”英雄のご褒美”と終わっていなかったゲーム(後編)
カロン王は代々の王が眠る地下室に、護衛集団の長や取り巻き貴族達が買い集めた武器を全てそこに入れて保管し、全ての武器を使い物にならなくするために10年間一度も欠かすことなく、毎日5時間かけて、せっせと水を掛けながら、武器の刃の部分を酸化させることを促進していた。
(後、8ヶ月……。何としても戦争だけは回避せねば……)
疲弊する体を引きずり、カロン王は一人黙々といつものように杓を手にしようとして、カタン!……という音を聞いた。
「!?」
誰もいないはずなのにと、カロン王は慌てて後ろを振り返った。
(!?)
そこには、自分によく似た若い青年が立っていた。
「っ!?あ、あなたは……」
カロン王は10年前に兄のナィールを”真実の眼”で視たときに知った真実から、青年がただの人ではないと瞬時に悟り、冷たい石の床に跪いた。跪いたカロン王の前に青年……金の神がしゃがみ込んで話しかけた。
「どうも初めまして。今まで私のせいで沢山辛い目に遭わせてきてごめんね。ちょっと悪いんだけど、顔を上げて、私によく視せて。……うん、すごいね、あなた。ただの人間がここまで”真実の眼”を使いこなせているなんて思わなかった。それに、ここまで自己犠牲を貫く意志の強い人間が、この世界に存在するなんて……。あなたは、父が創造した世界で初めての、前世がない”英雄”なのかもしれないね」
カロン王は金の神の言葉を聞いてはいなかった。カロンの目は金の神の力により、勝手に”真実の眼”に変わり、今のカロンに必要な事の全てが”真実の眼”を通してカロン王の脳裏に流れ込んできていたのだ。カロン王は、僕イベの3つの物語が金の神によって、すべて終了させられたことを知り、イヴの死亡フラグが消滅したことに安堵したが、肝心の”隠された物語”の結末のようには、イヴの片頭痛が治っていないことを知った。
(どうして?あの子は私の義弟と4月に婚約をしたのに……、僕イベの4つのハッピーエンドをクリアしたのに……何故、あの子の病気は治っていない?)
カロン王の”真実の眼”には、7月20日にイヴが婚姻届を出し終わった後に倒れる姿が映し出された。
(何故、結婚したのに片頭痛が治っていない?婚約してもダメ、入籍してもダメってことは……肉体的にも結ばれないといけないってこと?)
そのときカロン王は突如、ある考えが閃いた。
(あ!もしかしてイヴちゃんのハッピーエンドに足りなかったものって……私?”隠された物語”は”僕のイベリスをもう一度”の中に隠されていた物語。ならば僕イベのハッピーエンドに欠かせない、”卒業パーティー”イベントでカロン王がヒロインの結婚を認めて祝すことが必要なのかもしれない……)
そう考えたカロン王は、狼狽えた。自分の大事な人の娘の病気を治せる方法を思いついたけれど、カロン王はここを離れる訳にはいかないのだ。カロン王はナィール達が来るまで城に籠もり、彼に断罪されて、カロン王の回りの悪人達を一網打尽にしてもらわないといけない。
10年前にナィールを視たときは、それが起きるのは10年後のイヴの誕生日だと見えていたのだが、今、金の神からの情報を見た限りでは、それが起きるのは8月のカロンの誕生日と早まっていた。”真実の眼”で視る未来は、一つではない。カロン王やナィール達が、どう動くかで未来は常に変動するから、時機が早まったことにカロン王は驚きはなかったし、後8ヶ月も待たなければならないと思っていたことが、後1ヶ月半、待つだけで良くなったと知ったときは、カロンは少しだけ戸惑う気持ちはあったが、嬉しさの方がはるかに上回っていた。カロンが他の悪人達と捕まり、ナィールが国を再建させる。それがカロン王に唯一出来る、へディック国の最後の王の務めだと思っていた。だからカロン王は、ここにいる金の神にイヴを治すための方法をナィールかイミルグランに伝えてもらおうと考えて、それを言おうとした。……だが。
「あなたには散々に迷惑を掛けちゃって、悪かったなぁとは思っているんだけど、あなたの王の務めよりも、最優先することがあるから、あなた今からイヴちゃんのところに行ってきて!」
「?へ!?最優先って何を、うわっ?!ゴホゴホッ」
カロン王は金の神に含み綿を取り出され、何枚も来ていた服を脱がされ、代わりに白いリボンを頭にきつく巻かれ、始祖王の墓のある場所まで連れて行かれた。
「あれ、それは視えていなかったの?あのね、イヴちゃんが私に叶えて欲しい願い事がね、『私が神様に叶えてもらいたい願いは、ミグシスと結婚する時に、ミグシスを守ってくれたカロンに会って、結婚の挨拶をしたい』だったの。でね、ミグシス君も同じ事を願ったのよ。
ミグシス君を守ったカロンは二人いるから、あなたも、もう1人のカロンと一緒に7月20日の午前9時にバーケックの役所に行ってもらわないと、私は神としての面目が丸つぶれなの。だから、この場は何とかしてあげるから、あなたはバーケックに行ってきてね。
あっ、そうそう!このリボンはね、僕イベのヒロインのリボンなの。だから、これをイヴちゃんに渡してあげてね。きっと、あなたがやろうとすることに役立つはずだから」
それだけ言うと金色の神は始祖王の墓の奥の壁を押し、カロン王も知らなかった隠し部屋を開け、中にカロン王を入れた。そこは真っ暗な空間で、水が流れる音だけが聞こえた。
「じゃ、さようなら!今までごめんね!」
そう言われた直後、カロン王は冷たい川に放り込まれた。川に放り込まれて気を失っていたカロン王は、何故か王都から随分離れた、北の教会にいた。傍にはシュリマンとナィールが立って、カロン王を見ていたので、カロン王は慌てて言った。
「す、済まない!必ず戻るから、必ず、あなた方に断罪されるために戻ってくるから、私をバーケックに行かせてくれないか!」
カロン王は自分はカロン王で、この3月にナィールやシュリマン達に必ず捕縛されるから、今、国を出ることを許して欲しいと懇願したのだが、ナィールとシュリマンは戸惑うばかりで、カロン王の言葉を信じてはくれなかった。
「これは一体、どうしたことでしょう?何故、彼は自分のことをカロン王だなんて、嘘を言うのでしょう?」
「う~ん、もしかしたら彼はいざという時のカロン王の影武者だったんじゃないか?その証拠に、ほら、彼はカロン王の若い頃の姿にそっくりだ」
この言葉にカロン王は、ひどく驚いた。彼等は自分を憎んでいたはずなのに、何故、敵の顔が分からないんだと思いながら、必死に自分はカロン王本人だと主張を続けた。
「影武者なんかじゃないよ!私は本当にカロン王なんだ!君達が憎んで憎んで……、憎んできた、あのカロン王なんだよ!」
ナィールとシュリマンは、カロン王が必死になって弁解しても、それを信じてはくれなかった。何故ならば、カロン王と目の前にいる男とでは容姿が違いすぎていたからだ。
「あんた、もしかして城で暗示にでもかけられたんじゃないか?……可哀想にな。すっかり自分がカロン王だって、信じ切ってしまったんだな。あのな、確かにあんたの見た目はカロン王だ。ただし、10年前の、だ!俺が言うのもなんだけど、確かに10年前のカロン王は、男前だって言われていたんだ。
でもな、お前は今のカロン王の姿を見たことがないんだろう?この10年でカロン王の金髪は輝きのない、くすんだ金色になってしまってな。パサついた髪を振り乱して、毎日王達の墓に籠もる姿に城の執務官達は恐怖で震えて、王に近づかなくなってしまったほどなんだぞ。それに、その顔は斑の赤い吹き出物だらけでな、目は常に血走っていて、濁った目色だったし、……10年経つ間に、体はブクブクと太って……人とは思えない容姿になってしまったんだ。まぁ、人には好みがあるからなぁ。人に寄っちゃ、今の方が好みだって言う者もいるのかもしれないが、そんなのは本当に一握りの人間だけだろう」
「!?あ、あれは私が、あの子のいる方を本物にするために、私の外見を本物とかけ離れた姿にする必要があったから、私は後宮で妃達の化粧品をくすねてきて、吹き出物を顔に描き、服の下に何枚も重ね着して口の中には含み綿を入れていたからで……」
カロン王は正直に言ったのに、やはり、それも信じて貰えず、返って彼等の同情心を煽ってしまうことになった。
「お気の毒に。それはカロン王の影武者をやるように暗示をかけられたあなたがさせられていたことなんでしょうね。……何故カロン王がわざわざ自身を醜い姿に偽る必要があったと思い込まされているのかはわかりませんが、相当強い暗示をかけられたのですね。
こうも強く思い込んでしまうなんて、もしかしたらあなたはきっと、憑依型の役者……自分は本当に役の人間なのだと思い込む型の役者だったのではないですか?私は約8年ほど大衆劇の総監督をしているので、あなたのような役者を何人か知っているんです」
「ち、違う、私は本当にカロン王なんだ!」
「ナィール様。どうやら暗示は根深く彼に浸透し、どうあっても自分はカロン王だと思っているようですよ。彼をどうしましょうか?仲間の誰かに頼んで、医療の進んでいるバッファーに彼を送ってもらいましょうか?」
シュリマンがそう言ったので、カロン王は大慌てで嫌だと言った。
「ダメだ!バッファーには行かない!あの子はバーケックに来る!私はバーケックの学院の”卒業パーティー”で、あの子の結婚を認めないといけないんだ!」
この言葉にナィールは首を傾げた。
「何を言っているんだ?”卒業パーティー”は3月だぞ?」
「ああ、もしかして彼の言っているのは、”真夏の日の夕べ”のことではないでしょうか?ほらアンジュ様が脚本を書かれて、毎年3つの国の学院生達が演じて遊んでいる”劇遊び”……確か”私のイベリスをもう一度”という劇の最終幕が”卒業パーティー”の場面だったはずですよ。あの劇を始めて、もう7年?8年は経ちましたか。そう言えば今年が、あの”劇遊び”をするのが最後の年だと、グラン様達がおっしゃっておりましたね」
「そう言えばそうだったな。……あっ、そうか!こいつは憑依型の役者だから、役作りのために本物のカロン王を見に来て、捕まった役者だったのではないか?」
「ああ、そうかもしれませんね。なら彼の望みの通りにバーケックの”真夏の日の夕べ”に出演させてあげれば、元の彼に戻るかも知れませんね」
あの日に起きたことを掻い摘まんで話した後、カロン王はイヴの片頭痛が治っていない理由を話し始めた。
「この世界に金の神が持ち込んだものは、物語ではなくゲームだった。しかも未熟な神が物語ではなく、ゲームを再現させたことに加えて、他の未熟な兄弟神達の物語の影響も、もろに受けてしまったことにより、僕イベの乙女ゲームが再現されるだけではなく、僕イベの中に隠されていた、他の二つの物語も現実のものとして再現されてしまった……ということを、君達はもう知っているんだよね。
……それじゃ、これも知ってるかい?”僕のイベリスをもう一度”は、アンジュの前世の言葉で言うところのオムニバス形式の物語……三つの独立した物語が集まって、一つの物語となった”僕達のイベリスをもう一度”という物語に変わってしまったのだけど、この物語には、物語を遊ぶゲーム要素が残っていたと言うことを……。
だからイヴちゃん達が神の見たい物語を見せて、神が三つの物語の終了を認めても、イヴちゃんの病気は治らなかったんだよ。だって僕イベの物語が終わっても、”僕達のイベリスをもう一度”というゲーム自体が終わってなかったのだから……」
カロン王の言葉にグラン達は首を傾げた。
「「「?どういう意味でしょうか?」」」
「ゲームは見るモノじゃなくて、遊ぶモノってことさ」
そう言った後、カロンはグラン達に完全に”僕達のイベリスをもう一度”を終わらせるための方法を説明しだした。




