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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~7月
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真夏の日の夕べ~二日目の劇遊び①

 前日の”()のイベリスをもう一度”の劇の序章は、影絵と主役の独白だけで演じられていたが、”真夏の日の夕べ”の二日目の”劇遊び”の序章は、学院生手作りの紙人形劇と、イヴとミグシスとエルゴールの賑やかな会話で演じられ始めた。


 《私が彼に出会ったのは、7才のときでした。母を病で亡くしたばかりで気落ちしていた私は、父に励まされるようにして、領地視察に馬車で出かけたのです》


 イヴの独白に合わせて、銀髪の女の子の人形とお父さんの人形が馬車に乗る人形劇が始まっていたが、その人形劇とは関係のない会話が聞こえだした。


「わぁ!イヴ、すっごく上手に話せているね!イヴの声は元々すごく美しいし、とっても可愛いし、俺はイヴの普段の声も大好きだけど、劇遊びの改まったイヴの声も大好きだよ!イヴの話す台詞は、とても聞き心地が良い声音で、すっごく癒やされる!練習の成果が良く出ていて最高だよ、イヴ!」


「え?そ、そう?褒めてくれてありがとう、ミグシス!嬉しいです……っあ!ダメよ、ミグシス、もう劇が始まっているんだから!シーですよ!シー!」


「うわぁ!イヴが人差し指を口に押し当ててる、その仕草、最高に可愛い!ねぇ、もう一回して?」


「は、恥ずかしいからダメですよ!……え?そんな悲しそうな顔をしないでミグシス。そんなに見たいの?……えっと、じゃあ、後で、お部屋で二人だけのときに、もう一回してあげるから、ね?元気を出して、今は待っていて下さいね!」


「うん!二人だけのときだね!すっごく楽しみにしてる!」


 しばらくしてイヴの独白が続けられたが、また違う声によって、それが中断された。


 《えっと……市街地にさしかかって直ぐに彼が馬車の前に身を投げ出すように現れたので、父は必死になって馬車を押しとどめました。間一髪、馬車は彼を轢く前に止まり、父は馬車から降りて彼を叱りつけました》


「ミグシスさん、奥様が可愛いのは認めますが、今は劇遊びの最中ですよ!少し我慢してください!何、舞台裏で見えないからって、イヴさんと手を繋いだり、頬をつついたりしているんですか!私よりも8つも年上なんですから、ちょっとは慎んで下さいよ!」


 少し怒気を含んでいるようなエルゴールの声が舞台の裏側で、いちゃついているミグシスを責め出した。


「少し位いいだろう!こっちは新婚なんだから!今日は昼から夕方の”劇遊び”のためのくじ引きやら衣装合わせやら台本の読み合わせとかで、俺はずっとイヴと二人っきりで、いちゃつけなかったんだから!!」


 ミグシスがそう反論すると、エルゴールは、さらに怒りが増したのか、大きな声でミグシスに言い返した。


「いちゃつけなかった……ですって!よくもまぁ、そんなことが言えますね!今朝の早朝の中庭散歩の時はイヴさんを横抱きにして、ご機嫌で歩いていましたよね?朝食もイヴさんとテラスで食べさせあいっこをしていたのをエイルが見たそうですが、あれはいちゃつきには入らないというのですか?それに昼からのくじ引きや読み合わせの時もイヴさんの横にピッタリ密着していたでは、ありませんか!いくらバーケック国がトゥセェック国よりも夏の暑さが幾分マシだとはいえ、そんなにずっとベッタリくっついていたら汗疹が出来るし、イヴさんにも嫌がられますよ」


「フッ、お生憎様。俺とイヴは毎日、一緒に薬湯浴で水遊びをしているから汗疹予防は万全なんだよ!それに俺は手を繋ぐのも頬を触るのも抱っこも事前にイヴに『いいですよ』って、お許しをもらって触ってるから、嫌がられることはないんだよ!ねぇ、イヴ、そうだよね?嫌じゃないよね~?」


「……はい。少し恥ずかしいけれど、ミグシスが傍にいると私は嬉しいです。手を繋ぎたいとミグシスに言われると、好きだよって言ってもらっているみたいに感じて、私はすごく幸せ者だなって思うから、嫌じゃないんです」


「……俺も今、最高に幸せです、イヴ。ああ、すっごく可愛すぎる、俺の奥さん!最高に可愛いすぎるよ、イヴ!こんな可愛い妻の可愛い言葉と可愛い顔を他の男に見せたくない!と言うわけで、あっちを向いててくれないかな、エルゴール。それと……人前で可愛いことを言うのはダメだよ、イヴ。そんな可愛いことを言うのは、俺の前だけにして、後で二人っきりの時に、また聴かせてね」


「え?……はい。ミグシスが聴きたいなら何度でも」


「何でしょう……この無性にイラッとする感情は?へぇ~、毎日こんなに可愛いイヴさんと一緒に風呂で水遊びしているのですか……。そういや今朝も二人して洗い髪のお揃いの良い香りをさせていましたね……。それで手を繋ぐのも抱っこもイヴさんの可愛い頬も撫で放題で……ミグシスさん、いちゃつきが足りないって、よくも言えましたね!!


 こんなに苛つく気持ちになったのは、昔どこかの子どもに生ゴミをぶつけられて以来です!それに後で二人っきりの時にイヴさんの可愛いシーを見せてもらって、さらにあんなにも可愛いことをまた言ってもらう……ですって?……そんな羨ましけしからんことを目の前で約束されると何かこう……最高にムカムカしてきました。イヴさんが許しても私が……いや、神が許しませんよ!ミグシスさん、ちょっと、あちらで話し合いましょうか!あなたには回りの者への気遣いというものを教える必要があります!」


「いいぜ!イヴの愛を得た俺は無敵だ!神だろうが悪魔だろうが負けるものか!」


 人形劇が止まり、舞台裏でドタンバタンという音がして、イヴの制止の声が聞こえだした頃、観客席では学院生達が、また始まったか……という呆れた表情になり、あれを止めてきて欲しいと学院生達の兄貴的な存在であるトリプソンに頼んだ。舞台袖にいたトリプソンが、やれやれまたか……と言って、舞台に上がり、人形劇をしている舞台裏を覗き込んだ。すると、そこではイヴが睨み合っているミグシスとエルゴールを制止しなくてはと、あわてふためいていた。


「ま!待って下さい!二人とも!今は劇遊びの真っ最中ですよ!拳の話し合いをするのは止めて下さい!」


 トリプソンはミグシスとエルゴールの間に割って入った。


「止めろ、二人とも!イヴが困っているだろうが!それにお前等の会話、観客席にダダ漏れだぞ!」


「ああ!トーリ兄様、良いところに!ミグシスとエルゴールさんを止めて下さい!」


「わかった、ここで俺が押さえ込んでるから、イヴはさっさと続きを言え」


「ありがとう、トーリ兄様!」


 トリプソンが二人を説得している間に、イヴは独白の続きを言い始めた。


 《私は彼の思い詰めたような表情から目が離せなくなり、彼の代わりに許しを請い、父から彼をかばいました》


「おい!ミーナ!……じゃなかったミグシスの台詞だぞ!エルゴールを解放して、早く台詞を言え!」


 エルゴールを睨みつつ、自分の出番になり、ミグシスは自分の台詞を言いはじめた。


『どうして俺なんかをかばうんだ?俺は()()()()で忌み嫌われていて”魔性の者”と呼ばれているんだぞ!皆から嫌われている俺なんか生きていても仕方ないじゃないか!』


 人形劇では黒髪黒目の人形と女の子の人形が見つめ合うように動いたが、そこでイヴの泣き声が聞こえてきた。


「うっ!……台詞とわかっていても、ミグシスに生きていても仕方ないって言われたら、私……、すごく悲しくなってきました。ミグシスがいなくなるなんて嫌です。グスッ……ヒック、ヒック。私、そんなの嫌です。……ヒック」


 感情移入してしまい泣き始めたイヴに、男達が必死に慰める声が舞台裏から聞こえ始めた。


「ああ、俺の可愛い奥さんのイヴ!君を置いて俺が自分から先に死ぬなんてありえないから泣かないで!ほら、俺を見て、イヴ?俺は今、すごく生きているのが嬉しいし、幸せなんだよ!ほら、元気を出して!これは遊びで、これは()()()()なんだから、心配は要らないんだよ。さぁ、こうやってイヴの傍にいてあげるから、頑張って続きを言おうね、イヴ!」


「そうだぞ、イヴ!確かに昔、こことは違う国では、特定の髪や目の色を忌み色だと言ったり、顔に傷があるだけで嫌うなんて、愚かな風潮があったらしいが、今はそんな風潮は、その国でも他の国でも存在していないって、俺のお祖父様が言ってたから安心していいんだぞ!元気出せよ!」


「そうですよ、イヴさん。この”劇遊び”で出てくるような愚かな差別は、私の父や教会の者達が力を合わせて、8年がかりで無くしましたから、もう悲しまなくても良いのですよ。それに、この黒魔王が……ミグシスさんが自分からあなたを悲しませるようなことをするわけがありませんから、元気を出して頑張って一緒に”劇遊び”を続けましょうね!……って、何、どさくさに紛れてイヴさんの腰に手を回して、抱き寄せてるんですか!」


「抱き寄せるのは当たり前だろう?自分の妻が悲しんでいたら、全力で慰めるのが夫なんだから。あっ、イヴ、笑っている……もう元気が出たかい?」


「はい!ありがとうございます!では続きを言いますね!」


『そんなことないわ!あなたは、とても綺麗な髪と瞳を持っているわ!仕方ないなんて言わないで!私、大好きなお母様を亡くしたばかりなの。誰かが目の前で死んでしまうのは嫌なの!お願い、死なないで!』


「「「うん!その調子だよ、イヴ(さん)!」」」


「はい、頑張ります!」


 《私が泣きながらお願いすると彼は目を丸くさせた後、フッと小さく笑いました。しばらくして父が馬車を動かして家に帰ると言うとき、彼が馬車の側に来て、私にこう言いました》


『そっか、あんたも母親を亡くしたのか。俺と一緒だな。生きていくのは辛いだけだけど、あんたをこれ以上泣かせたくないから、仕方ないから俺はこれからはあんたのため()()に生きるよ』


「「……」」


「おいおい!そこのいちゃラブカップル!そこで見つめ合うな!そんなことは家でやれ!」


「イヴさん、まだ台詞が残っていますよ!」


「あっ!そうでした!ごめんなさい、エルゴールさん!」


 《彼はボロボロの服を着て薄汚れた姿だったけど、誰よりも綺麗な黒曜石のような輝きのある瞳をしていて、私は彼の瞳の輝きに一瞬で心を奪われました。今から思えば、あれが私の()()だったのかもしれない……》


「はいはい!そこ!また見つめ合っていないで言い終わったら、さっさと舞台袖に引っ込んで下さい!」


「おい、ミグシス!イヴを横抱きするのはいいが、頬にキスなんてするんじゃねーよ!これからイヴは舞台に立つんだぞ!そんなに赤面させてどうする!?」


「「「はいはい、そこの人達。序章が終わったんですから、横抱きだろうが縦抱きだろうが構わないので、さっさと退場して下さい。次の準備が出来ないでしょう」」」


 序章が終わり、舞台係の学院生達は多少の呆れが混じった笑い声を立てながら、イヴ達を舞台から追い出した。




 イヴはミグシスに抱きかかえられて、舞台袖に退場する前にチラリと観客席にいるスクイレルの家族達を見た。


(父様も母様も……マーサさんもセデスさんも皆も、すっごく真剣な表情で、こっちを見てる……。私が小さな頃に遊んでいた忍者ごっこや、村の子ども達の運動会の時と同じだわ。いつだって皆は、私が走る姿や楽しんでいる姿を必死になって応援して、どんな結果だろうと、『よく頑張りましたね、やりましたね!』と、いつも大泣きに泣いては、すごく喜んでくれていた……。そういや昔、アイが言ってたなぁ。


 {お遊戯会や運動会の参観は保護者にとって、子どもの成長を再認識するための大事な行事だから、普段、子どもと一緒に生活をしていて、子どもの遊んでいる姿をよく見て知っているはずなのに、改まった行事という形で子どもの姿を見せられると、まるで我が子が……『自分の命に関わるような重大ことをしているのだ』……と錯覚してしまうほど保護者は緊張して、子どもの一挙手一投足を必死になって見守ってしまうものなのよ}


 ……って。本当にアイの言う通りだった。あんなに真剣に見守ってくれているんだから、やっぱり今日の”劇遊び”に参加して良かった。それもこれも()()()さんのおかげ……。”劇遊び”が終わったらカロンさんに、お礼を言おう)


 イヴは舞台袖で第一幕の準備が終わるのを待っている間、()()()()()()と交わしたやりとりを思いだしていた。

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