※悪役志願~真実の眼のカロン④
カロンは、貴族なのに裏表がない性格をしているイミルグランのことがとても好きになり、親友になりたいと強く思うようになった。そこでカロンは、彼を自室に誘おうと考えた。
(困ったな……。学院の部屋に呼んだら、他の貴族との権力の牽制がどうとか侯爵に言われるだろうし、あんな気持ち悪い色の城にイミルグランを招待なんてしたくないしなぁ……。あ!そうだ!狐狩りに誘おう!侯爵が私の8月の誕生日に、私が16才になった祝いに侯爵家主催の狐狩りを開くと言っていたぞ!あれには父上と祝いの当事者である私が参加することが決まっているからな!あれには他の上下貴族達も大勢来るから、イミルグランを私の特別だと私が思っていることに、皆は気づかないだろう!
もしも二人っきりになれたら……イミルグランに、私の”真実の眼”のことを告白してみようかな?イミルグランなら、きっと気味悪がらずに私の話を聞いてくれる!イミルグランに親友になってもらえれば、もう私は孤独ではなくなるよね!)
我ながら良い思いつきだと思ったカロンは、それからは早く狐狩りの日が来ないかとドキドキして日々を過ごしていた。それから数日が経ち、来月の8月の誕生日で16才になるカロンは跡継ぎを作るための勉強……つまり閨教育を城から派遣された家庭教師から教わった。
(はぁ……、何か閨事って大変そうだな。……こんな大変そうな事を、情のない政略結婚の相手としないといけないのか……。何だか嫌だなぁ……。どうせお祖父様が父のように私も傀儡にするんだから、子作りだって、お祖父様がすればいいのに)
家庭教師から図解付きの本を手渡されたカロンは、ハァ~と深いため息をついた。好きでもない女性の身体を触るのも、女性に触られるのも嫌だなぁと思いつつ、カロンはイミルグランのことを考えた。
(イミルグランはもう一つの顔が女性だったけど、こういう場合どうなるのだろう?)
イミルグランは身体は男性だし、その心も男性だった。……でもカロンの”真実の眼”にはイミルグランの魂が、女性のように視えるのだ。彼も公爵家子息だから、公爵家の跡取りを作るための子作りからは逃げられない。現にイミルグランには10才年下の女性の婚約者がいた。
(ああ、イミルグランの魂のように、イミルグランの身体も女性だったら良かったのになぁ……。そうしたら彼は公爵家の者だし、私の婚約者に出来たのになぁ……)
ため息をつきつつ、でも現実にはカロンもイミルグランも男性の身体を持ち、お互いの性の対象は女性であることも、日頃の会話でわかっているために、カロンは考えても仕方がない妄想は止めて、彼と親友になる計画を進めた。……だが一ヶ月後のカロンの16才の誕生日。その日は生憎の雨で、イミルグランは体調を崩し、狐狩りに来られなくなってしまった。
(くっ!つまらないし、面白くない!こんなことなら狐狩りは止めて、イミルグランのお見舞いに行けば良かった!)
自分の誕生祝いの行事のために参加を辞退することも出来なかったカロンは、仕方なく雨に濡れながら狐狩りに参加することにしたのだが、それは少しも楽しくはなかった。それでも他の者達に合わせ、嫌々狐を追っていたカロンは、貴族達とはぐれ、気づいたら見知らぬ屋敷の前にいた。屋敷の前には沢山の馬がいて、どうやら祖父の侯爵と懇意にしている中年世代の貴族達が大勢、その屋敷に集まっているようだった。屋敷の中からは、けたたましい笑い声や煩い音楽が聞こえ、屋敷を守る護衛の男達にカロンはニヤニヤ笑いをされながら迎えられた。
(何だろう、あの下卑た笑い方?下品だなぁ。それに相変わらず薄気味悪い護衛達だった……。それにしても、ここはどこなんだ?こんな屋敷に集まって、皆は何をしているんだ?屋敷の表には父上の馬もいたが……。何か秘密の会合をしているのだろうか?)
カロンは屋敷の中に入るのを一瞬躊躇ったが、雨足が強まってきたので、しばらく雨宿りをしようと思い直し、おずおずと屋敷に入ると屋敷の執事を名乗る者が、カロンに恭しく挨拶し、雨に濡れた体を暖めましょうと一室用意してくれたので、カロンは礼を言い、言葉通りに素直に部屋に行き、風呂に入り、体を温め、出てきて……カロンは、この屋敷に来たことを激しく後悔した。
「ナィール、今すぐに出て行って!ここにいてはいけないわ!ここはあなたのような平民が来てはいけない場所よ!早く出て行って!ああっ、すみません、王様!彼は私の……知り合いで……ええ、誓って情夫とかでは……バシッ!キャッ、痛い!違います、違います!ええ、私にはあなただけですので、怒らないで……」
カロンの目の前に繰り広げられているのは、淫らな男女の爛れた爛れた交わりの数々だった。大勢の紳士だったはずの貴族男性達が、大勢の淑女だったはずの貴族女性達が恥も外聞もなく、信じられないような醜悪で歪で誠実さの欠片もない、肉欲の世界を繰り広げていてカロンは呆然と立ち尽くしてしまった。
(こ、ここは!?まさか、仮面舞踏会なのか?)
16才になったばかりの純粋な心を持つカロンは、そのおぞましさに吐き気を催した。だって目の前で……肉欲に耽っているのは自分の父で……、父の相手は母と同じ髪色と瞳を持つ若い娘だったからだ。その娘はカロンに気づくなり驚愕し、顔色を青くさせてカロンに出て行くようにと必死に言い始めた。カロンの父はカロンが傍にいても顔色一つ変えなければ、何も声を発そうともしない。まるでカロンのことに気づいていないようだった。
(?ん?……何か変な薬を飲んでいる?ああ、祖父が父を傀儡にするために悪魔の薬を飲ませているせいだな……。私の食事にも混ぜられているアレか……。そうか!私には”真実の眼”があるから食べたフリをして、後で捨てることが出来るが、父には”真実の眼”はないから……)
悪魔の薬で楽しいことをする以外は考えられなくなっているカロンの父が、情事の最中によそ見をするなと舌打ちし、必死に言い訳する娘の頬を打ったことに、カロンは嫌悪を覚えて吐き気がこみ上げてきた。何故なら”真実の眼”で視なくても、娘が父に愛情なんて欠片も持っていないことも、父が娘をこれっぽっちも愛していないことも、その表情を見るだけでわかったからだ。
父は悪魔の薬で肉体的欲求を吐き出したいだけで、父の心の中には未だに、亡き母への恋慕の感情しかないのだ。娘の方も父が王だから仕方なく体を差し出しているだけで、そこには恋だの愛だのは一切存在していなかった。吐き気が我慢できなくなったカロンは洗面所に駆け込み嘔吐した。何にも出なくなるとカロンは、この屋敷を出て学院に帰ろうと思った。
(嫌だ、気持ち悪い!!ここは嫌だ!何て醜い!私はやっぱり、気持ちのない相手や複数の女性と抱き合いたくなんてない!政略結婚なんて嫌だ!側妃なんて愛妾なんて嫌だ!抱き合うなら、心から愛し合う相手がいい!たった一人の人がいい!こういうことは愛があってこそ、為されなければいけないはずだ!愛するからこそ、相手に触れたいと思い、契りたいと思う、そういう自然な愛ある営みが私は何よりも尊いと思うし、そういう愛を交わす相手とだけ私は抱き合いたい!
想いが通じていない相手なんか抱きたくない!もしも想いが通わないなら……一生、誰も抱かなくっても良い!片想いの相手の幸せだけを願って、独り身のままでいたい……。……帰りたい。……学院に帰りたい。こんな所は二度と来たくない!帰って、綺麗なイミルグランに会いたい!清らかな、あの女性の傍にいたい!ここは嫌だ!!)
カロンがひたすら帰ることを望んでいると、そこへ先ほど父との性行為をしていた娘がシーツをまとったままの姿でカロンを追いかけてきた。言葉遣いにも立ち居振る舞いにも品はなく、カロンは娘が貴族ではないと気が付いた。
(そういや家庭教師が閨の授業で言っていたなぁ。田舎の下級貴族は上級貴族との縁を持つために怪しげな接待をすることがあって、下級貴族の娘や見目麗しい平民の素人娘に、娼婦の真似事をさせるから気をつけろと話してた。堕落した貴族男性は田舎で羽目を外しがちだから、私にくれぐれも、余所で子種は出さないでくれって念押ししてた……)
「待って、ナィール!ごめんなさい!騙すつもりじゃなかったのよ!本当に私、あなたのことが好きだった!あなたが私の初恋だったの!信じて……。ううん、あんなのを見られて、信じてなんて言えないよね。私のあんな穢れた姿をあなたにだけは見られたくなかった。今日を最後にするつもりだったの。そしてあなたを追いかけて、町に行こうと思ってた。
ごめんね、ナィール!私の事を軽蔑してもいい!怒って当然よね!私を嫌って、もう二度と会ってくれなくってもいいから、よく聞いて!表から出てはいけないの!表には王の護衛がいて、平民のあなたがいたら殺されてしまうわ!裏口から出て逃げて!裏口なら伯爵様の護衛だから私、口添えが出来るの!だから裏口に行って!ナィール……この事を言えなくて、本当にごめんなさい!」
(また、ナィールか!ナィールって、誰なんだ、一体!?)
イミルグランの時と同じように、見知らぬ娘にナィールという者と人違いをされたカロンは眉をひそめた。




