベルベッサー!」
「うぐっ!いいですよね、エルゴールは!君は三年連続、男爵令嬢の父親役だから、登場は影絵の時だけだし、台詞は少ないし!私達なんかイヴさんを虐める役だって決まっただけで、もう、そこの黒魔王に睨まれているんですよ!」
ミグシスはエイルノン達を威嚇しつつ、自分の順番となり、クジを引いた後、柔やかな表情になり、機嫌が一気に良くなった。
「ミグシスは……あっ!ミグ先生役なのね!」
イヴがそう言うと、ミグシスは嬉しげにイヴの手を取って、その手にキスをした。
「そうだよ、イヴ!俺は主役と結ばれるミグ先生だ!ああっ、良かった~!イヴの相手役になれたよ俺!もし他の誰かがイヴの相手役になったらと思うとそれだけで怒りが沸いて、相手役の男を消してやろうかと思……なーんてね、冗談だよ、冗談!でもさ……。例え、お芝居でもイヴを抱きしめたり、キスのフリをするなんて絶対に許せないと思ってたからさ!(誰も消さずにすんで……)本当に良かった~!”劇遊び”でも俺達を引き裂くことは出来なかったね!俺達は本当に運命の相手なんだね、きっと!!」
ミグシスが微笑みかけてくれているので、イヴも微笑みを返したが、イヴの内心はミグシスが自分の相手役で嬉しい気持ちと、自分が主役の役をすることへの不安や戸惑いの気持ちが複雑に入り交じっていた。ミグシスの後にクジを引いたジェレミーもミグシスと同じように自分の引いたクジを持って、ピュアの元に駆け寄った。
「ピュア!!僕、ピュアの相手役の王子でした!ピュアと僕も運命の恋人ですね!!ね、ピュア?」
「ええ、ジェレミー!私もあなたが相手役だからこそ、本気で取り組めそうですわ!」
皆がワイワイと騒ぐ中、イヴは、そっとため息を誰にも気付かれないようについた。
(私、主役なんて出来るのかしら?大勢の前に立って劇をするのも、何だか恥ずかしいですし、それに何より、劇の最中に片頭痛になったりしたら、また皆に迷惑を掛けてしまう。……今からでも皆に相談して、誰かに主役を代わってもらった方がいいのではないかしら……)
イヴがそう思って、皆に声を掛けようとしたときだった。
「イヴちゃ……、君がピュア役になったんだよね?はい、これをつけて頑張ってね!」
声を掛けられ、後ろを振り向いたイヴに、白いリボンを渡したのは役者のカロンだった。
イヴにとって、役者のカロンの第一印象は、今にも倒れてしまいそうなほど体が細く、顔色の悪い人だった。昨日の真夏の日の夕べが始まる前に、役者のカロンとバッタリ出会ったイヴとミグシスは、彼に初めましての挨拶を終えた後に、握手をしてもらおうと彼の傍にいき、カロンの肌の白さに驚いた。片頭痛で昼間の時間、外には出られないイヴよりも真っ白な……まるで血管さえ透けて見えそうなほど肌が青白く、そして最低限度の筋肉しかついていないような痩せている体のカロンに、二人は息を呑んだ。薬草医になると決め、セロトーニやグランに師事を受けたイヴやミグシスは、医療教育実習としてセロトーニの診療を何度も見学している経験上、その顔色を持つ患者を二人は何度か見知っていたからだ。
「あ、あの!カロンさんは何か重い病を患っているのではありませんか?とても顔色が優れないように見えるのですが、大丈夫なのですか?」
「イヴの言う通り、本当に顔色が良くありませんね。グラン様達に休むよう言われていないのですか?」
二人がそう言うと、カロンは微笑んで言った。
「ありがとう。とても優しいね、君達。君達にこうして会えるなんて思ってもいなかったから夢みたいに嬉しい……ああ、私は今すごく幸せだなぁ」
「「?」」
「ああ、何でもないことだから気にしないで。えっと、私の顔色が悪いから、私の心配をしてくれているんだったよね。え~っと……今朝、私は旅疲れで少し熱は出たけれど、もう大丈夫なんだ。それよりも、そちらのお嬢さんの方こそ、大丈夫なのかい?今朝、たまたま役場で見かけたとき倒れていただろう?もう起き上がっても平気なの?」
「気遣って下さり、ありがとうございます。私は熱も出ていませんし、今は鎮痛剤が効いていますので、もう大丈夫なんです。でもカロンさんは熱があったのでしょう?それに、その顔色は白すぎませんか?」
イヴがカロンの顔の白さを気遣うと、カロンは自嘲気味に笑って言った。
「あはは……確かに私の顔色は悪く見えるよね。これはね、役者として日に焼けないように徹底して予防をしているせいだから、病気では無いんだよ。だからね、そんなに気遣わなくて大丈夫なんだよ」
そう苦笑したカロンは、自分は役者に命を賭けているので、美容には人一倍気を使っているだけだから心配しないでねと、戯けて言って、二人を笑わせた。その後、二人に握手を求められ、真っ白な顔が真っ赤になるほど照れたカロンは、おずおずと握手をしてくれて、これから始まる”観劇”をよく見ていてねと二人に言った。
「これから始まる劇は、明日の君達の”劇遊び”に使われる遊び用の物語なんだ。明日、私は今日と同じ役で君達の劇遊びに出るから、一緒に楽しもうね」
そう言って舞台裏に向かって行ったカロンを見て、イヴとミグシスは、物腰が柔らかく、優しくイヴを気遣い、二人の心配を和ませようと戯けてくれるカロンは繊細な心の持ち主で、とても優しい人だと思った。そして二人に握手を求められるだけで真っ赤になって照れるカロンは役者として……もしかしたら、あんまり演技が上手ではない役者かもしれないと、少々失礼なことを考えてしまった。
「あんなにも心の内が顔に出やすい、わかりやすい善良な大人の男性なんて、俺はグラン様以外では初めて見るよ……。熱は引いたとは言っていたけど、ちゃんと演技が出来るのかな?心配だね、イヴ?」
「よし!私、カロンさんが上手に演じられるようにいっぱい応援します!」
「うん、そうだね。俺もイヴと一緒に応援するよ」
エイルノン達にバーケックの観劇の話を聞いた後、真夏の日の夕べの観劇が始まる前に、二人は小声でそんな会話を交わしていたのだが、劇に出てきたカロン王に扮したカロンを見て、二人は、その心配はいらなかったのだと、後で大いに反省することになった。
”私のイベリスをもう一度”のカロン王に扮するカロンは、さっきまでとは全く違い、まるで彼は生まれた時からカロン王以外の何物でも無かった……と信じてしまいそうなほどの完璧なカロン王を演じたのだ。それは保健室の先生に扮していたアンジュや、仮面の先生に扮していたセデスや、若先生に扮していたグランよりも演技が上手く、身も心も魂さえも、彼はカロン王になりきれる……超一流の役者だったのだと、二人は賞賛と共に強く実感した。
(あんなに演技が上手い役者の人に、楽しみにしていると言ってもらえて、すごく嬉しかったし、私も片頭痛さえなければ、皆と遊んでみたかったけれど……、だけど……仕方ないよね……)
超一流の役者であるカロンに昨日、一緒に楽しもうと誘ってもらっていたことを思い出したイヴは、カロンに渡された白いリボンを見つめてから、リボンを凝視しているイヴを不思議そうに見ているカロンに、劇遊びを辞退しようと思っていることを詫びねばならないと思った。




