冷やしトゥセェック麺と二つ目の依頼(後編)
「さっき聞こえてきた……病気の根治と不老不死と時間を遡る以外で、もしも神様が願いを一つ叶えてくれるなら何を願うかという例え話で皆、お金や権力や欲しい物が沢山あると次々口にされていて、ただの例え話に真剣に悩まれて答えられていたのが、とても面白かったですね。……ちなみにイヴさんとミグシスさんは今、一番欲しい物か、神様に叶えて欲しい願い事はありますか?ああ、お鍋とかお揃いのマグカップとかじゃなくて、もっともっと高価な物でも余裕で大丈夫だと思いますよ」
店内の客達が話す話題と同じ話題に便乗する形で自然を装い、イヴとミグシスにその質問をしたマクサルトは、その質問の意味は、二人の結婚祝いをイヴの家族達が内緒で用意するためのものだと思いこんでいたために、言葉の語尾に自分の意見を添えてしまったことで、イヴにその質問はただの世間話ではないと勘付かせてしまったのだ。
(え?お鍋?もっと高価な物?あっ!もしかして……)
イヴはマクサルトが、その話題に便乗する形でその質問をせねばならない理由は何だろうかと考えて、すぐに一つの可能性に思い当たった。
(そうだわ!マクサルトさんはセデスさんが興した商会の商人なんだった……。6頭立ての馬車の説明に違和感や嘘を感じなかったから、マクサルトさんの事情は本当の事だと思うけど、もしかしたらマクサルトさんは……)
マクサルトがスクイレル商会と契約している商人だったことで、イヴはそれを確信し、マクサルトにもミグシスにも気付かれないように心の中だけで、フゥ~とため息をついた後、イヴは気づいていないふりをしたまま、その話題に乗ることにした。
(何て言えばいいのかなぁ?結婚祝いで欲しい物でしょう?私が結婚祝いで欲しいのは、使い勝手が良いお鍋とか、ミグシスとお揃いの物なんだけどなぁ。……それじゃあ、ダメなのね、きっと。だってマクサルトさんは神様に願うものと、わざわざ念押しで言わされているのだもの。……容易く手に入る物を言ったら、また皆を落ちこませて、あの時みたいに変な方向に皆が暴走してしまうかもしれないものね……)
イヴはマクサルトと同じように、この質問はグラン達がイヴとミグシスの結婚祝いをイヴ達に内緒で用意するために、マクサルトに尋ねさせているのだと勘違いをしてしまった。
(だって、もしもの例え話に、病気の完治や不老不死を除外なんて言うはずがないもの。結婚祝いの贈り物を内緒で用意しようとしてくれているんだから、私も気づかないふりをしてなくちゃ)
ミグシスとマクサルトが微笑ましげに、イヴが神様に叶えて欲しい願い事はなんだろう?と見守る中、イヴは何を望めば、皆を落ち込ませずに暴走させないですむだろうかと真剣に悩むこととなった。
イヴは覚えていないけれど、イブが2才の誕生日の贈り物に望んだのは、図書室の本を読む許可だったらしい。3才の時はノーイエに高い高いをしてもらうこと、4才の時は頭痛を抑えるためのハチマキをイヴは欲しがった。
「うちはお金持ちだから、もっといっぱい高価な物を強請ったっていいんだよ、イヴリン?何か欲しい物があれば、すぐにセデスやマーサが用意してくれる。宝石だってドレスだって何でも欲しいだけイヴリンにあげるから、何でも欲しい物を言ってごらん?」
昔イヴの父のグランは、『私は、お金持ちだから(今のグラン達は、もっともっと、お金持ちである)望めば何でもあげるよ』と、いつもイヴに言ってくれたが、イヴは物よりもグランやセデスやマーサ達と一緒にいられて健康なのが一番だから、他にはいらないと言った。
そんなイヴに対して彼等は、イヴが優しくて良い子なのはいいが、あまりにも物欲がなくて贈り物をする張り合いがなくて、何だか切なくなると落ち込み、イヴを何とかもっと喜ばせたいと考えるようになり、……やがて彼等のイヴを喜ばせる方法が、段々と暴走するようになっていったのだ。
4才のときの忍者ごっこを、確かにイヴは喜んだ。大きなお屋敷を忍者になって、探検したのは楽しかった。だからといって……リン村に移ってからグランやセデス達はイヴが他の子と遊べるようにと、国中の子ども達に忍者体操を広めた結果、バッファー国中の子ども達が、この学院の平民クラスのクラスメイト達みたいに、皆が忍者っぽくなってしまったと知って、イヴは驚いてしまったことがあったし、グランの友人だというトゥセェック国のお爺さん達やアンジュのケンカ友達だというバーケックの親戚のルナティーヌさんが、イヴが自分の国に遊びに来たときに、そのごっこ遊びが出来るようにと言って、二つの国にも忍者体操を広めたせいで、その二国も忍者っぽくなったと聞かされたときは、さらにイヴは驚きすぎてしまったのだ。
それにイヴがリン村の子ども達に、女の子にしては短い髪やハチマキ姿をからかわれたときは、グランやセデス達はイヴがからかわれないようにと、国中の人達に多種多様な洋服を着せる文化を流行らせて、イヴの短い髪型やハチマキを普通のお洒落の一つとして、3つの国に浸透させたと聞いたときは、驚きすぎで目を大きく見開かせてしまい、目が乾燥してしまったし、おまけに乗り物酔いをしやすいイヴが、大人になったときにどんな馬車にでも乗れるようにと、3つの国中の馬車全てを安全帯が着いたものにしたからねと嬉しそうに報告されたときは、イヴは腰が抜けそうになった。
グラン達がイヴのためにと考えて動くと、いつも3つの国中に影響を及ぼして、国中の人達を巻き込んでしまう。イヴの前世は極々普通の日本人だったので、どれだけ見た目が妖精や天使に例えられようと、イヴの中身は極々普通の一般的な平民女性だったから、イヴはその影響力に戸惑い、驚異を感じ、次第に父達の溺愛の暴走を恐れるようになっていき、……そして極めつけはイヴが12才で、薬草医の資格試験に合格したときだった。グラン達が何かお祝いをと言った際、家族の祝う言葉だけで充分嬉しいから、祝いの贈り物はいらないとイヴは言ったのだが……。
「「「ご立派です!イヴ様!!何て慎ましく、誠実な御言葉!さすがです!なんていじらしい!これは盛大に祝いをせねばなりませんね!」」」
「そうですよ、お嬢様!お嬢様は片頭痛を抱えながらも、自活するために薬草医になることを決めた、すごい女性です!私はお嬢様に一生、ついていきます!そのために私も薬草医になったんです!例えお嬢様がどこにいて何をしようと、絶対!何が何でも、一生、永遠にミーナはお嬢様のそばにいますからね!」
「うっうっ、うっ!私のイヴちゃんが良い子すぎて泣けてきますわ、私……!ああ、どうしましょう、旦那様!こんなに良い子で真面目で可愛くって、努力家で慎ましい天使って、他にいませんよ!誰かに狙われたらどうしましょう!?……あら?よく見れば、イヴちゃんいつの間にか体型が……私そっくりになっていない?あれ?いつの間に……?何この、ボン・キュ・ボンな超絶可愛い美少女ロリ顔グラビアアイドルな感じの魅力的な体?ギャー!大変よ、旦那様!!うちのイヴちゃんが、エロ可愛い小悪魔ボディの最強萌え天使になっているわ!!大変、世の変態どもに狙われる-!!どうしましょう?と、取りあえず片っ端から、もいで……」
……等とアンジュとスクイレルの皆が騒ぎだし、イヴが落ち着くように言っても聞かず、そのまま家を飛び出していって、何日かして沢山のお土産を手にし、帰ってきたアンジュ達に、イヴの薬草医の資格試験の合格祝いに補正下着と……ついでに国中、いや3つの国と新たに別の隣国にまで足を伸ばして、性犯罪者集団を一掃してきたから安心して外を歩けるよ、と満足げに言われたイヴは、驚きのあまりに目眩を起こして倒れてしまったことがあったのだ。
……あれ以来、イヴは何か祝いがしたいとスクイレルの皆に言われた時は、なるべく家族達が暴走せずに達成感を感じることが出来る、目に見える贈り物を素直にもらう方が良いと判断し、……それでもあまり無駄なお金を掛けてほしくないと思ってしまう自分の気持ちも考慮して……少々値が張って、それを調達するのに時間と労力がかかるが、とても実用性があるもの……例えば色とりどりの材質が異なる刺繍糸とか、珍しい異国の薬草一式等をもらうことにしていた。
スクイレルの保護者達に暴走をさせないで苦労をしたかいがあるという達成感を与えることが出来て、イヴも心を痛めることなく、もらって素直に嬉しい贈り物を毎回苦労して考え出していたイヴは、とにかく今回もグラン達が暴走せずに達成感を感じることが出来る結婚祝いの品物を考えつかねばと、しばし頭を悩ませた。
(……あっ!そうだ!良いこと思いついた!)
イヴはマクサルトの口から出た、聞き慣れない単語を耳にしたことで、今まで久しく思い出すことはなかった懐かしい人物を思い出し、その人を望むことにしようと思いついた。
(3月まで、まだ約9ヶ月あるもの……。これなら父様達やセデスさん達はいつもよりも少し苦労をするだろうけど暴走することはないだろうし、すごく手間と労力とお金がかかるから、皆の達成感や満足感はいつもよりも多く得られるはずだわ。9ヶ月も先なら、相手の方の予定に迷惑は掛からないはず……だよね?……それに、これが叶えられたらミグシスは、きっと大喜びするに違いないわ!父様だって皆だって、久しぶりに会えて嬉しいはずよ!)
その願い事を叶えるのはグラン達だと思い、イヴはそれを願いだと口にしたが、その願いを聴いて、7月に入って二日目に、へディック国で暗躍を始めたのは、”英雄のご褒美”を”英雄”に与える決まりになっていた神様達だった。




