イヴの快適な旅の出だしとゴレーの新薬(前編)
バッファーに住んでいた頃、片頭痛持ちのイヴやグランやライトにとって、鎮痛剤が出来る前までの毎年の暑い夏の季節である6月、7月、8月の三ヶ月間は汗疹で苦しむ女性達以上に物凄く辛くて苦しい、悪夢のような三ヶ月を過ごさねばならなかった。何故ならば、夏特有のギラギラと照り着くような太陽の光や、うだるような暑さが片頭痛持ちの三人に連日と言っていいほど襲いかかり、徹底的に三人を苛んでいたからだ。額に巻くハチマキも役には立たず、濡れた手布を額に置き、毎日暑さと痛みと闘う日々を過ごし、夏の季節の悪夢のような三ヶ月間は、三人は外に出られず、毎年の夏の季節をずっと家の中で堪え忍び、寝込む日々を送っていた。
だが去年鎮痛剤の治験が始まり、去年の夏に初めて三人は、今まで生きてきた中で一番快適な夏の三ヶ月間を過ごすことが出来た。三人は早朝から午前9時までと夕方5時以降ならば、外出が出来るようになり、日中は今まで同様、家からはあまり出ることは出来なかったが、それでも寝込む回数が激減したので三人と、三人の家族や仲間達は大喜びした。
グランはロキとソニーの早朝のカブトムシ探しに、初めて付き合うことが出来、息子達との夏の外遊びを堪能したし、イヴはミーナに手を引かれ、蛍を見に行くことが出来た。(ちなみにライトは他のスクイレルの大人達と、こっそり早朝のグランや夕方のイヴの様子を覗きに行き、皆で二人の楽しそうな様子を見守りながら、喜びの涙を皆と共に流していた)
グランとライトは去年の治験では、その年の一年間に発症した片頭痛の8割を鎮痛剤で抑えることに成功していたが、イヴは女性の女の子の日の不調が毎月あったために、グラン達に比べ、体調を崩すことが多く、去年の治験での鎮痛剤の服用では5割以下の成功率でしか片頭痛の痛みを抑えることが出来なかった。それでも治験が始まる前の、何の薬もない時と比べると5割を切っていても、片頭痛を抑えられているという事実は、イヴにとって、とても大事な事であり、有り難いことだった。
なので今年治験二年目のイヴは、バーケックに行く旅の間に、時と場所と都合を考慮してくれない片頭痛の襲来に備えて、当然のように鎮痛剤やら片頭痛予防薬やらの沢山の薬を処方して旅立ったのだが、7月に入ってからの一週間、イヴは片頭痛に襲われることが一度もないまま、旅を続けることが出来ていた。何事もなく旅が出来ることをイヴは、とても嬉しく思ったし、大喜びもしたが何故、今年の夏は片頭痛が起きないのだろうかと不思議に思っていた。
「こんなにも痛みに襲われることのない、快適な7月を過ごせるのは初めてかも知れません。とても嬉しいし、幸せですが、どうして今年の夏だけ片頭痛の痛みが訪れないのでしょう?」
イヴは馬車に揺られながら、隣にいるミグシスに話しかける。
「う~ん、どうしてだろうね。グラン様が処方した片頭痛予防薬が効力を発揮してきたのかな?アイが教えてくれた片頭痛予防体操が効力を発揮してくれたのかな?セロトーニ先生が考案した頭痛予防指圧が効いたのかな?それともヒジキや豆製品をよく摂っているのが良かったのかなぁ?」
「フゥ……困りましたね。私は片頭痛の予防になるならと、色々なことを取り入れて実践してきたせいで、今回その内のどれが効果があったのかがわからないです。治験の期間が終了したら、今度はそれらを一つずつ試してみて、何がどれだけ効果があるのかを調べないといけませんね……」
イヴは幼き日にアイから教えられていた片頭痛の知識や、ライトから聞いた予防出来る食品や、イヴとの出会いでセロトーニが新たに考案したマッサージや、リン村のバッファー国立薬草研究所でグランが研究員達と開発した片頭痛予防薬等々の、ありとあらゆる片頭痛予防の対策を取っていたために、これらの何が、イヴの片頭痛予防に効果があったのかが、わからなかった。ミグシスは、しきりに不思議だと首を傾げるイヴに、優しげに目元を細めて微笑みかけた。
「うん、治験が終わるころに俺達は結婚をするから、その時は夫婦二人で一緒に、一つずつ確かめていこう。それにしても今のイヴが元気なままなのが、俺はものすごく嬉しいな。7月に入って、一度も片頭痛がなくて、本当に良かったね、イヴ。それに今月のイヴの女の子の日の症状も軽いままで終わったし、今月のイヴが苦しまないでいられて、俺は本当に嬉しいよ」
イヴとミグシスは馬車の小窓を開けていた。心地よい風が馬車の中に入ってくる。今の二人は夏の暑さのを考慮し、手を恋人つなぎにはせず、お互いの指や手をからめては放し、またからめてみたり、頬や手や指を撫でたり、つつき合ったりして手指遊びをしながら、恋人との会話を楽しんでいた。
ミグシスはイヴの7月の女の子の日の症状が、今までで見てきたイヴの女の子の日に起きる症状の中で一番、症状が軽いものだったことをイヴ以上に喜んでいた。イヴが辛い目に遭わなくて良かった、イヴが苦しまないで本当に良かったと無邪気に喜ぶミグシスに、イヴはミグシスを好きになって本当に良かったと密かに思った。
「私、片頭痛のことはどうして痛みが起きないのかわかりませんが、女の子の日のことはわかります!あれはゴレー先生のおかげなんです。ゴレー先生が若先生の代理で学院に来られた時に、私に女の子の日の不快症状を緩和する新薬をくださったんです!あの新薬が効いたのですよ、きっと!」
イヴは7月に旅立った初日の午後から女の子の日になったのにもかかわらず、いつもの不快症状が、軽度の眠たがりなものしか現れず、その他の体調不良もないまま、女の子の日を終えることが出来たのは、ゴレーのおかげだと嬉しそうにミグシスに言った。
「そうだったね、イヴ。確かゴレー先生がイヴに薬を渡してくださったのは、イヴが保健室の先生をする初日だったかな?俺は平民クラスの剣術の授業があったからゴレー先生には会えなかったけど、その日の夕方イヴがゴレー先生の話をしてくれたことを覚えているよ」
イヴとミグシスは馬車に揺られながら、6月後半の二週間の初日にゴレーが訪れた日のことを思いだしていた。
保健室の先生代理になったイヴは、イヴが補正下着を止めてから、イヴにくっついて行動するようになったリーナや、リーナの母親と、イヴが寂しくないようにと、いつも傍にいてくれるようになったピュアとジェレミーと一緒に保健室の掃除を手分けしていると、扉がノックされて、ゴレーが入ってきた。
「失礼しますよ。今日から校医代理で、こちらに来ることになったゴレーです。これからよろしくお願いしますね。後、綿花の補充を持って来ましたよ」
「ありがとうございます、ゴレー先生!こんにちは!今日からよろしくお願いします!」
イヴはお辞儀をしてから、ゴレーから綿花を受け取った。
「はい、よろしく。ああ、今日は顔色が良さそうだね。スクイレルさんの元気な姿を初めて見ます。なんて良い顔色だろう!君の元気な姿を見ることが出来て、私はとても嬉しいです。……そうだ、スクイレルさんは、7月からバーケックに行くんでしたよね?旅の準備は進んでいますか?」
「はい、荷造りの方は、私が体調の良いときに二人でしています。宿の手配や馬車に荷を積む手配はミグシスが段取りを引き受けてくれましたので、旅の準備は順調に進んでいます」
イヴが嬉しそうに、そう言うのを柔やかに聞いていたゴレーは、持っていた黒い鞄から茶色い紙袋を取り出して、イヴに差し出した。
「これ、私が処方した新薬なんだけど、良かったら飲んでみませんか?」
「これは……?」
中に入っていたのは粉薬で、ゴレーは新薬の材料となった新種の薬草も持って来ていると言って、テーブルの上に変わった形の薬草を置き、その横に、こちらの薬草も同じ場所で見つけた新種の薬草なんですと言って、二種の薬草を並べて置いた。二人の会話を聞いていた皆が、新種の薬草に興味津々でそれを見るためにテーブルの元にやってきたが、その新種の二種の薬草を見た途端……皆は一様に顔をしかめた。




