バーケックの学院にて③
イヴが家族達やピュアの説明を聞き終わった後、タイノーがカロン……ナィールを呼びに部屋を一時中座した。首を傾げるイヴにグランは、ナィールは倒れたイヴを、また驚かせてはいけないからと、この場に立ち会うことを遠慮していたので、彼に元気になった姿を見せて、安心させてあげて下さいと声を掛けた。イヴは頷き、部屋に戻ってきたタイノーがナィールを連れてくると、イヴはナィールに倒れたことを謝った。
「そんなことは謝らなくていいよ。イヴちゃんは何にも悪くないんだから、気にしないでいいんだ。久しぶりに会えて嬉しいよ、イヴちゃん。大きくなって、とても美しい娘さんになったね。……って、おい、ミグシス!何をそう睨むんだ!?俺にとってイヴちゃんは、俺の名付け子なんだぞ!イヴリンという名前も、イヴという名前も俺がつけたんだ!そういう意味では、イヴちゃんはいわば、俺の娘と言っても過言じゃないんだから、俺にまでヤキモチを妬くな!」
ナィールはため息を一つついて頭を掻くと、イヴから一番離れた部屋の壁の所まで行き、壁に背中をもたれさせて、ここまで離れたら安心かと冗談交じりにミグシスに声をかけた。イヴはまだ頬を膨らませているミグシスの服の袖をクイクイッと軽く引っ張って、目線を合わせた。ミグシスはイヴの言わんとしていることがわかったので、機嫌を直すとイヴの体を支えつつ、二人でナィールの傍へと歩み寄った。
「カロン。事後報告で悪いけど、俺は今日イヴと結婚しました。カロンの名前を俺達の姓にしたのは、イヴと俺が出会うきっかけを作ってくれたカロン……ナィールに感謝の気持ちを示したいとイヴが望んだからなんだ。カロンは赤子の頃から俺が14才になるまで、ずっと俺を守ってくれた。本当にありがとう!カロンが俺を守ってくれたから、こうして俺は生きて、イヴに出会えたんだ。俺は俺の愛するイヴと結ばれて幸せに生きていくと、俺を守ってくれたカロンに誓います」
「カロンおじ様。ミグシスを赤ちゃんの頃から守って、育ててくれてありがとうございました!それとおじ様がミグシスにシーノン公爵家の養子の話をもってきてくれたから、私はミグシスに出会えたんです!本当にありがとうございました!後ね、おじ様の名前を勝手に名字にしてしまってごめんなさい。カロンおじ様が大事に育ててくれたミグシスを私は、これからも一生をかけて愛し、大事にし、二人で幸せに生きていくことを私も誓います」
ミグシスとイヴは二人でそう言って頭を下げた。
「……おう、わかった。勝手に俺の名前を姓にしたんだ。その代わりと言っちゃなんだが、俺の願いを二人に叶えて欲しい。ミグシス。お前は世界で一番大事な人を手に入れたんだ。だから、その人の手をけして離すな。その人を愛し守り抜き、一生大事にするんだぞ!イヴちゃん。ミグシスは小さな頃からとても愛に飢えていたんだ。だからミグシスのことをいっぱい愛してやってくれ。ずっと傍にいてやってくれ。俺の願いは二人が幸せになることなんだ。それだけが願いなんだ。だから、どうか俺の願いを叶えて欲しい」
ナィールがそう言うと、二人は頷いて言った。
「はい!私、ミグシスが大好きですもの!これからもミグシスを大切にしますし、いっぱい大好きだから、ずっと傍にいますわ!」
「カロンに頼まれなくたって、俺はイヴを今まで以上に愛して守り抜くし、すっごく大事にするし、誰にも……例え、神様だろうと悪魔だろうと絶対に渡さないからな!」
「何だ、俺が願わなくたって、二人ともすっかりバカップルになってしまっているじゃないか……。ハハハ……俺の願いでさらにバカップルになったら、リングルやアダムなんかは泣いちゃうかもな、ハハハッハハ……」
そう言って笑うナィールの目尻には、涙が滲んでた。
「ハハハ……、ナィールは年を取ってから涙もろくなったんだね。イヴ、ミグシス。私は君達がスクイレル姓を選ばなかったことを歓迎するよ。そうだよね、君達の人生はこれからだ。スクイレルという名前は、未来ある君達にはふさわしくないね」
グランはそう言った後、アンジュやセデス達を見て、ある言葉を呟いたが、イヴやミグシスにはその声が小さすぎて、何と言ったのかはわからなかった。
(自分達の人生を歩くのに、いつまでも隠れているわけにはいかないものね。もうスクイレルは消えるべきなのかもしれない……)
「まぁ、何から何まで、トゥセェックの学院の部屋と同じなのですね。テーブルクロスも壁紙も一緒……」
イヴの念願だったカロン……ナィールへの結婚の挨拶を済ませたイヴは、皆との話し合いが終わった後、ゆっくりと休めるようにと二人の部屋に行くように促され、ミグシスに横抱きされて、その部屋に向かった。二人の部屋はトゥセェックの学院と同じ寮内の二人の自室と同じ配置にある部屋だった。
「いや、あのね、イヴ。それがそうでもなくて……」
ミグシスの横抱きから降りて、台所や洗面所を見ていたイヴに、ミグシスが頬を染めて、部屋の扉を開けてイヴを案内した。中の部屋には旅の荷物が荷ほどきされていて、トゥセェックの学院の部屋のように生活感漂う、いつものイヴとミグシスの部屋と同じようになっていて、ミグシスはこれはマーサとサリーとアイビーが、先程用意してくれたのだと説明し、さらに奥のイヴの自室だった部屋へとイヴを促した。
「あっ!奥の寝室が、父様達の寝室みたいになっているわ!」
バーケックの学院では、イヴの部屋に当たる部屋にはリン村のグランとアンジュの寝室に置かれているような大きなベッドが真ん中に一つだけ置かれていたので、イヴは目を丸くさせて驚いた後、ポッと頬を染めた。
「……それ、先に来ていた皆が、ルナティーヌ様に頼んで用意してくれたらしい。け、結婚祝いだって!」
「そうでしたわ、私、ミグシスの奥さんになれたのですわ!」
イヴとミグシスは大きなベッドを前にして、頬を染め合った。二人の出会いから10年以上の月日が流れ、ようやく二人は入籍をすませて、れっきとした夫婦となったのだ。後9ヶ月も待たなければと思っていたのに、ついに夫婦となった今、二人が夫婦の営みを行うのに何の支障もないのだとわかり、二人はお互い見つめ合ったまま、どんどん顔を赤くさせていった。
バーケックの法律の改正についてはスクイレルの大人達も知らなかったのだとイヴ達に言っていた。そこでルナティーヌが皆に詳細を教えてくれた。それによると、どうやらルナティーヌやアンジュやライトが、よく知っている遠い国の人達に比べて、この辺りの国々の人間は同じ人間に見えて、実は全く違う生き物で、心身の成長過程が、その国の人達よりも速度が速く、成熟がとても早いことがわかったのだ。”神様の子ども”時代を過ぎてから、12才で独り立ち出来る位に心身が成長するなど、その遠い国ではありえなく、ルナティーヌは、まるで生まれた世界そのものが違うように、同じような見た目の人間だが、その遠い国の人間と自分達は違う生き物なのだと、はっきりと思ったらしい。
このバーケックを始め、周辺諸国の人間達の成熟が早まった理由として考えられるのは、バーケックで発見された樹液を精製した栄養剤が起因となっているとルナティーヌの集めた研究チームは推察していた。その栄養剤の元となった木は、ルナティーヌのいた土地に自生していた楓の木が、ある日突然、突然変異し、その樹液がメープルシロップではなく、弱った体に対する滋養強壮剤的な効果を出す、とても人間の血液に近い薬の木に変わり、没落寸前の貧乏男爵令嬢と馬鹿にされていたルナティーヌが、それを使って、上手く商売をすることで、この国を救ったのだが、この栄養剤を一度でも投与された子どもは栄養剤が無かった時代と比べて、その後の体の成長が早く成長し、心の成熟も早かった。それと同時に、栄養剤の効果は一定値を過ぎれば、……20才を過ぎれば成熟速度は止まり、後はいくら投与しても何も変わらず、老化を早めることも遅くさせることもないということも、3つの国での国民調査の統計でわかったらしい。
なので心身が早く成長し、大人となるのも早い現代となった今、旧法のままでは何かと不都合であるとの世論も多かったことからバーケックの今の王が、この3つの国で一番早く法律を改正させた。ルナティーヌは、きっと残りの二国もバーケックにならって、結婚年齢についての改正をこの一・二年の間に行うだろうと話し終えた。その話を聞き終えたグランが医師として、イヴの心身はきちんと大人としての体と、大人としての心に成長を遂げていると判断が出来るから、その法律通りに結ばれても何も問題はないと言ったので、二人は安心することが出来た。




