イヴの快適な旅の出だしとゴレーの新薬(中編)
ゴレーがヒィー男爵領で、その奇妙な形の薬草を見つけたきっかけは、10年前にへディック国を襲った流行病だった。10年前、ゴレーは親兄弟が亡くなったとの知らせを受けて侯爵家を継ぐべく、リン村に来たイヴ達と入れ違いで、へディック国へと戻る旅に出て、へディック国に着いたのは、イヴが5才の誕生日を迎えて、約二ヶ月半が経ったころだった。国に戻ったゴレーは自分の親兄弟ばかりではなく、へディック国中の多くの者達が、流行病で命を落としていたという事実に驚愕した。
生き残った者達の話では、春の季節になり、暖かくなったからか死ぬ者が減り、皆、快方に向かっていると聞いて、流行病の終息を知ったが、ゴレーは今後、その流行病がまた襲って来ては困ると思い、侯爵家の仕事よりも、医師としての使命感に燃え、その流行病の正体や、いざ流行ったときに対処出来るようにすべきだと考え、流行病の原因や症状、治療法がないかと国中を駆けずり回って探すことにした。
ゴレーが生き残った者達に聞き取り調査をした結果、その流行病は発熱を伴い、咳やくしゃみが出て、悪寒や倦怠感等々……の症状が出ていたことが判明した。その症状は非常に風邪によく似ている症状だったのでへディック国の医師達は、この冬に多くの命を奪った今回の流行病は、風邪の病だと信じ切っていたが、バッファー国で医学留学していたゴレーは、風邪の病ではないのではないかと疑いを持った。何故ならば風邪の病に関しては、いくつかの薬がすでに存在していたが、それらは少しも役には立っていなかったからだ。
……もしも、この世界が……、イヴ達の前世の世界と同じぐらい医学が進歩していれば、その流行病はインフルエンザだとゴレーも他の医師達も知ることが出来ていただろう。インフルエンザは風邪の症状と非常によく似ていて、流行る時期は冬だということ(イヴ達がへディック国を出たのは1月)や病気の原因であるウイルスが、風邪とインフルエンザでは異なるということや、インフルエンザの治療法や、その予防の方法も、前世の世界ならば判明している流行病だったので、ここまで死者が出ることはなかっただろう。
でも……、ここは熱を伴わない体の不調は一部例外を除き、全て”気のせい”として、病気とは認めないほど、医学が進歩していない世界だったので、ゴレーがいくら国中を駆けずり回っても、へディック国を襲った流行病の正体にはたどり着くことが出来なかった。その後、ゴレーはバッファーで得た風邪予防の知識……うがいや手洗いの徹底、咳が出る者には口覆いをさせる等の予防の方法を伝授し、それ以降、多くの死者を出した流行病が流行ることはなかったが、ゴレーは失意の気持ちを抱いたままだった。
失意に沈みながらも、それでも諦めきれずに、それ以降もゴレーは、変わった草や見慣れない草があるという噂を聞く度に、そこに出向く日々を続けていて見つけたのが、ヒィー男爵領に自生する、あの奇妙な形の草だった。その後、その薬草の花の部分の成分と、バッファーで開発途中だった鎮痛剤の成分が、とても似ている成分だと分かり、これを合成させたところ、今イヴが治験を受けている”鎮痛剤”となったのだ。
「何ですの?この気持ち悪い形の草は?これも薬草ですの?」
「本当にピュアの言う通りですね。どっちの薬草も変な形ですし、色合いも……あまり」
「ウゲェ~!何か、ものすっごく不味そうな色~!」
「二種とも鎮痛剤の主材料の、あの変な形の薬草に負けず劣らずの珍妙な形の草ですね。これ、イヴ様……イヴちゃんの何のお薬なんですか?」
変な形や色合いをしていると不評を述べる皆を見て、苦笑しながらゴレーは言った。
「これを初めて見た人は皆一様に顔をしかめるんですが、その効果を聞くと目を丸くして大きく驚かれるほどに、この薬草は素晴らしい代物なのですよ。これはですね、5月始めに私が見つけた新種の薬草なんです。以前私が見つけた薬草は、まるで……人間の脳や心臓や脊髄や血管や腸のような形で、私の師のセロトーニとリン村の薬草医達が検査した結果、その薬草の、人の臓器と同じ形の各部位が、その臓器の治療に使えると判明し、鎮痛剤が昨年完成したでしょう?ですから私は、これら二種を見つけた時にも、この草達もひょっとしたら……という予感めいたものを感じたのですよ。だって、これら二種の草はそれぞれが、まるで男女の生殖器にそっくりの形だったのですから。
で、早速こちらの女性器の形の草を先に検査したところ、やはり新種の薬草だとわかり、女性の女の子の日の前に出てくる、様々な不快症状……例えば胸のむかつきや吐き気、便秘や下痢等の症状を格段に和らげる作用があると判明したんです!大急ぎで既存の薬との調合研究や検査、実験を行い、やっと出来上がったので、今日持参したんですよ。イヴさんが夏休みに入る前に間に合って本当に良かったです!」
ゴレーの言葉にイヴは驚いて、目を丸くし、しっかとゴレーの姿を凝視した。ゴレーはイヴと4月に会った時よりも、ウンと日焼けをしていて、4月の時にはなかった、顔の目の下にある黒ずんだ隈や、前に会ったときよりも体が二回りほど小さく痩せこけている体や、4月に会った時よりも大きく赤く腫れている指のペンだこや、薬草で緑色に染まっている指先を見てから、丁寧に一回分ずつ個装されている薬に視線を移した。
「ゴレー先生、もしかして、これ、私のために……ですか?そんな姿に変わるほど、研究をしてくださっていたのですか?」
ゴレーは透き通るような青い目を潤ませ出したイヴに苦笑し、照れ隠しに頭を掻きながら言った。
「ハハハ……確かに3月の入学前検診の問診時にスクイレルさんから、女の子の日の体調不良の話を伺ったことがきっかけなのは間違いないですが、何もスクイレルさんのためだけにしたことではないのですよ。他にもスクイレルさんと同じ症状で苦しむ女性が多くいましたから、何とかならないかと既存の薬草で作り直してみようと以前から実験を繰り返してしていたんです。
でも、どれもこれも重症な女性には効果がない薬しか作れなかったから、どうすれば良いのかと悩んでいたところ、4月に入って直ぐ、城に現れたミグシス君が私を担いで、イヴさんの元に連れてきてくれたことがあったでしょう?あの時にスクイレルさんの女の子の日の状態をこの目で実際に見て、ミグシス君ほどじゃないけれど、私も相当強く動揺し、衝撃を受けてしまったのです。ああ、これは性急に何とかしなきゃいけないと思い、新しい薬となる薬草を探すことにしたんですよ。
ああ、泣かないで下さい!これはスクイレルさんのためだけにしたことではないんですよ!私は以前にも話したと思いますが、医者の願いは病を治すことなんです!病を治すためなら、どんな苦労だって苦労ではないんですから!多くの女性の苦しみが、新種の薬草が今回発見されたことで、軽減されることになるのですから、スクイレルさんが、そんなに気に病む必要はないんですよ」
泣かないで、と目尻の皺を深くさせて微笑むゴレーの言葉は、ゴレーの優しい人柄や、ゴレーの医師としての心に感じ入っていたイヴに取っては逆効果だった。イヴは唇を震わせ、礼の言葉を述べた。
「ゴレー先生、本当に……ありがとうございます。本当に感謝してもしきれないほど、私は深く……深く、ゴレー先生に感謝しています。ゴレー先生はトゥセェック国の城で、宮廷医師達の医師長を勤められていると伺っています。なのに私の体を心配し、あるかどうかもわからない薬草を探そうとされるなんて!
忙しい中、薬草を探すのも大変だったでしょうに、こんなに日に焼けて、こんなにお痩せになって、こんなにも目の下に隈を作られて、こんなにも……。こんなにも素晴らしいお薬を作って下さるなんて!なんて……なんて、お優しいんでしょう!ありがとうございます!私は良いお医者様に出会えて幸せです!ゴレー先生、本当にありがとうございました!」
イヴは深く頭を下げてゴレーに礼を言った。深く頭を下げたままのイヴの涙はポタポタと床に落ち、小さな水たまりを作っていった。




