イヴリンとアイとの出会い(前編)
「私の家族。イヴリン・シーノン。3才。私の家族は沢山います。数えたら15人いました。マーサさんとアイビーさんとサリーさんの3人は、メイドというお仕事をしています。リングルさんとアダムさんは料理人というお仕事をしています。タイノーさんとイレールさんとセドリーさんは庭師と馭者と門番を3人で順番にしています。ノーイエさんとエチータンさんは侍従というお仕事をしていて、セデスさんは執事というお仕事をしています。父様さんはシーノン公爵というお仕事をしています。母様さんはシーノン公爵夫人というお仕事をしています。私は神様の子どもというお仕事をしています。そしてアイは私の友達というお仕事をしています。
……フゥ、出来ました!どうですか、マーサさん?アイ?間違っているところはないですか?」
{イヴリン、友達はお仕事じゃないわ}
「イヴリン様、大変申し上げにくいことなのですが私達は使用人であって、イヴリン様の家族ではないのです。私はイヴリン様に家族だと思ってもらえて、本当に光栄に思っているのですが……」
熱が下がり、部屋で声を出しながら書き取りの練習をしていたイヴリンは、アイとマーサの声を同時に聞き、机から顔を上げた。首をかしげ不思議そうな表情をしているイヴリンを見て、マーサは少し困り顔になった。
「あの……ですね……」
マーサはどう説明しようかと言いあぐねた。アイがイヴリンに説明をした。
{イヴリン。あなたの家族は父様と母様だけよ。マーサさん達11人は、この家に仕える人達なの。でもね、皆はあなたを家族みたいにとても大事にしてくれる人達よ}
アイの説明を聞いて、イヴリンは頷いた。
「家族は父様さんと母様さんだけ……。マーサさん達はお家で働いている人達……。でも皆は、いつもすごく優しくて、家族みたいに私を大事にしてくれる人達……」
イヴリンの言葉にマーサは顔を赤くさせて、嬉しそうに何度も頷いた。
「そうですそうです!さすがイヴリンお嬢様!何て賢いのでしょう!私達は使用人ですが皆が皆、イヴリン様をとても大事に思っています!!」
{そうよ、家族じゃないけど、この家の大人達はあなたのこと大好きなの。忘れないでね}
「ええ、私も皆が大好きよ」
マーサは感激のあまりに涙を浮かべながら、新しい白紙を用意した。
「イヴリン様に大好きだと言ってもらえるなんて!ああ、すごく嬉しいですわ!本当にありがとうございます!では、これに書き直しをしましょうね。イヴリン様は3人家族、使用人は11人で、このお家には14人住んでいます」
イヴリンはマーサの言葉に、思わずアイの声が聞こえたと思った方向を見る。アイは何も慌てることなく言った。
{ええ、マーサさんの言う通りよ。だって私はあなたなんだもの。だから14人で合っているの}
イヴリンがアイに出会ったのは、つい2、3日前のことだった。熱も出ていないのに頭痛というものを体験した時のこと……。あの時イヴリンは生まれてから3年という人生の中で初めて……死を感じる痛みを経験したのだ。
それは突然だった。ズキズキガンガンと頭の中に、その痛み以外は感じられなくなる程の痛みを頭に感じたイヴリンは、痛みの余りに涙し、嘔吐した。苦しみもがき、泣きわめいた。痛さから助けてほしくて大声を上げ、手を伸ばした。
でも、その時、熱が出ていなかったイヴリンの頭痛を医師は気のせいだと言って、何もせずに帰っていった。父様も母様も仕事で家にはいなかった。使用人の彼女達は慰めの言葉をかけてくれるものの誰も痛みに苦しみ、恐怖する小さな体を抱きしめてはくれなかった。
イヴリンは真っ暗な子ども部屋で独りぼっちで泣いていた。痛くて痛くて、どうしようもなく辛く苦しくて、それが怖くて堪らなくて仕方なかった。
手を伸ばしても、誰からも手を握ってもらえない。助けてほしいと泣いても、誰も抱きしめてはくれない。
たった一人の孤独の中でイヴリンの心は、頭痛と孤独で押し潰されて、そのまま苦しみながら死んでしまうのではないかと恐怖して、その体もどんどん冷たくなっていった。
……その時だった。
イヴリンしかいないはずの部屋で、突然落ち着いた大人の女性の声が聞こえてきたのだ。
{大丈夫よ。このまま動かないで寝ていたら治まるから、怖がらないでね……}
苦しんでいるイヴリンの直ぐ傍で聞こえる声は、今まで聞いたことのない女性の声だった。誰もいないはずのイヴリンの部屋に見知らぬ誰かがいるのかとイヴリンは不思議に思った。
「……誰ですか?」
イヴリンは激痛に苦しみながらも、その声の主が誰なのかが気になって涙に濡れた目を開けてみたが、そこには誰もいなかった。それなのに痛みを一番強く感じるイヴリンの額には冷たい誰かの手が当てられている感触がハッキリとあった。
「……冷たくて気持ちがいいです。ありがとうございます。あなたは誰ですか?」
姿は見えないけれど、誰かがイヴリンの額に手を当てている。そう感じたイヴリンは目を閉じて、見えない誰かの冷たい手が当てられた額に意識を集中してみた。声は大人だけど、手の大きさは自分くらいだと感じた。
{私はあなたよ。アイって呼んでね}
「私?アイ?」
一刻半後……、痛みが引いたイヴリンは自分の額を冷やすアイを見ようと、もう一度目を開けた。でも、そこには誰もいなかった。そこにいたのは……イヴリン自身の手がイヴリン自身の額に置かれて、激しく痛む自分の頭を自分の冷たい手で冷やし続ける……自分一人だけだった。
……これがアイとの出会いだった。