※悪役志願~真実の眼のカロン⑤
カロンはイミルグランが呼んでいた、”ナィール”という名前を呼ぶ女性が気になって、つい”真実の眼”で視てしまった。
(この娘は父上の愛妾?……ああ、なるほど。娘は平民だから、後宮の側妃にはなれない。それで父上は狐狩りを口実にここに通っていたんだな……。へぇ~、あれっ!?。城の側妃達よりも、髪と瞳の色が城にある肖像画の母上に似ている……。そうか、今までの誰よりも母上に近い色合いをしているんだ。ああ、だから父上は母上の身代わりにこの娘を……)
カロンの”真実の眼”は、目の前の娘に起きた過去の不幸の記憶をカロンに視せた。カロンは、そのあまりの痛ましさに顔をしかめた。娘は自分と同じ年で、この館の所有者である伯爵の元で働いていたのだが、去年ナロン王に見初められて無理矢理、体を奪われて以来、ずっと愛妾として、ここに留め置かれてしまっているのだと、”真実の眼”カロンに教えてくれたのだが、その陵辱のあまりの凄惨さに、カロンは息を飲んだ。
(何という酷い抱かれ方をされたんだ、この娘は!気の毒にも程がある!祖父の奸計で、心が腐ってしまった父に、この娘は恋を知らないまま、体を奪われて、そのまま愛妾にされてしまったのか!何て惨いことを……。こんなのは殺人と同じだ!父は彼女を殺したも同然の非道いことをしたのだ!
……ああ、この娘は最近、初恋をしたんだな……。その初恋が傷ついた彼女に生きる喜びを再び与えてくれたけれど、彼女は穢れた自分を知られたくなくて、真実を言えずじまいで悩んでいる間に、相手が二人の将来のために町に行ってしまったのか……。そうか!娘の初恋の相手が”ナィール”っていう男だな。可哀想に……。父にさえ見初められなければ、この娘は純潔のままで、彼と出会えただろうに。……ああ、この娘は今日を最後に愛妾を止めたいと告げて父を怒らせて、手ひどく抱かれてしまったのか)
そしてカロンの”真実の眼”は、彼女が初恋の彼の元に行くには大きな障害となる、残酷な真実をカロンに知らせた。
(!?え?何だ、これ?何でこんなことが?今までこんなことが視えたことは一度もないぞ?ああ、でも、これが真実なら、何て残酷なんだ!私は一体、どうすればいい?)
カロンは王子だが、彼女を助けることが出来ない。何故ならカロンも父と同じ、祖父の傀儡だからだ。
(私にはどうすることも出来ない!……でも!)
乱れた情事の饗宴が繰り広げられている館内にカロンを見張る監視はいなかった。きっと監視は愚かな王子も王と同じように狂った遊びをしていると思っているに違いない。監視がいない今しかないと、カロンは思った。彼等に娘の身に起きた残酷な真実を知られてはならないが、憐れな娘はそれを知るべきだと考えた。
(医者でさえ、まだ気づいていないはずだ!今なら誰も気づいていない……今なら……)
カロンはこのまま何も知らないでいるよりは、マシだろうと思い、しきりに逃げろという娘に、その残酷な真実を告げることにした。
「……私のことはいいから、お前こそ逃げろ。お前は先ほどの……行為により、お前の腹には王の子が宿ったぞ。万が一にも亡き正妃の実家の侯爵家に見つかったら、母子ともに殺されてしまう。……後宮にいた側妃達も子が出来た者達は密かに殺されていた。お前は殺される前に逃げろ!」
「?え?ナィール、どうしたの?……どうして?どうして子どもが宿ったかなんてわかるの?」
「私はナィールではない。どうしてわかったかは説明は難しいが、とにかくお前の腹には子がいる。しかも、その子は黒髪黒目の男の子だ。王は黒髪黒目の者に嫉妬をしているので、お前が王の子を産んでも養育費は出してくれないだろうし、最悪、子どもは王によって捨てられてしまうだろう。
それに……お前が王の子が産める女だとわかったら、侯爵家によって、お前は側妃達のように殺されるだろう。いくらお前を寵愛していても、お前は亡き王妃自身ではない。王はお前を側妃同様、侯爵家から守ってはくれぬ!……これをやるから路銀に変えて、早く逃げろ!」
カロンは、いつも護身用に持っている短剣を娘に渡した。
「私のお腹に……王様の……子ども?……って、これ!?こんな宝剣を私に?……あなた、誰なの?ナィールによく似ているけれど彼じゃないのね?……そうよ、よく考えたら彼は茶髪だもの。金髪碧眼のあなたはナィールじゃない!私を助けてくれようとする、あなたは誰なんですか?」
「私はカロ……、いや、私は、この国の王家と王家にまとわりつく者達の犠牲者で、お前と同じように彼等を憎んでいる者さ。……一か八か、お前の初恋のナィールとやらに身ごもったお前を受け入れてもらえるか頼ってみればどうだ?その男の子どもだと言えば、見逃してもらえるだろう」
「確かに優しい彼なら、他の男性の子を身ごもっている私でも、きっと受け入れてくれるでしょう。お腹の子も……きっと実の子のように愛してくれるでしょう。でも、そんな彼だからこそ、私は頼れません。彼の身を危険にさらすことは、私には出来ません。私は一人で逃げることにします。だってナィールは私の大事な……大切な初恋の人だもの……」
「そうか。お前がそう決めたのなら、私は何も言うまい。ただ、……いいか!死にたくないなら、くれぐれも、王の愛妾だったことは誰にも言うな。わかったな!出来るだけ早く逃げろよ」
カロンはそれだけ言うと、雨の中を馬で掛けていった。
カロンはあの後、酷い風邪を引き、城で寝込んだ。
(ああ、早く良くなって、イミルグランに会いたい。ここは醜い者ばかりで、少しも気が休まらない)
カロンは宮廷医師からもらった薬を飲んだフリをして、そっと捨てる。カロンの”真実の眼”は、暗殺者の目をした宮廷医師を捉えていた。
(ああ、また祖父の脅しか……。わかっている。傀儡にならなければ、命がないってことは……)
その次の日、見舞いにやってきた祖父を視て、カロンは愕然とした。
(何だって!?イミルグランを暗殺しようとしたって?)
目の前の老人は、孫の病を心底心配する好々爺だったが、カロンの”真実の眼”は醜悪な老人が悪態をつきまくっている姿をカロンに視せた。
(畜生!またイミルグランを暗殺するのに失敗した!どうしてあの男だけは殺せないんだ!昔から何度も何度も四六時中命を狙っているのに殺せない!ヤツの親戚縁者を誑かし、たきつけ、何人暗殺者を送り込んでも失敗するのは何故なんだ!?屋敷でも学院でも、何度も襲っているというのに!
まずい!せっかくカロンを傀儡に出来ても、王家の血を引くシーノン公爵家がカロンの後ろ盾になったら、我が侯爵家が、この王家を乗っ取ることは不可能だ!畜生!絶対に殺してやるぞ!イミルグラン!カロンと離れた隙を狙って、殺してやる!)
カロンはこれを視て、直ぐさま動いた。次の日からイミルグランをカロンの取り巻き貴族として、指名して、イミルグランに王子の仕事を丸投げして、毎日カロンの傍で働くように仕向けた。その後もカロンは、イミルグランに過剰な仕事を強い、彼が婚約者にも会いに行けないぐらい多忙にさせて、学院を卒業後もイミルグランに事務次官の任を与え、イミルグランがカロンの目から届かない場所にいる時間を減らした。
このカロンの思いつきは、カロンの祖父の魔の手からイミルグランを守ることと、まるで始祖王の再来みたいに聡明なイミルグランに国政をさせたおかげで、へディック国の衰退が止まり、回復の兆しが現れるという効果があった。カロンはイミルグランを疲弊させているとはわかっていても彼を失いたくないがためにも……、国を祖父から守るためにも……、それを止めるわけにもいかず、またイミルグランを取り巻きに選んだことで、祖父が自分を疑い出して、常に監視の目をカロンにつけたので、自分の真実をイミルグランに伝えることも出来なかった。
自分は遊びほうける愚王を続けながら、祖父の権力を削ごうと、祖父につく護衛集団や取り巻き貴族達を自分の傍に引きつけるために、彼等を優遇するようになった。自分を疑う祖父の目を欺くために、カロンは悪ぶってみせた。愚かな悪政をして見せたり、賭け事に興じた。悪友達と話を合わせるために、最低最悪な男にみせてやろうと考えた。あのおぞましい集まりで出会った気の毒な娘の初体験の話を、自分がしたように話して、見事に最低最悪な下劣な男だと思わせることに成功し、良識を持つ者達を自分から遠ざけさせ、祖父や父から娘達を守ることが出来た。
父や祖父のように、あのおぞましい集まりに出向き、金や権力だけを欲する欲深な女達にも抱かれた。祖父の言うままに後宮に多くの側妃も持ち、毎夜、彼女達と床を一度だけ共にし、城に戻った後……、一人嘔吐し、涙をこぼした。
(あれ?私は何をやっているんだ?こんな事したって、私には何の得もないのに……。大体イミルグランのもう一つの顔の彼女とは言葉も交わせないし、触れ合うことだって出来ないじゃないか。……なのに気が付いたら、勝手に体が動いてた。イミルグランを守るためだと思えば、何でも出来た。おかしいな……。私はもっと気楽に傀儡の人生を歩むはずだったのに、何でこんなに必死になって、愚王だと皆に知らしめているんだ?
……もしかして、これが……恋?……ああ、母のようにはならないとあれほど思ったのに……。思ったのになぁ……。私は……母の子なのだなぁ。初恋に生きる女性の血を色濃く受け継いだのだな。ああ、もう認めざるを得ない……。私の特別……、私の初恋のあの人を……私も母のように守りたいのだ……。どれだけ自分の身を犠牲にしても厭わぬほどに……。
彼が……彼女が生きていてくれれば、それでいいんだ。例え言葉が交わせなくても、触れることが叶わなくとも、想いを伝えられなくてもいい……。生きていてくれるだけで、私は幸せなんだ……。ああ、母が生きていたら……、あなたの気持ちが理解出来たと母に言えたのになぁ……)
亡き母への思慕とイミルグランのもう一つの顔の少女への初恋を胸に、カロンは愚かな者であり続けたが、それはとても辛く、孤独で、どうしようもなく虚しい日々であった。カロンの回りには監視がいて、誰にも助けを求められない。でもカロンは、自分の初恋の人を守りたかった。その人を守る方法が、他に思いつかなかったのだ。だからドンドン穢れていく自分を嫌悪しながらも初恋の人を守るため、カロンは悪人になっていった。
※ミグシリアスの復讐ルートのストーリーでは、この狐狩りの日にミグシリアスの父親になるのは、本来ならカロンでした。でも金の神の力の暴走で、ナロンの母方の侯爵家が王家乗っ取りを企み、ナロンは叶わぬ初恋と侯爵に傀儡にするための悪魔の薬を飲まされていることで心が壊れ、ナロンがミグシリアスの母親に一年前から関係を持つことになってしまいました。
また銀の神の魂の召還転生により、高慢で冷酷な公爵令息になるはずだったイミルグランの中身が”英雄のご褒美”という称号がついたユイになり、カロンが学院の悪友達と出会う前に、ユイに出会い、純粋な初恋をしてしまったので、カロンは悪に堕ちることなく、真面目なままの優しい青年……復讐ルート以外でのカロン王となっています。




