※悪役志願~真実の眼のカロン⑨
カロンと仮面をつけた弁護士には誰もが持つ、もう一つの顔がない。何故なら……今、目の前にいるお互いが、もう一つの顔……もう一人の自分だったからだ。
最後に会ったイミルグランに顔がなかったのは、目の前の人物がイミルグランの姿を真似ていたからだ。あの時、カロンは自分の罪悪感から、まともに”真実の眼”を使っていなかったから、気づかなかったのだ。だが、今は……。
カロンの”真実の眼”は、今まで生きてきた中で一番強く威力を発し、仮面の弁護士の全てを映してカロンに視せる。彼の過去、彼と係わった人達のことの全て……と、それ以上のありとあらゆることを……。何とカロンの”真実の眼”は、この世界を創造した神々の領域のことや、遙か遠い異世界で起こったことまで、カロンに視せて知らせたのだ。
(ああ、この”真実の眼”は神の見たい物語の中に出てくる王が持っているとされる力だったんだ……。ああ……、そういうことだったのか……。それで、鏡に映る私にも、目の前にいる仮面の弁護士にももう一つの顔がなかったのか。”僕のイベリスをもう一度”という物語では双子に生まれる設定などなかったけれど、未熟な三神の物語が、父神の世界と混じったことで歪みが起きたんだな……。神とは……何と惨いことを我々に強いるのだろうか。……でも。
でも神が物語をこの世界に入れなければ、私は彼女と会うことはなかったのだ。姿を見るだけで嬉しくて、言葉を交わせなくても、そこに生きていてくれるだけで心が温かくなる……、あの人と……。そうか……、あの人はユイと言うんだね、ナィール。……ユイ。ユイ。何と良い名前なのだろう……。ああ、やはり恋とは何と恐ろしいものだろうか……。本当なら神を呪ってもおかしくないくらい、過酷な運命を背負わされてしまったというのに、私はユイに出会わせてくれた神に感謝してしまう。
ユイを助けてくれたユイの娘の、アイに感謝する。ユイとアイを守ってくれるだろう、チヒロに感謝する。……それに、あの時の娘にも感謝する。過酷な運命に翻弄され、心を壊し、嘘と心の底に秘めた願望と、父にされた仕打ちが入り交じった作り話で、彼女の初恋の相手が、あのようになってしまったとは皮肉な運命ではあるが……、彼女があの作り話をし続けてくれたおかげで、私はこうして兄と会えたんだ。それに過酷な運命となると知りながら、赤子を見捨てずに逃げ切った娘のおかげで、私と半分だけ血が繋がった義弟のマコトが、ユイの娘のアイと今世でも再会出来たんだ!
ユイとチヒロのように、運命で結ばれた二人。今世でイミルグランの娘と私の義弟に生まれた二人は、前世のように出会い、今世でも固い絆で結ばれた。今はまだ幼くても、二人の結びつきは強固で、10年経っても20年経っても……ずっと永遠に離れることはないだろう。イミルグランの娘と私の義弟。イヴリンとミグシリアス……イヴとミグシス。イミルグランと私を結ぶ、縁戚という絆を私はついに、手に入れられたんだ!
ああ、ナィール!私の半身であり、もう一人の私!ナィール!私の代わりにイミルグランの親友となったあなたに深く感謝する!私の初恋の人を……、私の半身が守ってくれたんだ!もう一人の私が!兄がイミルグランを助けてくれたんだ!!)
カロンは内心の感謝を目の前の弁護士には漏らさず、彼の立てた作戦を”真実の眼”で視て覚えた。……その後は、兄の計画通りにカロンは動いた。……その後は、神の物語通りにカロンは動いた。心ある貴族達は殺される前に全て逃がした。多額の税を匂わせ、出来るだけの国民も逃がした。悪魔の薬の合法化は絶対嫌だったが、流行病と不作で、その薬草も作り方も消失すると、わかっていたから、自分の”真実の眼”を信じて承諾し、頃合いを見計らって法律を永久廃棄してやった。
イミルグランとアンジュリーナの他にも、黒髪黒目の魂の者達は4人いたので、彼等を守るためにカロンは悪人のふりをし続けた。
(あの子達には非道いことをしてしまったが、これが一番、あの子達にも、あの子達の家族にも恐怖を与えられて、心残りなく、この国から去ることが出来る方法なんだ……。だって私がされた中で、一番恐怖を感じたのは、衣服をナイフで切られたことだったもの……。
以前にも美しいと評判だった、神巫女の母親が、私の取り巻き貴族に狙われていたから、私は神巫女と彼の父親を呼び出して、わざとあの子の衣服を切り、私があの子の母親を狙っていると匂わせて、あの子の母親を国外に逃がすことに成功させたが、今度は私の取り巻き貴族が、あの子の父親の大司教の座を狙って、あの子を使って脅迫しようとしていた。騎士団長の座を奪おうと、護衛集団の者が騎士団長の息子を誘拐しようとしていた。宮廷医師の座を奪おうと、薬草採集の親子をあいつらは暗殺しようと計画していた。……そして第一王子の座を奪うため、護衛集団の長が唯一生き残った私の子を殺そうとしていた。
彼ら四人は、神が憧れる神なのだ……、この国で殺されてしまったら、神の怒りを買い、その瞬間、この国はあっという間に消滅していただろうし、何よりも彼等は……。ユイとアイの片頭痛を根治させてくれる物を物語の中で、創造してくれたのだ。魔法の無い世界で、神さえ出来なかった偉業を成し遂げた彼等は、神よりも神に等しい者達なのだ。こんなところで死なせてはならない……。私が国外追放を命じれば、いつものようにナィールが、彼等を安全な国に届けてくれるはずだ)
カロンはナィールを信じていた。そしてナィールは、いつもカロンの期待以上の働きをしてくれた。カロンは彼等が国外に逃げたことを確かめてから、護衛集団達が叔父を追いかけたときのように国外で彼らを襲わせないために国境を閉鎖させた。国境を閉じても、ナィールには義賊の仲間と隠れている仲間がいる。彼等の手を借りれば、ナィール達には国境はないも同然だ。
(流石はナィール……私の兄だ。それにしても何故、神は学院にこだわるのだろう?)
カロンは愚王のフリを続けながら、上手く敵達を誘導して、学院の男女共学化、平民の導入、学院法の改定をさせていった。そして取り巻き貴族や護衛集団の言いなりになっているふりをしながらも、実は悪人が、その時に動きやすいようにと、王印を適当に押しまくるふりをして、ナィール達の有利になるようなものにしか、カロンは王印を押さなかった。
カロンはナィールに会ってから、よく学院での卒業パーティーの夢を繰り返し見るようになった。何故、学院の卒業パーティーが、その時なのかはわからなかったが、それまで悪人を突き通すと決めた。
敵達はカロンを馬鹿にしていて、誰もカロンを疑わない。汚れきった悪人のカロンを敵は傀儡だと信じている。仲間達への手向けだと言うと、敵達は喜んで”合同法要”のために動いている。
(この3月に、やっと全てを終わらせる。10年間は本当に長かった……。今まで私は出来るだけ、この国の膿を私に引きつけてきた。後は3月の卒業パーティ-で兄が全てを終わらせるまで、私は生きているだけでいい……)
長年悪人をしていたためにカロンの体は疲弊しきっていたが、心は凪いでいた。先々月の兄の活躍で、カロンへの監視の目はなくなった。兄の活躍のおかげで、今の城には敵の三下たちしかいない。主な敵達の半分以上が亡くなり、残りの半分は病床にある。そして兄の仲間が彼女を回収して、国外に出してくれた。
(彼女は本来、ここの物語の人間ではない。彼女の力は、アイのためにあるものだ。あの4人と彼女と、アイとマコト……。これだけそろえば、あちらの物語が本物となるだろう。あちらが本物の物語になれば……。ユイとアイ、そして会ったことはない私の叔父の真の願いが叶うはずだ……。後、少しだ!ナィール、私も頑張るから、お前も頑張ってくれ!)
カロンはここにはいない、もう一人の自分に願った後、城の地下へと下りることにした。5月までならば、カロンの護衛として、敵の手下達の誰かが、その場所の入り口まで付き従っていたが、今は敵達は数が減り、病床の床についていない者も喪中の貴族の見張りのために人員を割いているから、長い長い階段を下りて、城の地下に行くのに付き従う護衛はいなかった。
表向き、カロンは短剣を集めるのが趣味で、武器を好むと思わせているので、回りの者はカロンがそこに行くのは、武器を磨いて眺めているのだろうと思っていた。毎日5時間もそこに籠もる生活を10年間も規則正しくしているので、誰もそれを不審には思っていない。カロンが代々の王が眠る地下室に護衛集団の長や取り巻き貴族達が買い集めた武器を全てそこに入れて保管したのは全ての武器を……使い物にならなくするためだとは誰も気づいてはいなかった。
(戦争だけは起こさせない……)
地下室は湿気があり、剣や槍や矛の刀剣部分を錆びさせるためには絶好の環境だったから、カロンは毎日そこに出向き、毎日5時間かけて、せっせと鉄の部分を濡れ雑巾で拭いて、酸化させることを促進していたのだ。
(後、8ヶ月……。何としても兄が来るまでは……)
疲弊する体を引きずり、カロンは一人黙々といつものように濡れた雑巾を手にしようとして……カタン!と、いう音を聞いた。
「!何だ?」
誰もいないはずなのにと、カロンは慌てて後ろを振り返った。
※”僕達のイベリスをもう一度”のヒロインは、皆、何らかの持病を抱えている者ですので、真実の眼を持ち、イミルグランの前世の姿を視てしまったカロンにとっては、片頭痛持ちのユイが初恋のヒロインになってしまいました。元々カロンとナィールは双子で生まれるはずがなかった魂が二つに分かれた者でしたので、ナィールはイミルグランを何者にも代えがたい親友だと思っていますが、もしかしたらナィールも非常に恋愛に近い友愛をイミルグランに感じていたのかもしれません。ちなみにユイの性別が逆に生まれてきたのは、アンジュの前世のチヒロが自分は来世では女性に生まれ変わって、ユイと結ばれるから、来世も自分達の娘にアイも生まれ変わってこいと、前世でアイと約束したからです。




