バーケックの役所と五・十日の日⑤
役所内、大混乱しております。
ノーイエの声に名乗りを上げたのはサリーだった。
「ええ、今直ぐに!アイビーも一緒に来て!」
「わかったわ、サリー!」
グランはノーイエに叱られたことで、反省の色を顔に浮かべて言った。
「す、すまない……久しぶりに親子として会えるのかと思ったら、つい嬉しくて……」
ロキとソニーはイヴの傍に駆けつけて行った。
「「姉様、しっかりして!!」」
アンジュはイヴが目を覚まさないことに動揺し、自分達とは違う場所から急に現れた女性に対し、怒りを露わにした。
「ギャー!私の可愛いイヴちゃんがー!!きっとルナティーヌが、こんな暑い日に厚化粧で顔を見せたからね!あっちにいけ、このギャルゲー奥手イケメン!何で家族水入らずの再会をしようって時に、どこから嗅ぎつけて来たんだ!?」
アンジュの言葉を受けて、ルナティーヌはフン!と鼻を鳴らせた後、ケンカ上等、いつでもかかってこいという意思表示を示すかのようにボクシングの構えを取った。
「何をヘタレチャラ男!お前がイヴちゃんに話をする前に、ルナーベルと並んで立っているから、驚いて倒れたんだろ!」
睨み合う二人の女性の頭をガシッ!と鷲掴みした後、白髪の老人が二人の額をゴンッ!とぶつけ合い、二人を黙らせた後、叱りつけた。
「お前等、二人とも煩い!儂のイヴちゃんが可哀想だろうが!」
その小さな諍いなど目に留めず、アンジュそっくりの紅い髪の女性が紫の瞳を潤ませて、イヴの元へとおずおずとやって来た。
「何て……何てアンジュに似て可愛いの!それに叔父様に似て、とても賢そうだし、優しそう!アンジュが出産したときに一度だけ、見に行ったときも世界一可愛い赤ちゃんだったけれど、今はこんなに大きくて美しい、世界一可愛い大人の女性に成長している姿を見ることが出来るなんて!神様ありがとうございます!イヴちゃん、しっかりして下さい!私ですよ!私はあなたの従姉妹のルナーベルです!」
ルナーベルの様子を見つつ、セデスは長としての指示を仲間達にしていく。
「セドリーとタイノーとエチータンは救護室に空きがあるか確認してきて下さい!イレールとアダムとリングルは馬車の用意と宿屋に連絡を。マーサは、そのままイヴ様に着いていて下さい!」
「「「「はい、長!」」」」
スクイレルの面々が動き出した中、三人の男達がイヴの元に近寄ってきて、気遣うように声を掛けてきた。
「お嬢様は大丈夫でしょうか?我々を見て、とても驚かれて気を失ったようですが……」
ミグシスはイヴをずっと見つめていたが、その言葉を聞いて、顔を上げて言った。
「え?あなた達を見て?本当ですか、シュリマン大司教?……ですよね、この気配は。ううっ、イヴ!そんなにびっくりしたの?……そっか、カロンに驚いたんだね!まさか、こんなに直ぐに会えるとは思ってなかったからね……。うん、カロンが悪い!カロンがいけないんだぞ!いくらイヴが神様の願い事に、
『私が神様に叶えてもらいたい願いは、ミグシスと結婚する時に、ミグシスを守ってくれたカロンに会って、結婚の挨拶をしたい』
と思ってるからって、こんな場所でグラン様達と待ち構えているなんて思ってなかったから、イヴは驚いたんだ!俺だって驚いたんだぞ!イヴの願い事を叶えてくれて嬉しいけどさ!もう張り切りすぎだ!」
ミグシスは10年ぶりに会うカロンに向かって、頬を膨らませてジト目で恨みがましく怒りの声を上げた。それを聞いて、カロン……ナィールは自分を指さして、「俺?」と小声で呟いた後、自分のせいではないと声をあげた。
「!?ええっ!俺か!俺が悪いのか!?俺はグランからの手紙で7月20日午前9時にイヴちゃんがお前と結婚する時に、婚姻届にミグシスの保護者としての俺の署名が自筆で必要だから夏期休暇取って、当日に間に合うように必ず来い!と無茶振りされて、たった今、ここに来たばかりなんだぞ!
……っていうか、何でお前、10年前と見た目があんまり変わっていないんだ、ミグシス?ミグシスといい、グランといい、何食べたら、そんなに見た目が変わらないままになれるんだ?俺だって向こうじゃ若い見た目なのに、お前等と比べたら全然、俺、おじさんじゃん!!……っと、こんなこと言っている場合じゃないな!とにかく!俺のせいじゃないはずだ!イヴちゃんが倒れたのは、きっとこいつのせいだ!こいつが10年前の俺と同じ顔なのが悪い!謝れ、カロン!」
ナィールはそう言って、自分の隣にいる若いころの自分の顔にそっくりな男に向かって、お前が悪いんだと言い切った。ナィールにそう言われた男……カロン王は、自分を指さして「私?」と小声で呟いてから言った。
「?ええっ!?私?私が悪いのかい?そうか、イヴちゃんは私のことを知らないものね……同じ顔が二つもあったらそりゃ、驚くよね。……ああ、実物に会うのは初めてだけど、君はお母さん似なんだね。学院時代の彼女にそっくりだ。……って、言っている場合ではなかったね!ごめんね、イヴちゃん!謝るから、しっかりしておくれ!私は君に”卒業パーティ”イベントをクリアしてもらうために、ここに来たんだ!」
マクサルトの目の前には……カロン弁護士が二人と、ルナーベルが二人と、寮監の娘のリーナによく似た双子の少年と、11人の初老の男女達と、それに……。
「な、何で、こんなにも似た人達ばかりが?……そ、それに……ま……まさか!……し、シーノン公爵!?いや、そんな、まさか。彼は10年前に亡くなったはずだ……。生きていたとしても10年前と少しも姿が変わっていないなんてあるはずがない!もしかして、ゆ……幽霊?」
マクサルトは亡くなったはずの公爵がいるのを見て、腰を抜かして、その場にへたり込んでしまった。ただでさえ人が混み合っていた役所はイヴが倒れ、その保護者達が動揺し、イヴを助けようと行動に移したことで、押し合いへし合いの大混雑となり、さらに、そこへ……。
「倒れたって聞きましたわ!イヴさん、大丈夫ですか!皆とイヴさんをびっくりさせようと外で待っていたら、リーさんとカインさんがイヴさんが倒れたと走ってきて……ああっ!気を失っていますの!?そんなに驚かれるなんて思いませんでしたわ!こんなことなら汗疹の話をした日に、直ぐにイヴさんは、もう結婚出来る歳なのだと教えてあげればよかったですわ!ごめんなさいね、イヴさん!しっかりしてください!」
「ピュア!イヴ様を揺らしちゃダメですよ!」
ピュアの言葉にノーイエ以外のスクイレルの大人達は驚きの表情になった。
「「「!?え?結婚出来る歳?どういうことですか?」」」
「ああ、それは「「「ごめんね、イヴ!しっかりして!!」」」」
ノーイエが説明しようとする声は、イヴを心配する平民クラスのクラスメイト達の声でかき消えた。彼等の後ろからエイルノン達も慌てた様子で駆け寄ってきた。
「おい、イヴ!しっかりしろ!お前は僕の永遠のケンカ友達だろ!急に16才だって言われて、そんなに驚いたのか?……っだからミグシス、お前の殺気、ホントに洒落にならないから止めろ!もう夫なんだろ!ケンカ友達の心配ぐらいさせてくれてもいいだろうが!ホントに大人げないな!」
「イヴ、しっかりしろ!トーリ兄様が来てやったぞ!結婚しても、イヴは俺の妹分だからな!これからも兄貴分として、トーリ兄様が守ってやるからな!」
「お嬢様!!しっかり!私はこれからもあなたの幸福のために祈り……って、父さ……え?何で、こんな所に?あれ?へディックにいたのでは?」
「スクイレルさん、気を確かに!ベルベッサー、私の鞄から気付けのミント精油を持って来て下さい!」
「は、はい!父さ……いえ、ゴレー先生!直ぐに私の姉弟子を助けて下さいね!」
イヴとミグシスに内緒で……先回りをして二人を驚かせようと計画して、役所前で待機していた学院の者達……ピュア達や平民クラスのクラスメイト達と上下貴族クラスのエイルノン達とゴレーが、イヴが倒れたと聞き、慌てて役所に押しかけてきたために、役所内は人が溢れかえり、大混乱となった。
気を失ってもイヴが手放さなかった戸籍謄本には、【イヴ・カロナィール16才。配偶者ミグシス・カロナィール26才】と書かれていて、二人は無事に今日入籍を果たし、結婚したのだが、イヴがせっかく他人に迷惑をかけないようにと配慮したことは、……またまた徒労に終わってしまった。
※ほぼ、全員集合しました。次回からピュアや平民クラス、エイルノン達がここにいる理由、イヴが16才になっている理由、そしてカロン……ナィールとカロン王がここにいる理由を説明していきます。ちなみにミグシスも神様の願い事の件はイヴと同じようにスクイレル達の結婚祝いだと思っていました。




