冷やしトゥセェック麺と二つ目の依頼(中編)
「イヴ様、コップが空になっていますね。お代わりを汲んできます。ついでに豆乳も、もらってきましょうね」
イヴとミグシスが婚約して以来、二人の相思相愛の様子を見守ってきたノーイエは、二人のいちゃラブに動じることなく、イヴの空になったコップに冷水のお代わりを入れてくると言って席を立った。マクサルトは面食らったような顔をして、目の前に座る恋人達を眺めていたが、一連のことが収まると、あはは!と大声で笑った。
「あははは!ああ、可笑しい!いや~、失礼しました。……なんというか、あまりのバカップルっぷりに、つい。ああ、”バカップル”という言葉は、へディック国特有の古い言い回しだから、この国の人には意味が分かりませんよね……え~と、確か類義語が……そう!いちゃラブカップルだ!その、いちゃラブカップルっぷりが、あまりに人間臭くって!
実はね、二人とも、まるで神代の国の人のように美しいでしょう?だから少しだけ私は緊張をしてしまっていたんですが、二人の様子を見ていたら、ああ、何だ、ただのいちゃラブカップルじゃないかと、しみじみ思ってしまって、気が抜けたら何だか笑いがこみ上げてきてしまって……。ああ、本当によくお似合いの相思相愛のいちゃラブカップルですね!」
「え?いや~、そう言われると照れますね!エヘヘ」
「私も、恥ずかしいです……」
マクサルトの言葉に照れるミグシスとイヴを微笑ましげに見た後、マクサルトは店内に視線を移した。黒髪の美丈夫による威嚇から解き放たれ、美男美女のいちゃラブカップルによる極甘攻撃に疲弊感を漂わせながらも、食事を再開させはじめた店内にいる客達の様子を眺め、イヴと同じように辛さで涙を浮かべる者が何人かいるのを見つけ、二人にそれを教えた。イヴとミグシスはマクサルトの言葉に店内を見渡し、本当ですねと相づち、微笑みあった。威嚇から一気に解き放たれた開放感からか、客達は気が緩み、先ほどのミグシスの言葉が聞こえたらしい者が大声で話し始めた。
「お前、神様が一つ何でも願いを叶えてくれるって言ったら、何を願う?」
マクサルト達は声がする方に顔を向けたが、店内には人が多く、どのテーブルの者がそれを言っているのかは、わからなかった。
「えっ、そりゃ、今、絶賛恋人募集中の俺としては、顔が別嬪で体型が良くて、可愛い性格の恋人を……って、あれ?なんか、ゾクゾクとまた寒気が?……っと、危ない危ない!今の無し!無し無し!えっと、え~~~と、そう、大金持ち!大金持ちになりたいと願いますから、もう黒の魔王様お許しを!……ハァ~、助かったぁ~!もうやだ、本当に怖い、あの子。威嚇、ハンパなくない?……と、そう言うお前は何を願うんだ?」
「俺は……。ああ、でも神様に願いを叶えてもらおうと思ったら、神様のために働かなきゃいけないからなぁ。どんなことをさせられるか、わからないから、俺はいいや」
「お前は真面目だなぁ。ただの例え話だろ、こんなの。神様のためにすでに働いたって前提で、願いを言ってみろよ。何かないのか?欲しい物とか、やりたいこととか、何か神様に叶えてほしい夢とかないのか?こんなの例え話なんだから、心の内を正直に言えばいいんだよ!
だって相手は神様なんだぜ!まぁ、病気の根治とか不老不死とか、時間を遡って歴史を変えることとかは、この世界では出来ないらしいけど、金銀財宝やハーレムや王様になりたいって夢ならば、余裕で簡単に叶えてくれるだろうよ!」
「ああ、それなら俺は……」
大きな声で交わされる、その会話につられ、他のテーブルの客達も、同じような会話のやり取りをし出し、やがてイヴ達も、その話題について、話をし出した。
それをイヴが言うと、ミグシスが感極まったように涙ぐみ、イヴの両手をヒシッ!と掴んだ。
「イヴ、ありがとう!大好きだよ!愛してる!そんなことを願ってくれるなんて、俺、幸せすぎるよ。俺、イヴと一生イチャイチャしていたいと願っていたけど、それは自力で叶えるから、俺の願い事も、それにするよ!本当にありがとう、イヴ、愛してる!」
ミグシスはここが店内だということをついに忘れ、イヴをギュッと抱きしめたのでイヴは慌てて、ここはお店ですよと言いながら、ミグシスに冷静さを取り戻すようにと声をかけた。マクサルトはそんな二人に笑いながら、ミグシスに言った。
「アハハ……、ミグシスさんは幸せ者ですね!こんな優しい娘さんなんて世界中探しても、そうそういませんよ。世界中の男達が憧れて止まない、理想の花嫁さんだ!大事にしないといけませんよ!」
「はい、マクサルトさん!俺、一生イヴを大事にします!他の男がどれだけ憧れても、イヴは俺の花嫁さんだから絶対奪われないように愛し守り抜きます!絶対、一生いいえ、未来永劫、離れません!ああ、本当に好きだ!イヴ!!」
マクサルトがミグシスを煽ったせいで、さらにキュッと抱きしめられてしまったイヴは、ポンポンとミグシスの背を軽く叩き、抱っこの力が強すぎますよ……とミグシスを諫めた。それを笑顔で見ていたマクサルトはイヴに言った。
「願いが叶うといいですね、イヴさん」
「ありがとうございます、マクサルトさん。私もそうなったらいいなぁと、思っています。だってミグシスは、私の大事な家族になる人ですもの!」
「イヴ!なんて嬉しくて可愛いことを!可愛いことばかり言って、俺をどうしたいの?そんなことを言われたら俺、もう我慢できないよ!ああ、早く結婚したい!結婚して、俺が幸せだって所を見せつけたいな!」
「私も早くミグシスと結婚できたらいいのになぁと思っています!」
イヴとミグシスが見つめ合っているのをマクサルトが微笑ましそうに笑っているところに、ノーイエが席に戻ってきた。マクサルトはノーイエに目配せをして、マクサルトが無事にイヴ達に気づかれずに、二つ目の依頼を達成できたと伝えた。
マクサルトが頼まれたことは二つ。一つ目はイヴとミグシスをスクイレル会長達の意図に気づかせずに、6頭立ての馬車に乗せること。そして二つ目はイヴ達の願い事を聞き出すことだった。マクサルトは、この二つ目の依頼内容に初め、首をかしげ、変な依頼だなと正直思っていた。
(何て変なことを知りたがるんだろう?神様に叶えて欲しい願い事だなんて、知ってどうするんだ?そんなもの聞き出したって、実際神様じゃないと叶えられないだろうに……?いや、待てよ。もし、その娘達が金銀財宝を望んだとしてもスクイレル商会の会長をしている彼ならそれが叶えられるだろうし、もし娘達が高い身分を……貴族位を望んでも、3つの国の王達から慕われている父親を持つ娘なら、それを叶えることも容易なのではないか?……そう考えると本当に神様と変わらないくらいにどんな願い事でも叶えられるんじゃないか?)
そこまで考えて冷や汗を流すマクサルトに会長は、病気の根治とか不老不死とか時間を遡って歴史を変えることとかは出来ないらしいから、それ以外の願い事を聞き出してくれと言ったので、マクサルトは自分の予想は間違っていないと確信した。
(やっぱり自分達で、願い事を叶える気なんだな。そりゃそうだよな。病気の根治や不老不死なんて、本当の神様でないと叶えられるわけがない。6頭立ての馬車といい、二つ目の依頼といい、ちょっと過保護というか、溺愛が過ぎるんじゃないか?ああ、こんなに過保護にされて、育ったお嬢様の相手をするのかぁ……。ハァ~、憂鬱だなぁ)
そう思ったマクサルトは気が滅入る自分を意識しつつも、高給に目がくらんでそれを引き受けたのだが、実際にイヴとミグシスに会って、ようやく二つ目の依頼をした、会長の真意に気づいた。
(ああ、何だ、そういうことか……。会長やイヴさん達の家族は二人の結婚祝いを内緒で用意したかったのか)
イヴが16才になったら、すぐに結婚するのだと打ち合わせで嬉しげに話すミグシスや、彼を慕う姿がとても可愛らしいイヴを見て、マクサルトは、そう思い、……そう思ったからこそ、ある失敗をしでかしたのだが、マクサルトもミグシスもノーイエも、後でイヴの願い事を聞いたスクイレル達も……二つ目の依頼の本当の依頼者もそれに気づかなかったので、マクサルトが失敗したと言う事実は、……イヴ一人の胸の内だけに秘められることとなった。




