彼女達の汗疹対策と彼氏達の虫対策⑤
「ピュア、お願いがあるんですが、入浴後に僕の背中に汗疹の軟膏を塗ってもらえませんか?」
夕食後、部屋に戻ったピュアはジェレミーに言われた言葉に、ポッと頬を赤らめた。
「あ、あの……、私」
「?ん?どうしたのですか、ピュア?いつも軟膏を塗り合いっこをしているじゃないですか?」
ピュアの顔に奇病の発疹が出るようになってから、男から侍女になったジェレミーは、当然誰にも男と気づかれないように、ミグシスと同じように補正下着をつけていたので、女性とおなじように汗疹に毎年悩まされていたため、二人は毎年、お互いに軟膏を塗っていた。ジェレミーはピュアの恥じらいに気づかないまま、机の上に汗疹の軟膏と、ミント精油の入った小瓶を置く。
「実はね、ピュアが女性達と話している間にミグシスさんに、汗疹の軟膏をいただくついでに夏の暑さ対策の話を色々と伺っていたんですよ。ピュアは今でこそ不眠は解消されたけれど、夏になったら、また不眠になるんじゃないかって思いましてね。ミント精油は、とても便利だそうですよ。お風呂にも使えるそうですが、おしぼりを濯ぐ水に一滴垂らすだけで、おしぼりが清涼感のあるものに変わりますし、虫除けにも使えるそうです。ああ、そうだ。ピュアもそろそろ汗疹が出る頃でしたね。入浴が済んだら、背中に塗ってあげますね」
「あ、あのね、ジェレミー!私……」
ピュアは言いにくそうに、今年の汗疹の軟膏はイヴに塗ってもらうからとジェレミーに言った。ピュアの話にジェレミーは、少し考えた後に言った。
「そうですか……、イヴ様は薬草医の資格をお持ちだから、イヴ様に塗ってもらいたい……と。仕方ありませんね、では僕も入浴後はイヴ様に塗ってもらい「ダメですわ!絶対にダメですわ!」」
ピュアはジェレミーの言葉を遮って言った。
「ダメですわ!ジェレミーは私のジェレミーですもの!私が軟膏を塗りますわ!……いくらイヴさんが優れた薬草医でも、病気以外でジェレミーに触れて欲しくなんかないですもの……」
ピュアは玄関へ行く方向に立ち、両手を広げて通せんぼをした。ジェレミーは苦笑を押し隠し、さも悲しげな表情で言った。
「それを言うなら僕もですよ、ピュア。6月が終わったら、僕達もイヴ様達も旅に出る。その間のピュアの汗疹の軟膏は、誰に塗ってもらうんですか?旅先で初対面の医師を探して塗ってもらうんですか?薬草医は男性が殆どで、女性の薬草医は少ないんですよ?病気なら仕方ないですが、汗疹で毎日、他の男にピュアの裸を見せるなんて、僕が許せると思うんですか?」
「わ、私だって、病気以外で裸なんて……!わ、わかりましたわ、ジェレミー。恥ずかしがってごめんなさい。わ、私も、やっぱりジェレミーに塗ってもらいます。お願いしていいですか、ジェレミー?」
ピュアがそう言うと、ジェレミーはピュアに近づき、囁いた。
「フフ……、恋人になったから恥ずかしく思うようになったなんて、ピュア、何て可愛い……」
ピュアはジェレミーの言葉に目を瞬かせた。
「え?か、可愛いですか、私?」
「ええ、とても。だって僕はあなたが赤ん坊のころからお世話していたんですよ?あなたが10才の時からは僕とあなたはずっと二人っきりだったから、あなたに毎日服を着せるのも、お風呂に入れるのも、女の子の日の手当てを教えたのも、ずっと僕だった。ピュアのことで、僕以上に詳しい人間はいませんよ。
もちろん今までは侍女として生きていましたから、その時はピュアの裸を見ても、欲情はしませんでしたがね。……もしもピュアが修道院にどうしても入ると決めたときには、男性特有の器官も切り落として、僕はあなたの傍に一生いようとも思って、覚悟もしていたんです」
「!えっ!?そ、そんな、痛そうなこと考えていたの?」
「もちろんですよ。僕がピュアを一人にさせると思いますか?あなたは小さな頃から素直で可愛くて良い子だった。そんな良い子を一人で寂しいままにするわけがないでしょう?誰かのために我慢したり、努力することを放り出さずに頑張っていたあなたこそ、誰よりも幸せになるべき人だ。僕はあなたが幸せになる姿をずっと見ていたかったんですよ。だから、あなたが僕に恋していると聞いたときは、とても驚いたけれど、すごく嬉しかったんです。……あんな汚らわしい男の血を引く僕を好いてくれて、すごく嬉しかった。
……でもね、心配だったんです、僕。僕はピュアを幸せに出来るだろうか?それに恋人になっても、異性として意識されないんじゃないかって。ずっとピュアの兄のように……姉のように傍にいた僕を、恋人として、将来の夫として見てくれているのだろうか?……と。でも杞憂だったようで安心しました!」
ジェレミーがそう言うと、ピュアはカァ~と顔面が真っ赤になった。
「あなたが男の僕が良いと言ってくれて、恋をするのも、結婚するのも僕しかいないって、格好良く求婚をしてくれた。だから僕は侍女を辞めて、男に戻ることにした。僕はあなたを幸せにするし、僕もあなたに幸せにしてもらうと決めたんです。男に戻った僕はもう、あなたをけして離さないと決めました」
「そうですわね。私もジェレミーを離しませんわ!私、ジェレミーと一緒なら、どこへだっていけるし、何だって頑張りますわ!一緒に幸せになるために私達、来月に籍を入れるんですものね!」
ピュアの躊躇いのない、弾んだ声を聞き、ジェレミーは顔を綻ばせて微笑んだ。
「そうですよ。だからね男の僕に……恋人で婚約者になった僕自身に、ピュアの心と体で少しずつ慣れていって下さいね。僕も少しずつ慣れていきますから。手始めに、恋人の抱っことキスから慣れていきましょうね?」
「は、……はい、ジェレミー……」
ジェレミーはピュアをゆっくりと抱きしめた。
「男に戻った僕は、いつでもピュアに欲情をしてしまうだろうけど、ピュアの心が追いつくまでは待てるから安心して下さいね。愛していますよ、ピュア。昔は家族のように愛していましたが、今は僕のただ一人の愛する女性として、ずっとあなただけを愛しています。だから今まで通りに汗疹の軟膏を塗らせて下さいね」
「はい、ありがとう、ジェレミー」
二人はお互いを見つめ、恋人のキスを交わした。ピュアは恥じらいながらも、心から信頼を寄せるジェレミーとのキスを嬉しく思い、ジェレミーは汗疹を恥じらっていたピュアを恋人として可愛らしく思い、萌えてしまったために、そのキスをついつい情熱的にしてしまい、ピュアの腰を砕けさせてしまった。
イヴは夕食後、部屋に戻ってからミグシスとお茶を楽しんでいた。ミグシスはイヴが夕方、女の子達が話していた水遊びの話が楽しそうだったという話をお茶を飲みながら、聞いていた。
「……そっか、イヴとピュア様以外は皆、水遊びの経験があったんだね。イヴも水遊びに行ってみたい?」
「え?ええ、少しだけ。でも私、いつも魔の3ヶ月の季節は、いつも以上に床に伏せってますもの……。だから今後も水遊びになんて行けないと思っています……」
夏の暑さも夏の日差しも片頭痛を悪化させ、毎年イヴとグランとライトは、6月からの3ヶ月はグッタリと寝込むことが多かったので、イヴは避暑地で弟達が川や海に連れて行ってもらっている間、ミーナになっていたミグシスと家でお留守番だったのだ。
「毎年、お家のお風呂でマーサさんに見守られて行水をさせてもらうのも嬉しいことでしたが、お友達や恋人と川や海や湖にお出かけして、水遊びをしているというお話は、とても楽しそうでした。でも仕方ありません。私は夏の日中は戸外に出ることが出来ませんし、それに私は運動が得意ではないので、多分深いお水のところでは溺れてしまうと思います」
イヴが寂しそうに微笑むとミグシスがイヴを抱き寄せ、自分の膝にイヴを乗せた。
「あ、あのさ……。こ、この7月に俺達、バーケックに行くだろう?でさ、その旅先の宿のお風呂がさ……、部屋に大きめのお風呂がついているところがいくつかあってさ。そ、それでイヴさえ良ければ、イヴの体調が良ければ、い、い、一緒に、み、水遊びしない?川や海には入れなくとも、夏場は汗をかくから毎日の入浴は、するだろう?だから、その時に水遊び用の水着を着て、水遊びを少しして、気分だけでも一緒に味わおう?」
「うわぁ!いいんですか?嬉しい!初めてです!」
イヴの喜びの表情に、ミグシスはイヴが元気を取り戻せたと思って、嬉しくてホッとした。
「う、うん!俺も!俺もミーナをしていたから、水遊びなんて一度もしたことないよ!イヴと一緒だよ!」
イヴはとても喜んで、ミグシスの頬にキスをした後、膝から下りて言った。
「そうだわ!この間、サリーさんが新しい服を届けてくれたときに『もしも、ミグシス様と二人っきりで水遊びをすることになったときのために着る水着も用意しておきました!ウフフフフ~』と言ってプレゼントしてくれた、二人の水遊び用の水着が入っているという箱がありますの!まだ箱を開けていなかったので、一緒に見ましょう?」
「うん、いいよ!」
ミグシスはイヴに手を引かれて、イヴの部屋に入り、クローゼットの前に行った。真っ白な箱に赤いリボンが固く結ばれていて、イヴでは解くことが出来なかったので、ミグシスが代わりに解き、イヴが横でワクワクしながら箱を見ていた。ミグシスはイヴのキラキラした表情に微笑みながら、イヴに見えるように箱の蓋を開けた。
「さぁ、開いたよ、イヴ!水着って、どんな服なんだろうね?楽しみだ……ね?……え?うわっ!?うわ!……これ!?こ、これが水着なの?!し、下……着みたいなこれが水着?これをイヴが……着るの?」
ミグシスが箱を覗き込んだ途端、声が上ずり、ボボン!と音が鳴ったかと思うほど、瞬時に全身が真っ赤になった。イヴも箱を覗き込み、それを手に取り、あ!……と声を上げた。
「あ!これ、母様が父様と水遊びをするときの水着によく似てます!」
イヴの言葉にミグシスは目を丸くした。
「え?」
「ほら、父様も私と同じで夏は苦手でしょう?だから母様が時々、夜に一緒に父様とお風呂に入るときに水着を着たいからと言って、サリーさんに作ってもらっていました!」
「……そ、そうだったね。そう言えばリン村に住むようになってからは、グラン様とアンジュ様は、ほぼ毎日のように一緒にお風呂に入るようになったけど、そうか水遊びも……されていたのか……」
「はい!仲良し夫婦の秘訣だそうです!だから私達も結婚したら、一緒にお風呂に入りましょうね!」
「っ!?」
将来の義理の両親のいちゃラブに生暖かい気持ちになっていたミグシスは、イヴの言葉を聞いて嬉しすぎて興奮のあまりに理性が吹っ飛んでしまい、一時の時間、鼻血を出してしまった。
「大丈夫ですか、ミグシス?暑くなってきましたから、のぼせてしまいましたか?」
「う、うん……、俺、イヴに完全にのぼせているから幸せすぎて倒れそう……。ああ、すっごく幸せ!イヴが魅力的過ぎるし、お風呂……。夫婦でお風呂……、イヴとお風呂って、天国過ぎない?ありがとうグラン様!ありがとうアンジュ様!もっともっといつまでもいちゃラブ夫婦でいてて下さい!ああ早く、早く俺……イヴと結婚したい!!」
ミグシスはやや理性が効かない状態でイヴに情熱的なキスをしてしまい、中々それが止められず、眠る前まで恋人のキスをしつづけてしまった。それにより、またイヴは足腰が立てなくしてしまったが、イヴもミグシスとのキスを喜んでくれていたので、ミグシスはまた煽られて、イヴを離したくなくなったが、これ以上は結婚してからと思いとどまり、イヴを優しく横抱きして、彼女のベッドに入れて、グッと激情をこらえつつ、イヴにお休みのキスをした後に退室し、トイレへと向かって行った。絶対、この旅行中、二人で水遊びが出来る宿を取ろうと固い決意をしながら……。
翌日、ミグシスとジェレミーは食堂で鉢合わせし、同時に話しかけ、同時に返事をした。
「ピュア様、蕁麻疹ですか?」
「イヴ様、片頭痛ですか?」
「「いえ、ちょっと、足腰が立てなくなってしまって」」
「夏休みの旅行が楽しみです」
「ええ、僕も」
ニッコリと微笑み合う美しい男達に、コック達がリア充二人が俺達を泣かしにかかってきたとシクシクと泣き始め、それは朝食後、二人がお互いの恋人を横抱きして、学院に登院することで、エイルノン達男子学院生達も同様に、リア充美男子魔王達が俺達にトドメを刺しに来たとシクシクと泣くこととなり、彼等は深い男女の仲になった二組の恋人達に横恋慕する気はないし、そこまで牽制しなくとも……と、大人げない大人の男達にドン引きした。
……彼等は知らなかった。彼等に恐怖の魔王扱いされている二人は、愛しい番のためならば、きちんと待てが出来る、心優しい狼達だったので、二人共がまだ、愛しい恋人にキス以上のことをしていなかったことを……。その後も狼達は彼等の誤解を解くことはせず、ただ美しく怪しく微笑みを浮かべ、無言の牽制をまき散らすのみだった。




