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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~7月
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幕開け前の歓談

 7月の20日の夜6時から”観劇”が始まるというので、早めの夕食を夕方の5時に食べ終わった皆は、5時半には講堂に入って揃って席に座っていた。二組の新婚夫婦を取り囲むように、平民クラスのクラスメイト達は観客席に並んで座り、その二組の真後ろにはエイルノン達が座って、真夏の日の夕べの一日目の観劇が始まるのを待っていた。


 時間が来るまでの退屈しのぎにと、先にバーケックに渡り、イヴ達が来るのを待っていたエイルノン達は、待っている間に皆で湖に行って水遊びをしたこととか、牧場に行った話をした後、この国の劇場に行って観てきた、7月の”観劇”の話を新婚夫婦達や回りにいる学院の仲間達に話し聞かせた。






 バーケックの7月の観劇の題名は、”偽りのウルフスベイン(復讐)にレクイエムを”と言った。


 主人公はアキュートという名前の男だった。彼は流浪の民に生まれ、一族の遙か昔からの口伝により、一族の祖先が生まれたという国を一目見たいと思い、両親と仲間達と共に祖国を訪れた。そこで、ある侯爵と知り合い、彼から一族の祖先は祖国の初代の王だったが、自分の異母弟妹に陥れられ、悪者呼ばわりをされて祖国を追い出されたのだと教えてもらった。


 口伝では祖先が王だったことは語られてはいないし、祖先は異母兄弟達に助けられて国を脱出したと語り継がれていたので、彼の一族は初め、侯爵の言葉を信じてはいなかった。だが侯爵は祖国の成り立ちの話に出てくる、始祖王の異母兄弟が彼等の祖先だと言い張った。戸惑い、不安になった彼の一族は侯爵の元で真実を知ろうとした矢先、王家の後継者争いに巻き込まれて、祖先の異母弟妹の子孫達と争うことになり、アキュートの両親も仲間達も命を落としてしまった。


 彼は一族達を失ったことで、侯爵の言葉を信じた。そして彼は祖先と一族達の復讐を決意して王家を滅ぼし、国を乗っ取ろうと画策した。


「……と、ここまで話している分には、この劇は深刻で重厚な復讐の話だと思うだろう?」


「ええ、そう思いますが違うのですか?」


「フッフッフ!確かにこれは復讐劇なんだけど、ちょっと笑える場面もあるんだよ!」


 王の弟を暗殺しようと待ち伏せしたら弟は武者修行の旅に行ってしまい、二度と帰ってこなかった。王家の金庫を狙ったら、先に泥棒に盗まれてしまった。王の命を狙ったが、前日に大酒を飲み過ぎて失敗した。


「……と、三度も失敗する場面が喜劇風になっていて、冒頭の深刻さとの対比が面白くて、観客達は大笑いしていたんだ」


「まぁ、そうなんですの!?それは観てみたかったですわね。ねぇ、ジェレミー?」


「そうだね、ピュア」


「ああ、そうそう!ピュアさんが気にしていた5月の”大衆劇”の真相が、7月の”観劇”で明かされていたんだよ!」


「ええ!?あの青年のお父様が暗号にした、へディック国の城の大聖堂の壁画の謎がわかったのですか?」


「そうなんだよ!ミグシスもジェレミーさんも聞いたら、びっくりするよ!聞いたら怖くて今日は夜、トイレに行けなくなるぜ!」


「「え?怖いって?」」


「お前等の目が一番怖ーよ!冗談なんだから、真に受けて睨むのを止めろ!何だかミグシスに睨まれると、気を失いそうになるほど恐怖を感じるんだよ!何だよ、お前!?最近マジ魔王化してきてるぞ!……と、何の話をしてたっけ?ああ、そうそう、劇の続きだったな!聞いて驚け!何とアキュートの前に彼の祖先と、その兄弟達の亡霊が現れて、何故アキュートの祖先が王を止めて、悪者と呼ばれるようになったのかを語り出したんだ!」






 昔々、その国は、まだ国と呼べるものではなく、一つの集落を囲むように5つの集落がありました。真ん中の集落の首長は、5つの集落の首長の娘を側室として召し上げ、その5人の妻には、それぞれ一人ずつ子どもが生まれました。


 民に人気のある長兄。運動能力が優れた次兄。頭脳明晰な次女。そして……()()()()()()()()()()に、()()()()()()、少し変わり者の()()。5人兄弟は母親が全員違っていましたが、とても仲良しの兄弟として育ちました。


 5人兄弟の父親である、真ん中の集落の首長は、全てを兼ね備えた長女に、女王として6つの集落をまとめて、一つの国……へディック国を建国するようにと命令を出し、自分は諸外国に5人の妻を連れて、外遊に出かけてしまいました。長女は父の命令に従い、国を一つにまとめて女王として働き始めましたが、やがて彼女は毎日、苦しむようになりました。何故なら長女は、頭脳明晰で運動能力にも優れ、民にも慕われる優しい心を持っていましたが、2つの”気のせい”により、日々の暮らしを普通に生きるだけでも苦労を強いられていたからです。


 長女は頭が痛くなる”気のせい”に日夜襲われ、人前に出ると緊張してお腹が痛くなる”気のせい”になりながらも懸命に女王をしていましたが、真面目で優しすぎる心故、国を導くという重責により、心が悲鳴を上げ、ある日、全身に赤い発疹が出る”奇病”に罹ってしまいました。長女が苦しむ姿に他の兄弟達は大層、心を痛め、必死になって長女を助けようと治療法を探しましたがそれらは”気のせい”や”奇病”だから、治療法なんてありませんでした。





「ほら、片頭痛も、腹痛も、蕁麻疹も、バッファー国の前国王のライト様が即位されたときに、やっと病気と認められたものですからね。へディック国の初代の王の時代は、当然それらは病気ではなかったのです。だから長女は”気のせい”と”奇病”を抱えながら毎日、国のために奔走していたと語っていましたよ」


「……そんな。それって、昔のイヴみたいだ。……それはとても辛く、苦しかっただろうね。俺もあのころのイヴに頑張らなくてもいいと、どれだけ言いたかったか……」


「僕も蕁麻疹になった自分に落ち込むピュアを何と励ましたらいいかと、いつも悩んでいました……。大昔ならば、さぞかし、その人はお辛かったでしょう」


「うん、それで、お姉さんが苦しんでいる姿に何とかしてあげようと立ち上がった兄弟がいたんだ!それが三男……全てを持っていないはずの彼だったんだよ!」





 アキュートの祖先である長女の亡霊は語る。ある日、苦しむ長女の前に、三男が他の兄弟達を引き連れてきて、こう告げた。


『姉様は国を自分の思い通りにしようと、悪政を強いる()()()だから、僕が姉様を国から追い出します!』


 三男達はそう言って長女と、長女と想いを交わし合いながらも、5人兄弟の父親によって婚姻を阻止されていた騎士の二人に、平民の扮装をさせ、旅支度を調えた馬車に乗せた。


『姉様も他の者達も信じないだろうけど、姉様の”気のせい”や”奇病”は全て……遠い、とても遠い国では、病気と認められているんだよ。ここでは熱の出ないそれらは、病気とは認められていないから、どれだけ姉様が苦しんでいようとも、”気のせい”は病気ではないのだから怠けずに王をしろと父様も言うし、国民達も”気のせい”は、気のせいだから、自分達を救えと姉様にすがるのを止めないでしょう?


 僕が前世で医者か薬剤師だったら、姉様を救えただろうに、前世の僕はしがない物書きだったから、姉様を”気のせい”から助けてあげることが出来ない。でも代わりに良い方法を思いついたんだよ』


 三男は長女が国にとっても民にとっても必要のない人間……むしろ、いてはいけない()()()()になれば、長女は解放されると考えついたのだと言った。


『僕には姉様や他の兄弟達のような優れた所はないけれど、誰にも負けないものが二つある。それは丈夫で健康な体を持っていることと、()()()()()()()()だ。一番上の兄様は、王の仕事よりも民達の中にいる方が幸せそうだし、二番目の兄様は、じっと城に閉じこもって王の仕事をするよりも、自由気ままに外に出るのが幸せそうだし、妹は王の仕事よりも、自分の研究をしているのが幸せそうだ。だから僕が王になるよ!だって、今世の僕の幸せは兄弟達が皆、幸せでいることだもの!姉様は僕に前世があるということを一番に信じてくれた!今世の僕は前世と同じように凡人だけど、他の兄弟達も誰一人、僕を馬鹿にもせず、疎外せず、大事な兄弟として慈しんでくれた!僕はそれがすごく嬉しくて、毎日幸せだったんだ!


 実はね、皆には言っていないことがあってね、僕は姉様が王になるときに不思議な夢を見たんだよ。ピンク色の髪の神様に、悪い王を追い出して王になるのが僕の役目だって言われる夢でね。姉様は優しくて賢王なのに変な夢だなと思っていたけど、今、この時が来て、もしかしたら、あれは予知夢だったのかもしれないって思ったんだ。こうするのが姉様を助ける唯一の方法だと、神様が教えてくれたんじゃないかって、さ!凡人の僕が王として力不足なのは承知しているから、何かあるときは他の兄弟達に協力してもらう。だから姉様は心配しなくても大丈夫!姉様は自由になって、彼と幸せに暮らして!姉様が幸せになることが、僕の一番の幸せ!僕の一番の叶えたい願いなんだ!』


 長女は三男に言った。


『貴方に優れているところがないなんて嘘よ。あなたはいつも誰かの幸せを願ってくれる。あなたはいつも誰かに優しさを与えてくれる。あなたはいつも……全ての人を愛してくれる。いつだってあなたは自分よりも他者を思いやる優しい人だった。……実はね、私もあなたに言っていないことがあったのよ。私よりもね、あなたの方が王に相応しいって、私も他の兄弟も話していたのを知らなかったでしょう?……ふふっ、あなたの驚いた顔、可愛くて好きだったわ。私を助けてくれてありがとう!さようなら!』


 長女が兄弟達に別れを告げ、へディック国を出て行ったのを確認してから、残された4兄弟達は三男の()()()()()に従って、ありもしない罪をいくつか捏造し、外遊から帰ってきた父親達に長女は悪者になったから、追放したと報告した。






「……それでね、ピュアさん!この亡霊が語り終わると城の大聖堂の壁画が裏返されてね!そこには5人兄弟が仲良くクローバーを探している姿が描かれていてね。で、その壁画が掛けられた壁には、へディック国の5人兄弟達の()()()()が隠されていたんだよ!」


「え!?それじゃ、大司教の父親を殺したのは……」


「アキュートの一族に嘘を教えた侯爵が殺したんだ!彼は主人公の一族が、自分達の祖先のことを知りたいと思っているのを知って、教えてあげようとしていた大司教の父親が邪魔だったんだ!何故なら侯爵はアキュートの一族を操って、王家乗っ取りをしようと企んでいたから!」


「ああ、でもな、イヴ!その大司教の父親は肝心な壁画のことも交換日記のことも、侯爵には口を割らなかったから、侯爵は証拠隠滅が出来なかったんだ!それで5月の”大衆劇”の主人公だった青年が暗号を解いて、アキュートの前に現れて、その証拠の品を探し出してきてくれたんだぜ!」





 ありもしない復讐に踊らされて、王家を狙い、国を乗っ取ろうとしたアキュートは愕然とした。青年が侯爵を捕縛するために連れてきた一団に伴われて、全ての元凶である侯爵の元に行く。最終場面……侯爵は、ちょうど玉座の間で、王に毒の入ったワインを飲ませようとしていた。アキュートは一族を騙した侯爵に、祖先を助けてくれた祖先の弟の子孫である王を殺させまいと飛びかかり、もみ合って侯爵を短剣で貫き、王を守った。……そして最後、アキュートは騙されたとは言え、王を狙った己の罪を悔い、毒の入ったワインを飲んで、壁画の裏の兄弟達の絵を見つめながら、息絶えたところで7月の”観劇”は終幕を迎えた……。





 エイルノン達4人の身振り手振り付きのあらすじの解説に、イヴとピュアは息を飲んで聞き入っていた。


「題名のウルフスベインっていうのは、猛毒のトリカブトという草の別名だって、僕の父のゴレーがライト様に聞いたと言ってたよ。確か花言葉が復讐と言うんだって!迫力ある内容に7月の”観劇”は、どこも立ち見の客が出ているんだって!」


「何だか、すごい話でしたね。私、今日眠れるかしら?」


「本当よね、イヴさん!主人公の悲劇がやるせなくて切なくて、私も眠れるか不安ですわ……」


 イヴとピュアが悲劇の話に気分を落ち込ませていると、それぞれの夫達が愛する妻の身を引き寄せ、その頬にキスを落とし、甘く囁いた。


「「大丈夫。今夜、俺(僕)が一晩中、優しく愛を込めて抱きしめていてあげるから」」


 ポポッと頬を染める新妻に萌え、妻を抱きかかえて劇場を出ようとする狼達を、平民クラスの皆とエイルノン達が必死に引き留めた。


「ちょっと、待った待った!まだ”観劇”を観てないのに、何で帰るの!?」


「今日は()()()観劇なんだよ!イヴもピュアちゃんも楽しみにしているんだから、連れて行っちゃだめだよ!」


「男としては、すっごく気持ちはわかるけどさ!今日は我慢して!どうせ明後日は二組合同の結婚祝いの食事会をするだろう!お楽しみはその後にとっておいてさ、一緒に観劇を観よう!真夏の日の夕べの”観劇”は、すごく()()なんだって!!」


「私も劇をミグシスと一緒に観たいです、ミグシス」


「私もジェレミーと一緒に観たいわ!」


 平民クラスとエイルノン達に必死に引き留められ、イヴとピュアにお強請りされ、渋々、席に座り直したミグシスとジェレミーは、これから始まる観劇の題名を尋ねた。


「今から始まるのは”()のイベリスをもう一度”という題名の”観劇”で、明日の僕らが実際に役になりきってする”劇遊び”のお手本となる劇なんだよ!」

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