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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~7月
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※悪役志願~真実の眼のカロン②

 カロンの父の心には()の心が少しも無かった。あるのは……どうしようもないほどの()()の相手である母への思慕の気持ちと……それを相手から得られない焦燥と苦悩。母が焦がれる初恋の人である叔父の顔はわからないが、父は子どもの頃から、自分の弟に劣等感を持っていたのだと、カロンは知った。


(自分の父の寵愛と、自分の妻の初恋の両方を叔父が奪ったと思い、父は()()()()の叔父に嫉妬するようになったんだ。その後の母は私を出産後、産後の肥立ちが悪く、直ぐに亡くなったと聞いていたが……もしかして、いや、もしかしなくても、母は死ぬまで父に心を与えなかったんだ!母は死ぬまで初恋に心を殉じて……そのまま亡くなったんだ。父はそれでも母への初恋を失わなかったせいで、悲しみの深さ故に心を壊して、侯爵家の傀儡と化した。二人とも何て愚かで……何て憐れなんだろう……。


 ()とは何と悲しいものだろう……。恋とは何て愚かなものなんだろう……。どうして父も母も初恋の気持ちを捨てなかったんだ?貴族は自分の家のために政略結婚する生き方しか出来ないというのに、何故叶わない恋なんてしてしまったんだろう?恋心を捨てれば、もっと楽に生きられただろうに……。


 私は……恋をしないでいよう。母のように初恋の人のために、自分の意に背き、他の者に体を投げ出すなんて嫌だし、そんな生き方なんて……自分が辛いだけではないか。父のように永遠に手に入らない初恋なのに、それでもその人の傍にいたいと留め置くなんて……自分が虚しいだけではないか。私は大人になっても、絶対に恋なんてしないぞ!)


 カロンは()()を恐れた。そして……()()()をとても恐れた。父を”真実の眼”で視てしまったカロンは、ナロンの母……カロンの祖母の実家で、ナロンの妻……カロンの亡き母の実家である侯爵家の罪を知ってしまったからだ。


(どうしよう!侯爵家が私の祖父である前王アロンを暗殺したなんて!そしてその罪を叔父の母と、その実家になすりつけて処刑し、叔父まで暗殺しようとしたなんて!)


 まだ子どもだったカロンの心は、その罪の重さに潰れそうになった。


(だって父の罪も侯爵家の罪も誰も裁けない。父親殺し……王殺しに、無実の者達の処刑、異母兄弟の暗殺計画……こんなに罪を重ねても、誰も父と侯爵家を裁けないのだ……)


「おや、これはこれは可愛い可愛いカロン様ではありませんか?どれ、この爺にどれほど大きくなったのか、確かめさせて下さいませ!……ほう、これはこれは、大きくなりましたな!ホッホッホ!!」


 その日、中庭でぼんやりしていたカロンは、いきなり現れた男性に抱き上げられた。カロンは誰かに抱き上げられた記憶がなかったので驚いて、”真実の眼”で男性を視てしまった。


「おや?びっくりさせてしまいましたかな?私はカロン様の亡きお母様の父……つまり、あなた様の祖父のクローニック侯爵です。覚えておられないのも無理はない。あなた様とお会いしたのは、あなた様が生まれた時でしたので……」


「っ!は、は……初めまして、お祖父様」


 カロンは悲鳴を上げそうになったが必死に堪え、それだけを言った。カロンの祖父だと名乗るクローニック侯爵は、ニコニコと好々爺の表情で、カロンを抱いたまま中庭を散歩し出した。カロンは震えて叫び出したい気持ちを我慢して、大人しく祖父の腕の中にいた。


(こ、怖い!!怖いよぉ!でも暴れたら、もっと怖くなる……。この人は、()()()()()だ……)


 カロンの”真実の眼”は、ニコニコと笑う祖父の、もう一つの顔をしっかと捉えてカロンに()()()。クローニック侯爵のもう一つの顔は血に濡れていて、まるで悪鬼のように見えた。人形を操る紐を手にし、隙あらばカロンにも、その紐を付けようとしていた。祖父は父のナロンを傀儡の王にし、孫であるカロンをも自分の侯爵家に都合の良い傀儡にしようとしていた。しかも傀儡にならねば、いつでも()()()()()()()()()と考えているのだと、”真実の眼”は教えてくれた。……その日の翌日のことだった。


「!?ヒッ!!」


 朝、目を覚ましたカロンは、カロンの”真実の眼”はまさに()()()()()のだと思い知った。何故なら……カロンのベッドサイドのテーブルには短剣が一つ、置かれていて、カロンの寝間着はズタズタに切り刻まれた状態だったからだ。カロンが寝ている間に誰かが寝室に入ってきて、カロンの寝ている間にカロンの寝間着を切ったのだ。カロンは恐怖で震え上がった。


(こ、怖いよぉ!誰か、助けて!殺されるのは嫌だよ!)


 ……なのに、カロンの乳母も侍従も何事もなかったかのようにカロンの着替えをさせて、何事もなかったかのように寝間着を回収していった。その心とは裏腹に彼等の表の顔はいつもと同じであったので、カロンはさらに恐怖で身震いが止まらなくなってしまった。


(み、皆……、お祖父様の……手の者だ。ここには私を守ってくれる者は誰もいないんだ。私は独りぽっちなんだ……。怖いよぉ。怖い……。私はお祖父様の言う通りにしなきゃ、殺されちゃうんだ……)


 カロンは恐怖の余り、身を守るための短剣を手放さず、命の危険にさらされた回数だけ短剣を集めるようになった。祖父の力は強く、至る所に祖父の息の掛かった人間がカロンを見張っていた。カロンが祖父の意に添わぬことをすれば、命の危険をちらつかせて、言う通りのお人形になれと暗に言われていた。


(ううっ!誰か、助けて!怖いよ!)


 周囲の大人は助けてはくれなかった。大勢の大人達が自分に傅くのに、カロンは孤独な王子だった。この国で一番身分が高いはずの王族は、古い一族を手放したことで一番弱い者となっていた。カロンは泣くのを堪え、自分が祖父の真実を知っていることを気取られないようにした。


(死ぬのは嫌だ!殺されたくない!お祖父様の言う通りにするのは嫌だけど、死ぬよりもマシだ!)


 死ぬのがとても怖かったカロンは、その日から祖父の望むような勉強嫌いの愚かな王子……のふりをするようになった。




 カロンには”真実の眼”以外にも、もう一つ特技があった。それは一度習っただけで……本をパラパラと流し読みしただけで内容を全て理解し、覚えてしまうというもので、膨大な量の王になるために必要な、ありとあらゆる教養を覚えなければならない王族にとっては、夢のようにありがたい特技だった。


 死ぬのは嫌だ!殺されたくない!お祖父様の言う通りにするのは嫌だけど、死ぬよりもマシだ!……とは思ってはいたが後宮に子どもはカロン一人で、カロンは孤独であり……カロンは、とても退屈だった。だからカロンは”真実の眼”同様に、その特技も隠し、家庭教師に叱られながら、教科書に落書きするフリをしたり、破って紙飛行機を作って遊ぶフリをしながら、それらを祖父のつけた監視の目を盗んで暗記していったが、その知識を持っていることもひた隠しにした。


(……こんな勉強をしたところで、お祖父様の傀儡になるしか生きる道がない私には、意味はないとはわかっているが……仕方が無い。だって、とても退屈なんだもの……。乳母がくれる積み木も絵本も、幼稚で退屈でしかないし、追いかけっこや隠れんぼなんて、誰もしてくれない。毎日が暇で暇で、私には新しいことを覚える以外に楽しみがない)


 カロンは一人っきりで、退屈で仕方がなかった。祖父はカロンが城の図書室に入って、本を読むことも嫌っていたので、カロンはさも愚かな子どものように振る舞って、勉強の時と同様に探検ごっこや隠れんぼだと言って、図書室の中を走り回り、本を散らかしてみせては誤魔化しながら、本をパラパラと盗み見て、それらを覚え、後日に積み木に興じるフリをしながら、頭の中で、それらを読み返していくという遊びを繰り返していた。


 カロンのお気に入りの物語は、兄弟や友達同士で力を合わせて冒険したり、悪者を皆でやっつけるお話で、カロンは後宮の庭に出ては、仲間と遊ぶ自分を空想していた。


(ああ、早く学院に入学したいなぁ……。どうせ、監視がつくのはわかってはいるが、私は自分と同じ年の人間に会ったことがないもの。同じ年の子達に会ってみたいな……。本に出てきた友達って、どんなのかなぁ?私にも……友達が出来るかなぁ?出来たら……どれだけ毎日が楽しいんだろう?退屈な毎日が、退屈でなくなるのかなぁ?親友が出来たら、もう一人ではなくなるから、夢みたいに毎日が幸せなのかな?


 でも……恋だけは、しないでいよう。恋は怖い……。お祖父様やお祖父様の傍にいる護衛集団の男達くらい怖いもの……。それに恋さえしなければ、胸が苦しくなることもないだろう。将来、お祖父様の望む相手と結婚することになったって、辛いとも思わないだろう。……大丈夫だよね?だって学院には男の子しかいないって、乳母が言っていたもの。もし社交が始まっても、女の子を好きにならなければいいだけだもの……簡単なことだよね。私は絶対に父や母みたいな恋なんて、するもんか!)


 後宮で孤独な子どもだったカロンは、知らなかった。『恋はするものではなく、落ちるもの』だという言葉があることを……。あれだけ絶対に恋はしないと思っていたのにカロンは、その恋によりにもよって、学院の男子トイレで落ちてしまったのだ。

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