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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~7月
242/385

真夏の日の夕べ~一日目の観劇鑑賞(前編)

※劇中の《 》で囲まれているのはナレーションです。

 ”()のイベリスをもう一度”は少女の独白の台詞から始まり、物語の序章が()()で綴られていった。




 ~序章~


 《……私が彼に出会ったのは、7才のとき。母を病で亡くしたばかりで気落ちしていた私は、父に励まされるようにして領地視察に馬車で出かけた。市街地にさしかかって直ぐに彼が馬車の前に身を投げ出すように現れたので、父は必死になって馬車を押しとどめた。間一髪、馬車は彼を轢く前に止めることが出来た。父は安堵の息を深く吐いた後に馬車から降りて、彼を叱りつけた。私は彼の思い詰めたような表情から目が離せなくなり、彼の代わりに許しを請い、父から彼をかばった》


『どうして俺なんかをかばうんだ?俺は()()()()で忌み嫌われていて”魔性の者”と呼ばれている人間なんだぞ!皆から嫌われている俺なんか、生きていても仕方ないじゃないか!』


『そんなことないわ!あなたはとても綺麗な髪と瞳を持っているわ!仕方ないなんて言わないで!……私、大好きなお母様を亡くしたばかりなの。誰かが目の前で死んでしまうのは嫌なの!お願い、死なないで!』


 《私が泣きながらお願いすると彼は目を丸くさせた後、フッと小さく笑った。しばらくして父が馬車を動かして家に帰ると言うとき、彼が馬車の側に来て、私にこう言った》


『そっか、あんたも母親を亡くしたのか。俺と一緒だな。生きていくのは辛いだけだけど、あんたをこれ以上泣かせたくはないから、仕方ないから俺はこれからはあんたのために生きるよ』


 《彼はボロボロの服を着て薄汚れた姿をしていたけれど、誰よりも綺麗な黒曜石のような輝きのある瞳をしていて、私は彼の瞳の輝きに一瞬で心を奪われた。今から思えば、あれが私の()()だったのかもしれない……》


 ~第一幕~


 影絵の序章が終わると場面が一転して、学院の教室が舞台上に設置されていく。設置が終わると、主人公の()が慌てた様子で舞台袖から走り出てきた。


「いけない!寝過ごしちゃった!大事な入学式なのに!」


 舞台中央まで走ってきた私は額に手を当てて立ち止まった。


「ああっ!お母様の形見のリボンがない!!」


「君が探しているのは、これかな?」


 狼狽えた様子の私の後ろから、二人の男性が現れた。一人は金髪碧眼の男性で学院の制服を着ていて、腕に生徒会の腕章をつけていた。もう一人は黒髪で仮面を付けている大人の男性。その仮面を付けている男性が私のリボンを差し出した。


「はい、そうです!本当にありがとうございました!これ、私の母の形見で大切なリボンだったんです。あの是非お礼がしたいので名前を教えてもらえませんか?私はこの春からの新入生で、男爵の娘の()()()と言います!」


「私は皆から()()()()()呼ばれている剣術指南の講師だよ。ようこそ学院へ。これから一年間よろしくね」


 《この出会いから、私の恋が始まった。私の目は、いつのまにか彼を探していた。私の耳は、彼の声を特別に感じていた。私の心は、彼を求めていた。でも、そんなのいけないわ、そんなことを思ってはいけないわ!私は亡くなったお母様のように立派な女性になりたくて、学院に入ったのだもの。それからは彼を見ないようにして、私は勉強もダンスも頑張った》


「男爵令嬢のくせに、中間試験で一位なんて生意気よ!」


「何よ!ちょっとダンスが得意だからって、いい気になって!」


「上流貴族の皆様よりも成績が上なんて許せないわ!」


 誰もいない教室。ビリビリに破られた教科書と水浸しの上靴。棚に入れていたはずの鞄がなくて一人っきりで探している私に、誰かが後ろから優しく話しかけてきた。


「大丈夫ですか、ピュアさん?これ、あなたの鞄ですか?」


「……はい、ありがとうございます。ミグ先生」


 ボロボロになった鞄を受け取った私にミグ先生は心配げに声を掛けた。


「この鞄……。明らかに誰かが故意に傷つけて、隠していたのではないですか?私はあなたをずっと見てきたから、あなたが努力家で我慢強いとわかっていますが、辛いなら辛いと、きちんと言わないといけませんよ。いじめは犯罪です。すぐに犯人を捜してあげましょう」


「ありがとうございます、ミグ先生。でも大丈夫です。こんなことを誰かがしているのは、きっと私が、その人に何かをしてしまったのかもしれません。それでその人が傷ついて、こんなことをしているのかも。だから私は自分で、その人を見つけて、悪いことをしていたならば、きちんと謝りたいと思っていますし、もしそれが、その人の誤解だったのなら、きちんと誤解が解けるように話し合いたいと思っていますから!」


「あなたは、とても強くて、優しい女性なんですね。でも、どうしても辛いなら、きちんと私に教えて下さい」


「はい!」


 《なんて優しい男性なのだろう……。ああ、でも、彼は先生で、私は生徒。この片想いは誰にも言えない……。私は秘密の片想いを胸に、学院生活を続けた……》


 ~第二幕~


 《一学期が終わり、私はダンスの成績が良かったので夏休みに行われる”真夏の夜の舞踏会”の前に催される余興で神楽舞を舞う()()()に抜擢され、ミグ先生が私の部屋まで来て、直接指導してくれた。私はミグ先生と一緒にいられるのが、とても嬉しくて幸せだと思った。私は幸せな気持ちのまま、帰ってしまうミグ先生を中庭まで見送っている所を一人の公爵令嬢に見つかってしまった》


「あなたのその表情……。まさか、あなたはミグ先生が好きだったの?」


「!?は、はい!そうです!私はミグ先生が好きです!で、でも内緒にして下さい。先生を好きだなんて許されませんもの……。どうか、お願いします!」


「あなたは……王子様が好きではなかったの?」


「?え?王子様?王子様が、この学院にいるのですか?」


「!?ええっ!?あなた、入学式の時に王子様からリボンをもらっていたじゃないの!」


「?入学式……ですか?ああ、あれは私が落とした母の形見のリボンをミグ先生が拾って下さって……、あっ!もしかしてミグ先生の横にいた生徒会の学生が王子様だったのですか?」


 私がそう言うと公爵令嬢は腰を抜かしたように、その場でしゃがみ込んでしまったので、私は慌てて彼女を抱きかかえた。


「大丈夫ですか?」


「……す、すみませんでした。私、てっきり……。私はあなたが王子様に気に入られたんだと思って、それが羨ましくて、悔しくて、あなたに嫉妬してしまい、私、あなたにひどいことをしてしまいましたわ」


 公爵令嬢は王子様の婚約者で、入学式の時に王子様が私にリボンを渡していると誤解して、嫉妬の気持ちから自分の取り巻きの令嬢達に意地悪をするように仕向けていたと話してくれて、心からの謝罪の言葉をくれた。


「本当にごめんなさい。本当に私は取り返しがつかないことをしてしまいましたわ」


「いいえ!誤解が解けて良かったです!()()()()様の気持ち、私にも、よく分かります!ですが、どうしてそんなに不安なんですか?王子様とご婚約をされているのでしょう?」


 私が不思議がると、公爵令嬢はモジモジとしながら頬を赤らめて言った。


「私、小さな頃から王子様と婚約をしているのですが、その婚約は親同士が決めたものなのです。だから私は王子様に初めてお目に掛かったときから王子様に初恋し、ずっとお慕いしていると言葉で言ったことが今まで一度もないのです。本当に好きで仕方ないけれど、王子様は私の事を単なる政略結婚の相手だとしか思っていないのではないかと思うと辛くて、王子様の周りにいる女性に、ついヤキモチをやいてしまうのです!ねぇ、ピュアさん。私はどうしたらいいの?」


「きっと王子様もイヴリン様の事を好いていますとも。そうだ、クッキーを作って差し入れをなさってはいかがでしょう?」


 《立場も身分も違うけど、恋する気持ちは同じだと知った私達は、まるで生まれた時から親友だったかのように友情を深め、それ以降、私は誰にも虐められなくなった》


 二学期の修了式の日に公爵令嬢はついに告白を決意した。公爵令嬢のクッキーは王子様にとても喜ばれて、実は王子様も公爵令嬢に初恋をしていたとわかって、二人が中庭でキスをしているのを、こっそり陰で見守っていた私は、親友の恋の成就に泣いて喜んでいたところをミグ先生に見つかってしまった。私が王子様に失恋したと勘違いして慰め出したミグ先生に、私はついに我慢出来なくなってしまった。


「そんな勘違いは止めて下さい!わ、私が好きなのは!私がずっと好きだったのは、ミグ先生なんです!!自分の好きな人に違う男性が好きだったなんて思われたくない!!」


 走り逃げた私は冬休みの間、落ち込んでいたけれど、何故か三学期が始まる前にミグ先生が私を迎えに来てくれた。


「どうして……?どうして迎えに来てくれたのですか?」


 《ミグ先生は答えてはくれなかったけど、仮面の奥の瞳が私に何かを必死に訴えかけていて……。私達は馬車の中で言葉はないまま、いつまでも見つめ合っていた。後、もう少しで卒業式。ミグ先生は、その日を最後に学院を去ると知った。ミグ先生がいなくなってしまうなんて……。卒業式後の”卒業パーティー”で、先生ではなくなるあなたに告白をしてもいいですか……?》







 イヴ達は真夏の夜の夕べの一日目の観劇を固唾を飲んで見ていた。そこで演じられているのが、本来の”()のイベリスをもう一度”のゲームの物語だとは知らないままに……。

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