真夏の日の夕べ~一日目の観劇鑑賞(後編)
~最終章~
最終幕の第一声は女官の声から始まった。
「王子様がお待ちです」
二度のノックの後に扉の外からの女官の声を聞き、私は用意が出来ましたと返事をした。
「イヴリン様、王子様のお迎えが来ましたよ!」
「着替えを手伝ってくれてありがとう、ピュアさん!」
扉が開くと私は王子に会釈して、公爵令嬢はこちらですと誘導して、二人を引き合わせた。
「なんて美しいのだろう、イヴリン!さぁ、行こう!」
金髪碧眼の美しい王子の腕に手を添えて伴われていく公爵令嬢の後を歩きながら、私は親友の幸せを嬉しく思いつつ、パーティー会場へと向かっていった。二人の前後を護衛するように、三人の男性達が歩いている。彼等は王子様の生徒会の仲間で、将来は王子の傍仕えとなる侯爵子息達だった。彼等は将来の自分達の王と、その妃となる二人を守るようにして歩いていた。卒業記念のパーティー会場に入った後、王子が壇上に上がり、王子の挨拶の後、パーティーが始まった。私は親友の幸せな姿を見てから、彼等から離れて一人窓辺へと向かった。
……ここで舞台は暗転し、私のいる方向とは逆の舞台上手に強い光が当てられる。そこにはピュアと王子、ミグ先生が仲よさそうに談笑している姿があった。
《私は”卒業パーティー”でミグ先生に告白をしようか悩んでいた。私は男爵令嬢で、ミグ先生は貴族ではない。身分差もさることながら私は一人っ子だから、家を継がないとならない。母は幼い頃に亡くなり、父は再婚もしないで亡くなった母の分まで愛情をこめて、私を大切に育ててくれた。その恩に報いるために私は学院で、この一年間必死に勉強を頑張ってきた。……だけど貴族ではないミグ先生と結ばれるのは、父への恩を仇で返すことになるのではないか?と思うと父への申し訳なさで気持ちが沈んだ。貴族にとっては家の存続が何よりも大事だとわかっているのに、私の恋心は日に日に大きく膨らんで、どうしようもなく彼への想いが溢れて、どうしていいかわからなくなった私は、保健室のルナーベル先生に相談に行く途中、職員室の前を通り、それを知ってしまったのだ……》
職員室で語られる職員だろう男達の会話の声だけが聞こえてくる。
『……ではミグ先生は学院を去られたら、いよいよ公爵位を継がれるんですね』
『ええ、そうらしいですよ。イヴリン様が7才の時に王子の婚約者となったので、公爵は男子の跡継ぎを欲していたんです。……でも、こう言っちゃアレですが、公爵の親戚筋の男達は皆、ぼんくらでしょう?だから公爵は自分の信頼する顧問弁護士の男に、貴族の血を引いていて、優秀な子どもを探させていたらしいです。ミグ先生は娼婦の子で”魔性の者”と呼ばれる黒髪黒目の見た目を持つ少年でしたが、彼自身は文武両道の優秀な少年で、貴族の血を引く子だとわかったから、公爵は彼を引き取って養子に迎えたそうです。
まぁ、元々”魔性の者”だという噂も、黒髪黒目の人間は優秀な者が多いことを僻んだ、どこかの誰かが勝手に言いふらした根拠のない噂でしたからねぇ。王子様が大切な婚約者の義兄が、そんな噂を立てられるのは我慢がならないと、噂の出所を調査して誤解を解くことを決めたらしいですよ。今回王子様が卒業パーティー後直ぐにピュア様と結婚がしたいと急に申されたので公爵は、この機会に引退し、ミグ先生に公爵位を継がせるつもりだそうです』
『それは良かったですね。あの噂が消えれば、元々優秀だったミグ先生ですから、きっと公爵夫人に相応しい上級貴族令嬢が婚約者となることでしょう』
『ああ、それですがね、どうやらミグ先生はすでにお相手を決めているらしくて、卒業パーティーの時にそれを発表するらしいですよ』
『おお、それはおめでたいことですね!』
男達の会話の後、強い光は舞台下手にいる私に当てられる。
《……”卒業パーティー”が始まる前日に知った真実。ミグ先生が実は……公爵家のイヴリン様の義兄のミグシリアス様だったなんて!イヴリン様の結婚が早まったことにより、家を継ぐために剣術指南の講師を止めたという話に私は打ちのめされた。公爵の彼と男爵令嬢の私では……身分差がありすぎる。彼は上級貴族で、私は下級貴族。結ばれるはずがない。きっと彼は公爵夫人に相応しい上級貴族の女性を卒業パーティーで発表して、婚約をするのだろう。
私だって……男爵位を継いでくれる男性と結婚をして、父を安心させなくてはいけないのだ。こんなにも彼が好きなのに、彼以外と結ばれなくてはならないのなら、こんな恋をしていてはいけない。私は告白をすることを止めて、この恋を捨てよう……。そう思って涙する私の前に、ミグ先生がやってきた》
”卒業パーティ”で賑わう人々。ミグ先生は大勢の淑女達の手を振り切って、窓辺で涙する私の前にやってきた。
「ピュア。私は君が好きなんだ。結婚して欲しい」
ミグ先生が真っ直ぐに私の目を見て、そう言った途端、会場内は騒然とした。
「ミグ先生、考え直して下さい!その娘は確かに勉強も行儀作法もダンスも一位を取る者ですが、たかが男爵令嬢です!上級貴族のあなたには相応しくないです!」
「そうよそうよ!この子よりも私達の方が侯爵で、あなたに相応しい家柄ですわ!」
「結婚したところで、上手く行くはずがない!どうかお考え直しを!」
『煩い!黙ってろ!』
回りにいる人々の口から出る言葉をミグ先生は鬱陶しそうに一喝した。
「お前等は今まで俺のことを教師とは言え、身分のない者だと散々馬鹿にしてきたではないか!”魔性の者”だと俺を蔑み嘲笑っていたではないか!それが何だ!王子が”魔性の者”の噂を消し、俺が公爵家の跡取りだと分かった途端、媚びへつらいやがって!お前等の中から婚約者を選ぶなんて、真っ平御免だ!それこそ上手く行くはずがない!」
ミグ先生はそう言った後、私に手を差し出した。
「ねぇ、俺のことを忘れたの?俺は君のために生きるって、あの時、君に言ったよね?”魔性の者”と忌み嫌われていた俺に、生きてと君が言ったときから、俺には君しかいなかったんだよ。母さんを捨てた貴族なんてなりたくはなかったけれど、君に相応しくなりたかったから、養子になることを了承したんだ。……その涙、俺のことを覚えてくれていたからだよね?俺を愛してくれているから、泣いているんだよね?
学院で再会した君は昔と変わらず、優しくて、思いやりがあって、真面目で素敵な女性だった。俺は……そんな君を愛してしまったんだ。教師と学生では君に想いを告げることが出来なかった。でも俺は今日、教師ではなくなった。俺は君だけを愛しているんです。ああ、どうか俺の手を取って下さい、俺の愛しい小さな野花……俺の永遠」
私はミグ先生の求愛の言葉に涙にむせびながら喜び、その手を取ろうとしたが思いとどまる。
「ありがとうございます、ミグ先生。私も……私もあなたが大好きです。でも、ダメなんです。その手を取ることは私には出来ません。あなたは素敵で優秀な人です。きっと素晴らしい公爵様になって王子様を支えて、この国をより良き国にする力となるでしょう。そんなあなたに相応しいのは下級貴族の娘ではないのです。この国の貴族の規範に背くことをしてはならないのです。
……私、本当にあなたが大好きです。あなたを愛しています。私も男爵位を継ぐために、婿を取らねばならぬ身でしたが、こんなにもあなたを慕う気持ちがあるのに他の方と結ばれるなんて、私には出来ない……。私は貴族失格です。ですので男爵位を継ぐことを辞退し、私は修道院に行くことにします。幸い、私には親戚に優秀な男子がいますので、私が男爵位を継ぐ必要はありませんもの。修道院で、あなたの幸せをいつも祈っていますね」
「っ!?そんな!なら、俺も公爵なんて止める!!」
「「「ミグ先生何を!?お考え直しを!」」」
「煩い!俺は彼女と結婚出来ないなら、貴族なんてなりたくない!」
回りの貴族達から身分差のことを糾弾され、ミグ先生が男爵令嬢をかばおうと声を上げる前に、カロン王が言った。
「私には人の真実が視える”真実の眼”がある。その男爵令嬢は確かに身分は低いが誰よりも賢く、誰よりも優しく思いやりがあり、誰よりも公爵夫人に相応しいと、”真実の眼”を持つ私にはわかるのだ。よってミグ先生の願いを聞きいれ、その者をミグ先生の婚約者と認めよう!」
カロン王の結婚を認める言葉により、ミグ先生と男爵令嬢は涙を流しながら抱擁し、回りの貴族達は二人を祝福し、どこからともなく紙吹雪が舞い、幕が閉じた。




