イヴの一学期の修了式
”保健室の先生”代理になったイヴはその仕事の傍ら、来室者がいない時は7月のバーケックへの旅に持参する鎮痛剤やら片頭痛予防薬などの薬草を処方していた。イヴが補正下着を止めてからは、イヴと一緒にいるようになったリーナやリーナの母親は、イヴの手伝いを申し出て慣れた手つきでイヴが調合した薬を小分けにして、一回分ずつ紙に包んだ。保健室の扉が静かに開けられて、ピュアとジェレミーがゴレーを伴ってやってきた。
「イヴさん、夏休みのしおりを貼りだしてきましたわ!それと、そこでゴレー先生にお会いしたので、ご一緒してきましたの」
「ありがとうございます、ピュアさん!こんにちは、ゴレー先生!こちらにどうぞ!」
ピュアとジェレミーは、ルナーベルと若先生が書き置きしておいてくれた夏休みのしおりを貼るために持ち出した画鋲の入った小箱を直した後、手を洗い、リーナの横に並んで薬を包むのを手伝いだし、イヴはゴレーのために、ドクダミ茶を煎じて出した。ゴレーはイヴが入れたドクダミ茶を一口飲み、目を細めて顔を綻ばせた。
「うん、美味しい。……ありがとう、スクイレルさん。私がこれまでの人生で口にした、沢山のドクダミ茶の中で一番口当たりが良くて飲みやすい、最高のお茶ですよ」
そう言った後、ゴレーは小さい頃のイヴを思い出し、目を潤ませながら、お茶を啜った。
(……こんなに美味しいお茶を入れられるほど大きくなられて、私は本当に嬉しい……)
「そう言ってもらえると、とても嬉しいです。ありがとうございます、ゴレー先生」
「スクイレルさんは明日からバーケックに行くんでしたよね?荷造りはもう済んだのですか?」
「はい、昨日には荷造りは終えていて、今はミグシスが馭者の皆さんと一緒に馬車に荷を運んでくれています」
馭者の話では、ここからバーケックまでは馬車で半月はかかるだろうとのことだったが、夏の季節の天候や気温で発症してしまうイヴの片頭痛や旅の間にあるだろう女の子の日の体調不良……等々を考慮して、自分達の旅の往復には約3ヶ月はかかるだろうと、イヴとミグシスは予想し合っていた。ミグシスはイヴの乗り物酔いを懸念し、スクイレル商会から馬車を一台借り受けて、馭者も商会から、二人つけてもらうことにしていたため、今日の午前中は旅行の荷運びと旅の行程の打ち合わせのために、イヴの傍から離れていた。リーナが自分も喉が渇いたからと薬を包む手を止め、お茶を入れているイヴの傍に来ながら、ゴレーに声を掛けた。
「そうだ!ゴレー先生、修了式の後に時間はある?あのね、イヴお姉ちゃんとピュア様が、その後に踊るから、一緒に見ない?」
「ええ、時間ならありますから、大丈夫です。けれど何故、二人は踊るのですか?」
「ウンとね、イヴお姉ちゃんは運動が苦手なんだけどね、ダンスだけは上手なの!でね、クラスのお友達が、そのダンスを見たいって、言ったんだって!ね?イヴお姉ちゃん!そうだったよね?」
イヴはリーナにお茶を給仕し終わると、リーナの頭を一撫でして言った。
「はい、そうですよ、リーナちゃん。ピュアさんもダンスが上手ですから二人で踊ることにしたんですよ!頑張りましょうね、ピュアさん!」
イヴにそう言われて、ピュアも柔やかに微笑んだ。
「もちろんですわ!ゴレー先生も是非、見て行って下さいませ!」
イヴとピュアの笑顔につられ、ゴレーもニッコリと笑んだ。
「わかりました。楽しみにしていますよ」
期末テストが終わり、学院の講堂には全ての学院生が集まり、修了式が行われた。イヴは学院の制服に着替え、ピュアの横に並んで、平民クラスの皆と修了式に参加した。入学式のときのように片頭痛に襲われることなく出席することが出来て、イヴはとても嬉しかった。
チラッと斜め前方を見れば、”仮面の先生”としてミグシスが、校医代理で出席しているゴレーの隣に立っていて、彼もイヴの視線に気づいて微笑んでくれた。(ちなみにゴレーは修了式に出席しているイヴを見て、その成長をまた実感し……今度は我慢できずに泣いていた)ピュアが小声で、イヴに話しかけてきた。
「この後が、いよいよ私達の番ですわね。頑張りましょうね、イヴさん!」
「ええ、ピュアさん!」
イヴとピュアは今回の期末テストでは、鉄棒ではなく、ダンスを皆に披露することになっていた。修了式が終わって、イヴとピュアが着替えのためにミグシスとジェレミーを伴って、一時そこを離れた。
学院生達は講堂に置かれた椅子を片づけて、二人が踊る場所を作っていく。
「楽しみだね、イヴとピュアちゃんのダンス」
「そうだな、俺達は”銀色の妖精姫”の祝福の舞の噂は知っていたが、実際に見たことは一度もなかったからな」
平民クラスの皆がお喋りをしながら椅子を片づけていると、普段は学院生に擬態している、このクラスの本当の先生である女子学院生が彼等に声かけした。
「ほらほら、気を抜いてはいけませんよ。あなた達は”銀色の妖精の守り手”としての訓練に耐え、上忍として認められた精鋭達なのよ。きちんと心を隠しなさい」
「「「はい、サリー先生!」」」
「「「我々、元シーノン公爵領の全ての領民達はシーノン公爵家……スクイレル家に忠誠を尽くす”銀色の妖精の守り手”です!絶対に”銀色の妖精姫”をお守りします!」」」
「……それにしても、イヴが”銀色の妖精姫”だったなんて思わなかった……」
「本当だよなぁ。姫だなんて呼ばれていたから、実物はもっと威張っている人物かと思ってたのに……」
「私も気位の高い、貴族のお姫様みたいな性格かと思ってた」
「「俺も俺も!!」」
「確かにすっごく美人で賢いけど……、イヴは明るくて素直で優しくて、とても良い子だった。とっても病弱で運動が苦手だけど、頑張り屋で真面目で親切な……普通の女の子だったね」
「「ホントホント!」」
「まさかバッファーの隣国の学院で行われる上忍の筆記試験者に、スクイレルの姫君が混じっていたなんて思わなかったから、ホントに驚いたよ。きっと入学試験後に見かけなくなった、後の二人は、その護衛だったんだろうなぁ……」
平民クラスの彼等がそれを知ったのは、入学試験の終了後のことだった。入学試験の後、イヴだけが個人的に試験を受けることになり、イヴを心配して付き添ったことで、イヴの本名を知ることとなったからだった。
「本当にあのときは驚いたわ!しかも一年間一緒に過ごせるなんて、スクイレル村の者達が、すごく羨ましがっていたわよ!後世に語り継げる位、名誉なことだから、しっかりお守りしなさいと言われたわ!」
この学院にいる平民クラス……別名”銀色の妖精の守り手上忍クラス”の者達は、バッファーのリン村を囲む村……スクイレル村の出身者達だった。彼等は元々ヘディック国のシーノン公爵領の領民達で、セデスがイミルグランの守り手になると決めたときから、シーノン公爵領の領民達はセデスによって、”シーノン公爵を守る影の一族”へと育成されて、後に”銀色の妖精の守り手”と呼ばれる忍者集団となっていた。
イミルグラン達が国外に出た後もセデスとナィールによって、無事バッファーに来た領民達は、イミルグラン達を守るためにリン村の回りに村を作り、そこで忍者修行を積みながら、イミルグラン達を守って、10年間暮らしていたのだ。
「皆さん、入学式後の説明会で話した通り、あなた達の最初の任務は、一年間平民クラスの生徒として各月の行事をこなしつつ、イヴ様をお守りすることです。後の半年もしっかりと頑張って下さいね」
「「「はい!」」
銀色の妖精の守り手の一年生達……平民クラス一年生達が、気合いの入った返事をした後、ちょうどイヴ達がやってきたという知らせが来た。
広い講堂の中、ピアノと横笛で奏でられる曲に合わせ、ピンクの髪に水色の瞳のピュアと、銀の髪に青の瞳のイヴが踊り始めた。……そこにいるのは、”僕のイベリスをもう一度”のヒロインと悪役令嬢と同じ髪色と瞳の色を持つ者達だということに気づいているのは、楽器を奏でている寮監夫婦と講堂の隅で隠れているスクイレル達だけだった。講堂の中央で踊る二人の舞はイヴが幼い頃、たった一度だけ見た神子姫エレンの神楽舞に着想を得た、イヴの喜びの舞を改良したもので……、その曲は僕イベの友情エンドを迎えたときに流れるエンディング曲だった。
※実はスクイレルの大人達やトゥセェックの元王様や元重鎮達は、物語を持ち込んだ神が現れないまま、ゲームが始まった場合を危惧し、あの追加の入学試験でイヴをピュアのいる特Aクラスに飛び級させ、二人まとめて保護し、乙女ゲームの死亡フラグの運命から、二人を守るつもりでいました。イヴもピュアも人を攻撃する気性や虐める性質の者ではなかったし、二人とも優しい女の子でしたから、皆はほぼ99%の割合で友情エンドになるだろうと予想していたからです。だから入学試験で二人の受験生の体調が崩れたことは、学院側にとっても仕込みではない正真正銘のハプニングでした。
事情を知らないイヴは受験生達の必死な様子を見て、誰かの人生を邪魔したくはないからと入学辞退しようとし、イヴの正体を知らなかった受験者達は強くイヴと共に過ごすことを望んだため、スクイレル達は飛び級させるのを諦め、寮だけを特Aクラスフロアへ居住させ、二人を近所付き合いさせようと作戦変更しました。……物語が始まってみるとピュアが平民クラスで過ごすことになったので、大人達は驚きましたが、ピュアもイヴも他のクラスメイト達も強い友情を結んで、楽しい学院生活を過ごすようになったので結果オーライと、それを歓迎した……という裏事情がありました。
バッファーではイヴ達が来てから教会の壁画を外したために、イヴやミグシスの顔がスクイレル村の者達に顔バレしていませんでした。イヴ達の顔を知っているのは、3つの国の王家と重鎮達だけで、3つの国の国民達は協力はしてくれるけれど、顔バレはしていないため、イヴとミグシスは公園デートや教会の大衆劇を観に出かけても騒がれることはありませんでした。(バッファーの国の王都の大人達には顔バレしているので、ミグシスとイヴはバッファーの王都では顔を隠して歩かねばならず、だからスクイレル達はトゥセェック国の学院にイヴとミグシスを行かせたのです)




