シーノン公爵夫人に起きた奇跡④
俺の今際の際の渾身の冗談に、娘はボロボロ泣きながら笑った。
『そんなの来世も父さん達の娘に生まれなきゃあ、確かめられないじゃない!!それに父さんは簡単に母さんの痛みを引き受けるって言うけど、女性の生理痛や出産はすっごく大変なのよ!ヘタレな父さんが母さんみたいに耐えられるとは思えないわ!それとは逆にね、絶対に母さんは父さんよりも超イケメンでね、でもって、父さんとは違ってね、母さんは運命の人としか、そういうことはしないのよ!』
『おう!絶対確かめに俺達の娘に生まれてこい!それとお前は男をわかってないなぁ……、若い男の性欲を侮るなよ。あのな、男は下半身に別の生き物がいるんだぞって、……おいおい、病人をグーでどつくな!!!イデッ、冗談だって!それに言っておくが俺だって、母さんと出会ってからは母さん一筋だし、浮気だってしたことないんだからな!』
すみません、わかってないの俺でした!!俺が最期に、あんなことを言ったからだ……。
彼女は男に生まれてきて、娘の予想通りの男になった。俺は女に生まれて、彼女の受けた痛みを引き受けた。そして律儀にアイは、それを確かめるために、また俺達の娘に生まれてきてくれたんだ!
次の日、目を覚ましたイヴリンに、恐る恐る探りをそれとなく入れてみたが、イヴリンは夜中に自分が言ったことは、何も覚えていなかったし、前世の世界の事は何も知らなかった。ただ、母様に会えたと無邪気に喜ぶ娘に俺は罪悪感が半端なかった。執事の説明ではアイというのは寂しさを抱えたイヴリンの心の中の友達だということだった。
アイは、健気な努力家で優しくイヴリンを励ましている、最高のイヴリンの心の友だと、淡々と説明された。……全く家に寄りつかず、社交ばかりで親子の触れあいをしない俺に対して、若干執事の視線が刺さるようなのは、多分気のせいではないのだろう……。久しぶりに会話を交わしたシーノン公爵は、普段通りの安定の眉間の皺だった。
『もしかしてあなた、頭が痛いんじゃあ、なくって?』
『あ、ああ。よくわかったな。でも頭痛は病気じゃないらしいからな。君に不愉快な思いをさせてすまないな』
眉間の皺を指で伸ばして不器用に笑顔を作るシーノン公爵に、俺はクルリと背を向けた。
『……べ、別に不愉快なんて思っておりませんわ。頭が痛いならお仕事をお休みになられてはいかが?』
『いや、頭痛は病気じゃないから、休まないさ』
あなたは、ホント真面目すぎる!仮病で休む貴族なんて腐るほどいるっていうのに!!……前世と全く変わらないんだから!!あなたは、彼女……俺の愛する彼女だった!イヴリンは娘……俺達の愛するアイだった!
俺、今世でのイヴリンの成長見てなかった……。首がいつすわったか、いつ寝返りが打てるようになったか今世でも見逃してしまったんだ。前世でも仕事で見ることが出来なかったのに……。落ち込む俺に気づかないでシーノン公爵は、公爵邸に迎える養子が決まったといい、その名前を口にした時、俺はもう一つの事実に気づいた!!ミグシリアスだって!?それって、乙女ゲームの……え?マジかよ!親子で異世界に転生したと思ったら、この世界は前世で娘に誕生日プレゼントに渡すはずだった乙女ゲームの世界だったなんて!!
そうだよ、我慢強い彼女が、突然倒れて入院した時はすでに手遅れで、余命宣告を俺と娘は医者から告げられた。俺と娘は毎日見舞いに行った。泣きたくなるのを二人して、グッと堪えてた。あの日も高校受験を控えていた娘が下校して、病院に直接来た時、娘は明るい声を出して学校の話を彼女に話していた。
今日はホームルームの時間、皆で高校合格したら、したいことを言い合って盛り上がったのよ!と話し出した娘。頭が痛くなるからゲームをしたことがない娘は今日、乙女ゲームが大好きなクラスメイトがあんまりにも楽しそうに、その話をしてたから一度乙女ゲームっていうのをやってみたいな、って無理矢理明るい声音で言っていた。
俺は花瓶の水を入れ直しに廊下に出てて、病室で彼女に話しているのを廊下で立ち聞きしたんだ。その日、珍しく体調が良いと笑う彼女も、そんなに面白いなら、母さんもやってみようかしら?って、笑って、母娘で笑い合ってた。だから俺は、二人をびっくりさせようって思って、ちょっと用事があるって、病院を出た。
ゲームに詳しくなかった俺は、おおいに性格に問題はあるが乙女ゲームに詳しかった、あの幼なじみの女がいたことを思いだした。余命幾ばくもない愛する彼女と愛する娘の最後の思い出作りのためになることをしてやりたいと思った俺は多分気が動転していたんだと思う。通常時ならば、けして連絡を取ろうとは思わない、あの女に連絡を取り、そいつのお勧めの乙女ゲームを、ソフトとハードをセットで買いに行ったんだ。
……あの後、すぐに彼女の病状が急変して、彼女が危篤状態になったとも知らずに……。
何も気付かず、あの女と病院に戻った俺に娘は激怒して当然だった。彼女の兄貴にアッパーを食らって当然だった。彼女だけが仕方のない人って笑って、そのまま……眠るように目を閉じたんだ。
……ねぇ、何で笑って許してくれたの?いつもならどうしようもない俺を怒ってくれるのに、どうして最期だけ……笑ったの?ねぇ、目を覚まして、俺を怒ってよ?
彼女が死んで、疎遠になって渡せなかった、その乙女ゲーム。娘と彼女を楽しませるはずだった、その乙女ゲーム。俺は彼女のいない現実に耐えられなくって、引きこもって、その乙女ゲームをしたんだ。養子に来るミグシリアスは、その乙女ゲームの隠しキャラだった!そうだよ、確か悪役令嬢の義兄だった!実は彼は……って、え、義兄!?
……ってことは、げ!俺の娘が悪役令嬢!?
そうだよ、5才の誕生日パーティーが終わってから、娘は王子の婚約者に選ばれる。そしてその2年後にシーノン公爵は原因不明の心臓発作を起こして亡くなるんだ。
その事がきっかけで娘は誰かを失う恐怖に怯えて、婚約者の王子や義兄のミグシリアスに固執するんだ。そして乙女ゲームでは、ある理由からヒロインを虐めて……。確かヒロインがハッピーエンドを迎えたら、娘も15才の時に学院で卒業パーティの日に王子に婚約破棄されて、傷心したまま心臓発作で亡くなるんだ。
おいおいおい……マジかよ!この国は熱の出ない頭痛は病気と認めない位、医療が遅れているんだ。せめて一つ国をまたいだ大国と呼ばれている、あの国に生まれていたら、二人は助かっていたかもしれないのに。俺は覚悟を決めた。
『あなた。養子も決まったことだし、私達、離縁しましょ?』
シーノン公爵の眉間の皺がさらに深くなった。全てを思い出したら、その顔が不機嫌じゃなくて、ストレスでさらに頭痛がひどくなったんだって、今ならわかるよ……。俺との別れを辛いって、少しは思ってくれているんだね?嬉しいよ、ホント。マジで泣きそうだ……。
俺もあなたが大好きだ。前世も……、そして、今世も……、あなただけを愛している。俺はいつもあなたを泣かせてばかりで……、前世も今世も沢山傷つけたね、ホントごめん!!
前世の記憶が無いあなたたちには話しても信じてもらえない……。この世界がゲーム通りなのか、ただ単にゲームに酷似した世界だというだけかはわからないが、少しでもあなたたちを守る情報が今は欲しいんだ!!離縁すれば俺は公爵夫人の仕事がなくなり、フリーの身となる。ゲームの表舞台には公爵夫人のスチルはなかった。
見てろよ!例え、この体は女でも、心は父ちゃんな俺を舐めんなよ!俺が前世の記憶を持って生まれてきたのは、モテナイぼっちの神様の逆恨みじゃなかったんだ!あなた達が、とっても優しい人間だから二人を守るようにって、優しい神様が俺にチャンスをくれたんだ!!前世チャラヘタレ男の純情舐めんな!
彼女と娘は、俺の最愛!俺の永遠!!あなたと娘は、私が守る!絶対だ!!俺は心の中で、拳を天高く突き上げて雄叫びを上げた。