彼女達の汗疹対策と彼氏達の虫対策④
「僕はナーヴが捕まった後、ピュアから離れようと思いました。ナーヴとの婚約破棄が決まれば、他の貴族とピュアは婚約するだろうし、そうなれば侍女とは言え、男の僕はお役御免だろうと考えていたからです。それに……、あんな恐ろしい悪魔のような男の血を引く僕は、ピュアの傍に居てはならないと思っていました。
でも……、ピュアは7才から15才までの8年間、ナーヴや沢山の貴族達の心ない中傷の言葉を受け続けたことと、奇病を恐れてピュアから遠ざかっていた家族に絶望し、貴族の全てを受け付けなくなってしまった。それに他の貴族達も奇病を恐れて、誰もピュアに求婚はしなかった。ピュアは、それはそうだろうと言いました。こんな何の病気かもわからない、怪しい”奇病”の自分と結婚しようとする男なんていないだろうと呟き、ピュアは公爵家のために修道女になろうとしたんです。
僕は……そんなピュアをほっとけなかった。だって、それじゃ、ピュアが可哀想すぎるでしょう!ピュアは何も悪いことはしていないのに、化け物を見るような目で周囲の者達から蔑まれ、誹謗中傷を受け続けたあげく、一人寂しく修道院に行くと言うんですよ!ずっと自分の好きなこと、やりたいことを家のために我慢して頑張ってきて、恐ろしくて堪らない男との婚約も家や国のために我慢して頑張ってきたのに、その仕打ちがそれなんて、あんまりでしょう!だから僕が全ての乙女を守り隊の隊長に頼んだんです!
『ピュアを救って欲しい』……と、『そのためなら何だって僕はする』と言ったんです!そしたら彼の女性は……隊長は僕に、こう言ったんです。
『貴族の生き方は普通の人間の生き方とは違うことは、あなたはよく知っているでしょう?ピュア様に必要なのは、普通の人として生き、普通の人として話をし、普通の人々と係わり、普通の幸せを知ることです。貴族から離れて、貴族ではない、優しいあなたと穏やかな日々を過ごすことで、ピュア様の奇病は治まるかも知れない。
……先ほど「何でもする」と、あなたは言いましたが、こちらからも一つお願いがあるのです。ピュア様とあなたの普通の生活をトゥセェック国の学院で、3年間過ごしてもらえないでしょうか?私はピュア様の容姿を存じ上げませんが、ある事情から”ピュア”という名前の貴族令嬢を探していたのです。けして悪いようには、いたしません。……ただ、最後の年に特Aクラスに入ってくる少女のことを、ピュア様が嫌わないように、あなたに見守ってほしいのです』
隊長のお願いは変わっていましたが、ピュアは誰かを嫌いになっても、それを理由に相手を攻撃したり、貶めたりするような人間ではないので大丈夫だと思い、僕は隊長と契約を交わしたのです」
ジェレミーは、この契約のことをピュアは知らないのだと、ミグシスに打ち明けた。ジェレミーと契約を交わした隊長は、北方の女王に口添えし、ピュアが一人で家を出ようとしたところに女王を向かわせてくれたのだと、ジェレミーはミグシスに言った。
「……だからピュアは、この学院を自国の普通の学院と同じだと思っています。ここが3つの国が共同で経営し、将来の国の担い手達を育成している学院だとは知らないまま、この学院に入学したのです。女王達の厚意でピュアは、要人保護を目的としたクラス……特Aクラスに入学し、僕と二人っきりで学院生活を始めました。
隊長が僕に言った通り、ピュアは平民のように日々を過ごすうちに、段々と元気を取り戻せたけれど、ピュアが昔のように笑えるようになったのも、昔のお転婆が出来るようになったのも、最後の年に特Aクラスフロアに入室してきた少女、イヴ様の……”銀色の妖精姫”のおかげです。ピュアはイヴ様を嫌うどころか、一生の親友だと言って、それはそれは大切に慈しんでいます」
ジェレミーの口からイヴの名前が出た一瞬、ミグシスの瞳が剣呑な光を放ったことにジェレミーは苦笑した。
「誤解しないでいただきたい。あなたがイヴ様に唯一無二の愛情を捧げるように、僕もピュアだけを愛しています。お互い、その人しか目に入らないのは同じです。僕とあなたは狼だ。唯一の番を誰にも渡さないし、誰よりも番を慈しみ、守り、愛し抜く狼だ。
実はね、5月にピュアに告白をされた後に、正直に僕の出生の秘密をピュアに言ったんです。僕は全国民全女性の敵の実の息子だと……。僕はピュアに告白されて、嬉しくて、つい、口付けをしてしまったのですが、少し冷静になって考えてみて、忌まわしい血が流れている僕は、ピュアにふさわしくないと思ってしまったものですから……。そうしたら、生まれなんか関係ない。私にはジェレミー以外にいないって、ピュアは僕にその後、結婚を申し込んでくれたんです。
だからね、僕は自分の心のままにピュアを愛そうと決めたのです。たとえ、どれほどイヴ様がピュアと同じくらい、心が綺麗で優しくとも、僕はピュアがいいんです。僕が言いたいのは、僕は”銀色の妖精の守り手”にも”銀色の妖精姫”にも、ピュアを守ってもらった恩があるということなんです。
イヴ様の幸せは、あなたと共に生きることだと……イヴ様から聞いたと、ピュアが言っていました。ですから学院にいる間、僕はあなたに協力します。あなたが”仮面の先生”をしていて、イヴ様の傍にいられないときは、僕はピュアと共に、常にイヴ様の傍にいて他の男達から二人を守ります」
ジェレミーの言葉にミグシスは手を差し出した。
「わかりました。その申し出をありがたくお受けします。その代わり、あなたが何らかの事情で不在の時は、俺もイヴと共にピュア様の傍にいて、他の男達から二人を守ります」
ミグシスとジェレミーは、青い紫陽花の前で固く手を握りあった。
「よろしくお願いします、ミグシスさん。ここまで長々と話を聞いて下さり、ありがとうございます。実はここからが本題の相談なんですが……」
「えっ!?まだ、何かあるんですか?」
眉間に皺を寄せたミグシスにジェレミーは、グッと間を詰めて身を寄せてから、声を潜めて言った。
「ええ、実は、この相談に乗ってもらうために僕の事情を詳しく、お話ししていたんです。……あのですね」
「……は、はい?」
「あの、自分の婚約者が可愛すぎて、萌え死にそうな時ってどうしたらいいんですか?」
ドテッ!……ミグシスは教会で見た大衆劇の喜劇役者のように派手な音を立てて、転んでしまった。
この世界の大人の体になった女性に女の子の日があるように、この世界の男性にも……ミグシスの前世の日本の男性と同じような体の機能が備わっていて、彼等も夢精……精通が来て男の日を迎える。男の日を迎え、大人になった男性達は、女性達が婚約、結婚をするまでは女の子の日の対処を自分達でするのと同じように自分達の生理に関して、男性達も自分達で対処をしていた。
「僕達は主従関係を18年間続けていましたし、その内の8年間を僕は女性として生きていましたから、いざ両想いとなった今でも、僕達二人共がまだ新しい関係性に慣れていないんですよ。……とは言ってもピュアに告白された日から、僕はピュアをただ一人の女性として見てしまっているので、彼女に対し、欲情してしまうことが増えてしまい、僕自身戸惑うことも多くて……。
それに両想いになってから、ピュアが僕に対して完全に気を許しているからか、何故かよく転び掛けるので、ピュアと体が密着することが多くて不可抗力で、その……色んな所を毎日のように触ることも多くなってしまって……。僕はそれがその、すっごくすっごくすっごく嬉しいのだけど、自制するのに、とても苦労していて……」
「ああ、わかります、それ。俺もそうですから。お互い可愛すぎて、魅力的過ぎる婚約者を持つと、そうなりますよね……。俺を信頼してくれているからか、イヴもその……元々運動神経がおっとりしていたのが、さらに輪を掛けて、無防備状態になってしまっているようで、ものすっごく嬉しいやら嬉しいやら嬉しいやら……ちょっと困るやらで……」
「ええ、そうなんです。やっぱりミグシスさんなら僕の気持ちをわかってくれると思っていました!僕は僕の恋人の話を聞いても、僕の恋人のことを変に妄想をしない男性にずっと、相談に乗ってもらいたいと思っていたんですよ!でね、ミグシスさん!本当に愛しい女性が身近にいると、いつも触れたくなってしまうのを、どうしたら我慢できるんでしょうか?それに……」
「俺も、俺の可愛い恋人の話を聞いて、俺の恋人に横恋慕しない男性に俺の相談に乗ってもらいたいと思っていました。俺もね、ジェレミーさん!イヴが可愛いことばかり言って、俺を無自覚に煽ってくるんですよ!でね……」
ミグシスとジェレミーは生まれも境遇も違うが、お互いに似ている所……天涯孤独な身の上、恋人との身分差、恋人との年齢差、女装歴や、その長さ、また恋人が魅力的すぎる所と、その恋人を溺愛しているという共通点が多くあったのであっという間に打ち解け合った。
二人は中庭の片隅で、恋人とのいちゃラブのろけ話と、お互いの可愛すぎる恋人を持つ苦労……幸せな悩みを相談し合い、その日から彼等も親友関係を結ぶこととなった。
※長々とジェレミーの打ち明け話は続きましたが要約すると、僕はピュアしか目に入らないので、安心して、お互いの恋人との、のろけ話や、悩みを話し合えるお友達になりましょう!という、ジェレミーのミグシスへの友達申請のお話だった……と言うことです。狼たちは同じ匂いをお互い嗅ぎ取って、仲間になりました。




