※そのゲームは一番最初に作られた物語
その世界は、父神が作った世界に3人の兄弟神達が物語を一つずつ、再現させていった現実の世界で、最後に金の神が再現させた物語は物語ではなく、”僕のイベリスをもう一度”という名前の乙女ゲームだった。しかし……、金の神が現実の世界に再現させた乙女ゲームは、ゲームスタートする前に全ての登場人物達が様々な理由で、登場人物ではなくなっていた。
ヒロインのリアージュは乙女ゲームのヒロインにふさわしい、心優しくて明るく素直で前向きな性格ではなく、冷徹で傲慢で意地悪で怠惰な性格で、自分よりも美しい者を憎み、人を虐めることに何よりも喜びを感じる少女であった。その上リアージュは乙女ゲームを始めるために必要不可欠な、攻略対象者達との初恋イベントフラグをへし折っていたため、ヒロインにはなれなかった。
悪役令嬢のイヴリンは乙女ゲームの悪役にふさわしい、冷徹で傲慢で意地悪な性格ではなく、心優しくて明るく素直で前向きな性格の少女であった。おまけにイヴリンは”片頭痛”という”気のせい”を患っていたので、”片頭痛”の自分が公爵令嬢になったら皆に迷惑を掛けてしまうと思い悩み、公爵令嬢になることを辞退し、乙女ゲームの舞台であるへディック国からも退場していったため、悪役ではなくなっていた。
隠しキャラのミグシリアスはイヴリンと出会い、彼女との穏やかで幸せな日々を過ごすうちに心の孤独を癒やされ、彼女を兄として一生守ろうと決めた。だが弁護士のカロンが彼女を王子の婚約者にし、義父のイミルグランを暗殺しようと企んでいることや、イヴリンが修道女になり、自分と離れようとしていることを知り、心が揺さぶられて、自分は兄ではなく、一人の男としてイヴリンの傍にいたいのだという本心に気付き、彼女と一緒に乙女ゲームの舞台であるへディック国から退場していったため、隠しキャラではなくなっていた。
攻略対象者の4人はと言うと、神子姫エレンをしていたエルゴールはリアージュに生ゴミをぶつけられ、トリプソンとベルベッサーは容姿のことでリアージュに非道い言葉をぶつけられ、エイルノンはリアージュと出会うこともなかったから、4人共ヒロインとは初恋はしなかったし、4人共が12才の時に乙女ゲームの舞台であるへディック国から退場していったので、4人は攻略対象者ではなくなっていた。
ヒロインと悪役令嬢と隠しキャラと攻略対象者4人がいない……つまり主要な登場人物が全員、舞台にいなかったら。物語は始まりようがない。金の神が現実の世界に再現させた僕イベは本来、物語ではなかったし、登場人物が全員いないのなら、このまま僕イベはスタートしないはずだった。
しかし、金の神が本当に見たい物語は僕イベの乙女ゲーム……ではなく、僕イベの中に隠されていたイースターエッグである”隠された物語”の方だった。”隠された物語”の主人公は僕イベの乙女ゲームのヒロインではなかった。悪役令嬢に転生する前のイヴリンこそが、金の神が望んだ”隠された物語”の本当の英雄のモデルとなったアイで、そして隠しキャラに転生する前のミグシリアスこそが、金の神が望んだ”隠された物語”の本当の英雄のモデルとなったアイの魂の永遠の番で、二人は隠された物語のモデルとなった、可愛い恋人達の魂を持つ者達……すなわち本人達だったのだ。
”隠された物語”の登場人物は二人だけ。金の神の見たい”隠された物語”の映像では、その二人の恋人達は名前も無ければ、年も容姿もわからない影絵だけで綴られていたために、悪役辞退して乙女ゲームには出てこない”イヴ”という名前になったイヴリンと、隠しキャラ辞退して、乙女ゲームには出てこない”ミグシス”という名前になったミグシリアスは、”隠された物語”の登場人物となって、イヴとミグシスが初めて出会った雷鳴の夜から、無事に自分達の物語を始めることとなった。
金の神が世界の創造をすることが上手な神様であれば、このまま二人は自分達の物語を来世でも穏やかに生きていくことが出来ただろう。だけど金の神は、上の二人の兄神達同様、世界の創造が下手で、しかも父神の言いつけを守らず、物語ではなく、遊戯を再現させてしまったために、僕イベの中に入っていた、残りの2つの物語もすでに始まってしまっていた。
僕イベの乙女ゲームの攻略対象者達は乙女ゲームが始まる前から、ヒロインに初恋をしていた……というのが前提でゲームが始まる。
神子姫エレンのエルゴールはシーノン公爵家の神様の子ども……お嬢様に淡い想いを抱いたものの、シーノン公爵親子の事故死の報を聞き、鎮魂の祈りを捧げ続け、12才でへディック国を去っても、それを続けた。エイルノンはミグシリアスを引き合いに毎日イヴの元に行き、イヴと決闘をした後、淡い想いに気づいた途端……イヴの元から去ることとなり、自分の素性を知らされ、国に戻ったものの、12才の時に国を母と共に追い出された。激動の半生の中、イヴのことは今後会うこともないだろうと思いながらも、イヴにもらった四つ葉のクローバーを栞にして常に持っていた。
トリプソンはバッファーの海で、イヴと出会い、イヴに好意を持って告白したが即振られ、12才の時にもう一度再会したが、そこでミーナに扮したミグシスに二度目の恋をした。ベルベッサーもバッファーのリン村でイヴに助けられ、イヴに好意を持って告白したが即振られ、12才の時にもう一度再会したが、そこでトリプソンと同じようにミグシスに二度目の恋をした。
攻略対象者達は、”隠された物語”の英雄のイヴに出会い、それぞれ初恋をしてしまったために、僕イベの乙女ゲームはイヴをヒロインと認識し、この4月から乙女ゲームも始まってしまったのだ。
……そして僕イベの中に入っていた三つ目の物語はイヴやミグシス達が生まれる、うんと前の時間を遡って、すでに始まっていた。
”僕のイベリスをもう一度”は元々、物語ではないし、乙女ゲームでもない。それは最初、名前すらつけられなかった復讐ゲームだった。最初に作られた物語は復讐のゲームだから、その順番通りに、3つの物語は再現されていた。金の神の世界を創造する力は不完全で、しかも金の神が再現させた僕イベは物語ではなかったために、金の神の力は暴走し、その世界の時間や人間に影響を及ぼしていった。
金の神が”僕のイベリスをもう一度”をこの世界に再現させた時に、その世界の時間に影響を及ぼしたのは、カロン王やナロン王の時代……ではない。時はアロン王の頃にまで遡り、金の神の力の暴走により、アロン王は民を大事にする王から貴族を大事にする王に変わり、この国の身分差を厳しくし、貴族の在り方や貴族の結婚観まで変えて、僕イベの乙女ゲームの世界観に沿うような国に作り替えてしまった。
また……銀の神の見たい物語の主人公は本来、国を追い出された形で自国を旅立つ設定ではなく、幼少期から武芸を嗜み、奔放で豪快な性格の主人公が兄が王位を継ぐ前に世界を見たいと思い国を出た……という設定だったのだが、銀の神は金の神同様、神としては未熟で思考が短絡的だったために、自分が見たい物語の主人公と同じ格闘術を使っていた男の魂を、よく調べもせずにそのまま”英雄”にしてしまったために、ある不具合が出てしまった。
その男は前世では片頭痛持ちだったのだが、今世でも片頭痛持ちになってしまったのだ。前世では鎮痛剤で頭の痛みを堪えることが出来たために、自分の好きな格闘技で世界チャンピオンにまで上り詰めた男だったが、今世では鎮痛剤なんていうものは存在していないため、今世ではその男は幼少期から痛みに一人耐え、頭痛がするから出来れば動きたくないと考えるようになり、武芸を嗜むこともなく、いつも静かにジッとしている王子になってしまった。
二神の物語が混じり合い、反発し合い、金の神の物語には必要のないライトを速やかに銀の神の物語に送りだそうと、二神の力が働き、それもアロン王や彼の傍近くの貴族達に影響を及ぼしていった。アロン王や彼の傍近くにいた貴族達は、僕イベに入っていた復讐ゲームの世界観に沿うような憎しみの種を撒き始めたのだ。
アロン王は我が子を皆、平等に愛していたのに、始祖王と同じ髪色と瞳の色を持つライトを特別扱いするようになり、そして……王を守る”影の一族”の秘密を、ナロンの母親に話してしまった。アロン王の豹変により、アロン王の後宮の妃達は後継者争いをするようになり、ナロンの母親の実家の侯爵家当主は、アロン王の側妃であったライトの母親に……あろうことか遅い初恋をしてしまったのだ。だが、当然アロン王の側妃である彼女はそれに応えることはなく、侯爵家当主はライトの母親と、その彼女に一心に慕われているアロン王に逆恨みし、王家乗っ取りを企てはじめてしまったのだ。
そのゲームは、ゲームが大好きな男達が自分達の持てる全ての力を使って作った、名前のない主人公が復讐のために王家を狙う復讐の物語と、初恋を特別な恋と思っている男達が周りに居るスタッフ達の力と、自分達の持てる全ての力を合わせて、心を込めて作った初恋の物語が入っていた。
だから金の神の力の暴走は、その後の王達や、王の周りにいる、名前なき者達の初恋に大きく影響していったのだ。




