ピュアと学院生達のドッキリ大作戦(前編)
ピュアはイヴが元の体型を抑えるのを止めた日に、イヴの自分に似た体型を見て、より親近感を覚えた。
(何だか仲良し姉妹みたいですわ!ウフフ)
ピュアはそう思って喜んでいたのだが、あの手紙を読んでからは、イヴが自分に似た体型で本当に良かったとさらに強く思った。
「ウフフ!イヴさんのあの体型!私とよく似てますわ!これなら王弟殿下に貞操を狙われる心配が無くなりました!ああっ!でも他の男性に狙われ……大丈夫ですわね。何ですの、あの魔王化したミグシスさんの威嚇は?前よりも威力が増してません?本当に人間なのかしら?ああ、学院生達が次々と泡を吹いて倒れていくわ……」
中庭を散歩するイヴの傍にピッタリくっついて歩くミグシスが、イヴに気付かれることのないように威嚇を飛ばしていき、その被害を直に受けて泡を吹いて倒れていくイヴの兄様隊の様子を呆れ顔で眺めながら、ピュアもジェレミーとの散歩を楽しんでいた。
「仕方ありませんよ。イヴ様もピュアと同じくらい魅力的な女性なんです。ミグシスさんが威嚇を強くさせるのは致し方ないことです。さすがですよね。僕もあれくらい他の男性達に威嚇を出来たらいいのですが、如何せん僕は一般人ですからね。だからピュアは、もっと僕の傍にいてください」
ジェレミーはピュアの手を取り、恋人つなぎをした。ピュアは恥じらいつつも、嬉しそうに手をギュッと握った後、中庭の片隅にいる学院生達に気がついた。
「あら?あそこにいる人達、ジェレミーを見て、震え出しましたけど、どうしたのでしょう?」
「さぁ?夏風邪でも引かれたのではないですか?明日から夏休みだというのに、ついていないですね、あの人達……」
「そうですわね……。ああ、でも、やっと修了式ですわね!今日までイヴさん達に気付かれずに、事が進められて、本当に良かったですわ!」
「ええ、そうですね、ピュア。じゃ、そろそろ朝食の時間ですし、戻りましょう」
6月の修了式の今日は、学院では午前中に期末テストが行われ、昼食後に修了式、それが終わった放課後には、ピュアはイヴと共にダンスを皆に披露する予定となっていた。6月の後半の二週間、保健室の先生の代理の仕事をしているイヴの傍に毎日一緒にいて、お手伝いをしていたピュアは、イヴが授業時間中に保健室から出ないように、その時間にプリントを貼る手伝いを、いつもジェレミーと引き受けていたので、修了式の日の午前中に夏休みのしおりを校内に点在している掲示板に貼っていく仕事も、いつものように引き受け、リーナとリーナの母親……イヴの弟とイヴの伯母にイヴのことを任せて、ジェレミーと二人で、校内の掲示板を巡ることにした。梅雨が明け、夏の日差しを眩しそうに見つめながら、嬉しそうにピュアはジェレミーと並んで歩いて行く。
「いよいよ明日から夏休みですね、ジェレミー!ルナティーヌ様は、お元気かしら?楽しみですわね!」
ジェレミーはご機嫌な様子のピュアを見て、愛おしげに微笑みを浮かべる。二人は一番上の階のフロアから夏休みのしおりを貼ろうと決めて、一度、校舎の外に出てから、一番上の階の入り口に向かい、そこから階段を上っていった。一番上の階は上下貴族クラスのいる階で、以前なら貴族と聞いただけで、顔を強ばらせるピュアだったが、ジェレミーに学院の真実を教えてもらってからというもの、ピュアは彼等が怖く感じなくなり、この階に入る事にも恐怖を感じなくなった。上下貴族クラスの教室からは、活気のある話し声が聞こえてくる。
「……であるから、林間学校の先触れを行う者は二人一組で……、だから馬車の……」
「先鋒部隊は10班の組み分けで……」
「出発は今夜9時、物音を立てずに正門前で集合を……」
「天候や前もっての街の人達の避難誘導は……」
ピュアは教室から聞こえる会話に耳を傾け、そっと廊下から教室の様子を覗いた。少しして、教室を覗くのを止めたピュアは、教室と次の教室の間に点在する掲示板に夏休みのしおりを貼っているジェレミーの所に行った。
「ウフフ……あの人達、明日からの林間学校の最終確認をしていましたわ!あれだけ入念に計画していれば、絶対にイヴさん達を7月中にバーケックに連れ出せますよね!」
ピュアの言葉にジェレミーも上下貴族クラスの教室を覗いてみた。教室の中には大きな円形のテーブルがあって、その上には大きな地図が広げられていて、中にいる学院生達は、そのテーブルを囲みながら、先鋒部隊や街の人達の避難指示の順番の再確認だとかについて話し合っていたが、その内、今年の林間学校は去年よりも過酷だと誰かが呟き、一人が愚痴り始めると、次々と学院生達が林間学校とは関係の無い愚痴を呟き始めた。
「当たり前だろ!今年は林間学校と言いつつも、本当はスクイレルのイヴ様をバーケックに送り出すための護衛をするんだから!去年の護衛演習とは違って、本当に護衛するんだから、過酷なのは仕方がないんだよ!もっと緊張感を持てよ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「いや、過酷と言うなら、この6月後半の二週間の剣術の授業の方が、地獄のように苛烈な内容で、毎日疲労困憊状態だったじゃないか……」
「ああ、あれね……。あれは地獄だったなぁ……」
「本当に。私も、もうダメだって毎日思ってました。それなのにクラスの皆が皆、傷一つ負わなかったのは、神のご加護があったからかもしれませんね」
「いや、それは違う!いいか、エルゴール。俺達の中の一人が、かすり傷一つでも負ってみろ!あの黒魔王化したミグシスが、俺達をあいつが愛して止まない天使のいる保健室に素直に行かせると思うか?イヴの保健室に俺達を行かせるぐらいなら、息の根を止めるってくらいの威圧を毎日かけられていたのを忘れたのか?」
「そうでしたね。忘れようにも忘れられませんね、あれは」
「だろ?だから俺達は、あのすごく大人げない威嚇の中、それはもう必死になって、怪我や病気にだけはなるまいと、この二週間を生きてきたんだぞ!」
「ううっ!俺達がイヴとあいつを護衛するために必死になって、毎日護衛計画を考えていることも知らないで、自分はイヴと毎日毎日いちゃラブして、イヴに愛妻弁当なんて作ってもらってさ!ホントすっごく羨ましい!!俺も彼女、欲しーい!!」
「泣くな!ここで泣いたら負けだ!7月にバーケックについたら、あいつの驚く顔が見られるんだぞ!それまで耐えろ!」
……などと愚痴めいた言葉が大半を占められた話し合いが続いていた。ジェレミーは教室から離れ、ピュアを伴って次の掲示板に向かって歩き出した。ジェレミーは途中立ち止まり、夏休みのしおりを貼ると、ピュアを促し、また次の掲示板に向かう。
「そう言えば、以前ピュアの言っていた通り、学院生達は皆、文武両道に秀でていますから、ここの学院生にとって中間・期末テストは所謂、学習習得を再確認するための小テストのようなものらしく、どちらかというと、7月8月の2ヶ月にもわたる林間学校で行われる長期模擬実践演習の方が、実技によるテストの意味合いが強く、緊張を強いられるものだったようです。それが今回役に立って、本当に良かったですね」
「ああ、その話さっき私が覗いたときにも彼等が話していましたわ。何でも去年も要人護衛演習でバーケックに二ヶ月ほど行っていたとか……。演習内容は先鋒部隊の一員となって、要人を無事にバーケックに送り届けることだったから、今年は、その本番だとも言っていましたね。先鋒部隊の一員として町中を走る馬車をどう先導すればいいのかとか、誰がどの順番で先触れとなって、先に馬を走らせ、その街に通達を行い、その街に住む人間の安全確認や道の確保等をどう言った手配で行うのかとかを地図の前で最終確認作業を行っていましたわ!
話を聞いていると、毎年、学院生の林間学校のために、国と民が全面協力をして行っていることがわかりましたので、私、すごく驚いてしまいました。でもジェレミーから学院の真実を聞いていたので、なるほどと、とても納得できましたわ。国の将来を担う若者達を育成させるために、国全体が協力を惜しまないなんて素晴らしいですわね!」
ピュアは柔やかにそう言って、ジェレミーに笑いかけた。階段を一旦一番下まで降り、建物の外に出てから違う入り口に向かい、その入り口の傍の掲示板に、今度はピュアが夏休みのしおりを貼っていく。
「私、画鋲を刺すなんて今までしたことが無かったけれど、この二週間でとても上達したと思いませんか、ジェレミー?……ああ、でも上達しても、気をつけないと指を指しそうで、怖いですわね。……ああ、やっと一つ刺せましたわ」
ジェレミーはピュアに画鋲を渡しながら言った。
「そうですね、上達しても油断をしてはいけませんよ。それが貼れたら、次は平民クラスですよ、ピュア。皆んながあなたと計画したドッキリ大作戦の最終確認をしようと待っているはずです」




