※悪役志願~真実の眼のカロン③
カロンが、その恋に落ちてしまったのは、学院の入学式前の男子トイレだった。初めて後宮から出されて学院へと向かい、いきなり入学式の壇上で挨拶をしろと言われ、すっかりカロンは緊張してしまい、向かったトイレで、カロンはその人に出会った。
月の光のように輝く銀髪に透き通った青空みたいな色の瞳を持つ美少年が、とても心配そうに自分に駆け寄ってきたのだ。
「ナィール!?どうしてここに?怪我は?大丈夫なのか?こんなところにいて?」
誰かと人違いされていることはすぐにわかったけれど、カロンはこんなにも真っ直ぐに自分の心配をしてくれる人間に会ったことがなかったので、とても驚いて、うっかり、その少年を”真実の眼”で視てしまった。
(え?お、女の子?すごく綺麗な女の子だ!)
目の前にいるのは眉間に皺はあるが優しそうな少年であるはずなのに、彼に重なって視える、もう一つの顔は黒髪黒目のとても綺麗な……少女だった。”魔性の者”であるはずなのに、その少女はとても清らかで美しく、カロンにはまるで彼女が天使のように見えた。その少女も少年と同じように眉間に皺があるが、とても優しそうで彼女も自分を少年と同じように心配そうに見ていた。
カロンの護衛が少年に人違いだと教え、カロンの名を告げると少年は……少女は、慌てて人違いを詫び自分はシーノン公爵家の子息でイミルグランという名前だと名乗った。
(え?子息って男だよね?でも何で女の子が視えるの?どうして?性別を偽っているの?)
今まで人が二重に見えても、まったくの別人……しかも性別まで違って視えたことは一度もないため、カロンはとても驚いて、その後の入学式の挨拶をどうやってしたかも覚えてはいなかった。
(何故イミルグランだけ、もう一つの顔が女の子なんだろう?)
カロンはその疑問があるから、彼に興味があり、彼を見つめずには……彼女を見つめずにはいられず、……それがカロンの初恋だとは気づかないまま、それからのカロンの生活はイミルグラン一色で、カロンは後宮にいたころの退屈で暇で仕方がない生活とは無縁の生活を送るようになった。
イミルグランは、とても優秀な学院生だった。勉強では教授達よりも賢くて、教授達に教鞭が執れるほど、頭脳明晰な少年だったし、剣術も体術も剣術指南の先生よりも優れていた。一部のクラスの心ないクラスメイト達は嫉妬からか、イミルグランが完璧すぎて嫌だと言い、イミルグランの眉間に皺を寄せる顔つきに”氷の公爵子息様”などとあだ名をつけた。カロンは彼等がイミルグランの悪口を言う度に、内心苛立って怒りを覚えた。
(何で彼等はイミルグランに”氷の公爵子息様”なんてあだ名をつけるんだろう?あんなあだ名をつけるなんて、ひどいよ。あんなの彼女が可哀想だ。だってイミルグランは私みたいに一目見ると覚えてしまう才能なんてないのに……。イミルグランの賢さは、彼の長年の努力の成果であって、毎日の勉強の積み重ねだって、あのペンだこだらけの手を見れば、すぐにわかることなのに……。自分達の怠惰を顧みず、他人の努力の成果を妬んで僻んで悪口を言いふらすなんて間違っているよ!……でも私がそうやってかばうのを、お祖父様の監視に見られるのは不味いしなぁ……)
カロンはイミルグランをかばえない自分の不甲斐なさに自己嫌悪した。でも幸い、大多数の貴族達は怖い表情でも生真面目で優しいイミルグランの性格を見抜き、彼を慕うようになったので、カロンはホッと胸をなで下ろした。
(フフン、どうだ!見る人が見れば、ちゃんとイミルグランの性質の良さがわかるんだ!彼等の悔しそうな顔ときたら……アハハハ、ざまぁみろ!悔しかったら、お前等もイミルグラン並みの努力をしてみせろ!努力もしないで悪口ばかり言うのは、負け犬の遠吠えって言うんだぞ!)
カロンは授業中寝たふりをしながら、ニマニマ笑った。カロンはイミルグランの文武両道なのは、全て彼の努力の成果だと知っていたからだ。が……それでも、イミルグランが鍛錬する時間だけは毎回、寿命が縮む思いをしていた。
(ああ!あんなに可憐な彼女が熊のようにでかい男に向かって行くなんて!ああ、そこのお前!イミルグランの胸ぐらなんて掴むな!彼女の胸が見えたら、どうするんだ!……ああ!何か心配で見ていられないけど、見ずにはいられない!学院に行ったら退屈は無くなるかと……少しだけ期待してたけど、こんなに毎回ハラハラするとは思わなかったぞ!ああ、イミルグランがあんな大きな剣を振り回して……!ああ、心配しすぎて胸が痛い!)
カロンはイミルグランが級友達と鍛錬する姿を見る度、こんな儚そうな少女が、あんなに大きな男達を相手にして大丈夫なのかとハラハラした。カロンの”真実の眼”に映るイミルグランのもう一つの顔の少女は、とてもたおやかな美少女だったので、カロンは毎日、心配でいてもたってもいられないと思いながらイミルグランを見守っていた。カロンは……もしかしたら、イミルグランの本当の性別は女性なのではないかと疑っていた。
(もしかしたらシーノン公爵は子どもが一人しか生まれなかったから、親戚縁者に公爵家を譲りたくなくて、イミルグランの性別を偽って育てたのかも知れない……。だってイミルグランの二つの顔は両方ともとても美形だし、銀髪のイミルグランだって、少女と見紛うくらいの美少年だもの……)
……だから、その日の鍛錬後、皆で寮の共同浴場に行くと決まったとき、カロンはつい、大声を出しそうになった。
(ダメだ!そんなことしたら、イミルグランが女の子だとバレてしまう!)
「おい、イミルグラン、共同浴場は止めとけ。お前は自室で入ってこい!その間、私がお前の部屋の前で見張りに立ち、覗く者から守ってやる!」
「?あの、カロン様?守るとしたら、それは私の役目なのではないでしょうか?大丈夫ですよ、共同浴場は安全だと家の者に言われておりますし、カロン様も入浴されてはいかがですか?私も今までは自室の風呂を使っていたのですが、安全が確認できたから今日は必ず、クラスの者全員と入浴して、誤解を解き、憐れな犠牲者をこれ以上出さないように……と、家の者に謎の言葉で念押しされておりますので、私は今日は、何が何でも共同浴場で入浴しなければならないようなんです。ですからカロン様も、ご一緒に入浴しましょう!」
「!?え?そんな、ダメだろう……そんな、こ、こ、婚約もしていないのに……こ、こ、混浴なんて……さ。う、嬉しい誘いだけど……ダメだよ。そういうことはきちんとしてからでないと……」
「?混浴?ああ、早くしないと混んだ状態で入浴しないといけなくなりますね!皆、もう浴場に行っていますし、私達も急ぎましょう!」
「ダメだ!そんなことしたら、皆に君の……お前の裸が大勢の男達に見られちゃうじゃないか!そんなのダメだよ!君の裸は、男達の誰にも見せちゃいけない!」
「?」
カロンはイミルグランを守ろうと共同浴場に行くのを反対したが、阻止できなくて頭を抱えてしまった。
(どうしよう!イミルグランが女の子だってバレちゃう!バレたら一緒の学院には、いられないよね?そんなのは嫌だ!私が唯一、心安らげる相手なのに!嫁入り前の淑女が!大勢の男に裸を見られちゃう!私が何とか彼女を守らなきゃ!ああ、でも、どうやればいい?ずっと彼女の前に立つ?でも、そんなことしたら、彼女に私のお尻を見せつけることになりかねないし……)
カロンは顔を赤らめながら、共同浴場に向かい、イミルグランの真実を知った。
「お、男だった……。ちゃんと……男だった。ハハハ……、ハァ~。な~んだ、心配しなくても良かったんだ。イミルグランは男だったんだ」
カロンは自室のベッドで突っ伏していた。……あの後、共同浴場で見たイミルグランの体はちゃんと男の体だったのだ。カロンの心配は杞憂に終わり、イミルグランの性別詐称の疑いは晴れたけれど……何故だかカロンはイミルグランが男であることに強い衝撃を受け、気分が落ち込んでしまった。
(イミルグランは男だった。そりゃそうだよね。そんな女性が男のふりをして学院なんて通える訳がないよね。ハァ……。ん?あれ?どうして私、こんなに落ち込んでいるんだろう?どうしてかな?それにしてもイミルグランは男なのに、どうしてもう1人のイミルグランの姿は女性なんだ?どうして彼だけが……姿も性別も違うんだ?)
カロンは不思議に思って、それからもイミルグランだけを見つめる日々を送り、もう一つ、彼と他の者との違いがあることに気づいた。他の者は表の顔と裏の顔は同じ顔だが、顔に浮かんでいる表情が、いつも違うのに対し、イミルグランは、表の少年の顔と裏の少女の顔は違う顔だが、表情はいつも同じだったのだ。
(これって……イミルグランは裏表がない性格ってことなのかな?そうだよ、他の者達は私の事を褒めていても、”真実の眼”で視るといつも馬鹿にしていたり、貶したり、騙したり、悪口ばかりだけれど、彼は違う。イミルグランだけが笑っているときも、怒っているときも、”真実の眼”で視る少女の表情は、イミルグランと同じ表情だった。そっか、イミルグランは何もかも特別なんだ!)
そう気づいたときから、イミルグランはカロンの特別になった。その特別が、カロンの初恋を特別にしたとは、気づかないままに……。
※学院時代のイミルグランは眉間に皺はあったものの、あまりに美しすぎる少年だったために、他のクラスメイト達の何人かにもカロンと同じように、男装(家庭の事情で男装して育てられた美少女)疑惑を持たれてしまっていました。カロンはイミルグランの魂の姿がユイだったために、他のクラスメイト達よりも強く、その性別を疑っていたのです。クラス全員で入浴した後、そのクラスメイトの何人かも、カロンと同じようにベッドに突っ伏していたと思います。ちなみにイミルグランにクラス全員との入浴を念押ししたのはセデスでした。




