※悪役志願~真実の眼のカロン⑥
カロンの祖父が亡くなった。神様のお庭に旅立つまでの祖父の苦しみ方は尋常ではなかったらしく、カロンは祖父が毒殺されたのか病死なのか判断がつきにくかったが、大勢の者を苦しめ、その命を奪ってきた悪人に相応しい末路だなと思い、悪いことは己に還ってくるものなのだなと思った。
カロンの父は祖父が亡くなると、操り人形師がいなくなった後の人形のように動かなくなった。あの悪魔の薬の副作用が一気に来たのか、父は気が触れたかのように高笑いをした後、母の肖像画の前で自死してしまったらしい。王が自死したとは言えないと、ナロンは病死したことにされ、国葬が行われた後、カロンが王位を引き継ぐことになった。
祖父の取り巻き貴族や護衛集団は、すっかりとカロンに鞍替えしていた。カロンの”真実の眼”は、彼等の正体を見破っていたが、そのころには彼等は亡き祖父の侯爵家の力を全て我が物にし、カロン一人では立ち向かえないほど、力が強くなっていた。カロンは祖父の傀儡から、彼等の傀儡になりつつある自分に反吐が出そうだった。
後、一年でイミルグランが結婚をするという年、すでにカロンには沢山の側妃がいたが、正妃はまだ決まっていなかった。取り巻き貴族も護衛集団もそれぞれが牽制し合って、正妃の座を狙っていたので、中々決まらなかったからだ。カロンはどの側妃でも一緒だったので、彼等に全て任せていた。カロンは一つの条件だけを出し、その条件以外の女性なら誰とでも閨を共にしていた。
(誰でもいい。ただし銀髪青い目の女性だけは断る)
カロンの初恋を汚すようなことだけはしたくなかった。同じ頭髪と同じ瞳の色の者は拒み続けたので、カロンは銀髪青い目の女性が嫌いだと言われるようになったが、カロンは誰のことも好きではなかった。依然カロンの初恋は、ずっと続いていたからだ。イミルグランは25才になっても、相変わらず美形で、今では”氷の公爵様”と呼ばれている。イミルグランのもう一つの顔の少女も、とても美しい大人の女性になっていた。カロンは彼女の姿を見ると、胸がしめつけられるように苦しいのに、彼女を見ずにはいられなかった。
カロンの初恋の人は、後一年で結婚する。相手は”社交界の紅薔薇”と呼ばれる、アンジュリーナという名前の侯爵令嬢だった。カロンはアンジュリーナのことは視なかった。婚約者であるイミルグランでさえ、カロンのせいでアンジュリーナに会ったことがないのに、自分が先にアンジュリーナを視ることはいけないことだと思っていたから視なかった。
(いいなぁ、アンジュリーナ嬢は……。世界で最も美しく、賢く、優しく、真面目で素敵なイミルグランを夫に出来るのだもの)
本来なら美人で女性特有の凸凹のある体のメリハリがハッキリしていて多くの男性が好みそうな体型を持ち、尚且つ明るい性格のアンジュリーナを妻に出来るイミルグランを羨む言葉が正解なのだろうが、カロンの初恋の人はイミルグランのもう一つの顔の女性だったので、カロンは彼女の魂を持つイミルグランと結ばれるアンジュリーナを羨んだ。……そんなころ、カロンはアンジュリーナの兄にある打診をされて、久しぶりに心が高揚した。
(アンジュリーナ嬢と同じ年の姪を私の側妃に!?)
アンジュリーナの兄である彼の娘のルナーベルを側妃にすれば、カロンはイミルグランと縁戚関係になれる。イミルグランと縁戚……それはカロンにとって、夢のような言葉だった。
ルナーベルを側妃にすればイミルグランはカロンの叔父になる。それはつまり、ルナーベルをカロンの正妃にすれば、カロンはシーノン公爵家を後ろ盾に据えることが出来て、イミルグランも国も、カロンの周りにいる諸悪の根源達から守ることが出来る……と言うことになると気付いたカロンは深く考えずに、その打診に飛びつき……大きな間違いをしでかしたのだ。
今までカロンに宛がわれた女達は皆、カロンと閨を共にすることを合意してやってきた者達ばかりだった。それをすれば金や権力を得ることに繋がると思っている女達ばかりだったので、カロンはルナーベルもそうだと思い込んでしまったのだ。
カロンがいつものように仮面舞踏会に来た時、ルナーベルは”社交界の紅薔薇”と勘違いされて、大勢の男達に囲まれていた。カロンはこれは”社交界の鳴き腹”の方だと言って、男達に怯えて泣いていたルナーベルを救い、いつものように個室に彼女を連れ込んだのだが、いつもの女性達とは違い、ルナーベルから激しい抵抗に合い、カロンは不思議に思って、ルナーベルを視た。
(え?!この少女は、まだ未成年なのか?迂闊だった!)
カロンはイミルグランと縁戚になれるのが嬉しくて、ルナーベルの年齢のことをすっかりと忘れてしまっていたのだ。しかも……。
(え?この子は何も知らされていない?私と閨を共にするということを知らされていなかったのか!それに……、ああ!この子は……私と同じだ。私と同じように自分の想いを封じ、ただひたすらにアンジュリーナの幸せを願っている!何て優しくお人好しな少女だろう!それに、この少女は何て……可哀想な、私と同じ叶わない初恋をしてしまったんだろう……)
カロンは、この後のルナーベルの処遇に悩んだ。このまま屋敷から無事に少女を逃がしたいが、カロンは監視されている。
(私が、この少女を気に入らないからと少女に手を出さずに部屋から出しても、仮面舞踏会に来ている、他のろくでもない男達に少女は捕まり、嬲られてしまうだろう。……それに未成年の娘を仮面舞踏会に放り込むような父親が、私に手を出されなかった娘に次に何を強いるのか、考えるのも恐ろしい。
何より仮面舞踏会が行われている屋敷に放り込まれてしまった、この子のことは、ここに来ている、ろくでもない男達の口から、社交界にあっという間に広がってしまい、いくら貞操が守られているといっても、それは信用されずに良い縁談は来なくなってしまうだろう。
……どうせ貴族の結婚は政略結婚が主流だ。それなら、この子をこのまま抱いてしまって、当初の目的のイミルグランとの縁戚を結んだ方がこの子にとっても良いのかもしれない……)
カロンは色々と悩んだが、どうしてもイミルグランと縁戚になりたかった。ルナーベルと婚姻すれば、イミルグランと国を守ることが出来るとか、ルナーベルのためにも、こうするのが一番だと思ったのも確かだが、カロンは純粋に彼との絆が欲しかった。
恋しても……どうやっても恋が叶わない相手。親友となりたいと部屋に誘いたくても誘えない相手。今の王と臣下という関係よりも、もっと深く結びついた絆が、カロンはどうしても欲しかった。だからカロンは、この時初めて本当の悪人になろうとした。祖父や取り巻き貴族や護衛集団達が、自分達の醜い欲望を満たそうと王家を蝕んだように……、カロンもイミルグランとの絆が欲しいあまりに、ルナーベルを蝕もうと考えたのだ。
この判断をして、5分後……。カロンは、このことを後に何度も激しく後悔することになる。
「嫌!!離して下さい!お許し下さい、王様!」
と泣いて嫌がり、全力で嫌がる少女にカロンは酷い言葉を投げつけた。
「大人しくしろ!お前は私の側妃候補だろうが!お前の父親が社交界の紅薔薇の兄だというから、お試しして、具合が良ければ妃にしてやると言ったが、社交界の紅薔薇の姪御というから期待していたのに、とんだ期待外れだ!
顔だけは確かに似ているが、何だこの身体は!子どもみたいに胸も尻も真っ平らじゃないか!アンジュリーナなら最高なのに!イミルグランの婚約者でさえなければ、あちらを寝取っていたものを!!あのボン!キュッ、ボン!の美少女の方がいい!
……ああ、だめだ!そんなことしたら、イミルグランに嫌われてしまう!あいつに嫌われるのだけは嫌だ!あいつだけには嫌われたくない!!嫌われて、領地に引き込まれてしまったら誰が私の代わりに、政治をしてくれるというんだ!ええい!女なんて、皆同じだ!大人しくしろ!」
そう言って押さえ込んだ少女のお腹が鳴り、彼女の体からおならの音が発せられた。カロンは今が好機だと思い、わざと引きつった声を上げ、悪態をつきまくり、部屋の外にいる誰かに聞こえるように大声を上げた。




