イヴとミグシスの初めての水遊び(前編)
イヴとミグシスが乗る真っ白い馬車は、グラン達がイヴの入学祝いの贈り物として贈ったもので、この馬車には二人分の座席しか用意されていないが、乗り物酔いをしやすく、片頭痛や女の子の日等で寝込むことが多いイヴの体のことを一番に考えて作られた、家族達の愛情が沢山つまった、特別な仕掛けが施されていた。……それは馬車の中の座席に仕掛けがあり、これを動かすと座席が寝台になるというものだった。
7月初日に旅立ったイヴは、その日の午後には女の子の日になった。イヴが女の子の日になったと告げて、トイレ休憩のために馬車を降りている間にノーイエとマクサルトは、あっという間に馬車の中を寝台の形態にして、戻って来たイヴをそこに寝かせて、ミグシスも、その横に添い寝をさせた後、恋人達の体を帯で固定した。そこでミグシスはイヴを抱きかかえ、二人は体を横にしたまま馬車に揺られて、旅は続けられた。
この体勢は乗り物酔いしやすいイヴの体の負担を軽減し、イヴは長時間の馬車でも乗り物酔いにならずにすみ、女の子の日の不快症状もゴレーの薬で軽減されていたために、イヴは旅立ってから一週間経っても体調を崩さないでいられたので、とても喜んだ。ミグシスも二人の馭者もイヴの喜ぶ姿に大喜びし、皆はとても楽しい気持ちで旅を続けることが出来ていた。
イヴの体調のことだけではなく、夏の季節だということもあり、旅をする皆の夏の暑さによる体力の低下や、熱中症予防をするために、日中の休憩の回数を減らすことも無ければ、早い時間に宿に入って、皆が体を休めることを心がけていたのにもかかわらず、半月と少しの日数だけで、バーケックへと渡ることが出来たのは、6頭の馬に馬車を引かせていたからだった。
イヴとミグシスは元々1頭立ての馬車で計画していたが、マクサルトという初老の男の事情を考慮したいという手紙と、もう一人の馭者を勤めることになったノーイエから説明をされ、当人であるマクサルトの早くバーケックに行きたいという、彼の心に嘘がないのを感じていたので、馬車のその早さに疑問を持つことはなかった。ミグシスはイヴを抱えながら、こう思っていた。
(馬車を6頭の馬で引かせたいと言われてイヴも俺も初めは、グラン様やセデスさん達に甘えてばかりでは、いつまでも自立出来ないと困るから断ろうと話し合っていたのだけど、マクサルトさんの事情ならば仕方ないよな……。商会の仕事をマクサルトさんと彼の息子さんも頑張ってくれていたと商会の事務員だという人からも紹介状を別添えに書いてくれていたし、困ったときはお互い様だもんな。
驚いたけど、マクサルトさんの役に立てられて、俺達も予定通りにバーケックに行くことが出来たんだから今回、運が良かった。……なんか尋常じゃない速度のように感じたけど、6頭も走らせると、こんなに早く行くことが出来るんだなぁ……。きっと商会に勤めている彼等しか知らない近道があるんだろうな。そうだよな、町中を人を気にせずに速度を上げて走れるわけはないし……)
ミグシスは馬車の中で身を横たえながらイヴを抱きかかえていられる時間が、至福の時間だったし、ミグシスの愛するイヴは、今回は女の子の日の下痢や嘔吐、むかつき等はなかったが、5月の女の子の日のように軽い眠気に襲われて、馬車ではミグシスの腕の中で眠っていることが多かったので、ミグシスもイヴも外の景色を見ていたのは、馬車の旅を初めて、午前中の数時間だったために、その後は一切、外の景色を見ていなかった。
……だから、まさかイヴとミグシスを7月中にバーケックに入国させようと、スクイレルの大人達から頼まれた、”スクイレル”と化しているトゥセェック国の全国民の協力の下、その日に通る場所は予め通達が下りていて、学院の上下貴族クラス全学年の学院生達と、セデスが育てたスクイレル村の村人達で構成された忍者集団の、”銀色の妖精の守り手”達が各地に潜み、リングルとアダムの先鋒部隊となり、馬車が通ることがわかったら、その道中となる街に知らせ……、その日は町中の人達が皆、家の中で大人しくしていたために、馬車が人を轢く心配は要らないからと馬車に繋がれていた選りすぐりの軍馬をノーイエが思いっきり走らせていた……とは少しも気づいていなかった。
イヴの7月の女の子の日は、ゴレーの薬のおかげで4月のような重い症状を起こすことなく、眠気の症状だけしか起きず、そのままで終わったことに二人は安堵した。イヴの女の子の日が終わった次の日、乗り物酔いも片頭痛もない……イヴの体調がとても良いという夏の日は、月に何日もないため、ミグシスはイヴの体調の良い内に、水遊びを一緒にしようと誘った。
旅に出てからも婚約者である二人は同室に宿泊していたので、その日、宿について早めに夕食を取ってノーイエ達に休みの挨拶をして部屋に戻ったミグシスは、二人で交互に着替えをしようと提案し、イヴに先に部屋で着替えるように促した後、自分は部屋についている大きめの浴室に行き、そこの浴槽に半分くらいの水量のぬるめの湯を溜めて、ミントオイルで薬草湯を作った後、水遊びの用意をすることにした。
イヴに内緒でマーサやノーイエ達に取り寄せてもらった、ゼンマイ仕掛けで動く、水に浮かぶアヒルやイルカのおもちゃや、小さな頃イヴが好んで遊んでいたシャボン玉や、水色の小さいジョウロに黄色の小さなバケツも並べた後、ミグシスはリングル達に作り方を教わった、水遊びの時によく好まれて飲まれることが多いという、夏らしさを感じる飲み物の準備にとりかかった。小さな小玉スイカをくりぬいて、中に様々な果実を一口大に切って入れ、そこにスイカの果汁を入れた飲み物を作った後、ミグシスはイヴが脱水を起こしてはいけないからと思い、冷水も用意しておくことにした。
(こんなものかな?……イヴ、喜んでくれるといいな)
しばらくして浴室の扉が控えめにノックされたので、ミグシスが準備が出来たから、入って良いよと声を掛けた。
「お、おじゃまします……」
イヴが小さな声と共に、おずおずと浴室に入ってきたかと思うと、イヴはミグシスが用意したおもちゃを見て、顔を綻ばせてミグシスの元にやってきた。
「うわぁ~!これが水遊びのおもちゃなんですか?」
「っ!?う、うん!そ、そうみたい!……で、これが水遊びの時によく好まれる飲み物だって……」
イヴが嬉しそうに湯船に浮かぶおもちゃの数々に興味津々で、ミグシスの手を引きながら尋ねる様子に、ミグシスは内心の動揺を抑えつつ、用意した水遊びのおもちゃに喜ぶイヴに、それらについて答えていった。イヴは嬉しそうに、はしゃいだ声を出して、まるで宝物を取り扱うように、そっとそれを一つずつ手にしていくのを、ミグシスはとても幸せな気持ちで見守っていた。
「ありがとうございます、ミグシス!私、嬉しいです!初めての水遊びをミグシスと出来るなんて、とっても嬉しい!ありがとう!約束を覚えていてくれてありがとう!こんなにも素敵なものをいっぱい用意してくれてありがとう!大好きです、ミグシス!」
満面の笑みで振り返って、イヴはミグシスにお礼を言った。
「う、うん!俺も!俺も初めての水遊びをイヴと出来るなんて、すっごく幸せ!ものすっごく嬉しいよ!イヴの初めてが俺とだなんて、すっごく嬉しい!……理性がグラグラするけど、ものすっごく幸せ!それにイヴの、その水着姿!な、なんて、綺麗なんだ!イヴの水着姿も最高に綺麗だよ!よく似合ってる!」
「ほ、本当に似合ってますか?変じゃない?」
「うん、すっごく!俺、もしかして本当に女神を婚約者にしてしまったのかもしれないって思ったよ。どうしよう、俺。ああ、今すぐにイヴと結婚してしまいたい!俺の鉄より固い自制心がグワングワン揺さぶられて困るけど、すっごくすっごく幸せだ、俺!」
ミグシスはイヴの初めての水着姿をガン見し、イヴにかじりつきたくなる衝動を押さえ込むのに非常に苦労していた。5月の公園デートの時と同じように、ミグシスの脳髄の奥の奥で、イヴの水着姿をミグシスは(前世と同じように)自分の心の中に、自分の魂に、しっかと焼き付けるように記憶していった。
(何これ!俺、今、天国にいるの?イヴそっくりの天使が……女神が俺の前に降臨している!?いやいや、しっかりしろ、俺!今、目の前にいるのは、俺の最愛の女性のイヴだ!俺の恋人で俺の婚約者!将来の俺の奥さんだろ!それにしても、イヴは何という美しさだろう!それに何という可愛らしさだ!それにそれに……。何という魅力的過ぎる体……。ゴクッ!ううっ!!クッ!耐えろ、俺!今、鼻血なんか出したらイヴとの折角の水遊びが……!イヴの折角の水着が……!
ああ、イヴの白くてスベスベしている肌、丸くて柔らかい大きな胸も、くびれた腰も、可愛いおへそも、形のいいお尻も、スラリとした生足も……全部、全部、魅力的過ぎて、目が離せない!ああ、どこもかしこも美しすぎて、可愛すぎて、愛しすぎて、眩しすぎるよ、イヴ。何でイヴは頭のつむじも肘も膝も踝までもが美しく可愛いのだろう?性格が可愛すぎるから、項や肩胛骨や足の甲まで、全てが可愛くなってしまうのだろうか?ああ、イヴは性格がとても可愛すぎるものな。それに、まるで全身から光りが放たれているかのように美しすぎて、魅力的過ぎて、俺……すっごく幸せなのに辛い。辛いけど、すっごく幸せ……!ううっ!俺、本当にイヴが好きすぎて、どうにかなりそうだ!)
ミグシスは激しい動悸を自覚しながらも食い入るようにイヴを見つめた後、着替えてくると言って浴室を出て、着替える前に即トイレに向かった。




