バーケックの学院にて①
イヴは7月になってから、今まで一度も片頭痛になっていなかったので、これは一体どういうことだろうか?……と、内心思っていたのだが、バーケックの役所で入籍後に家族達がイヴのためにミグシスの保護者だったカロン……ナィールを連れてきていたことに驚いて卒倒した際、イヴは頭の右半分に久しぶりにありがたくはない、懐かしい痛みを感じた。
(ああ、いつもの片頭痛だ、これ。やっぱり私は治ったわけではなく、たまたま今回の旅行中は運が良かっただけだったんだ。そうよね……アイは片頭痛は治らない病だって言ってたもの。ああ、でも、いつもの片頭痛の割に、そんなには痛くないわ。軽めの頭痛で本当に良かった)
イヴは気を失っている間、そんなことを思いながら、でも旅の間に片頭痛が起きなかったおかげで、皆を心配させることもなく、迷惑も掛けずにすんで良かったと思っていた。長期間の旅は、体調を崩さないようにと気をつけていても、体が疲れるのは避けられなかったのか、気を失った後、イヴはそのまま眠ってしまい、子どもの頃の夢を見ていた。
夢の中では、イヴは子どもに戻っていて、リン村の広っぱで漢と漢の拳での話し合いを繰り広げているアンジュリーナとルナティーヌを、ミーナになっているミグシスとこっそり隠れて見守っていた。
「……だから何で年齢を一才上げたことを教えてくれなかったんだよ!このギャルゲー奥手イケメン!」
「っるさいな!このヘタレチャラ男!お前がライト様達と組んでトゥセェックに攻略対象者達を集めて、僕イベを演じてイヴちゃんの死亡フラグを回避しようとしたように、俺も俺なりにイヴちゃんの死亡フラグを何とかしようと考えて、イヴちゃんをゲームが始まる前に16才にしてしまえば、回避出来るんじゃないかと思いついたんだよ!ほら、前世では日本という国の隣に、韓国という国があったことを覚えていないか?あそこは確か生まれ年ではなく数え年で数えて、しかも皆、正月に歳を一つ取るから、人によっては二つも歳を取ることになると、お前と決闘して国に戻ってから思い出したんだよ!
グラン様がへディック国から逃れるために、俺の親戚だっていう身分証を作成しただろう?だから俺の国の人間の年齢を一つ上げてやれば、イヴちゃんの死亡フラグをへし折れるって考えて、それをやろうとしたんだけど、皆が簡単には了承してくれなかったんだ。それをするには科学的に年齢を上げる理由を立証させる必要があったから俺は女王を降りて、6、7年かけて研究してたんだけど、結局、この4月には間に合わなかったんだよ。だけどイヴちゃんが4月末に、ミグシス君と婚約したって早馬が5月に来たから、その直後に研究の成果が認められて6月に実行されることになったけれど、もう婚約しているなら、知らせる必要はないかと思ったから言わなかっただけだよ!」
「……だ……誰?……ミグシス?」
イヴが寝起きの声で、そう問いかけると二人の女性のけんか腰の声はピタッと止まって、さっきとは打って変わった、淑やかな大人の女性達の優しげな声が掛けられた。
「目を覚ましたのね!私の世界一可愛いイヴちゃん!よかったわ!ほら、母様ですよ!わかりますか?具合はどう?果実水はいる?リゾットを作ってきましょうか?」
「あら、あなたがリゾットなんかを作ったら、間違いなく私の世界一可愛い可愛いイヴちゃんがお腹を壊しちゃうわ!……フフフ、イヴちゃん驚いた?体はもう大丈夫ですか?さっきは驚かせてごめんなさいね。私のことは覚えていますか?私はイヴちゃんの大叔母のルナティーヌですよ!」
イヴは寝ぼけていたので、夢で見ていた昔の二人の会話をそのまま、口にした。
「昔、高校の入学式で出会った父様に一目惚れして毎日毎日、朝昼夕に告白しても振られ続けて、頭を丸めて土下座して告白してもダメだったから最後には父様を泣き落として、やっとお付き合いをすることが出来たヘタレチャラ男な母様と、
母様と同じように父様に高校の入学式で一目惚れしたものの、イケメンでモテていたのに恋に奥手で恋愛をしたことがなくて、どうやって父様に声をかけていいのかわからなくて、悩んでギャルゲームっていうのを鵜呑みにして、実践して玉砕した、ギャルゲー奥手イケメンなイタいルナティーヌ様がいる……」
ピシィッ!!イヴの言葉で部屋の空気が一瞬で凍り付き、二人の美女が固まったまま、動かなくなった。
「な、なんで、それを知ってるの、イヴちゃん?おかしいわ……。アイに馴れ初めを聞かれたときも、上手く誤魔化したつもりなのに。……まさかユイちゃんがアイに、それを教えちゃったの?俺、ユイちゃんに、ヘタレチャラ男って思われてたの?」
「ううっ!!私の黒歴史が!?誰?誰が私のイタい前世を?まさかユイさんが私の事を、そうアイちゃんに説明を?ユイさんにイタいギャルゲー奥手イケメンって思われてたの、俺……?」
まだ完全に目を覚ましていなかったイヴは二人の美女が、心の中に相当な衝撃を負ったことに気付かず、そのまま話を続けた。
「ん~ん、違う。二人が昔、広っぱで、そう言って殴り合って、蹴飛ばし合って、怒鳴ってたのを聞いてたの。母様達、拳で友情の再会を喜び合うからって言って、3時間も戻ってこなかったから私、心配になってあの時、ミーナと見に行ってたの……」
ピシィッ!!部屋の空気がもう一度、音を立てて一瞬で凍り付いた後、二人の美女はお互いの顔を見て((お前が原因か!))と、思いっきり睨み付けた後、寝ぼけているイヴに二人して慌てて、言い訳をし出した。
「イヴちゃん、違うのよ!父様と母様は大恋愛をして結婚したの!お互い一目惚れで、運命の恋で、唯一の恋で、二人は永遠に結ばれているのよ!で、イヴちゃんもロキちゃんもソニーちゃんも、私達の愛の結晶なのよ!だから土下座や泣き落としは、忘れてちょうだい!ああ、この女がイタい奴なのは本当だけど!」
「イヴちゃん、この女がヘタレなのは本当だけど、私はこう見えてもバーケックの前女王だったから、イタい女じゃなくって、出来る女なのよ!だからギャルゲー奥手イケメンって言葉は忘れてね!ね?」
アンジュとルナティーヌに詰め寄られて、イヴは寝ぼけ眼で二人をしばし見つめた後、コクンと頷いた。
「……はい。わかりました。あの、ミグシスは、どこですか?ここはどこですか?」
イヴがそう言ったときに、コンコン!!と音がした。
「あの、入っても良いですか?」
扉が叩く音が聞こえ、外から聞こえる声にイヴは驚いた。
「あれ……?ピュアさんの声?それと……!?あっ!母様!ルナティーヌ大伯母様!どうして、ここに?」
ようやく目を覚ましたイヴに、アンジュとルナティーヌは同時に声を掛けた。
「「やっと、目を覚ましたのね!おはよう!私の世界一可愛い可愛い可愛いイヴちゃん!!って、誰がお前のイヴちゃんだよ!イヴちゃんは俺の!!」」
歯をむき出しにして、いがみ合う二人が拳を出すのを見て、イヴはベッドの中で眉をヘニョと下に下げて、小さくため息をついた。
「本当に母様達、仲良しなんですね……。あの拳の話し合いは後にして、今は説明を……」
部屋の中から返事がないことを不思議に思ったのか、そうっと扉を開け、様子を伺おうとしたピュアがベッドの上で起きているイヴを見つけて、ホッとした表情になり、部屋に入ってきた。
「?あら?イヴさん、目を覚ましているではないですか?返事がないので様子を……っ!?キャーーー!?え?え?どうして!?イヴさんのお母様とルナティーヌ様、どうしてお互い殴り合いを!?誰か!誰か来て、今すぐ、止めてー!ジェレミー!ミグシスさーん!!」
ピュアの声を聞いて、ジェレミーとミグシスが慌てて、部屋に入ってきた。だが……。
「俺の奥さんのイヴ、気分はどう?心配したよ!もう大丈夫なの?ああ、イヴが無事で良かった!イヴを驚かせたカロンには、きっちりと俺がお説教しておいたからね!愛しているよ、イヴ!」
ヒシッ!!と一目散にイヴを抱きしめに来たミグシスと、
「僕の奥さんのピュア!どうしましたか?ああ、あの二人の傍にいたら巻き添えをくうので離れましょうね」
ヒョイ!とピュアを横抱きして、殴り合うアンジュ達から避難するジェレミーは、自分達の新妻のことしか目に入らず、二人の拳の話し合いを止めようとはしなかったので、結局……。
「「だ、誰か-、来て下さーい!!」」
イヴとピュアの大声で、スクイレルの者達と一緒にやってきたライトによって、ようやく二人の美女の拳の話し合いを止めることが出来た。




