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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~7月
195/385

※悪役志願~真実の眼のカロン①

「王子様がお待ちです」


 二度のノックの後に扉の外から女官の声を聞いてから、男爵令嬢は用意が出来たと返事をした。


「王子様、お迎えありがとうございます!」


 扉が開くと共に、男爵令嬢は王子にお礼を言って会釈する。その言葉に返事することもないまま、ただ優しく微笑む金髪碧眼の美しい王子の腕に手を添えれば、そのままエスコートされて、男爵令嬢は夢心地でパーティー会場に向かった。


 二人の前後を護衛するように三人の男性達が歩いている。本来なら男爵令嬢のエスコートを王子がするはずがない。本来なら下級貴族の娘の回りに、上級貴族の彼等が傍に着くはずがない。だが彼等は男爵令嬢を守るように寄り添っている。


 卒業記念のパーティー会場に5人が入っていく。男爵令嬢は一人窓辺に立ち、涙をこぼす。彼女の傍に、これまで一年間彼女と親交を深めた4人の男性達が近寄り、一人涙する彼女に驚く。涙を流す彼女に理由を尋ねる彼等に男爵令嬢は言いづらそうに……でもスラスラと淀みなく涙の理由を語り始めた。


「何だって!?僕の()()()()()()()()に殺されそうになったって?今までにも持ち物を隠されたり、壊されたり、水を掛けられたりしたんだろう?そして昨日はついに階段で突き落とされたって!?大丈夫だったのかい?」


 男爵令嬢は左手首の手袋を外して、手首に巻かれた包帯を見せた。


「私は男爵家の娘ですから、公爵家の方に何をされても文句など言えません。ただ……人に危害を加えることに躊躇しない方が未来の王妃様になるのかと思うと、この国の未来がこれからどうなってしまうかと考えると末恐ろしくて不安で……思わず泣いてしまっただけなのです。すみません、せっかくの皆様方への祝いのパーティーなのに。このことは、お忘れ下さい」


 男爵令嬢は顔を両手で隠して、彼らから背を向けた。彼等は涙を隠す男爵令嬢に息を呑んだ。卒業パーティーは卒業生である王子の挨拶で始まる。王子は一人で壇上に上がるはずだった。……が、彼は一人で上がらない。王子は男爵令嬢と攻略対象者の男性達を引き連れて、パーティー会場の壇上に上がり、()()()()である王子の婚約者の公爵令嬢を糾弾する。


 男爵令嬢は終始公爵令嬢をかばう発言に徹している。だが彼等は公爵令嬢の罪の証拠や証人を用意していて、ついに公爵令嬢の罪は確定され、皆の周知の事実となった。婚約破棄を王子が宣言後、悪役令嬢が退場し、その後で男爵令嬢が王子に求婚される。回りの貴族達から身分差のことを糾弾され、王子が男爵令嬢をかばおうと声を上げる前に王子の父である、()()()()が言った。


「私には人の真実が視える”真実の眼”がある。その男爵令嬢は確かに身分は低いが、誰よりも賢く、誰よりも優しく思いやりがあり、誰よりも王妃に相応しいと”真実の眼”を持つ私にはわかるのだ。よって王子の願いを聞きいれ、その者を新たな王子の婚約者と認めよう!」


 カロン王の言葉により、王子と男爵令嬢は涙を流しながら抱擁し、回りの貴族達は二人を祝福し、どこからともなく紙吹雪が舞い散って……。







「……はぁ、また、あの夢か…………」


 ()()()は城の奥の一番上の部屋で目を覚ました。


「やっと今日から7月か……。3月はまだまだ遠いなぁ……」


(……でも先々月から監視がいないからか、睡眠が前よりも取れているので、少し体が楽だ……。それもこれも()のおかげだな……。私も踏ん張らねばね……)


 カロンが起きたことが伝わり、部屋に侍従が入ってくる。


「おはようございます、()()。お着替えの時間です」


 そう言って甲斐甲斐しくカロンの着替えを行う侍従を、カロンは自分のもう一つの目……”()()()()”で()る。


 侍従は護衛集団の長が、差し向けた間者だった。


(確かあいつは病床に伏せっていたはず……。自分が死ぬかどうかの瀬戸際にいるのに、まだ()()をあきらめていないのか……)


 侍従はカロンを鏡の前に促して、出来映えを尋ねる。カロンは無言で是で良いと頷く。鏡に映る侍従には甲斐甲斐しく世話をする顔と、いつ神様のお庭に旅立つかわからない雇い主に、このまま仕えていていいのだろうかと悩んでいる顔の二つがあり、カロンには……二つ目の顔は()()()()




 カロンは物心ついたころから、自分以外の周囲の人が二重に……建前の顔と本心の顔が見えていた。ニコニコと笑いかける乳母の横には、ビクビク震える乳母の顔が同時に見え、使用人も親切な顔と狡猾な顔が同時に見えた。それを指摘するとニコニコと笑う乳母の横には、化け物を恐れるような恐怖を浮かべた顔が見え、親切な使用人の顔の横には、カロンを馬鹿にする顔が見えて、カロンはそれ以来、自分の目のことを誰にも言わなくなった。


 神様の子どもから、次代の王の後継者になったカロンは、自分の目は特別なのだと気づいた。少し成長したカロンは目を使い分けることが出来るようになった。普通に建前の顔だけが見える目は”普通の目”、本心の顔を見る力を使うときは”真実の眼”と名付けた。”真実の眼”は視る力にムラがあり、建前と本心の顔しか視えないときもあれば、相手の心情や考えていること、たまに相手の過去のことや、その人が隠している秘密まで、視えることがあった。


 カロンは自分の父親を視ることにした。もしかしたら父親も同じ”真実の眼”を持っているかも知れない。カロンが視るように、父親もカロンを視てくれるかもしれない。カロンは期待を胸に、そっと視てみた。父親のナロンの表の顔は、普段から無表情で感情が読めなかった。カロンは父親の本心の顔を視て、叫んでしまった。周囲の者達に怪訝に見られたので、慌てて虫がいると言い繕い、走って逃げた。


 カロンの父は心が壊れていた。そして亡き母の実家の侯爵家の操り人形……傀儡と化していたのである。カロンの”真実の眼”は、父のもう一つの顔から、父の心を壊してしまった、その時の情景を映してカロンに見せたのだ。


(ああ、父は()()の人である、私の母との蜜月が、叔父を逃がすためのものだったと知り、激怒したんだ。そして当時、婚約者だった母に浮気を詰ったが、母は元々貴族の結婚は政略結婚が主で、()()()()()()と知っていたから、叔父とは挨拶以外で言葉を交わしたこともなければ、近づいたこともない、気持ちを伝えたこともないし、伝えるつもりもないと父に言い返したんだ。……ああ、父の心に母の言葉が深く刺さっているのが()()()


『私は貴族なので、実家の侯爵家のためにあなた様と政略結婚をしますし、浮気も何も私が純潔だったのは、あなた様が一番よくご存じでしたでしょう?私が清らかな身だと大層喜ばれて三日間もの間、床から出ることを許してはくれなかったでしょう?今後も望まれれば、この三日間のように大人しく体を差し出しますし、王妃としての責務も精一杯果たします。死ねというなら命だって、あなた様に差し出します。私の体も私の命も、私はあなた様に全て捧げます。


 だけど……心だけはあなた様に捧げられません。貴族の娘として生まれた私は、私の心のままに生きることを許されてはいません。ですから私はあの方に()()をし、ずっとお慕いしていましたが告白どころか、まともに話すことさえしませんでした。あの方は、私が好いていたことなんて知らずに旅立たれました。私は二度とあの方とお会いすることもないでしょう。


 だから心だけは……心で想うのだけは許して下さい。心だけは私の思い通りにさせて下さい……。後の全てはあなた様に差し上げますので、どうか……どうか初恋の相手を想い続ける私の心だけは奪わないで……』


 ああ、()は父に投げ出したが、()まで与えるつもりはないと母が啖呵を切って、殺すなら殺せと開き直ったんだ。父は激しい怒りを感じたが、初恋の人である母をどうしても殺せず、侯爵家に母の事を告げ口しなかったんだ……。父も母も一方通行の初恋を捨てられずに政略結婚したのか……)


 幼いカロンには初恋なんて理解出来なかった。後宮には亡き母と同じ髪色と瞳の側妃ばかりだったが、誰もカロンの話し相手にはなってくれず、また側妃達は誰も子どもを産んでいなかったので、カロンの異母兄弟は誰一人存在せず、後宮の中で、カロンだけが恋を知らない、孤独な子どもだった。

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