”隠された物語”の秘密(後編)
スクイレル達が1月に金の神達を捕獲した際、彼等が”僕のイベリスをもう一度”の物語を阻止しなかったのには訳があった。それは金の神が選び、見たいと思っていた物語が乙女ゲームではなく、僕イベに隠されていた”隠された物語”だったからだ。前世の記憶を持ち、僕イベというゲームをした……という記憶を持つものの、詳しい内容を思い出せなかったアンジュは、この”隠された物語”のことを金の神の説明を聞くまで、今の今まで思い出せなかったのだが、金の神に話を聞いて、忘れていた記憶を思い出し、涙が溢れた。ユイが亡くなり……、アイに怒られて心神喪失状態で、あの女に監禁されていたチヒロが正気を取り戻せたのは、僕イベの”隠された物語”を見たからだった。
”隠された物語”は、たった5分間の物語だった。その物語は自分自身を好きではなかった少年とある病を抱えながらも前向きに生きる少女が出会い初恋し、二人でゆっくりと愛を育てながら、最後には結婚をして幸せになるというあらすじで、その物語の主人公達がチヒロの娘のアイと、アイの恋人のマコトだと、二人をユイとライト達と共に見守ってきたチヒロには直ぐにわかったからだった。チヒロの記憶は、アンジュにミグシスの正体……前世の彼はアイの恋人で、後に夫となったマコトだと言うことと、”隠された物語”に隠れている、ある秘密を教えてくれた。
”僕のイベリスをもう一度”の中に隠されていたのは、本気で初恋の乙女ゲームを作ろうとした4人の男達が、自分達に初恋を入れるきっかけを作ってくれた可愛い恋人達に感謝し、その病気を抱えている少女と、少女を深く愛する少年が、幸せになってくれますように……と願いを込めて作った物語だった。
病気を持つ人の幸せを願う物語。病気を持つ人を支える人の幸せを願う物語。その物語では最後、その二人は幸せになる。二人を幸せにするには、何を願えばいいか?ゲームを作った4人は何を願ったか?ゲームは、現実では叶えられない夢を叶えられる。普通の人間が剣士や魔法使いや勇者や宇宙飛行士や配管工になれる。だから現実では完治も根治も出来ない病気でも、ゲームならば……物語ならば……、簡単に治すことが出来る。
たった一言、文章をプログラムに書き込めばよい。たった一枚のスチルで、その姿を描けばよい。一流声優達のデュエットで、その幸せを歌ってもらえば良い。ゲームの中でなら、それは必ず叶えられるのだ。たとえ、そのゲームの世界に魔法や超能力が無くとも……。たとえ、現実の日本では存在しないモノだとしても……。たとえ、その願いの叶え方が、かなり抽象的な表現で描かれていたとしても……。ゲームを作った4人の男達は”隠された物語”のヒロインの病気は、物語の最後に治ったと表現していた。
アンジュから、その秘密を聞いたスクイレル達は、彼等が愛して止まないイヴのために、”隠された物語”の可能性に、賭けることにしたのだ。
6月の三者面談で金の神の保護者である父神を味方に付けることに成功したスクイレル達は、金の神の力の暴走の詳細を、神達から聞かされて絶句した。
金の神が選んだという僕イベには、3つの物語が入っていて、未熟な金の神の力は、3つの物語を全て現実にしようと暴走し、時間を遡って、父神の作った世界のありとあらゆるところに影響を及ぼしていったというのだから、いくら神を二度も捕獲できたとは言え、これでも一応只人であるスクイレルの彼等は、その恐ろしさに身震いした。
復讐ゲームの物語を現実にさせようとする金の神の力は、アロン王やその周囲の人々の心に憎しみの芽をまき散らし、それが持続するようにとへディック国の土地を痩せさせて、不作が続くように天候にも影響を及ばしていったみたいと、金銀の神は平然と語り始めた。乙女ゲームの物語を現実にさせようとする金の神の力は、身分差の厳しい国になるように仕向け、王の隠し子という設定の隠しキャラを生み出すため、その気のないカロンに代わり、ナロン王を狐狩りに行かせたり、流行病を国中に蔓延させ、攻略対象者達のプロフィール通りの身分が彼等に与えられるようにと、多くの民の命を奪っていったと語られたときは、神という者の恐ろしさを思い知らされ、父神を味方につけることが出来た幸運を、スクイレル達は父神に感謝した。
そして金の神が見たい物語が、”隠された物語”だったことで、この物語を現実に再現しようとした金の神の力は、隠された物語のヒロインの病気は治った……という抽象的な表現を現実に再現させるために、恋人達が恋を実らせ、結婚したというラストスチルで、恋人達の背景のシルエットで表現されていた草木を、金の神の力は、主人公が病気を治すことが出来た霊薬だと捉え、その草木を現実の世界に誕生させたみたいだと言われて、スクイレル達はゴレーが見つけた、三つの新種の薬草が、それに該当することに思い当たった。……ちなみに”隠された物語”では、少女の病は明確に表現されていないことから、ありとあらゆる病に効く効果がある霊薬が、魔法も超能力もない世界に誕生することになったとも神達は教えてくれた。
「ちょっと、待って下さい!イヴ様の片頭痛は完治していません!物語が終わっているのならヒロインであるイヴ様の片頭痛は治っているはずです!これは、一体どういうことですか!」
というマーサの鼻息荒い言葉により、確かに鎮痛剤では痛みを抑えるだけで、完治とは言えないことに気付いたスクイレル達に詰め寄られ、金の神はその理由を考えた。
「う~ん、多分なんだけど、物語の結末が……二人は結婚して幸せにいつまでも暮らしました……だから、実際に結婚しないと物語のヒロインの病気は完治しないんじゃないかしら?」
そう言われたスクイレル達は、二人が結婚するのはイヴが16才になる3月だから、それまで、なるべくイヴが片頭痛に苦しめられないようにしてあげたいと考え、毎年苦しんでいる夏の季節を、夏でも涼しいバーケックで過ごさせようと話し合いを始めようとしたところ、それを金の神に遮られた。
「ちょっと、その前に私の話を聞いてよ!私、まだイヴちゃんとミグシス君に”英雄のご褒美”を渡せてないのよ!話しかけちゃダメって言うなら、代わりに聞いてきてよ!」
1月にスクイレル達に捕獲された際、くれぐれもイヴ達に僕イベのことを知らせるなと懇願されていた金の神は、僕イベの3つの物語が終了し、金の神の見たい”隠された物語”を見せてくれた金の神の”英雄”であるイヴとミグシスに”英雄のご褒美”を与えねばならないとスクイレル達に告げた。
銀の神の”英雄”であるライトの話……”片頭痛”を神は治せなかったと聞いていたスクイレル達は、1月に金の神を捕獲したときにも尋ねたことを6月にも念のため、もう一度、金の神に尋ねたが、やはり金の神も”片頭痛”や”腹痛”や”蕁麻疹”等の病気は魔法も超能力もない世界では根治させることが出来ないと告げたので、スクイレル達はイヴが片頭痛の根治以外で何を望むのかはわからなかったが、イヴとずっと一緒に暮らしてきた経験上、イヴの神様への願いは、他者を苦しめる願いではけしてないはずだと確信していたし、ミグシスが神様に望むことは十中八九、イヴとの幸せな結婚生活についてのことだと、簡単に予想がついていた。
だからスクイレル達は、イヴ達に本当に神様が二人の願いを叶えてくれるとは言わないままでいようと決めて、それを尋ねる役目をマクサルトに託した。何故ならスクイレル達が普段イヴに、何か贈り物をしようと思って尋ねても、謙虚なイヴは中々望みを言ってくれないので、他人であるマクサルトの問いになら、素直に言ってくれるのではないかと思ったからだった。……ちなみにミグシスの望みはいつだって、イヴのそばにいることのみだったので、ミグシスに関しては考慮されていなかった。
スクイレル達が確信していた通りイヴの願いは、結婚を控えた女性がよく考えそうな望みで、優しい性格のイヴらしい、素敵な願い事だった。……でも、イヴ達の前世の言葉で、『風が吹けば桶屋が儲かる』もしくは『一匹の蝶の羽ばたきにより、異国で竜巻が起こる』……等と表現される言葉のように、イヴの願いは非常に彼女らしい、他者を苦しめるような願いではけしてなかったのだが、その願いを叶えようとしたのが、”英雄のご褒美”を最優先で叶えようと意気込む5人の神達だったことにより、イヴの願い事がイヴのいないへディック国の名前なき者達に大打撃を与えることとなった。




